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雪山と大鋸の騎士

迎撃

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「え、何、どうしたの? あたし、何も感じないわよ?」

 ただ一人、きょろきょろと辺りを見回しているカムナの隣で、二人とも同じ方角を見つめて、武器を構えていた。

「幽霊になると、気配を探知する力が研ぎ澄まされますの。この気配は魔獣メタリオのそれ……ですがクリス様、クラウディオ山にダンジョンはないはずですわ」
「間違いないよ、周辺にダンジョンはない。けど、リゼットの予感は当たってると思う」

 近くの木々は騒めいていないが、遠く、遠くの白い草むらが揺れている。
 足音が近くなり、速くなり、こちらに向かってきているのは間違いない。

「カムナ、構えて!」
「りょーかいっ! 『神威拳カムナックル激突装甲ガントレット』!」

 何が迫ってきているのかはさっぱりだが、クリスに命令されたカムナが拒む理由にはならない。むしろ戦いが始まるというなら、彼女にとっては大歓迎だ。
 彼女が両腕をしならせると、手首の肌を突き破り、拳を覆うように装甲が展開された。ガントレットのような装備を取り付けたカムナは、腕をぐるぐると振り回してから、拳闘士の如く、ファイティングポーズをとった。
 白い景色から鳥が飛び去り、静寂が訪れる。
 積もった雪をかき分け、何かが来る。

「来ますわ、クリス様……!」

 リゼットがクリスに警告した瞬間、不意にそれは、樹林の隙間から飛び出した。
 クリスは獣だと思っていた。カムナとリゼットは、魔獣メタリオだと思っていた。

「何だ、あれは……!?」

 果たして、そのどちらでもなかった。
 牙を剥いて襲い掛かるのは――オオカミと氷の融合体、としか言えない生物だった。
 外見の構成は、直線で構築されたオオカミ。牙もあれば耳もある、四足歩行のオオカミに間違いない。しかし、体が半透明の青白い氷で作られており、真っ青な瞳以外のすべてが、陽の光を弾くほど美しいのだ。
 三つの頭が自分達の肉を噛み砕こうと大口を開いていなければ、きっと見惚れすらしていただろう。幸い、クリス達はそこまでマヌケではなく、敵の攻撃をさっとかわした。

「こいつら、なんなの!? 氷でできた、オオカミ!?」
「分からない、けど近づかせやしない! 『火縄砲ひなわほう』!」

 雪を踏み砕いて、再度攻撃を試みる三匹のオオカミに向けて、クリスはツールを組み合わせた銃の引き金を引いた。リベットを超高速で打ち出す、彼専用の銃だ。
 技術士エンジニアにしては珍しく射撃にも秀でている彼は、見事にオオカミの頭を連続で撃ち抜いた。頭の氷が砕けて、怪物は斃れ伏した。
 ――はず、だった。

「……バカな」

 銃口を下ろしたクリスの前で、オオカミ達が立ちあがった。
 しかもバラバラになったはずの氷の破片が集まって、頭を再構築したのだ。ほんの数秒で、オオカミは再び唸り声をあげ、クリスを睨んだ。

「確かに当たったはずなのに……砕けた部位が、元に戻った!?」
「だったら直せないくらい、粉々にぶっ潰してやるわよ!」

 地面を蹴って喉元にかぶりつこうとするオオカミの群れの前に、今度はカムナが立ちはだかった。
 彼女はオオカミの噛撃を紙一重でかわすと、腹部に重い拳の一撃を叩き込んだ。

強撃パワー神威拳カムナックル!」

 しかもカムナの声に従い、ガントレットが炸裂したような音と共にスライドして、オオカミをその衝撃で弾き飛ばした。氷でできた体が、あまりの衝撃で粉みじんになってしまったのを見て、カムナはにやりと笑った。
 ところが、今度は宙を漂ったまま、氷の残骸が集まり始めた。そうして瞬きを何度かする間に、着地した頃には、オオカミは完全に元の姿を取り戻していた。

「嘘でしょ、クリスが用意してくれた追加装甲でパワーアップしたあたしの拳、その必殺の一撃よ!? 鋼鉄の鎧だって、一撃でスクラップにしちゃうのに!」

 驚くカムナだが、茫然としている暇はない。
 オオカミ達はクリスとカムナではなく、攻撃能力がないと思しきリゼットを狙い始めたのだ。彼らがその挙動に気付いたのは、敵が動き始めてからだ。
 二人がリゼットを守ろうと動いた時には、既に三匹のオオカミが彼女を取り囲んでいた。

「リゼット、危ない!」

 クリスがツールの銃を放とうとするよりも早く、オオカミがまとめてリゼットの体に食らいついた。
 思わずクリスとカムナが息を呑んだが、リゼットはほんの一瞬だけ驚いた表情を見せただけで、すぐに怪物を見下す冷たい顔つきに戻った。よく見れば、彼女は血を流しておらず、死んだ様子もなかった。
 当然だ――彼女はもう、死んでいるのだから。

「心配ご無用ですわ、クリス様! わたくしはノーダメージですの!」

 するりとオオカミの牙から脱出した半透明の幽霊に、流石の怪物も驚いたようだった。ただ、驚いたのは目の前の現象だけでなく、自分達に起きた異変に対してでもあった。
 怪物の体は、漆黒の鎖で雁字搦めにされていた。まるで透けた鎖で体を貫いたように、身動きの取れないオオカミが暴れるのを見て、リゼットは叫んだ。

「それよりも、これで奴らをまとめて縛りつけられましたわ! クリス様、まとめてやっちゃってくださいまし!」
「分かった! 相手が氷なら……熱と炎で対抗するッ!」

 今が好機とにらんだクリスは、ツールを二個組み合わせた長い銃身をスライドさせる。すると、銃口が赤く染まり、しゅう、しゅう、と煙が噴くような音が聞こえてきた。
 今度こそ打ち砕いてみせるとばかりに、彼はオオカミに向かって駆けだすと、喚くその口に銃口を押し込んだ。

「オロックリン流解体術弐式『乙型』――『火炎猫かえんびょう』ッ!」

 高熱で獣の口が溶けるのも構わず、クリスは吼え、引き金を引いた。
 次の瞬間、オオカミが爆ぜた。比喩ではなく、文字通りリベットを撃ち込まれた怪物の体がほんの少しだけ膨らんだかと思うと、水になって炸裂したのだ。
 その現象が起きたのは、一匹だけではなかった。鎖に縛りつけられていた他のオオカミも、同じく水になって白い雪に混ざった。後に残ったのは、リゼットの本体でもある鎖付きのナイフと、雪が溶けたせいで露出した土色の山肌だけだった。
 氷の怪物だから水になっただけだったが、人間ならばどうなるか。
 自分のガントレットの危険性も忘れ、カムナはその威力に驚いていた。

「クリス、さっきの攻撃……」
「攻撃ってほどじゃないよ、あれも解体術さ」

 ツールを分解して腰に提げ、クリスが言った。

「粉末状にした魔獣の素材を混ぜ込んだ火薬を、リベットに内蔵して撃ち込んだだけ。硬い鎧を纏った魔獣や建物を爆破解体する、技術の一環だよ」

 これをただの解体術と呼んでいいものか、正直なところ、ガントレットをしまったカムナも、鎖を自身のところに引っ張ったリゼットも迷った。
 そんな二人をよそに、クリスは水だけになったオオカミの残骸を軽く足で蹴った。

「あの怪物、高熱には弱いみたいだね」
「熱いのが弱点だって分かったのはいいけど、そもそもあいつら、何者なのよ? この辺り、確かダンジョンはないはずよね?」
「間違いないよ、聖騎士団ロイヤルナイツの巡回ルートになったことは一度もないし、探索者が来る場所でもないんだ。もしも……いや、この話はあとにしよう」

 クリスが急に話題を遮った理由を、二人も察した。

「そうですわね、またお客様ですわ」
「今度は一つ……ちょうどいいわ、今度こそぶっ潰してやる」

 三人の視線の先に、さっきよりも重い足音を伴った人影が見えたからだ。
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