上 下
48 / 133
雪山と大鋸の騎士

クラウディオ山

しおりを挟む
 帝国北部の国境付近には、とある山がある。
 かつては神が住む山と言われ、普通の山以上に変わりやすい気候と無作為に生えた針葉樹林の代わり映えしない風景と、磁場が狂いやすい環境のせいで、一度迷い込んだら二度と出られないとまで言われた魔境だった。
 ダンジョンの出現と魔獣メタリオの発生、それに伴う技術向上によって人が住めるようになってからは、魔境と呼ばれなくなったが、年老いた人の多くがこの地を忌み嫌う。
しかもダンジョンの出現記録がないことから、聖騎士団ロイヤルナイツの巡回地にもなっていない。今では好き好んで近寄る者もいない、辺境と化した山。
それがここ、クラウディオ山である。

そんな山の中腹を、ざくざくと雪を踏みしめて歩く者達がいた。
普段は巨大なクマやオオカミといった原生生物が闊歩する雪道を、二足歩行の動物が歩いている。晴れた白銀の木々が立ち並ぶ山を進むのは、一組の冒険者。

「――ふう。本部長にもらった地図が正しければ、街まで半分は進んだかな」

 ホープ・タウンに住まう技術士エンジニア、クリス・オロックリンだ。
 ファーのついた分厚いコートとマフラー、手袋を身に纏い、大きなリュックを背負う姿は、いつもとはずいぶん違って見えるが、腰に提げた修理用ツールと、左右で違う色の瞳は間違いようがない。
 ではどうして、彼がここにいるのかというと、フレイヤを探しに来たからに他ならない。ホープ・タウンで手紙を読んだ彼は、ローズマリーの予想通り二日かけて準備を整え、一週間かけて山の麓に辿り着き、今こうして辺境の街ヴィノーへと向かっているのだ。
 もちろん、彼が一人でここにいるというのはあり得ない。

「カムナ、体の調子はどうだい?」

 クリスが声をかけたのは、彼の隣を歩くカムナである。彼女もまた、クリスのように分厚い服を着ている。毛玉のついた可愛らしい帽子だけは、自分の主人との違いだ。
 付け加えるなら、彼女はフレイヤの武器アームズ、大鋸『グレイヴ』を背負っていた。彼女には使いこなせないが、持ち主に返すべく持ってきたものだ。
 これほどの重量の物体を背負っていても、カムナは息一つ上がらなかった。

「ばっちりよ。クリスの『耐寒コーティング』のおかげで、関節も軋まないし、グレイヴを背負っててもこんなに動けるわ! さっきだって、熊を一撃で叩き潰してやったでしょ?」

 むしろ、クリスの問いに笑顔で応え、腕を振り回すほど元気が有り余っていた。
 前述したとおり、ここには三メートルを超えるクマ等の危険な生物が住んでいる。クリス達も山を登ってすぐに襲われたが、カムナが拳一つで撃退してのけたのだ。
 こんな仲間がいれば頼もしいのは、言うまでもない。

「あの時は本当に助かったよ。リゼットはどうかな?」

 だが、クリスにはもう一人、彼女動揺に頼れる仲間がいる。
 彼が声をかけた、防寒着のポケットから柄を覗かせるナイフもそうだ。

「クリス様の防寒着の中はぽかぽかですわ! わたくしなら全然大丈夫ですが、もしもクリス様が危機に陥ったなら……とうっ!」

 そのナイフが明るい声で喋ったかと思うと、中からもこもこのゴシックロリータ調の衣装に身を包んだ幽霊――リゼットが飛び出してきた。彼女もまた、フレイヤを探しに山に登った仲間だ。
 幽霊であるリゼットは、荷物を運ぶ必要も、(カムナ同様に)食事を準備する必要もない。ポケットに入れて持ち運びできる彼女は、クリスにとっても心強かった。

「こうしていつでも、身をもってクリス様をお守りいたしますわ!」
「そう言ってもらえると心強いよ、リゼット」

 献身的なリゼットの言葉を聞いて、クリスは微笑んだ。
 一方でカムナはというと、彼を奪い合う恋のライバルには、いつも冷たい調子だ。

「別にいいわよ、クリスはあたしがしっかり守るから。というか、幽霊のあんたは厚着する必要なんてないでしょうが」
「ちっちっち、カムナは相変わらずおバカさんですのね。寒さというものは見た目からも伝播するもの、わたくしが薄手の格好では、見ているクリス様も寒く感じてしまいますのよ。ま、ただの武器アームズには関係ないことでしてよ!」
「一言多いのよ、あんたは!」
「あはは、喧嘩するくらい元気なら、今のところは大丈夫そうだね」

 怒鳴り合う二人の関係性も、クリスにとってはほほえましい光景だった。二人が本当は、互いを心配し合うほど仲が良いと知っているからだ。
 加えて、こうして喧嘩ができる余裕があるほどの状況も、三人にとっては好都合だった。

「でも、天気が良くて安心したよ。もしも吹雪いてたりなんかしたら、きっと半日経ってもここまで来られなかったし、遭難する可能性もあったからね」
「この調子なら、予定通り陽が暮れるまでにはヴィノーの街に到着できるわね!」

 クラウディオ山は非常に天候の変動が激しい地域で知られているが、幸いにもクリス達が登山を始めてから今に至るまで、豪雪は一度も降らなかった。

「ローズマリー本部長に教えてもらったルートのおかげだよ。ホープ・タウンから直進するんじゃなくて、山を右に回り込んだ方が早いって聞いた時は信じられなかったけど……」

 しかも彼らは、街から北上してそのまま山に入るルートではなく、別の道を使っていた。
 わざわざ山をいったん迂回するなど、余計な労力にしか聞こえなかった。クリスがローズマリーの言い分に従ったのは、彼女の本部長としての経験と、妙な説得力のせいだ。
 ついでに付け加えておくと、彼らは事前に知らされていたが、クラウディオ山付近は国境に近いというのもあって、そもそも住民以外は入山の時点で最も近い麓の街で申請を出さないといけない。それを、彼らは怪しい道を使ってすり抜けている。
 結果として、彼らは非常に安全に、山を登れているのだから驚きだ。

「だいたい、こんなルート、誰も思いつかないわよ。もしかして、ローズマリーってクラウディオ山に登ったことがあるんじゃないの?」
「……あり得ない、とは言い切れないね」

 あの強靭な肉体ひとつで吹雪く山のてっぺんに登り詰めるローズマリーの姿は、おかしなくらい容易に想像できた。

「腕相撲でもしたら、あたしだって勝てなさそうな筋肉だもの。あれなら――」

 女性らしさがふんだんに盛り込まれたあの衣服の下に、どれほどの筋肉が密集しているのだろうか。失礼でなければ、いつか聞いてみたいものだ。
 そんな風に、カムナが考えていた時だった。

「――クリス様、カムナ。何かが来ますわ」

 不意に、リゼットがクリス達に言った。
 彼女の愛らしい目は、針葉樹林で埋め尽くされた道の端を睨んでいた。

「ああ、俺も感じたよ。二時の方角、数は……少なくとも、俺達より多いな」

 クリスも、それを感じ取っていた。
 彼の黒い瞳には、遠くの影の中にうごめく複数の姿が映っていた。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

ハズレスキル【収納】のせいで実家を追放されたが、全てを収納できるチートスキルでした。今更土下座してももう遅い

平山和人
ファンタジー
侯爵家の三男であるカイトが成人の儀で授けられたスキルは【収納】であった。アイテムボックスの下位互換だと、家族からも見放され、カイトは家を追放されることになった。 ダンジョンをさまよい、魔物に襲われ死ぬと思われた時、カイトは【収納】の真の力に気づく。【収納】は魔物や魔法を吸収し、さらには異世界の飲食物を取り寄せることができるチートスキルであったのだ。 かくして自由になったカイトは世界中を自由気ままに旅することになった。一方、カイトの家族は彼の活躍を耳にしてカイトに戻ってくるように土下座してくるがもう遅い。

クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~

いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。 他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。 「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。 しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。 1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化! 自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働! 「転移者が世界を良くする?」 「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」 追放された少年の第2の人生が、始まる――! ※本作品は他サイト様でも掲載中です。

異世界転生した俺は平和に暮らしたいと願ったのだが

倉田 フラト
ファンタジー
「異世界に転生か再び地球に転生、  どちらが良い?……ですか。」 「異世界転生で。」  即答。  転生の際に何か能力を上げると提案された彼。強大な力を手に入れ英雄になるのも可能、勇者や英雄、ハーレムなんだって可能だったが、彼は「平和に暮らしたい」と言った。何の力も欲しない彼に神様は『コール』と言った念話の様な能力を授け、彼の願いの通り平和に生活が出来る様に転生をしたのだが……そんな彼の願いとは裏腹に家庭の事情で知らぬ間に最強になり……そんなファンタジー大好きな少年が異世界で平和に暮らして――行けたらいいな。ブラコンの姉をもったり、神様に気に入られたりして今日も一日頑張って生きていく物語です。基本的に主人公は強いです、それよりも姉の方が強いです。難しい話は書けないので書きません。軽い気持ちで呼んでくれたら幸いです。  なろうにも数話遅れてますが投稿しております。 誤字脱字など多いと思うので指摘してくれれば即直します。 自分でも見直しますが、ご協力お願いします。 感想の返信はあまりできませんが、しっかりと目を通してます。

俺だけレベルアップできる件~ゴミスキル【上昇】のせいで実家を追放されたが、レベルアップできる俺は世界最強に。今更土下座したところでもう遅い〜

平山和人
ファンタジー
賢者の一族に産まれたカイトは幼いころから神童と呼ばれ、周囲の期待を一心に集めていたが、15歳の成人の儀で【上昇】というスキルを授けられた。 『物質を少しだけ浮かせる』だけのゴミスキルだと、家族からも見放され、カイトは家を追放されることになった。 途方にくれるカイトは偶然、【上昇】の真の力に気づく。それは産まれた時から決まり、不変であるレベルを上げることができるスキルであったのだ。 この世界で唯一、レベルアップできるようになったカイトは、モンスターを倒し、ステータスを上げていく。 その結果、カイトは世界中に名を轟かす世界最強の冒険者となった。 一方、カイトの家族は彼の活躍を耳にしてカイトを追放したことを後悔するのであった。

神の宝物庫〜すごいスキルで楽しい人生を〜

月風レイ
ファンタジー
 グロービル伯爵家に転生したカインは、転生後憧れの魔法を使おうとするも、魔法を発動することができなかった。そして、自分が魔法が使えないのであれば、剣を磨こうとしたところ、驚くべきことを告げられる。  それは、この世界では誰でも6歳にならないと、魔法が使えないということだ。この世界には神から与えられる、恩恵いわばギフトというものがかって、それをもらうことで初めて魔法やスキルを行使できるようになる。  と、カインは自分が無能なのだと思ってたところから、6歳で行う洗礼の儀でその運命が変わった。  洗礼の儀にて、この世界の邪神を除く、12神たちと出会い、12神全員の祝福をもらい、さらには恩恵として神をも凌ぐ、とてつもない能力を入手した。  カインはそのとてつもない能力をもって、周りの人々に支えられながらも、異世界ファンタジーという夢溢れる、憧れの世界を自由気ままに創意工夫しながら、楽しく過ごしていく。

転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】

ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった 【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。 累計400万ポイント突破しました。 応援ありがとうございます。】 ツイッター始めました→ゼクト  @VEUu26CiB0OpjtL

大器晩成エンチャンター~Sランク冒険者パーティから追放されてしまったが、追放後の成長度合いが凄くて世界最強になる

遠野紫
ファンタジー
「な、なんでだよ……今まで一緒に頑張って来たろ……?」 「頑張って来たのは俺たちだよ……お前はお荷物だ。サザン、お前にはパーティから抜けてもらう」 S級冒険者パーティのエンチャンターであるサザンは或る時、パーティリーダーから追放を言い渡されてしまう。 村の仲良し四人で結成したパーティだったが、サザンだけはなぜか実力が伸びなかったのだ。他のメンバーに追いつくために日々努力を重ねたサザンだったが結局報われることは無く追放されてしまった。 しかしサザンはレアスキル『大器晩成』を持っていたため、ある時突然その強さが解放されたのだった。 とてつもない成長率を手にしたサザンの最強エンチャンターへの道が今始まる。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。