追放された技術士《エンジニア》は破壊の天才です~仲間の武器は『直して』超強化! 敵の武器は『壊す』けどいいよね?~

いちまる

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新本部長と帝都技術士協会

別れ

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 その頃、フレイヤは一人で集会所から少し離れた川辺にいた。
 口の端を川の水でゆすぎ、小さく息を吐いた彼女だったが、すぐに草むらに駆け込んで胃の中身を吐き戻した。食べたもの、飲んだものがすべて、地面に還っていった。
 そうしているうち、いよいよ出るものもなくなってきたのか、フレイヤは草むらの中から出てきて、もう一度口をゆすいだ。ガンガンと揺らされる頭と、胃からこみあげる不快感が、どうにも拭いきれずにいた。

「うぇ……うっぷ……」

 まだ少し顔色が良くないフレイヤは、ついついえづいてしまう。
 探索者仲間には「大丈夫だ」と言って集会所に戻ってもらったが、あまり大丈夫でないのは明らかだ。油断すれば、もう一度リバースしかねないだろう。

「うむ、久々に……飲みすぎた、かな……?」

 久しく飲む機会がなく、羽目を外してしまったか。こんなさまでは、とても『クリス・オーダー』最年長のご意見番とは呼べないだろう。
 クリスの前で情けない姿を見せてしまったと、彼女が自嘲した時だった。

「――己の器量もわきまえずに無茶をする。フレイヤ様の悪い癖でございます」

 彼女の背後から、男の声が聞こえた。

「っ!?」

 一瞬で毛を逆立てたフレイヤは、ばっと振り返った。
 酒の飲みすぎで充血した目に映ったのは、彼女が予想した通りの相手だった。

「お久しぶりです、フレイヤ様。私の顔を、お忘れに?」

 真っ白なオールバックの髪型と口元を隠すほど長い白髭、細い目の周りに刻み込まれたしわと曲がった背が示す通り、男は年老いていた。夜闇なのに、淡い青色のフロックコートも含めて不思議なほど姿がはっきりと見えるのは、フレイヤの記憶による補正もあった。
 彼女が覚えている男の姿と、今の男の姿はまったく同じだった。だからこそ、フレイヤは彼が今、ここにいることそのものに驚いていた。

「バルディ……どうして、ここに……!?」
「私がお嬢様のもとを訪ねる理由は、貴女自身が一番ご存じでしょう」

 だが、バルディと呼ばれた老人が静かに答えると、フレイヤの動揺がわずかに消えた。吐き気も、気分の悪さも、もはやどこかにいってしまっていた。

「……私は父上に勘当された身だ。お前の期待するようなことなど、何もできない」
「だとしても、貴女様の力が必要なのです」

 バルディの言葉は重く、深く、フレイヤの心臓にのしかかってきた。

「旦那様――バーンズ・レヴィンズ様が床に伏せ、封印の力が弱まったのをが悟ったようでございます。魔獣メタリオのような怪物が街に大挙し、多くの命が失われました。防衛線を張っておりますが、蹂躙されるのも時間の問題です」

 何がどうなっていると理解できずとも、重大な事態であるというのは、フレイヤでなくても分かるだろう。問題なのは、彼女が当の本人となりうる、という点だ。
 フレイヤはじっとこちらを見つめてくるバルディから目を逸らし、自分の右腕を握った。そんな様子を見た老人は、小さくため息をついた。

「フレイヤ様、レヴィンズ家に残されたのは貴女様ただ一人。奥方様の敵を討つべく、レヴィンズ家の使命を果たすべく、どうか、御戻りになるご決心を」
「…………」

 唇を真一文字に結ぶフレイヤの返事を、彼は待たなかった。

「明朝まで、北の門でお待ちしております。それでは」

 ぺこりと頭を下げたバルディの姿は、フレイヤの前で影霞となって消えてしまった。まるで亡霊が闇の中に溶け込むように老人がいなくなっても、フレイヤはまだ、正面を見据えられないでいた。
 人が誰も通らない、川のせせらぎだけが聞こえる闇で、彼女はぐっと目を瞑った。

「…………」

 フレイヤは選択を迫られた。
 使命と現在と、天秤にかけられない二つを秤に乗せられ、傾かせるよう運命に指図された。
 そして恐ろしいことに、傾かせるべき秤はもはや決まっていた。運命がフレイヤの手を掴み、これまで積み重ねてきたすべてを、もう一つの皿から取り払わせた。
 ――戻らなければならない。因縁の決着と、罪の清算の為に。
 ゆっくりと開いたフレイヤの目に、光はなかった。

(――すなまい、クリス君)

 その口調は、最期の言葉のようだった。
 夜闇と同じくらい澱んだ瞳をしたフレイヤは、音もなく歩き出した。
 進むのは自分が泊まっている宿の方角だったが、足取りは帰路につくそれではなかった。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「……あれ……?」

 朝が来た。
 集会所の窓から差し込む光で、クリスはゆっくりと目を覚ました。
 彼はテーブルに顔を突っ伏して眠っていたようだった。体を起こして辺りを見回すと、酔い潰れた探索者やいびきをかくローズマリー、互いに頬をつねったまま眠るカムナとリゼット、掃除を始めているスタッフ達がいた。

「俺、寝ちゃったのか……ローズマリー本部長、カムナにリゼットも……」

 軋む体を伸ばし、立ち上がりながら、クリスはふと思った。

(そういえばフレイヤ、まだ戻ってないんだ。ずっと外にいたみたいだけど、集会所にもいないし……もしかして、宿に帰ったのかな?)

 スタッフに肩を叩かれて起きる探索者はちらほらいるが、やはりフレイヤの姿が見当たらない。昨日の不調もあったし、もしかするとどこかで眠りこけているのか。
 そう思ったクリスは、探索者達を踏まないように集会所を出た。そして、陽の光が目に眩しく刺さるのも構わず、彼は広い本部周辺をぐるりと回ってみた。
 吐しゃ物の痕跡のようなものはあったが、やはりフレイヤはいない。

(外にもいない、吐いた跡はあるのに)

 川辺で口でもゆすいで溺れたのか。あるいは、悪漢に連れ去られたのか。
 そのどちらでもないと、クリスは直観していた。

(なんだか、嫌な予感がする)

 まだ完全に回ってない脳みそを起こしながら、クリスは駆け出した。
 商人や街ゆく人が不思議そうな目で見つめるのも構わず、彼は宿の前に着くと、階段を駆け上がった。普段なら一番奥の自室へと向かうのだが、今日はフレイヤの部屋である、その二つ前の部屋で止まった。
 部屋の中から、人の気配は感じられなかった。人がいないだけでない、何か空間そのものがぽっかりと消えたような虚構感が、ドアの向こうから漂っていた。
 返事がないのを知りつつ、クリスは言った。

「フレイヤ? 入ってもいいかな?」

 やはり答えは聞こえてこなかった。
 彼はドアノブに手をかけ、静かに回した。

「……入るよ」

 返事を待たないまま、クリスはドアを開ききった。
 部屋の中を見た時、思わずノブから手を離した。

「……!」

 フレイヤの借りた部屋はいつものままだった。
 きれいに掃除され、聖騎士団ロイヤルナイツの制服がかかったままのクローゼット。眠った痕跡のないベッド。壁に立てかけられたままの大鋸。
 そして、テーブルの上に置かれた一枚の手紙と、羽ペン。

 部屋の前に立ち尽くすクリスは、誰に言われずとも悟った。
 ――フレイヤ・レヴィンズが、街を去ったのだと。
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