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新本部長と帝都技術士協会

美少女奪還大活劇

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「……遅いわ」

 一方その頃、手紙を出させた張本人であるカムナは、帝都へ向かう馬車の中で腕を組みながら、苛立った調子で腕を組み、指を叩いていた。
 もちろん、馬車を操縦しているのは彼女ではない。彼女の支配下に置かれたラッツが腫れた顔をさすりながら馬に乗っていた。ちなみに、残りの帝都技術士協会エンパイア・クランの面々は馬車の隅に押しやられている。
 というのも、カムナは計画通り手紙を届けるようラッツに命じたのに、その彼がちっとも追いかけに来ないのだ。彼女の予定ではすぐに助けに来るはずが、ちっともクリスの声が聞こえないのだから、彼女が口を尖らせるのは当然だった。

「愛するカムナオイノカミが攫われたのよ、クリスなら手紙を見た途端、飛び出してきてもおかしくないのに! あんた、ちゃんと手紙を届けたんでしょうね?」
「は、はい……ギルド本部の集会所の、投函箱に……痛だだだッ!?」

 ラッツの返事を聞いたカムナは、馬車の中から手を伸ばし、ラッツの髪を掴んだ。

「そんなんじゃ、クリスが見ない可能性もあるでしょ!? あんた達がやったみたいに、扉の間に挟むとかしてきなさいよ!」

 滅茶苦茶な要求だが、一行に反論する権利はない。反論した者が既に三人ほど、馬車から蹴落とされたのを目の当たりにしているからだ。

「無理ですよぉ! そんなことをすれば、私達が袋叩きに……」

 それでも涙目でこう言うほかないラッツだが、不意に二人の会話が遮られた。

「ラッツ氏、馬車が走ってきます……しかも、は、速いです! 速すぎます!」

 馬車の後ろから聞こえてきた、ボーマンの声。
 そして、この馬車を引く馬とは別の、蹄の音だ。

「馬車って、ひょっとして!」

 カムナはラッツを蹴飛ばしながら馬車に戻り、ボーマンを突き飛ばして顔を覗かせた。果たしてそこには、彼女が最も待ち望んでいた光景が広がっていた。

「――クリス!」

 白い馬に車を引かせた馬車に乗る、クリスだ。
 いや、正確に言えば、クリスは荷台から身を乗り出しているだけだ。暴れ馬の如く凄まじい速度で突進してくるそれに跨り、乗りこなしているのは、泥酔したフレイヤである。

「わははははは! 『赤鋸のレヴィンズ』の馬術をとくとご覧ずるがいいっ!」
「こんな乱暴な操縦、危なすぎますわ! わたくし、何回振り落とされそうになったか!」

 ちなみに、カムナは来るなと言ったが、リゼットもちゃんとついて来ていた。
 二人の姿を見た途端、カムナの喜びに満ちた顔に、僅かな影が差した。

「それにフレイヤと、げっ、バカ幽霊もいるのね」
「聞こえてますわよ、バカムナ!」

 カムナが怪訝な顔を見せると、声が聞こえるほどの距離まで迫っていた馬車の中で、リゼットが顔をしかめて怒鳴り返した。

「とにかく、クリス様! 敵の姿が見えましたわ!」
「うん、俺も捉えたよ! フレイヤ、もっと近くに寄せてくれ! 作戦通り、俺がカムナを取り返したら、逃げられないように馬車を『解体』する!」
「任せておけっ! ハイヨー、シルバーっ!」

 フレイヤが素っ頓狂な声で叫ぶと、右に左に揺れながらも馬はさらに加速し、あっという間にラッツの馬車に隣接した。
 これはまずいと思ったラッツは、どうにかして距離を取ろうとした。
 だが、もはや遅い。クリスは馬車から跳び上がり、『焔』を構えていた。

「『ほむら』、『爆炎剣ばくえんけん』! そしてオロックリン流解体術――」

 長方形のツールの先端が赤く染まる。折れた剣の如く輝くそれから炎熱が迸り、宙を舞うクリスの残像となり、二色の瞳が馬車を捉えた時――。

「――壱式『甲型・漁火いさりび』ッ!」

 彼の刃の一振りで、馬車はされた。
 中の人間とカムナ、馬とラッツを一切傷つけず、しかし馬車を構築する部品はすべてその形を保ったまま、魚を勢いよく卸したかのように解体した。よく見れば、あらゆる部品のつなぎ目の部分が、溶岩のように溶かされていた。

「な……炎で、馬車の部品を、解体、したっ?」

 そう。ふわりと空中にはじき出されたラッツの言った通り。
 クリスは一瞬で何十回と超高温の刃を振るい、寸分狂わぬ動きで馬車を造られる前の状態まで戻して見せたのだ。
 そんな芸当に驚愕する間もなく、協会の面々は地面に転がり落ちた。

「「どわあああぁぁーっ!」」

 勢いを殺しきれず、頭や体を平原に叩きつけられる一同。
 ただ、カムナだけは違った。彼女も宙にふわりと浮いたが、ツールをしまったクリスが空中で彼女を抱きかかえて着地したおかげで、無傷で馬車から脱出できた。
 何が起きたのか分からず、クリスの腕の中でキョトンとするカムナが傷一つないのを見たクリスは、安堵の息を漏らしながら彼女を見つめた。

「ふう……大丈夫かい、カムナ? 怪我はない?」
「え、あ、うん……」

 待ち望んだ、夢にまで見たクリスによるお姫様抱っこ。
 なのに、カムナは頬を染めて縮こまるばかりで、彼とろくに目も合わせられなかった。

(やばい、心臓の音近くて、好きって言うつもりだったのに、熱くなって、頭真っ白に……)

 というのも、カムナはここまでしてのけたのに、いざ実際にそのシチュエーションになると、恥ずかしさが勝ってしまったのだ。先ほどまで傍若無人を働いていた武器の姿はそこにはなく、代わりに純真な、恋する乙女がクリスの腕の中にいた。
 クリスはというと、彼女のリアクションの理由がよく分かっていないのか、怪我がなければよかったとばかりに優しく彼女を下ろした。地団太を踏めば地面にひびが入る重量の彼女を抱けるのも、クリスのなせる業である。

「きーっ! カムナ、いつまでクリス様にくっついてるつもりですの!」

 そんな二人の様子に嫉妬するリゼットの後ろでは、地面に這いつくばるラッツが、必死の形相でボーマンの傍にずりずりと近寄っていた。

「ひいぃ……ぼ、ボーマン、さっさと逃げましょう……ぎゃっ!?」

 腹心と一緒に姿をくらまそうとしていたラッツだが、そうはいかない。
 二人はたちまち、どこからともなく現れた鎖によってがんじがらめにされた。しかもその鎖は、服や靴を縫い付けるように貫通しているのだ。
 言うまでもなく、これはリゼットの武器と能力である。リゼット同様、幽霊のように透ける鎖は、その気になれば肉や骨を貫いて現出することもできる。

「逃がすわけがありませんでしょう。三流の技術士エンジニア程度に、わたくしの『ノーブル・バインド』を破れると思いまして?」
「ひっく、お前達も動くなっ! 私の大鋸『グレイヴ』に引き裂かれたくないならなっ!」

 加えて酔っぱらったフレイヤが振り回す回転大鋸『グレイヴ』の威圧も相まって、いよいよ技術士協会は逃亡を許されず、ただその場で呻くだけとなった。

「う、うぅ……!」
「い、命だけは助けてくれぇ……」

 自分達の所業を後悔しても(たとえ同調しただけでも)、もう遅い。
 特にラッツは、今まさに人生最大の選択を迫られていた。なんせ、目の前にクリスが――月光が雲に遮られたせいで、表情が見えない不気味なクリスが立っているからだ。

「さて、ラッツさん。あなたには二つの選択肢がある、よく考えて答えてほしい」
「二つの……選択肢……?」
「ひとつは俺達と一緒に、あそこにある網で引きずられながらエクスペディション・ギルドのところに戻り、自警団の前で今までの罪を自白すること。もう一つは――」

 彼が口を開くと同時に、雲が掻き消え、月明かりが差した。
 その瞬間、ラッツは人生最大の恐怖が心臓からこみあげてくるのを感じた。

「――仲間を連れ去られた俺の怒りを、ここで骨の髄まで思い知ることだ」

 クリスの目は、どの魔獣メタリオよりも怒りに満ちていた。違う色の瞳なのに、どちらにも憤怒、憎悪、殺意、そのすべてが込められていた。
 こんな目で凝視されたならば、返事は一つしかない。というより、恐らくこの状況で彼に自分の運命を委ねる判断ができる人間など、いるはずがないだろう。

「……ひ、ひひ、ひとつ目でお願い、しますうぅ……」

 ラッツが、凍えたかのように歯を鳴らしながら答えたのを見て、クリスは微笑んだ。

「正しい判断だね。それじゃあ皆、帰ろうか」

 ただし、彼は微塵も容赦などしなかった。
 自分で言った通り、ラッツ達をお手製の強靭な網で包み、馬車の後部に括りつけて引きずっていった。これまでの悪行を思えば、まあ、比較的軽い罰である。
 そうして悪党を引き回しながら、馬車はここに来た時よりものんびりと、エクスペディション・ギルドとローズマリー達が待つホープ・タウンへと戻っていった。

「……えへへ♪」

 クリスに助けられた嬉しさを隠さず、彼にべったりとくっつくカムナ。

「だーかーら、クリス様にそれ以上引っ付くなって言ってるでしょうにーっ!」

 二人の間に割って入るリゼット。

「はっはっはっは! わーっはっはっは……うぷ」

 陽気に馬に跨りながら、一瞬だけ顔を青くしたフレイヤと共に。
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