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新本部長と帝都技術士協会

『技術士協会』

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「人攫いなんて、人聞きの悪い。我々は技術士エンジニア達により良い職場を提供しているだけですよ。喜ばれこそすれど、咎められる筋合いはありませんね」

 どこか猫なで声にも聞こえる調子でそう言いながら、一団の先頭の人物が歩いてきた。
 合わせて十人近い、二十代から三十代の彼らは全員が真っ青な燕尾服と赤いネクタイを身にまとい、同じ帽子を被っている。いかにも貴族や富裕層といった出で立ちで、特にリーダーらしい男は鼻の下のくるんと跳ねた髭、隣の側近らしい男は便底眼鏡が目立つ。

「本部長、この人達は……」

 クリスがローズマリーに問いかけたが、言葉絵を遮るように、男のほうが声をかけた。

「おや、貴方も探索者ですか?」
「あ、はい。少し前にホープ・タウンに来た、技術士のクリス・オロックリンです」
「ふむ……ボーマン、技術士のリストを」

 隣の男が鞄から取り出した文書を受け取り、軽く目を通してから、クリスをもう一度見た。その目は興味というより、どこかくだらないものを見るような目だった。

「なるほど、確かに貴方のことはリストには載っていませんね。しばらくこちらには来ていませんでしたから、我々を知らないのも無理はないでしょう」

 リストを側近の男に返して、彼は軽く鼻を鳴らしながら言った。

「我々は『帝都技術士協会エンパイア・クラン』。帝都での技術研究の為に技術士を国中から集めている……まあ、スカウトマンのようなものです。私が代表のラッツ、隣にいるのが補佐のボーマンです」

 ラッツ、ボーマンに加えて後ろの男達も、軽く頭を下げて礼をした。
 紳士的な容姿と態度も相まって、クリスは今のところ、さほど彼らを警戒していなかった。だが、他の探索者達は、まるで自分達にトラブルをまき散らす厄介者がやってきたかというかのような調子で、さっさと本部を出て行ってしまった。
 今まで見たこともないような本部の様子にクリスが戸惑っていても、ラッツは表情一つ変えずに説明を続けるのを止めなかった。何度も何度も同じ対応をされて、すっかりギルド側のリアクションに慣れているかのようだ。

「我々は技術士の引き抜きを行う組織でしてね。高い技術を持ちながら活かせていない、探索という仕事に馴染めない方を、王族や貴族の専属技術士として紹介しています」
「では、あなた達は全員技術士なんですか?」
「ええ、その通りです。今はリクルート専門ですがね……といっても、武器アームズの修理にも長けていますので、どちらの手腕も信じてもらって構いません」

 自分の腕前を自慢しつつ、ラッツは髭を撫ででにやりと微笑んだ。

「探索者が集まる都市、特にホープ・タウンには有能な技術士が集まる傾向にありますからね。より稼げる手段を提示して、もしくはいつ死ぬか分からない恐ろしい探索に付き合うリスクを解消して、技術士が安全に働ける環境を提供しているのですよ」

 ただ、やはりクリスには、技術士協会が悪党には思えなかった。仮に富裕層特有の態度が鼻につくとしても、彼らの言い分は間違っていない。
 技術士の多くがダンジョンについて行かずに、ホープ・タウンに店を構えるのは、探索が非常に危険だと知っているからだ。探索について行く技術士の多くは店を経営するほどの財力や技術がないので、しぶしぶそうしているだけだ。
 そしてまた、彼らの多くは、死の危険に晒されている。クリスのように自衛手段を持つ技術士はごく稀で、魔獣メタリオにもしも襲われでもすれば、命はない。時には襲撃された際、パーティーに置いて行かれることもあるほどだ。
 だから、ホープ・タウン以上に安定して稼げる地域や役職があれば、そっちに飛びついても何らおかしくないのだ。クリスが同じ立場なら、協会への所属を選ぶかもしれない。

「あらぁ、嘘はよくないんじゃない?」

 ただ、ローズマリーは彼らの虚偽を見抜いているようだった。
 クリスよりもずっと屈強な彼女に睨まれ、ラッツの笑顔が少し揺らいだように見えた。

「嘘、ですか。私の言葉に、嘘はないと思いますが?」
「全部が嘘、って言った方がいいわねぇ。王族や貴族の専属技術士、なんてのは聞こえがいいだけよぉ。あの連中の要望は理不尽で横暴、めちゃくちゃな複雑さの玩具を作れなんて言われて、できなければ飢え死にだなんて、奴隷と変わらないでしょ?」
「おっと、困りますよ。誇張表現が混じっていますね」
「じゃあ、貴族から与えられる利益の半分以上を、あんた達が吸い上げてるってのは?」

 今度こそ、ラッツやボーマン、協会の面々は苦い顔を隠そうともしなかった。ローズマリーはというと、してやったと言いたげに、クリスに口づけのような笑顔を見せた。
 もっとも、話している内容はとても笑えるものではなかった。無茶な要求をされるのは百歩譲って許せるとしても、金が手に入らないのでは、ホープ・タウンで仕事を探す技術士から奴隷にランクダウンしたといっても過言ではない。

「クリスちゃんには教えてあげるわ。こいつらに連れていかれた技術士は、最初こそ自分の意思で帝都に向かったの。けど、悪評がこっちに聞こえてくるにつれて、協会の要求を拒むようになったのよ。そしたら、どうしたと思う?」

 しかもローズマリーが続けたのは、さらに恐ろしい彼らのやり口だ。

「ならず者に襲わせて、あるいはダンジョンでの怪我に見せかけて傷つけて、無理やり連れて行ったのよ。もちろん反論するようなら、お偉いさんの権力を借りて黙らせているのよ。そんな奴らが人攫いじゃなくて、なんだっていうのかしらぁ?」

 暴力と権力、クリスが嫌う二つを使って人を支配すると聞いて、いよいよ彼は顔をしかめた。情報のすべてを鵜呑みにする気はなかったが、それでも嫌悪感が芽生えてしまった。
 彼らのやっていることは、かつてのイザベラと変わらないと思えてならなかった。

「そんなことを……」
「……風評被害ですね。新人技術士君に、よくない知識を植え付けるのはやめてください」

 ラッツは上ずった声で、ボーマンやその他の会員は無言で抵抗を露にしていたが、クリスはもう、疑問をぶつけるのをためらわなかった。

「だったら、ローズマリー本部長。しばらく来ていないと言ってましたが、ジェンキンスさんがいたときに、彼らはどうしてここに来なかったんです?」
「それは、他の用事が……」
「二年前にケビンちゃん本部長に就任してからは、彼が他の貴族に取り入って、技術士を引き抜かないように頼み込んでたのよ。あの子、貴族ともパイプがあったからね」

 やや慌てたラッツが取り繕うように口を開くより先に、ローズマリーが言った。

「今は私が本部長を務めたから、大方敵がいなくなったと思ってやってきたんでしょうね。こいつらは自分達より弱い相手か、いうことを聞く奴にだけ強く出られるから。だけど、勘違いしているなら言っておいてあげるわ」

 ローズマリーの目が、威圧するように協会の面々を捉えた。
 それは彼女だけでなく、ギルドに務める者達も同じだった。

「うちの技術士は一人も拉致させねえぞ。分かったら出ていけ、クソ共が」

 ここで働いて、探索者を支える人々にとって、彼らは守るべき家族も同然だ。
 だから、大人しくその家族を引き渡す理由など、どこにもなかった。
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