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9章 2021年 最愛の人
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蓮也が寝室を出て行った後、十羽は言われたとおりシャワールームへ向かった。シャワールームもホテルのように洗練されたデザインで洒落ており、すごい家だなと感心する。
シャワーを浴びた後、用意されていたスウェットの上下を身につけた。部屋着にぴったりな服で着心地が良い。
彼は22年間をどんな風に過ごしてきたのだろう。てっきり結婚したと思っていた。ずっと独身だと言っていたが、女性との間に子どもができた可能性は高い。工房で見た『りょうちゃん』は蓮也にそっくりだったのだから。
十羽のことをどう思っているのか、確かめるのが怖い。20歳の頃のように優しいけれど、もう愛してはいないと言われたらショックだ。
階段を降りると、一戸建ての一階は昔の伊桜家に似た間取りだった。リビングとダイニング、キッチンがある。だが昔の家よりかなり広く、照明からカーペットに至るまで、北欧風のスタイリッシュなインテリアで統一されていた。木製のダイニングセットは蓮也が手がけたのだろう。シャープなデザインと無垢材のあたたかさが融合しており、一見しただけでも一級品だとわかる。
ダイニングテーブルの上には、一人用の小さな土鍋が置かれていた。中から温かそうな湯気が立っている。
蓮也が土鍋の前の椅子を引き「ここに座って」と言った。
「は、はい。失礼します」
怖ず怖ずと腰かける。目の前の土鍋から雑炊の優しい香りがして腹がキュルルと鳴った。
赤くなる十羽を見た蓮也が、柔らかく目を細める。
「ずっと飲まず食わずだったんだろ。消化のいい雑炊を作ったから、食べてごらん」
「はい……。では、遠慮なく、いただきます」
添えられていたレンゲを使って雑炊を口に含むと、十羽が好きなほんのりと甘い味つけだった。
「おいしい……!」
食べるごとに少しずつ、強ばっていた体から力が抜けていく。
向かい側に座った蓮也が「さて、食べながら俺の話を聞いてくれるかな」と言うので、神妙に「はい」と答えた。
「そんなに固くならなくていいよ。ただ……全てを正直に話す。そのつもりで聞いてくれ」
十羽はゴクリと雑炊を飲み込んだ。
* * *
1999年11月16日、「幸せになってね」と言い残して十羽は消えた。
蓮也は決して諦めないと心に誓い、それからは一人前の家具職人を目指して懸命に仕事に打ち込んだ。
──早く十分に稼げるようになりたい。
以前、海辺のホテルで十羽をナンパしてきた中年男から『貧乏そう』と言われて悔しい思いをした。
いつか独立して稼ぎ、見返してやるぞと目標を立てた。22年後に十羽と再会したとき、二人でゆとりのある暮らしをしたい。
生まれたばかりの十羽は両親の元ですくすくと育っていった。蓮也は時々、遠くから十羽の成長を見守った。
3歳を過ぎた十羽は天使のようにかわいらしくなった。すると十羽の周囲を怪しい目をした成人男性がうろつくようになった。男達は美少女のような十羽に目をつけ、イタズラをする機会を窺っているようだった。
──十羽を守らなければ。
蓮也は十羽に気づかれないよう護衛をした。十羽を連れ去ろうとした男を捕まえたり、許可なく写真を撮る男を注意したり。
十羽に自分を認識されなければ、歴史を変えることにはならないだろう。
気づかれないように細心の注意を払い、幼い十羽を守ることにした。
だが仕事をしているので、一日中護衛をするわけにもいかず、仕事中に何かあったらどうしようと常に心配していた。
周りの同僚は蓮也の事情を知らない。なぜ彼女を作らないのか、結婚はしないのかと何度も尋ねた。つき合ってほしいと言ってくる女性も大勢いた。
蓮也はいつも、木工にしか興味がないと答えた。おかげであいつは変人だ、残念なイケメンだと揶揄された。
2021年はまだまだ遠い。十羽がいない寂しさは木工に没頭することで紛らわせた。仕事と護衛の間に自分の作品を作り、職人として着実に腕を磨いていった。
仕事が忙しくなるにつれ、護衛に割ける時間が減っていく。この頃、蓮也は護衛と称して幼児を追う、自身の行動に疑問を抱くようになっていた。
──周りから見たら、俺も変質者なんじゃないか?
将来の恋人を守っていると言って、誰が信じてくれるだろう。実際、護衛中に警察から職務質問をされたこともある。
十羽が大人になるまで木工の勉強のために海外留学してみようか。
大人の十羽に会えない寂しさも限界に近かった。しばらく何もかも忘れて、遠い国で生きてみてはどうだろう。
そんな風に考えていた頃、とうとう十羽が大人の男にイタズラされそうになった。しかもイチョウの巨木の下で。犯人の男は十羽を女の子と間違えたらしく、男の子だとわかって激怒、足で蹴り飛ばそうとした。それをなんとか阻止し、蓮也は泣き出した十羽の頭を撫でてなだめた。
しかしすぐに幼稚園の先生に引き渡した。十羽が蓮也の存在を認識して歴史が変わったら大変だ。
──十羽に、俺という存在を覚えられただろうか。
少し心配になったが、十羽はまだ幼い。成長するにつれて自分のことは忘れるだろう、歴史は大きく変わらないだろうと思った。
十羽がそのとき、蓮也を王子様みたいだと思い、ずっと憧れ続けるなど知る由もない。
しばらく後、犯人は逮捕されたが蓮也は安心できなかった。
十羽は幼いながらも人を引きつける魅力がある。それは魔性と言えるような魅力で、特に犯罪者まがいの男を虜にさせる。今後も狙われる可能性は大きい。やはり護衛をやめるわけにはいかない。海外留学している場合ではない。
シャワーを浴びた後、用意されていたスウェットの上下を身につけた。部屋着にぴったりな服で着心地が良い。
彼は22年間をどんな風に過ごしてきたのだろう。てっきり結婚したと思っていた。ずっと独身だと言っていたが、女性との間に子どもができた可能性は高い。工房で見た『りょうちゃん』は蓮也にそっくりだったのだから。
十羽のことをどう思っているのか、確かめるのが怖い。20歳の頃のように優しいけれど、もう愛してはいないと言われたらショックだ。
階段を降りると、一戸建ての一階は昔の伊桜家に似た間取りだった。リビングとダイニング、キッチンがある。だが昔の家よりかなり広く、照明からカーペットに至るまで、北欧風のスタイリッシュなインテリアで統一されていた。木製のダイニングセットは蓮也が手がけたのだろう。シャープなデザインと無垢材のあたたかさが融合しており、一見しただけでも一級品だとわかる。
ダイニングテーブルの上には、一人用の小さな土鍋が置かれていた。中から温かそうな湯気が立っている。
蓮也が土鍋の前の椅子を引き「ここに座って」と言った。
「は、はい。失礼します」
怖ず怖ずと腰かける。目の前の土鍋から雑炊の優しい香りがして腹がキュルルと鳴った。
赤くなる十羽を見た蓮也が、柔らかく目を細める。
「ずっと飲まず食わずだったんだろ。消化のいい雑炊を作ったから、食べてごらん」
「はい……。では、遠慮なく、いただきます」
添えられていたレンゲを使って雑炊を口に含むと、十羽が好きなほんのりと甘い味つけだった。
「おいしい……!」
食べるごとに少しずつ、強ばっていた体から力が抜けていく。
向かい側に座った蓮也が「さて、食べながら俺の話を聞いてくれるかな」と言うので、神妙に「はい」と答えた。
「そんなに固くならなくていいよ。ただ……全てを正直に話す。そのつもりで聞いてくれ」
十羽はゴクリと雑炊を飲み込んだ。
* * *
1999年11月16日、「幸せになってね」と言い残して十羽は消えた。
蓮也は決して諦めないと心に誓い、それからは一人前の家具職人を目指して懸命に仕事に打ち込んだ。
──早く十分に稼げるようになりたい。
以前、海辺のホテルで十羽をナンパしてきた中年男から『貧乏そう』と言われて悔しい思いをした。
いつか独立して稼ぎ、見返してやるぞと目標を立てた。22年後に十羽と再会したとき、二人でゆとりのある暮らしをしたい。
生まれたばかりの十羽は両親の元ですくすくと育っていった。蓮也は時々、遠くから十羽の成長を見守った。
3歳を過ぎた十羽は天使のようにかわいらしくなった。すると十羽の周囲を怪しい目をした成人男性がうろつくようになった。男達は美少女のような十羽に目をつけ、イタズラをする機会を窺っているようだった。
──十羽を守らなければ。
蓮也は十羽に気づかれないよう護衛をした。十羽を連れ去ろうとした男を捕まえたり、許可なく写真を撮る男を注意したり。
十羽に自分を認識されなければ、歴史を変えることにはならないだろう。
気づかれないように細心の注意を払い、幼い十羽を守ることにした。
だが仕事をしているので、一日中護衛をするわけにもいかず、仕事中に何かあったらどうしようと常に心配していた。
周りの同僚は蓮也の事情を知らない。なぜ彼女を作らないのか、結婚はしないのかと何度も尋ねた。つき合ってほしいと言ってくる女性も大勢いた。
蓮也はいつも、木工にしか興味がないと答えた。おかげであいつは変人だ、残念なイケメンだと揶揄された。
2021年はまだまだ遠い。十羽がいない寂しさは木工に没頭することで紛らわせた。仕事と護衛の間に自分の作品を作り、職人として着実に腕を磨いていった。
仕事が忙しくなるにつれ、護衛に割ける時間が減っていく。この頃、蓮也は護衛と称して幼児を追う、自身の行動に疑問を抱くようになっていた。
──周りから見たら、俺も変質者なんじゃないか?
将来の恋人を守っていると言って、誰が信じてくれるだろう。実際、護衛中に警察から職務質問をされたこともある。
十羽が大人になるまで木工の勉強のために海外留学してみようか。
大人の十羽に会えない寂しさも限界に近かった。しばらく何もかも忘れて、遠い国で生きてみてはどうだろう。
そんな風に考えていた頃、とうとう十羽が大人の男にイタズラされそうになった。しかもイチョウの巨木の下で。犯人の男は十羽を女の子と間違えたらしく、男の子だとわかって激怒、足で蹴り飛ばそうとした。それをなんとか阻止し、蓮也は泣き出した十羽の頭を撫でてなだめた。
しかしすぐに幼稚園の先生に引き渡した。十羽が蓮也の存在を認識して歴史が変わったら大変だ。
──十羽に、俺という存在を覚えられただろうか。
少し心配になったが、十羽はまだ幼い。成長するにつれて自分のことは忘れるだろう、歴史は大きく変わらないだろうと思った。
十羽がそのとき、蓮也を王子様みたいだと思い、ずっと憧れ続けるなど知る由もない。
しばらく後、犯人は逮捕されたが蓮也は安心できなかった。
十羽は幼いながらも人を引きつける魅力がある。それは魔性と言えるような魅力で、特に犯罪者まがいの男を虜にさせる。今後も狙われる可能性は大きい。やはり護衛をやめるわけにはいかない。海外留学している場合ではない。
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