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7章 ハタチの恋人

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「さて、問題はどうやったら未来へ帰れるかだ。方法はわからないけど、俺、これから公園へ行ってイチョウの神様にお願いしてみるよ。十羽さんを未来へ帰してほしいって」
「それなら……多分、僕の気持ち次第だと思う」
「ん? どういうこと?」

 未来へ帰る方法について、十羽はひとつの仮説を立てていた。
 過去へタイムスリップするときはいつも『逃げたい』と強く意識したときに時間を超える。逆に未来へタイムスリップするときは『帰らなければ』と意識してドアを開けたとき。

 タイムスリップの引き金はいずれも十羽の気持ち。イチョウの神様がそれを感じ取り、不思議な力で十羽をタイムスリップさせているのでは、という仮説だ。

「僕はこの半年近く、できるだけ未来の世界について考えないようにしてた。考えたら、やっぱり帰らなきゃって思うから。心配をかけている家族のために」

 未来の世界について考えることを避けてきたからこそ、この世界に半年近くも留まれたのだろう、と考えた上での仮説である。

「てことは……十羽さんの気持ち次第でタイムスリップするのか」
「多分……」

 帰ろうと強く意識してどこかのドアを開ければ、今すぐにでも帰れるかもしれない。だが未来へ帰れば、蓮也と過ごす幸せな日々が終わる。2021年の世界で再会できたとしても、彼が変わらず自分を想ってくれているとは限らない。

「僕も消えたくはないよ。だから帰らなきゃって思う。だけど……蓮也君と離ればなれになるなんて……」
 彼にしがみつくと、蓮也は十羽を強く抱きしめた。
「大丈夫。必ず再会しよう。それまでの辛抱だ」
 深く唇を重ね、そのままソファの上にゆっくりと倒れ込んだ。
 一緒にいられるのはあとわずか。焦燥が募る。

「これが最後だなんて、言わせないからな」
 二人はソファの上で、互いの存在を確かめるように深く愛し合った。


 翌日も十羽の体は時々透明になった。
 体全体が半透明のときは物に触ることができない。幽霊にでもなったような面持ちで佇み、体が現れるのを待った。

 蓮也は十羽を心配して仕事を休み、朝から料理や洗濯、掃除などの家事をこなして家の中を動き回っている。
 彼を手伝えなくてもどかしい。でも物に触れられないので何もできない。やるせない気持ちでリビングに立っていると、鏡に自分の姿が全く映っていないことに気づいて思わず目を伏せた。

 肉体がどんどん消え薄れていく。音もなく死が近づいているような感覚がして恐ろしい。
 十羽は半透明の拳をギュッと握りしめた。

 このまま消滅したら蓮也はこの先ずっと、自分のせいで十羽を死なせたと思い、とがを背負ったような気持ちで生きるだろう。そうさせないために、覚悟を決めて未来へ帰らなければ。

 しかし半透明の姿ではドアノブを握ることができない。蓮也にさよならを言うのも辛い。困窮していると、家事を終えた蓮也がリビングに戻ってきた。

「十羽さん、体はどう?」
 立ち尽くしていた半透明の体を、彼が両手で包むように抱きしめる。何もない空間を抱くような格好だ。

「大丈夫……」
「そっか。すぐ元に戻れるよ」

 安心させるような口調だが、さすがに内心の不安が伝わってきた。
 なんとかさよならを言わなければ。震える唇を開いたとき、玄関のチャイムが鳴った。

「伊桜さーん、町内会の林です」
 近所に住む主婦の声だ。
 蓮也が「はい」と言って十羽のそばを離れ、リビングのドアを開けて玄関へ向かった。

 ドアが閉まり、玄関先から「町内会費をお願いします。年額で2200円です」という声が聞こえてくる。
「ちょっと待っててください」
 リビングに戻ってきた彼が鞄から財布を取り出し、玄関にとって返した。

「すみません、今5000円札しかなくて」
「お釣りは……えーと」
 釣り銭の用意に手間取っているようだ。

 十羽は自分の財布に2200円がちょうどあったと思い出し、キッチンの棚の引き出しを開けて財布を取り出した。それを持ってリビングのドアを開ける。

 ドアを、自分で開けられた。財布も持てた。体が半透明ではなく、元に戻ったので物に触れたのだ。良かった、今は透明じゃないんだ! と思ったのも束の間、ドアの向こうから真っ白な光りが広がった。

「あっ……!」
 良くない! まださよならを言ってないのにドアを開けてしまった!
 光りがどんどん膨らみ、十羽の体を包み込んでいく。

「十羽さん!?」
 遠くから蓮也の声がした。
「蓮也く……!」

 返事をしようとしたが、体は強風に押されてあっという間に白い空間へ。
 そして落下し、次の瞬間には──。

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