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7章 ハタチの恋人
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「ただね、運命の人と未来永劫結ばれるためには、ちょっとした試練を乗り越えなければいけないらしいの」
「試練、ですか?」
女性の言葉に不安を覚える。
「神様が二人の愛を試すのかしらね。ま、単なる言い伝えよ。愛し合ってる二人なら、何があっても乗り越えられるでしょ? だからそんなに心配しなくてもいいわよ」
十羽の表情に不安が色濃く表れていたのだろう。女性は励ますように「二人とも、頑張ってね」と言って立ち去った。
イチョウの巨木は昼の光を浴び、一層輝きを増している。まるで恋人達を祝福しているような光りの中、蓮也が十羽の手を握った。
「さっきの人、俺達が恋人同士だって、多分わかってたよな」
「そうだね。二人ともって言ってたし」
同性カップルでも応援してもらえて嬉しい。
「俺はどんな試練があっても乗り越えるよ」
「うん、僕も」
二人の気持ちはひとつだ。試練さえ乗り越えればこのまま、二人はずっとこの世界で一緒にいられるかもしれない。そんな期待が胸に湧いたとき……。
「十羽さん!?」
突然、蓮也が緊迫した声を発した。
「え? 何?」
彼の視線を追って自分の左手を見る。繋いでいる手だ。
「……ひっ!」
十羽は思わず手を離した。
左手が消えている──!
ゾッとしてシャツをまくり上げると、手首から指先までが透明になっていた。自由に動かすことはできるが、目には見えない。完全に透明になっている。信じられない光景だ。
「手の感覚はあるのか?」
「う、うん」
蓮也が恐る恐る、手のひらがある辺りに手をかざす。十羽の見えない左手を握ろうとしたけれど、彼の手はスッと宙をすり抜けた。
「マジかよ……!」
二人して青ざめた。パニックになりそうだ。
「僕の、手が……!」
「とにかく、人に見られないほうがいい。今すぐ帰ろう」
十羽と蓮也は荷物をまとめて帰路についた。
道中、まるで何事もなかったように左手が現れ、二人は安堵の息をついた。しかし胸騒ぎが消えない。嫌な感覚がして靴を脱いでみると、なんと今度は左足が消えていた。
「あぁっ……!」
よろめく十羽を蓮也が支える。
「大丈夫か? 歩ける?」
呼吸を整えて足を動かす。地面に着地した感覚をはっきりと感じるので、歩行に支障はない。見えなくても自分でなら触ることができる。だがやはり、蓮也には触れられなかった。
一体、自分の体に何が起きているのか。
恐ろしさのあまり急ぎ足で伊桜家に戻った。
その後も手足が消えたり現れたりした。日暮れになると3分ほど両手が消え、夜には体全体が5分ほど半透明になった。痛くもかゆくもないが猛烈に不安である。怖くて堪らない。
困惑したまま夜が更けていく。
点滅のように透明になる現象は真夜中まで続き、日付が変わる頃にやっと普通の体に戻った。しかし当然ながら不安は消えない。いつまた消えるかわからないのだ。ゆっくり眠ることなどできず、二人はソファに腰かけて肩を寄せ合った。
「僕はこのまま消えるのかな……」
蓮也が震える十羽を強く抱き込む。
「わからない。わからないけど……もうすぐこの世界に、十羽さんが生まれるからかもしれない。やっぱり、同じ時代に同じ人間は存在できないってことなのかも」
以前、二人で話をした。『同じ時代に同じ人間は存在できない』というルールがあるのではないかと。ルールがあるならば、十羽は12月までに未来へ強制送還されるのでは、と。
誕生日まであと一ヶ月ほど。てっきり強制送還だと思っていたが、実際は肉体が消えるという結末なのかもしれない。
「十羽さんは、未来へ帰ったほうがいい」
「え……?」
「肉体が消えるなんて死ぬのと同じだ。それはだめだ。俺が耐えられない。だったら未来へ帰って、2021年の世界で再会するほうがいい」
「で、でも、再会できるまで、22年も……」
不安げな十羽の頬を、彼の大きな手が包む。
「前にも言っただろ。俺はずっと十羽さんを待つ。ずっと好きでいる。だから安心して未来へ帰ってほしい。帰ったとき、必ず迎えに行くから。待たなくていい、42歳のおっさんには興味ないって言われたら切ないけどな」
蓮也は困ったように笑んだ。
「そんなことない! 何歳でも蓮也君は蓮也君だよ」
「俺、おっさんになるけど待っててもいいか?」
迷わず、大きく頷く。
「待っててほしい。無理はしてほしくないけど、できれば……」
「相変わらず遠慮がちだな」
彼がフッと笑い、十羽の唇に軽くキスをした。
「試練、ですか?」
女性の言葉に不安を覚える。
「神様が二人の愛を試すのかしらね。ま、単なる言い伝えよ。愛し合ってる二人なら、何があっても乗り越えられるでしょ? だからそんなに心配しなくてもいいわよ」
十羽の表情に不安が色濃く表れていたのだろう。女性は励ますように「二人とも、頑張ってね」と言って立ち去った。
イチョウの巨木は昼の光を浴び、一層輝きを増している。まるで恋人達を祝福しているような光りの中、蓮也が十羽の手を握った。
「さっきの人、俺達が恋人同士だって、多分わかってたよな」
「そうだね。二人ともって言ってたし」
同性カップルでも応援してもらえて嬉しい。
「俺はどんな試練があっても乗り越えるよ」
「うん、僕も」
二人の気持ちはひとつだ。試練さえ乗り越えればこのまま、二人はずっとこの世界で一緒にいられるかもしれない。そんな期待が胸に湧いたとき……。
「十羽さん!?」
突然、蓮也が緊迫した声を発した。
「え? 何?」
彼の視線を追って自分の左手を見る。繋いでいる手だ。
「……ひっ!」
十羽は思わず手を離した。
左手が消えている──!
ゾッとしてシャツをまくり上げると、手首から指先までが透明になっていた。自由に動かすことはできるが、目には見えない。完全に透明になっている。信じられない光景だ。
「手の感覚はあるのか?」
「う、うん」
蓮也が恐る恐る、手のひらがある辺りに手をかざす。十羽の見えない左手を握ろうとしたけれど、彼の手はスッと宙をすり抜けた。
「マジかよ……!」
二人して青ざめた。パニックになりそうだ。
「僕の、手が……!」
「とにかく、人に見られないほうがいい。今すぐ帰ろう」
十羽と蓮也は荷物をまとめて帰路についた。
道中、まるで何事もなかったように左手が現れ、二人は安堵の息をついた。しかし胸騒ぎが消えない。嫌な感覚がして靴を脱いでみると、なんと今度は左足が消えていた。
「あぁっ……!」
よろめく十羽を蓮也が支える。
「大丈夫か? 歩ける?」
呼吸を整えて足を動かす。地面に着地した感覚をはっきりと感じるので、歩行に支障はない。見えなくても自分でなら触ることができる。だがやはり、蓮也には触れられなかった。
一体、自分の体に何が起きているのか。
恐ろしさのあまり急ぎ足で伊桜家に戻った。
その後も手足が消えたり現れたりした。日暮れになると3分ほど両手が消え、夜には体全体が5分ほど半透明になった。痛くもかゆくもないが猛烈に不安である。怖くて堪らない。
困惑したまま夜が更けていく。
点滅のように透明になる現象は真夜中まで続き、日付が変わる頃にやっと普通の体に戻った。しかし当然ながら不安は消えない。いつまた消えるかわからないのだ。ゆっくり眠ることなどできず、二人はソファに腰かけて肩を寄せ合った。
「僕はこのまま消えるのかな……」
蓮也が震える十羽を強く抱き込む。
「わからない。わからないけど……もうすぐこの世界に、十羽さんが生まれるからかもしれない。やっぱり、同じ時代に同じ人間は存在できないってことなのかも」
以前、二人で話をした。『同じ時代に同じ人間は存在できない』というルールがあるのではないかと。ルールがあるならば、十羽は12月までに未来へ強制送還されるのでは、と。
誕生日まであと一ヶ月ほど。てっきり強制送還だと思っていたが、実際は肉体が消えるという結末なのかもしれない。
「十羽さんは、未来へ帰ったほうがいい」
「え……?」
「肉体が消えるなんて死ぬのと同じだ。それはだめだ。俺が耐えられない。だったら未来へ帰って、2021年の世界で再会するほうがいい」
「で、でも、再会できるまで、22年も……」
不安げな十羽の頬を、彼の大きな手が包む。
「前にも言っただろ。俺はずっと十羽さんを待つ。ずっと好きでいる。だから安心して未来へ帰ってほしい。帰ったとき、必ず迎えに行くから。待たなくていい、42歳のおっさんには興味ないって言われたら切ないけどな」
蓮也は困ったように笑んだ。
「そんなことない! 何歳でも蓮也君は蓮也君だよ」
「俺、おっさんになるけど待っててもいいか?」
迷わず、大きく頷く。
「待っててほしい。無理はしてほしくないけど、できれば……」
「相変わらず遠慮がちだな」
彼がフッと笑い、十羽の唇に軽くキスをした。
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