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5章 2021年 恋の話
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「ち、違います!」
十羽は即座に否定した。
「違うの!?」
牛丸がふはっと笑う。
「違わないですよ。さっき明日見から抱きつかれて告白されました。で、俺はOKしました」
「ええー! すごーい!」
藤本が目をキラキラさせる。
「待ってください! 違うんです!」
反論しようとした十羽を、牛丸がぐいと押しのけて階段を上がった。
「明日見はゲイだそうです。俺は基本的に女性が好きなんですけど、明日見ならありかなと思って」
「えっ、明日見君がゲイ!? そっか、昼休みに言ってた好きな人って、牛丸君だったんだね! 絶対に無理って言ってたけど、うまくいったじゃない! 良かったね!」
十羽は呆然となった。
牛丸は時間的に藤本が事務所から出てくると見越した上で、芝居を打ったのだ。自身のセクシャリティは隠したままで、公然とつき合う形にした。
怒りで体が震える。十羽は自分でも驚くほどの大声を発した。
「これは、誤解です! 僕ははめられたんです! 牛丸さんとつき合いたいなんて思ってません!」
普段はおとなしい十羽の大声に、藤本が目をぱちくりさせる。
「えぇ? どういうこと?」
すかさず牛丸が「そうか、わかったぞ」と言って間に入ってきた。
「明日見は告白を藤本さんに見られてしまって、かなり気が動転してるんじゃないでしょうか。ゲイであることを他人に知られたわけですからね。事実を否定したいのでしょう」
「そっかー、なるほどね。焦ってるわけね」
藤本がうんうんと頷いた。
「明日見君、私は二人を応援するよ。だから落ちついて。ね? 素直に喜んでいいんだよ」
十羽は絶望的な気持ちになった。藤本は牛丸の言葉をすんなりと信じてしまう。
「違うんですってば! 僕が好きなのは牛丸さんじゃないんです!」
必死に叫んだ。顔面は蒼白、息苦しさで指先が震える。
「明日見、大丈夫だから少し落ちつこう。ゲイだってこと、ばらしてごめんね。でも俺達、これで堂々とつき合えるよ」
牛丸のなだめるような物言いに、十羽の中でプツリと何かが切れた。
「あ、あんたって人は!」
彼につかみかかろうと腕を伸ばす。
しかし逆にガバッと抱きしめられてしまった。
「隠していたセクシャリティを人に知られるって、一大事だよね。気が動転しても仕方ないよ」
何も知らない藤本は「私はお邪魔虫だね。もう退散するよ。お幸せにー」と言って足早に階段を降りていった。
「ま、待ってください! ほんとに誤解……ぐっ!」
言い終わる前に背中を強く壁に押しつけられ、息が詰まった。
「これで公認の仲だ。嬉しいな」
「くっ……! あんた、最低だ!」
吐き捨てるように言うと、牛丸が意地悪げに笑んだ。
「散々焦らされたからね。ついばらしちゃったよ。さ、お待ちかねの食事に行こうか。そうだ、その前に今、キスしようね」
十羽の中ではとっくに堪忍袋の緒が切れている。牛丸の足を思いきり踏みつけ、彼が「ぎゃっ!」と悶絶した隙に逃れて階段を駆け降りた。
歩道に出て左右を見る。藤本を追いかけて誤解を解こうと思ったが、彼女の姿はもう見えなかった。
「明日見!」
階段から牛丸の声が聞こえる。十羽は急いで自転車に乗り、必死にペダルを踏んだ。藤本を探すが見つからない。
明日からどんな顔で職場へ行けばいいのだろう。藤本はきっと、先ほどのことを他の同僚にも話すはず。黙ってはいられない性分である。牛丸も『明日見とつき合うことになった』と言いふらしそうだ。
悔しい。
丁寧に説明すれば藤本の誤解は解けると思うが、問題は牛丸である。アウディングするなんてあんまりだ。今後も何をしでかすかわからない。
やはり警察に相談するべきだろう。でも警察沙汰にしてしまうと、セクシャリティがさらに公になる可能性がある。周囲の人が影で噂するかもしれない。でもこのままでは……。
十羽は即座に否定した。
「違うの!?」
牛丸がふはっと笑う。
「違わないですよ。さっき明日見から抱きつかれて告白されました。で、俺はOKしました」
「ええー! すごーい!」
藤本が目をキラキラさせる。
「待ってください! 違うんです!」
反論しようとした十羽を、牛丸がぐいと押しのけて階段を上がった。
「明日見はゲイだそうです。俺は基本的に女性が好きなんですけど、明日見ならありかなと思って」
「えっ、明日見君がゲイ!? そっか、昼休みに言ってた好きな人って、牛丸君だったんだね! 絶対に無理って言ってたけど、うまくいったじゃない! 良かったね!」
十羽は呆然となった。
牛丸は時間的に藤本が事務所から出てくると見越した上で、芝居を打ったのだ。自身のセクシャリティは隠したままで、公然とつき合う形にした。
怒りで体が震える。十羽は自分でも驚くほどの大声を発した。
「これは、誤解です! 僕ははめられたんです! 牛丸さんとつき合いたいなんて思ってません!」
普段はおとなしい十羽の大声に、藤本が目をぱちくりさせる。
「えぇ? どういうこと?」
すかさず牛丸が「そうか、わかったぞ」と言って間に入ってきた。
「明日見は告白を藤本さんに見られてしまって、かなり気が動転してるんじゃないでしょうか。ゲイであることを他人に知られたわけですからね。事実を否定したいのでしょう」
「そっかー、なるほどね。焦ってるわけね」
藤本がうんうんと頷いた。
「明日見君、私は二人を応援するよ。だから落ちついて。ね? 素直に喜んでいいんだよ」
十羽は絶望的な気持ちになった。藤本は牛丸の言葉をすんなりと信じてしまう。
「違うんですってば! 僕が好きなのは牛丸さんじゃないんです!」
必死に叫んだ。顔面は蒼白、息苦しさで指先が震える。
「明日見、大丈夫だから少し落ちつこう。ゲイだってこと、ばらしてごめんね。でも俺達、これで堂々とつき合えるよ」
牛丸のなだめるような物言いに、十羽の中でプツリと何かが切れた。
「あ、あんたって人は!」
彼につかみかかろうと腕を伸ばす。
しかし逆にガバッと抱きしめられてしまった。
「隠していたセクシャリティを人に知られるって、一大事だよね。気が動転しても仕方ないよ」
何も知らない藤本は「私はお邪魔虫だね。もう退散するよ。お幸せにー」と言って足早に階段を降りていった。
「ま、待ってください! ほんとに誤解……ぐっ!」
言い終わる前に背中を強く壁に押しつけられ、息が詰まった。
「これで公認の仲だ。嬉しいな」
「くっ……! あんた、最低だ!」
吐き捨てるように言うと、牛丸が意地悪げに笑んだ。
「散々焦らされたからね。ついばらしちゃったよ。さ、お待ちかねの食事に行こうか。そうだ、その前に今、キスしようね」
十羽の中ではとっくに堪忍袋の緒が切れている。牛丸の足を思いきり踏みつけ、彼が「ぎゃっ!」と悶絶した隙に逃れて階段を駆け降りた。
歩道に出て左右を見る。藤本を追いかけて誤解を解こうと思ったが、彼女の姿はもう見えなかった。
「明日見!」
階段から牛丸の声が聞こえる。十羽は急いで自転車に乗り、必死にペダルを踏んだ。藤本を探すが見つからない。
明日からどんな顔で職場へ行けばいいのだろう。藤本はきっと、先ほどのことを他の同僚にも話すはず。黙ってはいられない性分である。牛丸も『明日見とつき合うことになった』と言いふらしそうだ。
悔しい。
丁寧に説明すれば藤本の誤解は解けると思うが、問題は牛丸である。アウディングするなんてあんまりだ。今後も何をしでかすかわからない。
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