時空を超えてキスをする

ましろい冬野

文字の大きさ
上 下
29 / 72
4章 生意気な中学生

4-6

しおりを挟む
「イチョウの神様にお願いしたら、十羽さんは未来へ帰れるのかな。それとも前みたいに、俺んちのドアを開けたら帰れるのか? いつまでここにいられるんだろ。よくわかんないことだらけだ」
「そうだね」

 せめて今日の夕食を作ってから帰りたい。蓮也と進一に恩返しをしたい。できれば悠介にも。
(だから……もう少しだけここにいさせてください)
 十羽は心の中で、イチョウの巨木に手を合わせてお願いをした。


 何はともあれ、二人は公園の隣に立つ図書館に向かった。
 天樹図書館は27年前も中世ヨーロッパ風の美しい白亜の城だった。館内に敷かれた深紅色のカーペットも同じ。窓の下に置かれた一人がけの椅子も、未来の世界と同じである。

 十羽のお気に入りの椅子はあるだろうか。
(さすがに、ないかな)
 緩く探しつつ歩いていると、美術書の付近にお気に入りのデザイナーズチェアを見つけて嬉しくなった。

 早足で近づいて木の背もたれに触れる。背中を包み込む緩やかなカーブ、美しいデザイン。間違いなくお気に入りの椅子だ。まだ新しいようで、傷も色あせもない。

「十羽さん、この椅子が気に入ったのか?」
 蓮也が椅子の背を軽く叩いた。
「う、うん。いいデザインだなって」

 2021年の世界でよく座っていると、未来のことを話してもいいものか迷う。

「この椅子、俺が作ったんだ」
 十羽の思考が一瞬止まり、呆然となった。
「え? ……えぇっ!?」

 うっかり大きな声が出てしまい、慌てて口元を押さえる。ここは図書館だ。
「この前、木工のコンクールにこの椅子を出品したら入賞してさ」

 県の公募展に椅子を出品したところ入選、図書館員の目にとまり、館内に置いてもらえることになったそうだ。大人も出品する公募展で入選したため、進一は大喜びだったと言う。

「これを十羽さんに見せたかったんだ。その……どうかな?」
「すごくいい椅子だと思う! 本を読むのにぴったりだ。僕はこの椅子、大好きだよ」

 未来でも愛用してるよ、と言いたいけれど我慢した。未来の話をして歴史が改変されたら大変である。
 それにしてもまさか、お気に入りの椅子の作者が蓮也だったなんて……。
 彼と運命的な縁を感じて胸が騒ぐ。

 以前の蓮也は自宅の庭で進一から木工を教わっていたが、今は天樹町から数キロ離れた山奥の工房で、職人から手ほどきを受けているそうだ。職人は進一の古い友人で、かなりの腕利きだと教えてくれた。

「この椅子は職人さんに教えてもらいながら作ったんだ。デザインも修正してもらった。俺が一人で全部作ったわけじゃないから、入選はしたけどちょっと悔しい。次は全部自分で作ったものを評価されたい」

 蓮也がやる気に満ちた目で熱っぽく語る。生まれ持った才能もあるけれど、しっかりと努力をしているのだ。サッカー選手より家具職人を目指すほうがいいんじゃないかな、と十羽は内心思った。

「蓮也君はすごいね」
「サンキュ。やべえ、俺、小学生の頃から十羽さんに木工の自慢ばっかりしてる。恥ずかしい……」
 蓮也が照れくさそうに頬を染める。

「もっと自慢していいよ? 蓮也君が作った家具、ほんとにすごいから」
「いや、天狗になりそうで怖い。これ以上はやめとく」
 はにかむ笑顔がかわいい。十羽も笑みを零した。

 帰り道「夕食は何を食べたい?」と尋ねると「なんでもいいけど、さっき卵、買ってきた」と彼が言った。

(もしかしたら、オムライスを食べたいのかな?)

 そんな期待を察し、十羽は夕食にトロトロの卵をかけたオムライスを作った。十歳の蓮也が大喜びした料理である。
 ダイニングテーブルにオムライスを置くと、案の定、蓮也の目がキラキラと輝いた。

「これ、食べたかったんだ!」
 進一も嬉しそうに「こんなおいしそうなオムライス、生まれて初めてだよ!」と声を弾ませた。親子が喜んでくれたので、十羽も笑顔でオムライスを口に運んだ。目の前で「うまい! 最高! ありがとう!」と言って食べてもらえるのは嬉しい。

 あっという間に食べ終えた蓮也が、グラスの水を飲みながら進一に向かっておもむろに言った。
「父さん、再婚する気はないのか?」
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

僕の幸せは

春夏
BL
【完結しました】 恋人に捨てられた悠の心情。 話は別れから始まります。全編が悠の視点です。 1日2話ずつ投稿します。

【完結】I adore you

ひつじのめい
BL
幼馴染みの蒼はルックスはモテる要素しかないのに、性格まで良くて羨ましく思いながらも夏樹は蒼の事を1番の友達だと思っていた。 そんな時、夏樹に彼女が出来た事が引き金となり2人の関係に変化が訪れる。 ※小説家になろうさんでも公開しているものを修正しています。

婚約者に会いに行ったらば

龍の御寮さん
BL
王都で暮らす婚約者レオンのもとへと会いに行ったミシェル。 そこで見たのは、レオンをお父さんと呼ぶ子供と仲良さそうに並ぶ女性の姿。 ショックでその場を逃げ出したミシェルは―― 何とか弁解しようするレオンとなぜか記憶を失ったミシェル。 そこには何やら事件も絡んできて? 傷つけられたミシェルが幸せになるまでのお話です。

さよならの合図は、

15
BL
君の声。

『これで最後だから』と、抱きしめた腕の中で泣いていた

和泉奏
BL
「…俺も、愛しています」と返した従者の表情は、泣きそうなのに綺麗で。 皇太子×従者

後輩に嫌われたと思った先輩と その先輩から突然ブロックされた後輩との、その後の話し…

まゆゆ
BL
澄 真広 (スミ マヒロ) は、高校三年の卒業式の日から。 5年に渡って拗らせた恋を抱えていた。 相手は、後輩の久元 朱 (クモト シュウ) 5年前の卒業式の日、想いを告げるか迷いながら待って居たが、シュウは現れず。振られたと思い込む。 一方で、シュウは、澄が急に自分をブロックしてきた事にショックを受ける。 唯一自分を、励ましてくれた先輩からのブロックを時折思い出しては、辛くなっていた。 それは、澄も同じであの日、来てくれたら今とは違っていたはずで仮に振られたとしても、ここまで拗らせることもなかったと考えていた。 そんな5年後の今、シュウは住み込み先で失敗して追い出された途方に暮れていた。 そこへ社会人となっていた澄と再会する。 果たして5年越しの恋は、動き出すのか? 表紙のイラストは、Daysさんで作らせていただきました。

そんなの真実じゃない

イヌノカニ
BL
引きこもって四年、生きていてもしょうがないと感じた主人公は身の周りの整理し始める。自分の部屋に溢れる幼馴染との思い出を見て、どんなパソコンやスマホよりも自分の事を知っているのは幼馴染だと気付く。どうにかして彼から自分に関する記憶を消したいと思った主人公は偶然見た広告の人を意のままに操れるというお香を手に幼馴染に会いに行くが———? 彼は本当に俺の知っている彼なのだろうか。 ============== 人の証言と記憶の曖昧さをテーマに書いたので、ハッキリとせずに終わります。

キミと2回目の恋をしよう

なの
BL
ある日、誤解から恋人とすれ違ってしまった。 彼は俺がいない間に荷物をまとめて出てってしまっていたが、俺はそれに気づかずにいつも通り家に帰ると彼はもうすでにいなかった。どこに行ったのか連絡をしたが連絡が取れなかった。 彼のお母さんから彼が病院に運ばれたと連絡があった。 「どこかに旅行だったの?」 傷だらけのスーツケースが彼の寝ている病室の隅に置いてあって俺はお母さんにその場しのぎの嘘をついた。 彼との誤解を解こうと思っていたのに目が覚めたら彼は今までの全ての記憶を失っていた。これは神さまがくれたチャンスだと思った。 彼の荷物を元通りにして共同生活を再開させたが… 彼の記憶は戻るのか?2人の共同生活の行方は?

処理中です...