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4章 生意気な中学生
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「イチョウの神様にお願いしたら、十羽さんは未来へ帰れるのかな。それとも前みたいに、俺んちのドアを開けたら帰れるのか? いつまでここにいられるんだろ。よくわかんないことだらけだ」
「そうだね」
せめて今日の夕食を作ってから帰りたい。蓮也と進一に恩返しをしたい。できれば悠介にも。
(だから……もう少しだけここにいさせてください)
十羽は心の中で、イチョウの巨木に手を合わせてお願いをした。
何はともあれ、二人は公園の隣に立つ図書館に向かった。
天樹図書館は27年前も中世ヨーロッパ風の美しい白亜の城だった。館内に敷かれた深紅色のカーペットも同じ。窓の下に置かれた一人がけの椅子も、未来の世界と同じである。
十羽のお気に入りの椅子はあるだろうか。
(さすがに、ないかな)
緩く探しつつ歩いていると、美術書の付近にお気に入りのデザイナーズチェアを見つけて嬉しくなった。
早足で近づいて木の背もたれに触れる。背中を包み込む緩やかなカーブ、美しいデザイン。間違いなくお気に入りの椅子だ。まだ新しいようで、傷も色あせもない。
「十羽さん、この椅子が気に入ったのか?」
蓮也が椅子の背を軽く叩いた。
「う、うん。いいデザインだなって」
2021年の世界でよく座っていると、未来のことを話してもいいものか迷う。
「この椅子、俺が作ったんだ」
十羽の思考が一瞬止まり、呆然となった。
「え? ……えぇっ!?」
うっかり大きな声が出てしまい、慌てて口元を押さえる。ここは図書館だ。
「この前、木工のコンクールにこの椅子を出品したら入賞してさ」
県の公募展に椅子を出品したところ入選、図書館員の目にとまり、館内に置いてもらえることになったそうだ。大人も出品する公募展で入選したため、進一は大喜びだったと言う。
「これを十羽さんに見せたかったんだ。その……どうかな?」
「すごくいい椅子だと思う! 本を読むのにぴったりだ。僕はこの椅子、大好きだよ」
未来でも愛用してるよ、と言いたいけれど我慢した。未来の話をして歴史が改変されたら大変である。
それにしてもまさか、お気に入りの椅子の作者が蓮也だったなんて……。
彼と運命的な縁を感じて胸が騒ぐ。
以前の蓮也は自宅の庭で進一から木工を教わっていたが、今は天樹町から数キロ離れた山奥の工房で、職人から手ほどきを受けているそうだ。職人は進一の古い友人で、かなりの腕利きだと教えてくれた。
「この椅子は職人さんに教えてもらいながら作ったんだ。デザインも修正してもらった。俺が一人で全部作ったわけじゃないから、入選はしたけどちょっと悔しい。次は全部自分で作ったものを評価されたい」
蓮也がやる気に満ちた目で熱っぽく語る。生まれ持った才能もあるけれど、しっかりと努力をしているのだ。サッカー選手より家具職人を目指すほうがいいんじゃないかな、と十羽は内心思った。
「蓮也君はすごいね」
「サンキュ。やべえ、俺、小学生の頃から十羽さんに木工の自慢ばっかりしてる。恥ずかしい……」
蓮也が照れくさそうに頬を染める。
「もっと自慢していいよ? 蓮也君が作った家具、ほんとにすごいから」
「いや、天狗になりそうで怖い。これ以上はやめとく」
はにかむ笑顔がかわいい。十羽も笑みを零した。
帰り道「夕食は何を食べたい?」と尋ねると「なんでもいいけど、さっき卵、買ってきた」と彼が言った。
(もしかしたら、オムライスを食べたいのかな?)
そんな期待を察し、十羽は夕食にトロトロの卵をかけたオムライスを作った。十歳の蓮也が大喜びした料理である。
ダイニングテーブルにオムライスを置くと、案の定、蓮也の目がキラキラと輝いた。
「これ、食べたかったんだ!」
進一も嬉しそうに「こんなおいしそうなオムライス、生まれて初めてだよ!」と声を弾ませた。親子が喜んでくれたので、十羽も笑顔でオムライスを口に運んだ。目の前で「うまい! 最高! ありがとう!」と言って食べてもらえるのは嬉しい。
あっという間に食べ終えた蓮也が、グラスの水を飲みながら進一に向かっておもむろに言った。
「父さん、再婚する気はないのか?」
「そうだね」
せめて今日の夕食を作ってから帰りたい。蓮也と進一に恩返しをしたい。できれば悠介にも。
(だから……もう少しだけここにいさせてください)
十羽は心の中で、イチョウの巨木に手を合わせてお願いをした。
何はともあれ、二人は公園の隣に立つ図書館に向かった。
天樹図書館は27年前も中世ヨーロッパ風の美しい白亜の城だった。館内に敷かれた深紅色のカーペットも同じ。窓の下に置かれた一人がけの椅子も、未来の世界と同じである。
十羽のお気に入りの椅子はあるだろうか。
(さすがに、ないかな)
緩く探しつつ歩いていると、美術書の付近にお気に入りのデザイナーズチェアを見つけて嬉しくなった。
早足で近づいて木の背もたれに触れる。背中を包み込む緩やかなカーブ、美しいデザイン。間違いなくお気に入りの椅子だ。まだ新しいようで、傷も色あせもない。
「十羽さん、この椅子が気に入ったのか?」
蓮也が椅子の背を軽く叩いた。
「う、うん。いいデザインだなって」
2021年の世界でよく座っていると、未来のことを話してもいいものか迷う。
「この椅子、俺が作ったんだ」
十羽の思考が一瞬止まり、呆然となった。
「え? ……えぇっ!?」
うっかり大きな声が出てしまい、慌てて口元を押さえる。ここは図書館だ。
「この前、木工のコンクールにこの椅子を出品したら入賞してさ」
県の公募展に椅子を出品したところ入選、図書館員の目にとまり、館内に置いてもらえることになったそうだ。大人も出品する公募展で入選したため、進一は大喜びだったと言う。
「これを十羽さんに見せたかったんだ。その……どうかな?」
「すごくいい椅子だと思う! 本を読むのにぴったりだ。僕はこの椅子、大好きだよ」
未来でも愛用してるよ、と言いたいけれど我慢した。未来の話をして歴史が改変されたら大変である。
それにしてもまさか、お気に入りの椅子の作者が蓮也だったなんて……。
彼と運命的な縁を感じて胸が騒ぐ。
以前の蓮也は自宅の庭で進一から木工を教わっていたが、今は天樹町から数キロ離れた山奥の工房で、職人から手ほどきを受けているそうだ。職人は進一の古い友人で、かなりの腕利きだと教えてくれた。
「この椅子は職人さんに教えてもらいながら作ったんだ。デザインも修正してもらった。俺が一人で全部作ったわけじゃないから、入選はしたけどちょっと悔しい。次は全部自分で作ったものを評価されたい」
蓮也がやる気に満ちた目で熱っぽく語る。生まれ持った才能もあるけれど、しっかりと努力をしているのだ。サッカー選手より家具職人を目指すほうがいいんじゃないかな、と十羽は内心思った。
「蓮也君はすごいね」
「サンキュ。やべえ、俺、小学生の頃から十羽さんに木工の自慢ばっかりしてる。恥ずかしい……」
蓮也が照れくさそうに頬を染める。
「もっと自慢していいよ? 蓮也君が作った家具、ほんとにすごいから」
「いや、天狗になりそうで怖い。これ以上はやめとく」
はにかむ笑顔がかわいい。十羽も笑みを零した。
帰り道「夕食は何を食べたい?」と尋ねると「なんでもいいけど、さっき卵、買ってきた」と彼が言った。
(もしかしたら、オムライスを食べたいのかな?)
そんな期待を察し、十羽は夕食にトロトロの卵をかけたオムライスを作った。十歳の蓮也が大喜びした料理である。
ダイニングテーブルにオムライスを置くと、案の定、蓮也の目がキラキラと輝いた。
「これ、食べたかったんだ!」
進一も嬉しそうに「こんなおいしそうなオムライス、生まれて初めてだよ!」と声を弾ませた。親子が喜んでくれたので、十羽も笑顔でオムライスを口に運んだ。目の前で「うまい! 最高! ありがとう!」と言って食べてもらえるのは嬉しい。
あっという間に食べ終えた蓮也が、グラスの水を飲みながら進一に向かっておもむろに言った。
「父さん、再婚する気はないのか?」
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