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4章 生意気な中学生
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「明日、一緒に図書館にも行ってくれないか。十羽さんに……見てもらいたいものがあるんだ」
「何だろ?」
「大したものじゃないから、あんまり期待しないでくれ。おやすみ!」
彼は照れくさそうに布団を被った。
十羽も布団に潜って目を閉じる。かっこいい容姿についときめいてしまったけれど、蓮也はまだまだ子どもである。弟のように思って友情を大事にしたい。
翌朝、早く起きた十羽は蓮也と彼の父親のために朝食を作った。
二人にリクエストを聞くと和食がいいと言うので、ご飯と味噌汁と焼き魚を用意した。
日頃から自炊をしているものの、料理は基本的に簡単なものしか作れない。凝ったものはトロトロ卵のオムライスが精一杯である。
こんな簡単な朝食で喜んでもらえるかなと不安に思いつつテーブルに並べると、父親の進一がネクタイを結びながら整った顔にホクホクとした笑みを浮かべた。
「うまそうだなぁ! 和食の朝食なんて何年ぶりかな」
「俺もたまに作ってるだろ」
蓮也が箸を並べながら、ぶっきらぼうに言う。
「ごくたまーに、だろ」
椅子に腰かけた進一は手を合わせて「いただきます」と言い、味噌汁を口に含み「ん! うまい! こりゃ最高だ!」と破顔した。
「進一さん、食後はお茶にしますか? それともコーヒーがいいですか?」
十羽がキッチンからカウンター越しに問うと、進一が「参ったなぁ、進一さんだって」と嬉しげに眉尻を下げた。
「デレデレすんな! お茶とコーヒー、どっちがいいんだよ」
不機嫌そうな蓮也が足で軽く進一の向こうずねを蹴る。
「いてて! こら蓮也、親を蹴るな」
「うるせえ。わかってると思うけど、十羽さんは男だからな。変な気を起こすなよ」
「はいはい。ちょっとテンションが上がってるだけだよ」
「チッ」
蓮也の苛立ちなどもろともせず、進一は余裕綽々で「まったく、中学生は生意気盛りだなぁ」と言って焼き魚を頬張った。
「あっ、十羽君もこっちで一緒に食べようよ。ほら、おいでおいで」
呼ばれた十羽は慌てて「はい」と答え、エプロンを外して席についた。
十羽の職業については、進一にフリーターだと説明した。居候させてもらう間、職探しをする、ということにしている。
進一は五年前と変わらず一般企業でサラリーマンをしていた。今のところ家具職人に戻るつもりはないらしい。
食後、進一は十羽が煎れたコーヒーを堪能し、蓮也は学校へ出かける支度をした。
十羽が玄関先で「夕食も僕が作りますね。いってらっしゃい」と言うと、進一は頬を染め「楽しみにしてるよ。行ってきまーす」と軽い足取りで出勤した。
そんな父親を見て蓮也が舌打ちをし、それから十羽に向き直る。
「十羽さん、まだ未来へ帰らないでほしい。前みたいに突然消えたら……困る。じゃあな」
「う、うん」
何がきっかけでタイムスリップするかわからないが、十羽もまだ未来へは帰りたくない。
とにかく蓮也が帰るまで家事に専念するぞと決め、洗濯をした後は二階建ての一軒家を隅々まで綺麗に掃除した。さすがに一人暮らしのアパートとは違って面積が広いので、掃除は骨が折れる。
ダイニングの椅子に腰かけて一息ついたときは昼前になっていた。過去へタイムスリップをしなければ今頃、事務所で仕事をしていたはず。2021年の世界に今、十羽はいない。同僚達は無断欠勤の十羽を怪訝に思っているだろう。
(社長、みんな、すみません……)
急ぎの仕事は持っていなかったが、同僚に迷惑をかけているのではと気になる。それに牛丸も気がかりだ。デートの約束をすっぽかされたと思い、苛立っているだろう。考えただけで寒気がした。
そのときふと、十羽はある考えに思い至った。
最初に図書館からタイムスリップしたとき、牛丸とつき合う羽目になって十羽は困窮していた。二度目のタイムスリップのときも、デートが翌日に迫って困窮した。
いずれも嫌な出来事に直面して、どこかへ逃げたいと思っていた。そんな『逃げたい』という感情が、タイムスリップの引き金になっているのではないか、と──。
夕刻、蓮也がスーパーで買った夕食の材料を下げ、ドタバタと帰ってきた。今日はサッカーの練習は休みだと言う。Tシャツとデニムに着替えた彼と一緒に、十羽は歩いて公園へ向かった。
並んで歩道を歩く蓮也が、帽子と眼鏡、マスクをつけた十羽をチラリと見遣る。
「それ……もしかして顔を隠してるのか?」
「え……」
どう答えるべきか迷っていると「十羽さん、結構人からジロジロ見られるだろ。それが嫌なんだろ。目の色とか外人っぽいもんな」と言われたので、苦笑した。
「まあ、ね」
「やっぱりな。十羽さんの顔は目立つんだよ。その……綺麗、だから」
蓮也が照れくさそうに頭を掻いた。
「もっと強そうな顔になりたかったんだけどね」
蓮也のように凜々しい容姿なら、男に連れ去られそうになったり、ストーキングされたり、強引に迫られたりしないだろう。
「あのさ、十羽さん、5年前に言ってたよな。こっちの話しを全然聞いてくれない人に、わかってほしいことをどうやって伝えるかって。僕を好きにならないでって」
「何だろ?」
「大したものじゃないから、あんまり期待しないでくれ。おやすみ!」
彼は照れくさそうに布団を被った。
十羽も布団に潜って目を閉じる。かっこいい容姿についときめいてしまったけれど、蓮也はまだまだ子どもである。弟のように思って友情を大事にしたい。
翌朝、早く起きた十羽は蓮也と彼の父親のために朝食を作った。
二人にリクエストを聞くと和食がいいと言うので、ご飯と味噌汁と焼き魚を用意した。
日頃から自炊をしているものの、料理は基本的に簡単なものしか作れない。凝ったものはトロトロ卵のオムライスが精一杯である。
こんな簡単な朝食で喜んでもらえるかなと不安に思いつつテーブルに並べると、父親の進一がネクタイを結びながら整った顔にホクホクとした笑みを浮かべた。
「うまそうだなぁ! 和食の朝食なんて何年ぶりかな」
「俺もたまに作ってるだろ」
蓮也が箸を並べながら、ぶっきらぼうに言う。
「ごくたまーに、だろ」
椅子に腰かけた進一は手を合わせて「いただきます」と言い、味噌汁を口に含み「ん! うまい! こりゃ最高だ!」と破顔した。
「進一さん、食後はお茶にしますか? それともコーヒーがいいですか?」
十羽がキッチンからカウンター越しに問うと、進一が「参ったなぁ、進一さんだって」と嬉しげに眉尻を下げた。
「デレデレすんな! お茶とコーヒー、どっちがいいんだよ」
不機嫌そうな蓮也が足で軽く進一の向こうずねを蹴る。
「いてて! こら蓮也、親を蹴るな」
「うるせえ。わかってると思うけど、十羽さんは男だからな。変な気を起こすなよ」
「はいはい。ちょっとテンションが上がってるだけだよ」
「チッ」
蓮也の苛立ちなどもろともせず、進一は余裕綽々で「まったく、中学生は生意気盛りだなぁ」と言って焼き魚を頬張った。
「あっ、十羽君もこっちで一緒に食べようよ。ほら、おいでおいで」
呼ばれた十羽は慌てて「はい」と答え、エプロンを外して席についた。
十羽の職業については、進一にフリーターだと説明した。居候させてもらう間、職探しをする、ということにしている。
進一は五年前と変わらず一般企業でサラリーマンをしていた。今のところ家具職人に戻るつもりはないらしい。
食後、進一は十羽が煎れたコーヒーを堪能し、蓮也は学校へ出かける支度をした。
十羽が玄関先で「夕食も僕が作りますね。いってらっしゃい」と言うと、進一は頬を染め「楽しみにしてるよ。行ってきまーす」と軽い足取りで出勤した。
そんな父親を見て蓮也が舌打ちをし、それから十羽に向き直る。
「十羽さん、まだ未来へ帰らないでほしい。前みたいに突然消えたら……困る。じゃあな」
「う、うん」
何がきっかけでタイムスリップするかわからないが、十羽もまだ未来へは帰りたくない。
とにかく蓮也が帰るまで家事に専念するぞと決め、洗濯をした後は二階建ての一軒家を隅々まで綺麗に掃除した。さすがに一人暮らしのアパートとは違って面積が広いので、掃除は骨が折れる。
ダイニングの椅子に腰かけて一息ついたときは昼前になっていた。過去へタイムスリップをしなければ今頃、事務所で仕事をしていたはず。2021年の世界に今、十羽はいない。同僚達は無断欠勤の十羽を怪訝に思っているだろう。
(社長、みんな、すみません……)
急ぎの仕事は持っていなかったが、同僚に迷惑をかけているのではと気になる。それに牛丸も気がかりだ。デートの約束をすっぽかされたと思い、苛立っているだろう。考えただけで寒気がした。
そのときふと、十羽はある考えに思い至った。
最初に図書館からタイムスリップしたとき、牛丸とつき合う羽目になって十羽は困窮していた。二度目のタイムスリップのときも、デートが翌日に迫って困窮した。
いずれも嫌な出来事に直面して、どこかへ逃げたいと思っていた。そんな『逃げたい』という感情が、タイムスリップの引き金になっているのではないか、と──。
夕刻、蓮也がスーパーで買った夕食の材料を下げ、ドタバタと帰ってきた。今日はサッカーの練習は休みだと言う。Tシャツとデニムに着替えた彼と一緒に、十羽は歩いて公園へ向かった。
並んで歩道を歩く蓮也が、帽子と眼鏡、マスクをつけた十羽をチラリと見遣る。
「それ……もしかして顔を隠してるのか?」
「え……」
どう答えるべきか迷っていると「十羽さん、結構人からジロジロ見られるだろ。それが嫌なんだろ。目の色とか外人っぽいもんな」と言われたので、苦笑した。
「まあ、ね」
「やっぱりな。十羽さんの顔は目立つんだよ。その……綺麗、だから」
蓮也が照れくさそうに頭を掻いた。
「もっと強そうな顔になりたかったんだけどね」
蓮也のように凜々しい容姿なら、男に連れ去られそうになったり、ストーキングされたり、強引に迫られたりしないだろう。
「あのさ、十羽さん、5年前に言ってたよな。こっちの話しを全然聞いてくれない人に、わかってほしいことをどうやって伝えるかって。僕を好きにならないでって」
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