時空を超えてキスをする

ましろい冬野

文字の大きさ
上 下
27 / 72
4章 生意気な中学生

4-4

しおりを挟む
「明日、一緒に図書館にも行ってくれないか。十羽さんに……見てもらいたいものがあるんだ」
「何だろ?」
「大したものじゃないから、あんまり期待しないでくれ。おやすみ!」
 彼は照れくさそうに布団を被った。

 十羽も布団に潜って目を閉じる。かっこいい容姿についときめいてしまったけれど、蓮也はまだまだ子どもである。弟のように思って友情を大事にしたい。

 翌朝、早く起きた十羽は蓮也と彼の父親のために朝食を作った。
 二人にリクエストを聞くと和食がいいと言うので、ご飯と味噌汁と焼き魚を用意した。
 日頃から自炊をしているものの、料理は基本的に簡単なものしか作れない。凝ったものはトロトロ卵のオムライスが精一杯である。

 こんな簡単な朝食で喜んでもらえるかなと不安に思いつつテーブルに並べると、父親の進一がネクタイを結びながら整った顔にホクホクとした笑みを浮かべた。

「うまそうだなぁ! 和食の朝食なんて何年ぶりかな」
「俺もたまに作ってるだろ」
 蓮也が箸を並べながら、ぶっきらぼうに言う。
「ごくたまーに、だろ」

 椅子に腰かけた進一は手を合わせて「いただきます」と言い、味噌汁を口に含み「ん! うまい! こりゃ最高だ!」と破顔した。
「進一さん、食後はお茶にしますか? それともコーヒーがいいですか?」

 十羽がキッチンからカウンター越しに問うと、進一が「参ったなぁ、進一さんだって」と嬉しげに眉尻を下げた。
「デレデレすんな! お茶とコーヒー、どっちがいいんだよ」
 不機嫌そうな蓮也が足で軽く進一の向こうずねを蹴る。
「いてて! こら蓮也、親を蹴るな」
「うるせえ。わかってると思うけど、十羽さんは男だからな。変な気を起こすなよ」
「はいはい。ちょっとテンションが上がってるだけだよ」
「チッ」

 蓮也の苛立ちなどもろともせず、進一は余裕綽々よゆうしゃくしゃくで「まったく、中学生は生意気盛りだなぁ」と言って焼き魚を頬張った。
「あっ、十羽君もこっちで一緒に食べようよ。ほら、おいでおいで」
 呼ばれた十羽は慌てて「はい」と答え、エプロンを外して席についた。

 十羽の職業については、進一にフリーターだと説明した。居候させてもらう間、職探しをする、ということにしている。
 進一は五年前と変わらず一般企業でサラリーマンをしていた。今のところ家具職人に戻るつもりはないらしい。

 食後、進一は十羽が煎れたコーヒーを堪能し、蓮也は学校へ出かける支度をした。
 十羽が玄関先で「夕食も僕が作りますね。いってらっしゃい」と言うと、進一は頬を染め「楽しみにしてるよ。行ってきまーす」と軽い足取りで出勤した。

 そんな父親を見て蓮也が舌打ちをし、それから十羽に向き直る。
「十羽さん、まだ未来へ帰らないでほしい。前みたいに突然消えたら……困る。じゃあな」
「う、うん」
 何がきっかけでタイムスリップするかわからないが、十羽もまだ未来へは帰りたくない。

 とにかく蓮也が帰るまで家事に専念するぞと決め、洗濯をした後は二階建ての一軒家を隅々まで綺麗に掃除した。さすがに一人暮らしのアパートとは違って面積が広いので、掃除は骨が折れる。

 ダイニングの椅子に腰かけて一息ついたときは昼前になっていた。過去へタイムスリップをしなければ今頃、事務所で仕事をしていたはず。2021年の世界に今、十羽はいない。同僚達は無断欠勤の十羽を怪訝けげんに思っているだろう。

(社長、みんな、すみません……)

 急ぎの仕事は持っていなかったが、同僚に迷惑をかけているのではと気になる。それに牛丸も気がかりだ。デートの約束をすっぽかされたと思い、苛立いらだっているだろう。考えただけで寒気がした。

 そのときふと、十羽はある考えに思い至った。
 最初に図書館からタイムスリップしたとき、牛丸とつき合う羽目になって十羽は困窮こんきゅうしていた。二度目のタイムスリップのときも、デートが翌日に迫って困窮した。

 いずれも嫌な出来事に直面して、どこかへ逃げたいと思っていた。そんな『逃げたい』という感情が、タイムスリップの引き金になっているのではないか、と──。

 夕刻、蓮也がスーパーで買った夕食の材料を下げ、ドタバタと帰ってきた。今日はサッカーの練習は休みだと言う。Tシャツとデニムに着替えた彼と一緒に、十羽は歩いて公園へ向かった。

 並んで歩道を歩く蓮也が、帽子と眼鏡、マスクをつけた十羽をチラリと見遣る。
「それ……もしかして顔を隠してるのか?」
「え……」
 どう答えるべきか迷っていると「十羽さん、結構人からジロジロ見られるだろ。それが嫌なんだろ。目の色とか外人っぽいもんな」と言われたので、苦笑した。
「まあ、ね」
「やっぱりな。十羽さんの顔は目立つんだよ。その……綺麗、だから」
 蓮也が照れくさそうに頭を掻いた。
「もっと強そうな顔になりたかったんだけどね」

 蓮也のように凜々しい容姿なら、男に連れ去られそうになったり、ストーキングされたり、強引に迫られたりしないだろう。

「あのさ、十羽さん、5年前に言ってたよな。こっちの話しを全然聞いてくれない人に、わかってほしいことをどうやって伝えるかって。僕を好きにならないでって」
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

僕の幸せは

春夏
BL
【完結しました】 恋人に捨てられた悠の心情。 話は別れから始まります。全編が悠の視点です。 1日2話ずつ投稿します。

さよならの合図は、

15
BL
君の声。

『これで最後だから』と、抱きしめた腕の中で泣いていた

和泉奏
BL
「…俺も、愛しています」と返した従者の表情は、泣きそうなのに綺麗で。 皇太子×従者

【完結】I adore you

ひつじのめい
BL
幼馴染みの蒼はルックスはモテる要素しかないのに、性格まで良くて羨ましく思いながらも夏樹は蒼の事を1番の友達だと思っていた。 そんな時、夏樹に彼女が出来た事が引き金となり2人の関係に変化が訪れる。 ※小説家になろうさんでも公開しているものを修正しています。

キミと2回目の恋をしよう

なの
BL
ある日、誤解から恋人とすれ違ってしまった。 彼は俺がいない間に荷物をまとめて出てってしまっていたが、俺はそれに気づかずにいつも通り家に帰ると彼はもうすでにいなかった。どこに行ったのか連絡をしたが連絡が取れなかった。 彼のお母さんから彼が病院に運ばれたと連絡があった。 「どこかに旅行だったの?」 傷だらけのスーツケースが彼の寝ている病室の隅に置いてあって俺はお母さんにその場しのぎの嘘をついた。 彼との誤解を解こうと思っていたのに目が覚めたら彼は今までの全ての記憶を失っていた。これは神さまがくれたチャンスだと思った。 彼の荷物を元通りにして共同生活を再開させたが… 彼の記憶は戻るのか?2人の共同生活の行方は?

そんなの真実じゃない

イヌノカニ
BL
引きこもって四年、生きていてもしょうがないと感じた主人公は身の周りの整理し始める。自分の部屋に溢れる幼馴染との思い出を見て、どんなパソコンやスマホよりも自分の事を知っているのは幼馴染だと気付く。どうにかして彼から自分に関する記憶を消したいと思った主人公は偶然見た広告の人を意のままに操れるというお香を手に幼馴染に会いに行くが———? 彼は本当に俺の知っている彼なのだろうか。 ============== 人の証言と記憶の曖昧さをテーマに書いたので、ハッキリとせずに終わります。

十七歳の心模様

須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない… ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん 柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、 葵は初めての恋に溺れていた。 付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。 告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、 その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。 ※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。

代わりでいいから

氷魚彰人
BL
親に裏切られ、一人で生きていこうと決めた青年『護』の隣に引っ越してきたのは強面のおっさん『岩間』だった。 不定期に岩間に晩御飯を誘われるようになり、何時からかそれが護の楽しみとなっていくが……。 ハピエンですがちょっと暗い内容ですので、苦手な方、コメディ系の明るいお話しをお求めの方はお気を付け下さいませ。 他サイトに投稿した「隣のお節介」をタイトルを変え、手直ししたものになります。

処理中です...