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2章 好奇心溢れる少年
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「インスタントラーメン、もうすぐできるから」
彼がキッチンに立って、鍋でラーメンを作っていたことに初めて気づいた。
「ごめん、手伝うよ」
子どもに作ってもらうなんて心苦しい。食事は自分が作ればよかったと、申し訳ない気持ちになって立ち上がる。
「平気。こんなの簡単にできるから」
蓮也に出会わなければ今頃公園のベンチで一人、腹を空かせて呆然と座っていただろう。
十羽は昼食のラーメンを感謝しながら食べた。ラーメンにはたっぷりの野菜と卵が入っており、食べ応えがあっておいしいし、健康に気をつけているんだなと感心した。向かい側に座る蓮也も、おいしそうにラーメンを頬張っている。
そう言えば、この世界の今日は月曜日。小学生が平日の昼間にどうして図書館にいたのだろう。不思議に思って尋ねると、きのうの日曜日に学校で父兄参観があった、だから翌日の今日は振替休日なんだよ、と教えられて納得した。
父兄参観には父親が学校に来てくれたそうだ。母親は彼が幼少の頃に病気で亡くなっていて、今は父子家庭だということも教えてくれた。時々祖母が様子を見に来てくれるらしいが、普段の家事は蓮也が担っていた。蓮也は「料理はそこそこできるよ」と言って得意げに笑んだ。
父親は仕事で多忙なため、時々泊まりで出張に行くそうだ。今日も出張、帰りは明日になると言う。まだ小学四年生の息子を一人にして出張に行くなんてと、祖母は渋い顔をするようだが、蓮也は留守番に慣れているし「休みの日は父さんが一緒に遊んでくれるから、別に寂しくない」と落ちついた口調で話してくれた。
(しっかりしてるなぁ)
小学生ながらも頼もしいなと、感心しきりである。
「ねえ十羽さん、あのローテーブル、どう思う?」
ラーメンを食べ終えた蓮也が、テレビの前にあるローテーブルにチラッと視線を投げた。少しそわそわしながら。
「え? テーブル?」
木製のローテーブルは脚が細い、シンプルかつスタイリッシュなデザインだ。
「すごく、素敵だなって思うよ」
家具について詳しいわけではないけれど、大量生産の安い家具ではないとわかる。もしかしたらDIYの得意な蓮也の父親が作ったのかもしれない。
すると蓮也が嬉しそうに「やった!」と声を上げ、ギュッと拳を握り締めた。
「どうしたの?」
「あれ、実は俺が作ったんだ」
十羽は「へ!?」と驚嘆した。とてもではないが、小学生が作る工作レベルのテーブルではない。家具屋で売られていても遜色ないような代物だ。
「父さんにも、ちょっと手伝ってもらったけどね」
舌を出した蓮也は、へへっと照れ笑いした。
十羽はローテーブルの前に行って膝をつき、手で天板を撫でた。大人顔負けの出来映えである。
「すごい! こんな素敵なテーブルが作れるんだ!」
「べ、別に、俺なんかまだまだだし。脚のところ、ちょっとミスってるし」
「ミスなんて全然わからないよ。将来は家具職人を目指してるの?」
「ま、まあな。父さん、昔は家具職人だったんだ。俺も父さんみたいな家具職人になりたいと思ってる」
恥ずかしそうに視線を逸らす姿がかわいらしい。きっと腕の立つ職人になれるだろう。将来が楽しみだなと思い、十羽は感嘆の溜息を零した。
午後は二人でもう一度図書館へ行き、タイムスリップをした書架のみならず、館内の書架を全て念入りに調べた。しかしドアノブは見つからない。結局何の手がかりもなく日が暮れ、閉館時間となったので、仕方なく蓮也の家に戻った。
早く未来へ帰りたいと気ばかりが焦る。仕事もあるし、牛丸のことも気になる。
「十羽さん、今夜はうちに泊まりなよ。ね?」
蓮也の言葉に、十羽は「ありがたいけど……いいのかな」と呟いた。
「行く当てないだろ? ちょうど父さんもいないし、遠慮すんなよ」
「知らない人を泊めたら、後でお父さんがびっくりするかも」
蓮也が叱られやしないかと不安になる。
「大丈夫。父さんには内緒にしておくから。それに十羽さんはもう、知らない人じゃないよ。友達だろ?」
そう言われ、十羽の胸があたたかくなった。
「蓮也君、ありがとう……」
今日はずっと彼に助けられてばかりだ。
せめてものお返しにと「夕食は僕が作るよ」と言って、十羽は蓮也に喜んでもらえるように精一杯オムライスを作った。凝った料理は作れないが、自分の好物ということもあって、トロトロの卵をかけたオムライスは得意なのだ。
チキンライスの上に乗せた卵に切れ目を入れると、中からとろりと半熟の卵が溢れ出した。蓮也は「わあっ」と感動し、ひとくち食べて瞳を輝かせ「うまーい!」と大喜びした。
「こんなの初めて食べた! 十羽さんってすごいんだね!」
「そんなことないよ。たくさん食べてね」
口いっぱいに頬張る蓮也を見ていると、自然に笑みが零れる。
つけっぱなしにしているテレビからは、賑やかなバラエティ番組の音が響いていた。番組の中では『ホモ』という言葉が連呼され、男性のお笑い芸人がわざとらしく体をくねらせている。『おまえはホモか! 気持ち悪いんだよ!』と突っ込みが入り、笑いが起こっていた。2021年ならネットで炎上するようなやり取りだ。
十羽の胸が苦しくなる。昔はゲイが笑われる存在としてメディアで扱われていたと知ってはいたけれど、それを目の当たりにして少なからずショックを受けた。
蓮也はテレビよりオムライスに夢中である。
「そうだ! 十羽さん、後で俺の部屋にある家具も見てよ」
顔を上げた蓮也の顔には木工が大好きと書かれているように見え、十羽は笑顔で頷いた。
彼がキッチンに立って、鍋でラーメンを作っていたことに初めて気づいた。
「ごめん、手伝うよ」
子どもに作ってもらうなんて心苦しい。食事は自分が作ればよかったと、申し訳ない気持ちになって立ち上がる。
「平気。こんなの簡単にできるから」
蓮也に出会わなければ今頃公園のベンチで一人、腹を空かせて呆然と座っていただろう。
十羽は昼食のラーメンを感謝しながら食べた。ラーメンにはたっぷりの野菜と卵が入っており、食べ応えがあっておいしいし、健康に気をつけているんだなと感心した。向かい側に座る蓮也も、おいしそうにラーメンを頬張っている。
そう言えば、この世界の今日は月曜日。小学生が平日の昼間にどうして図書館にいたのだろう。不思議に思って尋ねると、きのうの日曜日に学校で父兄参観があった、だから翌日の今日は振替休日なんだよ、と教えられて納得した。
父兄参観には父親が学校に来てくれたそうだ。母親は彼が幼少の頃に病気で亡くなっていて、今は父子家庭だということも教えてくれた。時々祖母が様子を見に来てくれるらしいが、普段の家事は蓮也が担っていた。蓮也は「料理はそこそこできるよ」と言って得意げに笑んだ。
父親は仕事で多忙なため、時々泊まりで出張に行くそうだ。今日も出張、帰りは明日になると言う。まだ小学四年生の息子を一人にして出張に行くなんてと、祖母は渋い顔をするようだが、蓮也は留守番に慣れているし「休みの日は父さんが一緒に遊んでくれるから、別に寂しくない」と落ちついた口調で話してくれた。
(しっかりしてるなぁ)
小学生ながらも頼もしいなと、感心しきりである。
「ねえ十羽さん、あのローテーブル、どう思う?」
ラーメンを食べ終えた蓮也が、テレビの前にあるローテーブルにチラッと視線を投げた。少しそわそわしながら。
「え? テーブル?」
木製のローテーブルは脚が細い、シンプルかつスタイリッシュなデザインだ。
「すごく、素敵だなって思うよ」
家具について詳しいわけではないけれど、大量生産の安い家具ではないとわかる。もしかしたらDIYの得意な蓮也の父親が作ったのかもしれない。
すると蓮也が嬉しそうに「やった!」と声を上げ、ギュッと拳を握り締めた。
「どうしたの?」
「あれ、実は俺が作ったんだ」
十羽は「へ!?」と驚嘆した。とてもではないが、小学生が作る工作レベルのテーブルではない。家具屋で売られていても遜色ないような代物だ。
「父さんにも、ちょっと手伝ってもらったけどね」
舌を出した蓮也は、へへっと照れ笑いした。
十羽はローテーブルの前に行って膝をつき、手で天板を撫でた。大人顔負けの出来映えである。
「すごい! こんな素敵なテーブルが作れるんだ!」
「べ、別に、俺なんかまだまだだし。脚のところ、ちょっとミスってるし」
「ミスなんて全然わからないよ。将来は家具職人を目指してるの?」
「ま、まあな。父さん、昔は家具職人だったんだ。俺も父さんみたいな家具職人になりたいと思ってる」
恥ずかしそうに視線を逸らす姿がかわいらしい。きっと腕の立つ職人になれるだろう。将来が楽しみだなと思い、十羽は感嘆の溜息を零した。
午後は二人でもう一度図書館へ行き、タイムスリップをした書架のみならず、館内の書架を全て念入りに調べた。しかしドアノブは見つからない。結局何の手がかりもなく日が暮れ、閉館時間となったので、仕方なく蓮也の家に戻った。
早く未来へ帰りたいと気ばかりが焦る。仕事もあるし、牛丸のことも気になる。
「十羽さん、今夜はうちに泊まりなよ。ね?」
蓮也の言葉に、十羽は「ありがたいけど……いいのかな」と呟いた。
「行く当てないだろ? ちょうど父さんもいないし、遠慮すんなよ」
「知らない人を泊めたら、後でお父さんがびっくりするかも」
蓮也が叱られやしないかと不安になる。
「大丈夫。父さんには内緒にしておくから。それに十羽さんはもう、知らない人じゃないよ。友達だろ?」
そう言われ、十羽の胸があたたかくなった。
「蓮也君、ありがとう……」
今日はずっと彼に助けられてばかりだ。
せめてものお返しにと「夕食は僕が作るよ」と言って、十羽は蓮也に喜んでもらえるように精一杯オムライスを作った。凝った料理は作れないが、自分の好物ということもあって、トロトロの卵をかけたオムライスは得意なのだ。
チキンライスの上に乗せた卵に切れ目を入れると、中からとろりと半熟の卵が溢れ出した。蓮也は「わあっ」と感動し、ひとくち食べて瞳を輝かせ「うまーい!」と大喜びした。
「こんなの初めて食べた! 十羽さんってすごいんだね!」
「そんなことないよ。たくさん食べてね」
口いっぱいに頬張る蓮也を見ていると、自然に笑みが零れる。
つけっぱなしにしているテレビからは、賑やかなバラエティ番組の音が響いていた。番組の中では『ホモ』という言葉が連呼され、男性のお笑い芸人がわざとらしく体をくねらせている。『おまえはホモか! 気持ち悪いんだよ!』と突っ込みが入り、笑いが起こっていた。2021年ならネットで炎上するようなやり取りだ。
十羽の胸が苦しくなる。昔はゲイが笑われる存在としてメディアで扱われていたと知ってはいたけれど、それを目の当たりにして少なからずショックを受けた。
蓮也はテレビよりオムライスに夢中である。
「そうだ! 十羽さん、後で俺の部屋にある家具も見てよ」
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