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2章 好奇心溢れる少年

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「早く未来へ帰らないと……」
 青ざめた十羽の手を、蓮也が小さな手で力強く握ってくれた。
「大丈夫、きっと帰れるよ」
「蓮也君……ありがと」

 子どもに励まされてしまい、大人失格だなと溜息が出た。でも例え子どもでも、今の状態を相談できる人がいるのは心強い。

 蓮也からタイムスリップしたときのことを聞かせてと言われ、十羽は書架についていたドアノブを引き、暗闇を滑り落ちた奇妙な体験を一部始終話した。その上で、未来へ帰るならもう一度ドアノブを見つけて中へ入るしかないのでは、という話になった。

「よし、十羽さん、図書館へ戻ろう」
「そうだね」
 図書館の書架を徹底的に調べてみよう。そう思って立ち上がった瞬間、十羽の腹の虫がきゅるると鳴った。考えてみれば朝から何も食べていない。思わず頬が赤くなる。

「腹ぺこなのか?」
「う……うん。先に何か買って、食べようかな」
 しかしこの世界で32年後の紙幣が使えるのだろうか。
「ね、このお金、使えるかな?」
 ジャケットのポケットから財布を取り出して所持金を蓮也に見せると「絵が違う。使えないと思う」と言われて落胆した。これでは無一文と変わらない。

「それなら俺の家に行って、昼ご飯を食べよう」
「え?」
「ほら、行くぞ」
 蓮也に手を引かれて公園を出る。
「で、でも、子どもの蓮也君にごちそうになるなんて、悪いよ」
「遠慮してる場合じゃないだろ。十羽さんが持ってるお金じゃ何も買えないし」
「そうだね……」

 肩を落とすしかない。十羽は仕方なく蓮也に甘えることにした。手を引かれ、天樹商店街の近くにあるという彼の自宅へと向かう。歩きながら改めて32年前の世界を眺めた。

 十羽が知っている図書館の周辺はヨーロッパ調の街並みだが、この頃はまだ街作りの途中らしく、道沿いに畑や田園が広がっていた。結構田舎だったんだな、と感心しながら歩く。

 商店街は道路の両側に小さな店が建ち並んでいた。未来ではコンビニがある場所に写真屋があったり、パン屋がある場所に八百屋があったりと、店の種類が全然違う。
 32年前のほうが人通りが多く、活気があるように思えた。行き交う人々の服装や髪型も随分違う。十羽の目にはレトロに見えて興味深い。

 角を曲がって細い路地に入ると、見たことのない住宅地があった。路地に沿って古そうな日本家屋が肩を寄せ合うように建っている。中には洋風の家もあるが、どの家も年季が入っているように思えた。先を歩く蓮也の後を追って路地を進む。

(こんなところに、こんな古い住宅地があったんだ)
 未来にもあっただろうか。記憶を掘り起こしてみるが思い出せない。
 蓮也が二階建ての立派な家の前で立ち止まった。「ここが俺んち」と言って玄関のドアを開ける。洋風のモダンな家だ。父親が中古の一戸建てを購入して、趣味のDIYでリフォームしたと蓮也が得意げに教えてくれた。父親は今、不在らしい。

「お父さんは、今日はお仕事?」
 リビングに案内された十羽は、遠慮がちに室内を眺めながら問いかけた。
 八畳ほどのリビングにはソファの他にテレビやローテーブル、本棚がある。木製の家具で統一されているため、ナチュラルで洒落た雰囲気だ。
「そうだよ。そこのソファに座ってて」

 蓮也がテレビの前にある二人がけのソファを指差したので、怖ず怖ずと腰かけた。
 目の前にあるテレビは十羽がよく知っている薄型のテレビではない。画面が正方形に近い形をしており、背面には箱のような大きな出っ張りがあった。いわゆるブラウン管テレビだろう。デジタル放送が一般的になる前は、薄型ではないブラウン管テレビを使っていたと親から聞いたことがある。

 初めて実物を見た十羽は、ついまじまじと眺めた。画面が横長ではないので、なんだか狭いな、と感じる。
「テレビが珍しいのか?」
 不思議そうに問われ「い、いや、まあ、ね」と曖昧に返答した。

 木製のローテーブルの上には新聞が置いてあった。日付はやはり1989年5月22日、月曜日、平成元年と書かれていた。
(僕はほんとにタイムスリップしたんだ……)
 夢なら覚めてもいい頃なのに、全然覚める気配がない。改めて落ち込んでいると、キッチンから「十羽さん」と蓮也に名前を呼ばれた。
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