時空を超えてキスをする

ましろい冬野

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2章 好奇心溢れる少年

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 地方都市の外れにある町、天樹町てんじゅちょう
 十羽が暮らすこの町は、中心部に商店街や学校、図書館があり、郊外には山や川が流れている、都市と田舎がほどよく混在した町だ。

 町営の図書館の建物は中世ヨーロッパの古城を模しており、町民から白亜の城と呼ばれていた。エントランスの電灯はシャンデリア、カーペットは深紅色。書架やテーブル、椅子は、飴色の重厚感溢れる木製である。おとぎ話の世界に迷い込んだ気分になれる図書館が、十羽は結構好きだった。

 図書館の隣には広大な芝生の公園があり、公園の奥には樹齢八百年を超えるイチョウの巨木が立っていた。十羽が子どもの頃、初恋の人に会いたくて通ったイチョウの木である。
 図書館と公園の周辺は石畳の歩道が広がり、ヨーロッパ風の洋館が建ち並んでいた。この辺りは美しい景観を重視した街作りがされている。

 五月の青空の下、十羽は幼少の頃から見慣れた公園を横目に、図書館を目指して歩いた。遠くに見えるイチョウの木は、萌黄色の新緑を枝いっぱいにつけている。

 あの巨木の下で五歳の十羽にイタズラをしようとした男はその後、警察に捕まった。余罪があったため実刑判決を受けた。十羽も両親も、幼稚園の先生達もホッとしたものだった。

 だけどあのとき感じた恐怖心や嫌悪感は、心の奥底に未だに残っている。人はどうして己の欲望を満たすために、卑劣で自分勝手なことをするのだろう。

 下唇を噛み、図書館の重いドアを開けた。エントランスを抜け、受付カウンターの前で若い女性の職員に軽く会釈をして通り過ぎる。館内は木製の書架が整然と並び、合間には閲覧テーブルと椅子がある。まだ早い時間だからか、来館者は少ない。十羽は誰もが自由に利用できる、デスクトップ型のパソコンの前に座った。

 じっくり調べ物をしたいとき、いつも図書館のパソコンを利用する。図書館ならインターネットと本、両方で調べられるからだ。まずはネットで相談サイトを検索し、自分と似たような困りごとはないかを調べた。
 問い『好きではない人から強引に言い寄られたら?』

 この相談には二通りの回答があった。ひとつは『はっきり断るべき』、もうひとつは『はっきり断るとストーカーになる恐れが。やんわり遠ざけろ』である。
 はっきり断ったが通じなかったので、やんわり遠ざけるべきなのかも。ストーカー行為がある場合は警察か、弁護士に相談しようという回答もあった。
(相談、できるのかな……)

 男同士のもめ事に、警察はどこまで本気で取り合ってくれるだろう。弁護士に相談すれば費用もかかる。自身のセクシャリティを知られるのも避けたい。
 いっそのこと、牛丸と決闘でもしようか。

 かぶりを振り、バカな考えをすぐに打ち消した。以前、自分の身を守るために強くなろうと思い、空手を習ったことがあった。でも元々ひ弱な十羽は練習について行けず、あっさりと挫折したのだ。妻子持ちの空手の先生に言い寄られ、それも嫌で逃げ出した。

 困った十羽は席を立って書架へ向かった。トラブルを解決するための本を探すため、広々とした館内をキョロキョロしながら歩く。
 図書館では普段、美術関係の本をよく手に取る。窓辺にあるお気に入りの椅子に座って、絵画の本を開くのが休日のちょっとした楽しみだった。

 館内に置かれている椅子はほとんどが飴色の木製で統一されているのだが、中には少し趣が異なる椅子がある。いわゆるデザイナーズチェアというもので、作り手の個性が反映された椅子だ。揃いの椅子と違ってどれも垢抜けたデザインである。

 十羽のお気に入りの椅子も、数脚あるデザイナーズチェアの中の一脚だった。背もたれの木材が背中を包み込むように緩やかなカーブを描いており、美しいデザインと絶妙な座り心地が共存した、人気の椅子だ。

 チラリと窓辺を見遣ると、お気に入りの椅子が空いていた。できれば座ってのんびりしたいけれど、今は牛丸と上手く距離を取る方法を調べるのが先である。
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