時空を超えてキスをする

1章

2021年-7

　いつか恋愛したいという気持ちはあるけれど、変な男に狙われ過ぎたせいで、十羽は日常生活で出会う男性に警戒心を抱く癖がついている。だから今まで恋愛らしい恋愛をしたことがない。友達だと思っていた男に襲われそうになり、必死に逃げ出した経験から、同性の友達を作ることにも慎重になっていた。女性にも全くモテない。「綺麗すぎる。頼りなさそう」と言われる。

　イチョウの『押し葉』を指先でなぞり「神様、また助けに来てくれないかな」と呟いた。
　神頼みでもしたくなるほど、十羽には頼れる人がいない。父親はすでに他界、母親は遠く離れた実家で働きながら祖母の介護をしている。忙しい母に心配はかけたくないし、セクシャリティを知られたくない。
　デザイン事務所の社長や同僚に事情を説明しても、牛丸がそんなことをするはずがないと言って信じてもらえないだろう。

　牛丸のことは一人でなんとかしなければ。どうにかして自分への関心を失わせたい。でもどうやって？　つき合い始めた気でいる彼に別れを切り出したら、逆上しかねない。

　十羽は気持ちを引き締めた。Ｔシャツとチノパンに着替え、いつも着ているくたびれた紺色のジャケットを羽織る。そしてニット帽と黒縁の眼鏡、マスクを身につけ、部屋を出て図書館に向かった。