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1章
2021年-6
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もみ合っているうちに床に落ちた、青いキャンパスノートを拾って机の上に置く。そして脱力しながらベッドに腰かけた。
日記なんて書くんじゃなかった。そう後悔しても遅い。危ない人間だと気づいていたのに、牛丸をこの部屋に入れたことがそもそもの間違いだったのだ。でもまさか、ここまで危ない人間だとは思っていなかった。
無事だった自身の体を両腕で包み、改めて安堵しつつ身震いした。幼い頃の記憶が脳裏に蘇る。
五歳のとき、公園で女の子に間違われて大人の男に連れ出され、イチョウの巨木の下でパンツを脱がされたことがあった。男だとわかった途端、足で蹴られそうになった。あれ以来男に恫喝されると恐怖で体が硬直するようになってしまった。一種のトラウマである。
幼少の頃から、十羽は幾度となく怖い思いをしてきた。小学生のときも女の子に間違われ、大人の男に誘拐されそうになったことがある。偶然通りがかった人に助けてもらって事なきを得たが、とても怖かった。
声変わりをしてからは、男とわかった上で男に声をかけられるようになった。一晩いくらかと尋ねられたり、上級生の男からストーキングされたり。
ベージュブラウンの髪が綺麗だと言われ、見知らぬ男に突然髪を舐められたこともある。どんなに顔を隠していても体つきが艶っぽいらしく、電車に乗れば痴漢に尻を触られた。
高校一年生のときは男の教師にトイレの個室へ引っ張り込まれ、無理矢理キスをされたこともあった。教育委員会に訴えたくても教師は「覚えがない」の一点張りで、十羽は泣き寝入りするしかなかった。
「なんでいつもいつも……」
涙が出そうになり、暗い気持ちで項垂れた。男は怖い。それなのに、物心ついたときから心惹かれる相手は男性だった。初めて男性に憧れを抱いたのは奇しくも五歳のとき、イチョウの巨木の下である。どこからともなく現れ、十羽を助けてくれた王子様のような人。
公園の奥にあるイチョウの巨木の下へ行けば、あの人にまた会えるかもしれない。十羽の淡い初恋だった。会いたい気持ちを胸に、あれから何度も公園へ通った。一人では怖いので母と一緒に。
だがあの人には二度と会えなかった。絵本が大好きで夢見がちだった十羽は、あの人はイチョウの神様だったんじゃないかと思うようになった。十羽が暮らす『天樹町』では、公園のイチョウの巨木は神様が宿る霊樹として知られていた。
十羽はイチョウの葉を拾い、押し花のように『押し葉』にした。それをお守りのつもりでハガキほどの大きさの額縁に入れて部屋に飾った。
イチョウの『押し葉』を作って飾るのはやがて習慣となり、今でも年に一度、秋になったら黄色に色づいた葉を拾いに行く。新しい『押し葉』を去年のものと入れ替えた。
十羽はテレビの横に立てかけてある額縁を手に取り『押し葉』を眺めて息をついた。『押し葉』を見るといつも心が落ちつく。怖い思いをしたときは『押し葉』を見て初恋の人を思い出し、ささくれだった気持ちを落ちつかせていた。
あの人の顔はさすがに忘れてしまったけれど、今でも面影を覚えている。男は怖いだけじゃない。優しくていい人もいると、あの人が教えてくれた。
でも十羽に好意を向けてくるのは、いつもおかしな男ばかり。ストーカー、変質者、自分の性欲を優先する独りよがりな男達。自分の体からは変な男を引き寄せるオーラでも出ているのではないかと、悲しくなるほどだ。
オーラを隠したくて、外出時はいつも帽子とだて眼鏡、マスクを身につけている。変な男達から狙われないために。
日記なんて書くんじゃなかった。そう後悔しても遅い。危ない人間だと気づいていたのに、牛丸をこの部屋に入れたことがそもそもの間違いだったのだ。でもまさか、ここまで危ない人間だとは思っていなかった。
無事だった自身の体を両腕で包み、改めて安堵しつつ身震いした。幼い頃の記憶が脳裏に蘇る。
五歳のとき、公園で女の子に間違われて大人の男に連れ出され、イチョウの巨木の下でパンツを脱がされたことがあった。男だとわかった途端、足で蹴られそうになった。あれ以来男に恫喝されると恐怖で体が硬直するようになってしまった。一種のトラウマである。
幼少の頃から、十羽は幾度となく怖い思いをしてきた。小学生のときも女の子に間違われ、大人の男に誘拐されそうになったことがある。偶然通りがかった人に助けてもらって事なきを得たが、とても怖かった。
声変わりをしてからは、男とわかった上で男に声をかけられるようになった。一晩いくらかと尋ねられたり、上級生の男からストーキングされたり。
ベージュブラウンの髪が綺麗だと言われ、見知らぬ男に突然髪を舐められたこともある。どんなに顔を隠していても体つきが艶っぽいらしく、電車に乗れば痴漢に尻を触られた。
高校一年生のときは男の教師にトイレの個室へ引っ張り込まれ、無理矢理キスをされたこともあった。教育委員会に訴えたくても教師は「覚えがない」の一点張りで、十羽は泣き寝入りするしかなかった。
「なんでいつもいつも……」
涙が出そうになり、暗い気持ちで項垂れた。男は怖い。それなのに、物心ついたときから心惹かれる相手は男性だった。初めて男性に憧れを抱いたのは奇しくも五歳のとき、イチョウの巨木の下である。どこからともなく現れ、十羽を助けてくれた王子様のような人。
公園の奥にあるイチョウの巨木の下へ行けば、あの人にまた会えるかもしれない。十羽の淡い初恋だった。会いたい気持ちを胸に、あれから何度も公園へ通った。一人では怖いので母と一緒に。
だがあの人には二度と会えなかった。絵本が大好きで夢見がちだった十羽は、あの人はイチョウの神様だったんじゃないかと思うようになった。十羽が暮らす『天樹町』では、公園のイチョウの巨木は神様が宿る霊樹として知られていた。
十羽はイチョウの葉を拾い、押し花のように『押し葉』にした。それをお守りのつもりでハガキほどの大きさの額縁に入れて部屋に飾った。
イチョウの『押し葉』を作って飾るのはやがて習慣となり、今でも年に一度、秋になったら黄色に色づいた葉を拾いに行く。新しい『押し葉』を去年のものと入れ替えた。
十羽はテレビの横に立てかけてある額縁を手に取り『押し葉』を眺めて息をついた。『押し葉』を見るといつも心が落ちつく。怖い思いをしたときは『押し葉』を見て初恋の人を思い出し、ささくれだった気持ちを落ちつかせていた。
あの人の顔はさすがに忘れてしまったけれど、今でも面影を覚えている。男は怖いだけじゃない。優しくていい人もいると、あの人が教えてくれた。
でも十羽に好意を向けてくるのは、いつもおかしな男ばかり。ストーカー、変質者、自分の性欲を優先する独りよがりな男達。自分の体からは変な男を引き寄せるオーラでも出ているのではないかと、悲しくなるほどだ。
オーラを隠したくて、外出時はいつも帽子とだて眼鏡、マスクを身につけている。変な男達から狙われないために。
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