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始談
真ん中クエスチョン
しおりを挟む「オレンジジュースは甘い派?酸っぱい派?」
突然、そんなことを聞かれた。
私が素直に酸っぱい派と答えると、彼女は「おー」と目を丸くする。彼女には見覚えがあった。ついさっきも目が合ったのだから当然だろうけど、それだけではない。
ノートを、見られた。
先週、ノートを誤って落とした時に偶然拾ったのが彼女で、その時に多分中身も少し見られただろう。
「じゃあ、クレーマーとクレーパー、どっちになりたい?」
「……はい?」
クレーマーは、まぁ分かる。しかしクレーパーとは一体……。
そんな私の疑問は最初からお見通し……というか初めからこれを狙っていたのだろう。彼女は得意顔で言う。
「クレーマーはクレーマー。クレーパーは、クレープを愛して止まないクレーパー、ぜよ」
「……ぜよ?」
何だそれは。
クレープを愛して止まないクレーパー……説明になってないようで、かなり適切な説明にも思える。
クレーパーについての謎は残るけれど、それとは別に目の前の彼女についても謎だ。眠たげな顔でドヤ顔をしていて、一見単純そうに見えるけどそうじゃない。どこか、底知れない何かを感じる。
「ふぁ~……。」
「………………。」
この人、ちょっと眠そう。
いつもこんな感じだ。授業で眠りかけていることもしばしばあるが、夜更かししてるんだろうか。
常時寝起きのような彼女は、『不本意』という小さな文字の装飾の付いた髪飾りをしている。髪は私より幾分か短い。色もちょっと焦げ茶色気味。ちなみに髪飾りには『不本意』の他に『不戦勝』やら『神』やらとバリエーションがあるらしく、しばしばその奇抜さが周囲の目を引く。
けど、よく考えたら変な話だ。
「むん?迷う?クレーマーかクレーパー」
「いやぁ、その……何というか……。」
私は何故、こうも彼女を気にするんだろう。
まぁ確かに秘密を知られたけれど、彼女にとってそれは些細な問題だろう。なら気にしすぎても逆に怪しまれるのではないか。
「ク、クレーパーで」
「フッ、珍しく気が合うな」
そう言ってやや得意げな顔で親指を立てる。
それを言いたかっただけか!
内心呆れつつ、分からなくもないとも思う。ピンチの時に、『こんなこともあろうかと』と言って秘密兵器的何かを出すアレと同じだ。つまるところ、ロマンに過ぎない。だがそれを実行するタイミングは決まっているわけで。
「……あの、お名前、伺ってもいいですか?」
「ええよん。篝門平治」
「お、男っぽい名前だね」
「………の、孫をやってます篝門九絵でござる」
ま、紛らわしい……。
初めからそう言えばいいものを。何だか本当に変な人だ。けど、まぁ、悪い人ではないらしい。と、九絵と名乗った彼女は何やら浮かない表情をする。「失敗したな……」と真剣に言っている辺り、何か困ったことでもあるのだろう。
「あの、どうしました……?」
「ワンチャンスちょうだい」
「へ?」
「名前、もっかい聞いて」
「は、はぁ」
何だろう。まだやりたいネタでもあったのだろうか? 今度はどう来るのやら。
仄かに期待を寄せている自分に気付かないフリをしつつ、私は言われた通りにもう一度、彼女に名前を尋ねる。
「お名前を教えて頂けますか?」
「あら、名前を尋ねるのならまずご自分から名乗るのが礼儀ではなくて?」
「そっちか……!」
割と淑やかなパターンだったことに驚いたせいで、つい声が出てしまった。
意外そうな顔で目をぱちくりしている九絵さんは相変わらず眠たそうな半目のまま、手で口元を隠す。
「あら、何を期待していたのかしら。いやらしいですこと。」
「そっちこそ何を想像してるんですか………。」
ホホホ~、と一通り棒読みで喋った後、彼女は何事も無かったかのように歩いて行く。そのまま廊下へと出ていくその背中が見えなくなったとき、微かな寂しさにも似た何かを感じた。所詮、こんなものかと納得する。彼女には私が不釣り合いと感じられたのだろう。
持論ではあるのだけど、人の行動には必ず自分の気持ちが伴う。今回の彼女の行動は、思うに、ちょっとした偵察とか、そういう意味合いだろう。で、その結果は今の通り。彼女的に私は不合格にでもなったのだろう。とはいえそれは彼女の物差しだ。私には関係ない。
「………………。」
……ハッキリした解を出そう。
私はちょっと落ち込んでいる。何事も無かったかのように去った彼女のせいで。寸前まであれだけのやり取りをしたのに。
けれどそれを気にするのはちょっと違う気がした。だから理屈で慰めようとする。
大体はそうなるだろう。自分の都合のいいよう、自分を正当化したがるのは人間心理の一端だ。
だから気にしない。過去の行動は過去だ。周りにとってどうでもいいことを、私自身が気にする必要はない。
「アオミノウミウシ~」
「ひゃぁっ!!」
「おっと」
間の抜けた声がしたと同時に、首筋に冷たい何かが当てられた。
何事かと思って振り返る。するとそこには案の定、九絵さんがいた。その両手には小さな缶ジュースが握られていて、片方を私に差し出してくる。
「え」
「断ることは不敬に当たる、ぜよ」
……ぜよ……?
相変わらず彼女の行動は、分からない。
けど、それが私を惹き付けるのだろう。
私は気付いていた。
「ありがとう。………私の名前、洲城湊って言います」
「おおぅ、湊お嬢様ですか。よろしゅうなー」
「え、あ、……よろしゅう………??」
彼女はとても面白い人だ。
そしてきっと、彼女は私に興味を持っている。自意識過剰だと言われればそれまでだけど、それでも私の直感が言っている。
彼女、篝門九絵は私にとって重要な位置に在る人物だ、と。
「疲れた時はビタミン類。そいじゃ、また後での~」
「うん、また。」
こうして私達の交流は始まった。
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