上 下
13 / 14

同日夕刻、蜜蜂

しおりを挟む
 フォレスト商会会長の邸宅は、星海市参入が遅れた事もあり城市側岸壁近くにあった。
 社屋は、何とか新城側に置く事が出来たがそれでも市街地から外れており、その事を奥方はぶつくさ言っていた。と、後々話に聞いた。
 ホーク・葉和偉が操る、大型蒸気二輪スチームバイクがフォレスト邸に辿り着いた時、邸内からヒキガエルの絶叫が響いた。それはさながら雨季の水辺の如く、幾つも上がっていた。
「悲鳴!?」
「遅かったか!」
 転がるようにして蒸気二輪の後部から降りると、坂本良行は目を凝らし、阿鼻叫喚であろう中の様子を窺った。『見鬼』としての視界は、悲鳴と共に噴き上がる瘴気で、木々の緑が黄ばんでいくのを捕らえた。
 良行が息を呑む横で、ホーク・葉は蒸気二輪の横側に括り付けられていた剣を手にした。
 それは八嶋で見られる片刃の刀ではなく、猊国など西域で一般的な剣とも違う、俗に華剣と呼ばれる刃渡り三尺(約九〇センチ)、幅一寸(三センチ)足らず程の者だったが、柄に鳥の翼を思わせる細工が施され、鞘にも紅玉と柘榴石が埋め込まれた高価そうなものだ。
 そこから僅かに溢れる、熱気と言うほどではないが炎の気配を感じて、良行は目を見開いた。その剣に、火炎鳥の羽が混ぜられているのが見て取れた。
「ホーク君、それは?」
「俺の爺さんが、元の主家から貰ったものだって。
 年代物で、下手に下宿に置いといて錆びさせると不味いって思ったから、道長様に預けてたんだけど、儀式の時に持っておけって言われてたんだ」
 走りながらのホークの言葉に、良行はなるほどと思った。
 壊魔を滅ぼすには幾つか方法がある。その中に、炎で焼き払うと言うものがあるが、実際問題として、直接火を点けても逃げられる事の方が多いのだ。だが、炎の霊獣や神獣の力が込められた武器なら、類焼の危険も無く壊魔だけにダメージを与えられると言うものである。
 二人が空いていた門扉を抜けると、本来なら、何人もの使用人が歩き回り、塵一つ無いように保たれている筈の屋敷の中は、煤や土埃に塗れ、調度品や窓ガラスがボロボロにされており、男女の使用人達が何人も倒れていた。
 そして、先程の外出着のままのエイミー・フォレストと、髪を振り乱した四〇代くらいの――本来なら貴婦人であろう女性が揉めているのが見えた。いや、二人の間に、エイミー嬢より小柄なお仕着せ姿の少女がいる。
 どうやら、少女を盾にするべく前に押し出そうとする母親に、令嬢が必死に抗っているようだった。
 そんな二人を、ニタニタと笑いながら見ている黒衣の男がいる。
 生者にはありえない青白い顔色と、墨よりも黒い髪と目の色に、良行の背筋が凍る。
「スチュアート・ウィルソン、動くな!」
 ピーッと、呼子を鳴らし走り出したホーク・葉の方に向かい、にたりと笑って逆手を突き出した。
 その瞬間、巻き起こった黒い突風に依ってホーク・葉の身体は壁に叩き付けられた。
「ホーク君!?」
 一瞬呻き、だがすぐに飛び起きたのを見て、良行は安堵の息を漏らす。
 だが、その騒ぎに気を取られたエミリーの手が緩んだ。ここぞとばかりにMrs.フォレストは小柄な少女を引っ張り、スチュアートのなれの果ての前へと突き飛ばした。
 己の足元に突き転がされた少女を見て、スチュアートであった者は引き攣れるような笑みを浮かべた。その歪んだ笑顔を浮かべ、真黒な手――それが手袋なのか、自身の手が瘴気で黒く染まっているのかは、一目では判らなかった――を伸ばしてくる男を見て、少女は身を竦める。
「ミミー!」
 使用人をスケープゴートにして逃げ出した母親を見限り、エミリーは少女に飛び付き、己の身体で庇おうとした。その時だった。
 男の手が二人に触れる寸前、少女――ミミー・梁慧霞リャン・ワイハーを金色の燐光が包み、それらは一気に壊魔に向かって襲い掛かった。
「え?」
「何これ? 蜂?」
 ぽかんと、目を見開く主従の前で、金色の光は無数の蜜蜂の姿を取り、羽音も高くスチュアート・ウィルソンだった男に殺到したのだ。
 最初、たかが蜂と、鼻で笑った男は黒い旋風で蜜蜂達を追い散らそうとした。
 だが、圧倒的な物量と機動力で、あっと言う間に蜜蜂達はスチュアートを覆うと、一斉に針を立てたのだ。
 不快そうに眉を顰め、蜂達を振り払ったスチュアートは、だが次の瞬間喉を押さえ床をのたうち回り始めた。
 茫然と、男の狂乱を見ている主従と、ホーク・葉の横で、良行は一つ溜息を吐いた。
「スチュアート・ウィルソンは、蜂毒に起因するアナフラキシー・ショックで亡くなりました。その為、蜂毒を受ければ彼は動けません。あの死の瞬間が、永遠に続きますから」
「グッディ、それは」
「壊魔の性質、と言うんでしょうか。彼らは死んで壊魔になった場合、死因となったものが炎や聖別武器に次ぐ弱点になるんです」
 良行の言葉に、「そうか」と頷く。
 そしてホーク・葉は主従二人の少女を後ろに下がらせると、首を掻きむしり、それでも憎悪と狂気で満ちた真っ黒な目をホークに向けるヒトデナシの前に立った。
「スチュアート・ウィルソン、いや壊魔、これは猊利典ブリテン国王よりの慈悲である」
 そう言って、伝家の宝剣を鞘から抜いたホーク・葉和偉は、本来心臓があった位置へと振り下ろした。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

三位一体

空川億里
ミステリー
 ミステリ作家の重城三昧(おもしろざんまい)は、重石(おもいし)、城間(しろま)、三界(みかい)の男3名で結成されたグループだ。 そのうち執筆を担当する城間は沖縄県の離島で生活しており、久々にその離島で他の2人と会う事になっていた。  が、東京での用事を済ませて離島に戻ると先に来ていた重石が殺されていた。  その後から三界が来て、小心者の城間の代わりに1人で死体を確認しに行った。  防犯上の理由で島の周囲はビデオカメラで撮影していたが、重石が来てから城間が来るまで誰も来てないので、城間が疑われて沖縄県警に逮捕される。  しかし城間と重石は大の親友で、城間に重石を殺す動機がない。  都道府県の管轄を超えて捜査する日本版FBIの全国警察の日置(ひおき)警部補は、沖縄県警に代わって再捜査を開始する。

警視庁高校生おとり捜査班 倉沢彩那出動篇

ぽて
ミステリー
高校生の倉沢彩那は、ある日警察官の父親から「おとり捜査班」の一員になるように命じられる。以前から警察の仕事を嫌っていた彩那は断ろうとするが、頑固な父親に逆らうことができず、渋々引き受けることになる。異母兄妹である龍哉はもとより、家族全員が参加する「捜査班」。家族の絆を取り戻すため、彩那の戦いが今ここに始まる。

ノウサギは寂しくても死なない

新田猫
ミステリー
鷹取日春(たかとりひはる)は世界的有名なミュージシャン、桑原幸人(くわばらゆきひと)の付き人として住み込みで働くことになる。 そこには美しい2人の姉妹がいた。桑原家は母がいないということを抜かせば、絵に描いたような上流階級の生活を送っていた。 誰が見てもうらやむ生活。裕福で幸福な家庭。成功者――。 しかし、その家族の裏には誰にも知られてはいない、運命のいたずらが隠されていた。 母の不在、不仲の姉妹、表面だけ取りつくろう父、そしてそれに翻弄される主人公。やがて襲い掛かる悲劇。 歪んだ人間関係がもたらす運命とは? 悲劇をもたらす元凶は一体何か? --- 別のサイトで公開していたものに、大幅な加筆修正を加えたものになります。

分かりました。じゃあ離婚ですね。

杉本凪咲
恋愛
扉の向こうからしたのは、夫と妹の声。 恐る恐る扉を開けると、二人は不倫の真っ最中だった。

おさかなの髪飾り

北川 悠
ミステリー
ある夫婦が殺された。妻は刺殺、夫の死因は不明 物語は10年前、ある殺人事件の目撃から始まる なぜその夫婦は殺されなければならなかったのか? 夫婦には合計4億の生命保険が掛けられていた 保険金殺人なのか? それとも怨恨か? 果たしてその真実とは…… 県警本部の巡査部長と新人キャリアが事件を解明していく物語です

少年の嵐!

かざぐるま
ミステリー
小6になった春に父を失った内気な少年、信夫(のぶお)の物語りです。イラスト小説の挿絵で物語を進めていきます。

魔界沼の怪魚

瀬能アキラ
ミステリー
 得体の知れない沼や湖に出没する謎の巨大怪魚を追う。  新感覚 フィッシング・ミステリー登場。

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

処理中です...