徒然推理覚書  『黄金蘭』

怪傑忍者猫

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三日目、盗難事件

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 翌朝、騒ぎはさっそく始まった。
 ただならぬ空気に起こされ、良行がイライアス・ホークと共に下の食堂に現れると、血相を変えた島の若い男達が手に銛や木切れを持って数十人――まあ、中には若い衆と言うには少々老けたお人もいたが――立っているのを、宿の主が宥めている真っただ中だった。
 男達は猊国人の姿を認めるや、一気に殺気立った。
「居たぞ、外人だ!」
「お花を返しやがれ!」
「この罰当たりが!」
 口々に喚きながら掴み掛ろうとする男達と、訳が判らずぽかんとしているイライアス・ホークの間に、八嶋の小説書きは慌てて割って入った。
「待って、ちょっと待って、あんたがたはこの人に何の用があるんだ、外人だからって暴力振るおうって言うのは筋が通らないだろう!
 天妃様のお膝元の人間は、そんな野蛮人だと、本土の人間に思われたいのか!」
 天妃を出されると、年嵩の男達は一瞬たじろいだが、若い連中は鼻を鳴らしてこう言った。
「その天妃様のお花を盗んだ泥棒が、偉そうな事を」
「お前、この辺の人間じゃないな、お前も余所者だろう」
「構うものか、こいつ共々とっ捕まえようぜ」
 そんな事を言い合う、なりはそこそこだが学どころか知恵も足らなさそうな少年達に、一際甲高い声で「何やってるのよ!」と叫ぶ者がいた。
 見れば、この宿で働く小明が、息を切らせ、真っ赤な顔で入口のところで仁王立ちになっていた。
「何やってんのよ、このゴクツブシども! 港の親方怒ってるわよ!」
「何って、見れば判るだろ、俺達は盗人を捕まえにだな」
 少年達の中の、一番大柄なリーダー格だろう少年が面倒くさそうにそう言うのを、小明は胸を逸らしながら頭一つは大柄な少年に詰め寄った。
「あたし言ったわよね、あたしのとこで泊ってるお客の外人さんは、午前中に三の姫様が返って来た時には廟から出て来てたし、その時は重そうな箱一つだけ、手に土も花の汁もついてなかった、連れのお人も手ぶらで何も持ってなかった、二人とも綺麗な手をしてたってあたし言ったよね!
 そもそもこの人達は海を泳ぎに来た変わり種、お花の事も知らなかったって、あたしが言った事を何も聞いてなかったって事!?」
 噛み付く少女を、面倒臭そうに振り払おうとした青年のごつい腕を、がしっと掴む手がある。
 手の主を辿れば、そこにはそこそこの長身と意志の強そうな眉の、良行とイライアス・ホークに二人が良く知る人物が立っていた。
「正論吐かれて、女に手を上げようとする時点で、天妃様の許で暮らす資格が無いと思うのは俺だけか?」
「何だ、手前!」
 誰何の声に答えたのは小明で、その内容に来訪者二人も顔を見合わせた。
「こちらの方は、三の姫様の婚約者よ、失礼な事してるんじゃないわ!」
「何だと!?」
「おい、小明、ふざけた事言うな!」
「姫様の婚約者だあ!?」
 少年達はぽかんとなったが、それこそ年嵩の男達の方が真っ青になった。
「姫様の?」
「と言う事は葉大人のご子息か!」
「おいおい、本当に来られたのか」
「いかん、この馬鹿どもを下げんと!」
 蜂の巣とまではいかないが、相当ざわざわしている大人達に向かって、厳しい顔を崩さないままホーク・葉和偉は少年達を帰らせるよう告げた。
「俺は、本土で警察に奉職しています。駐在には話を通していますから、彼らへの聞き取りは俺が行います。
 それから、容疑者への暴行は星海警察の名の下に全面禁止します。
 例え確定犯罪者であれ、警察権を所持しない者の暴力行為は暴行犯として逮捕します。よろしいですね」
 ホーク・葉のその言葉に、少年達は一様に不服そうに顔を歪めたが、大人達が彼に畏まり、全員を押し出して行った。
「何だよ、あんなひょろっとした余所者、何で」
「馬鹿野郎! あの方は、ご先代様の命の恩人の忘れ形見だ、失礼な事をするんじゃない!」
 そんな声がするのを何となく聞き取りつつ、坂本良行は何とも言えない表情で下宿の隣人を見た。
 一応、彼の亡き父親が星海市の城市シティ側で顔役に等しい立場で、黒弊マフィアの大立者にも顔見知りがいる事は知っていた。
 だが、まさか本土から離れ独自のコミュニティを作っている島にまで雷名轟く大人物とは思わなかった。
 だが、良行の視線に気付いたホーク・葉の方は、眉を八の字にしてこう答えた。
「あー、あの人達の言ってた事はあまり気にしないでくれ。親父が生きてた頃に、病気で動けなくなったここの村長を看病した事があったんだ。その事を、未だに恩義に感じてくれているだけなんだ」
「そーんな、簡単な話じゃない気がするけど? それに婚約者って何だよ、俺もヤーマンもそんな話聞いてないし?」
 何となく話にに入り損ねていたイライアス・ホークが、ここぞとばかりに入って来た。
 実際、婚約者云々という話は、良行もイライアス・ホークも初耳なのだ。
 それに向かって、がりがりっと頭を掻いたホーク・葉は、二人について来るよう告げた。
「いろいろ、駐在の前で話を聞かせて貰う、記録を取る必要もあるから駐在所まで行くぞ」
 そう言われて、猊国貴族の青年は顔の不服を露にしたが、良行は警官の彼がこちらに気を使っているのだろうと取った。
 完全密室で、顔見知りだけで話を付けてしまえば島の住民は納得がいかないだろう。だから、島の駐在がいるところで話をする事で、身贔屓(みびいき)でどうこうしたと思わせないようにしているのだろうと。
 男達の話からして、天妃廟から例の蘭に似た花が盗まれたようだ。どの規模かは判らないが、立派に窃盗事件であろう。
 身に覚えがないとは言え、容疑者とされているのなら早々に調書を取って貰うのが一番だと、良行は判断した。
「エリー君、思うところがあるのは良く良く判っていますが、取り敢えず今はホーク君と共に行きましょう。まずは疑いを晴らしておかなければ、またさっきの人達のような騒ぎになると宿に迷惑ですし」
「ち、仕方ねえなあ、何処行くんだ?」
「ああ、こっちに警察の駐在所がある。来てくれ」
 ホーク・葉和偉が先に立って歩くのに、坂本良行とイライアス・ホーク・マーヴィンの二人は付いて行く事にした。
 三人の後ろ姿を、宿の主人と小明とが些か心配そうに見送った。


 駐在所と言うのは、ぱっと見只の民家だったが、それでも島にも十本ほどしかない電話が設置され、一応の留置所も地下に造られてあった。
 二人はホーク・葉と共に、一応取調室として使われている小部屋に通された。ここの駐在警官は四〇絡みの穏やかそうな丸顔の男性で、その下働きをしているらしい一七、八の少年がしゃちほこ張って待っていた。
 一応取り調べ用らしい四人ぐらいが座る円卓に三人着くと、年長者として良行が口を開いた。
 駐在はその横の小机に着き、こちらの会話を記録するようだ。
「取り敢えず、私達の昨日の行動についてお話しするべきでしょう。
 私達は、昨日午前の便が着く前に天妃廟に上りました。観内でエリー君が何枚か写真を撮りましたが、それ以外にやった事は普通に参拝しただけです。お供えを観内の露店で買いましたが、店の方が我々を覚えていて下されば良いんですが。
 天妃廟から出た際に『金朗閣』で働いているお嬢さん、小明さんでしたか、彼女と一緒に降りてきました。
 その後は、宿の前の浜で夕方まで泳いでいました。私達は、それが目的でこの島に来ましたから」
 小説家の言葉に頷き、担いで来たカメラケースを叩いて見せながら猊国人青年も口を開く。
「おう、写真は十二、三枚撮ったかな。ここで出せって言うのは勘弁しろよ、まだ焼いてないから、と言うかこの島に写真焼く機材あるのか? 貸してくれるって言うならすぐ焼くけどさ」
 イライアス・ホークの言葉に、ホーク・葉は横で立っていた少年の方を見た。
 少年の方は、本土の警官で『三の姫の婚約者』である相手に、殊更背筋を伸ばした。
「は、はい、去年亡くなられた島長様が、カメラを持っておられたぐらいで、島にカメラを持っている人間はいないと思います」
「そうか。珊蘭さんらん殿に聞いてみた方が早いかもしれないな」
 ホーク・葉の口から出た女性の名前に、良行とイライアスはそれがこの島の『三の姫』の名前なのだろうと察した。
 少し考える素振りを見せると、ホーク・葉は駐在と少し話し、それから改めて二人に向き直った。
「二人は、拝殿までで、その奥の方までは入ってないのか?」
「奥?」
「拝殿の? 入って良かったんですか?」
 二人の反応に、やはりと言う顔で警官は言葉を続けた。
「盗まれたのは、催事の際に天妃に捧げる神事を行う、奥の殿周囲に植えられていた十株だ。
 そちらの外国人はともかく、八嶋も神事には色々厳しいと聞いていたから、グッディは用も無く奥の方まで入る事は無いし止めるとも思っていたから、お前さん達では無いと思っていたんだ」
 警官の言葉に、イライアス・ホークの唇が尖る。
「何だよ、それならそう言って、あの連中止めてくれればいいのに」
「こちらが知らせを聞いた時には、もう彼らは動いていたんだ。ま、宿屋の子が走ってくれたしな」
 そう言いつつ、ちらちらと目配せしているのに気付いた良行は、取り敢えず駐在所に宿泊先と本土の方の所在地を届けて、外に出る事にした。
 イライアス・ホークの方も同じく記すと、良行とホーク・葉に挟まれる形で歩き出す。
 宿までの道すがら、良行は不信と警戒に満ちた視線を紅毛の異人に向ける島の住民に紛れる気配に気付いていた。
 それは、これから起きるだろう凶事に心躍らせる、妄鬼の気配だった。
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