徒然推理覚書  『黄金蘭』

怪傑忍者猫

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二日目午後、姫達の帰還

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 天妃廟そのものは、本土の廟と変わらない。
 いや、人口千人いるかどうかの島で、本土並みの廟が建っている時点で、この島の人間がどれだけ天妃に傾倒しているのか判ると言うものだ。
 お供え物は特に用意してなかったが、拝殿の途中に売られている物を幾つか選び、龍華国特有の大きな螺旋状のお香を灯して拝礼を済ませる。
 その間、イライアス・ホーク・マーヴィンは花と建物を一枚に収めるように十枚ほど写真を撮った。
 そうやって、二人は天妃廟を後にしようとしたその時だった。
「あ、お客さん、来られてたんだ!」
 二人の足を止めさせたのは、聞き覚えのある明るい声だった。
 振り返ると、同じように拝礼を済ませたらしい、宿の給仕の少女がいた。
「良かった、ちゃんと来たんだ! ちょっと心配だったんだ、天妃様に挨拶しないのはこの島じゃ無礼極まりないんだもの」
「ああ、そうなんだ。でも、本土の方じゃあまりそう言う話聞かないからねえ、その話は本土の人達にも周知出来るようにした方が良いかもしれないね」
 良行がそう答えると、少女――小明は目をぱちくりとさせた。
「そうなの?」
「自分のように、祭礼目的でなく生れて初めてこの島に来た人間は、お前さんや宿のご主人に聞くまで天妃様のところに行かない事が失礼になるとは思わないだろうね。
 自分も、宿の大奥さんに宿を紹介して貰ったけど、天妃様については特に聞かなかったし」
 そう言いつつ、恐らくその辺自分で何とでもするだろうと思われている事を、良行は口にはしなかった。実際問題として、放雷旅館の大家夫人はその辺り投げっぱなしと言うか、結構放任と言うか、結構自由な人である。
 建物を傷めたり、設置機材を痛めるような事をしないのであれば、下宿内ではどんな生活を送っていても特に怒られる事は無い。イライアス・ホーク・マーヴィンが下宿人でもないのに、良行やもう一人の部屋に二人が留守でも頻繁に出入りしていても、怒らない程度には寛容なのだ。
 ……まあ、もう一人は警察に奉職している人間なので、何事か起きれば自力でどうとでもするとやっぱり思っているのだろうが。
「えー、そんな事思ってもみなかった。私達にとっては、天妃様にお参りするのは当たり前なんだもの」
「あー、ええっと、教えてくれ、何で山の上? 天妃って、普通海の傍じゃね?」
 不意に、紅毛碧眼の青年から片言齧りの下町言葉で話しかけられ、少女は目をぱちくりとさせた。
 それに向かって、良行が言葉を補ってやる。
「ああ、本土の方では、天妃廟は港や漁師の方々が参拝し易いよう、港の、つまり海の近くに造られているんだよ。
 でも、この島では山頂に造られていたからね、ちょっとびっくりしたんだ」
 年嵩の来訪者の言葉に、そんな事かと小明は笑った。
「ああそれは、この島の、あの廟を立てた場所から天妃様が天に上られたんですよ」
「えーっと、ヤーマン?」
 少女の言葉のニュアンスが掴み切れす、振り返った猊国人貴族に向かって、東方の小説書きは噛み砕いて答えてやる。
「つまり、西域エレビアの聖人昇天ですよ。この島の山の上から、女神は神々の世界に旅立ったと言う事です。つまり聖地なんですよ。納得がいきました。
 聖地を称える為の教会ですから、山の上に建てられた訳ですよ」
「うっはあ。まあ確かに、聖人聖女の関わる教会とかってビックリするような場所にあるけどさ。ここもそう言うのだったのね。理解した」
 目の前で繰り広がれた見知らぬ言語でのやり取りを、小明は物珍し気に眺めていた。
 それに向かって、鼻の頭を掻きつつ赤毛の猊国人がたどたどしく話し掛ける。
「えーっと、じゃあ、あの花も、天妃様のなの?」
「え?」
「ああ、彼は道観内のあちこちに植えられていた、黄色い蘭のような花も天妃様に関わりがあるのかと聞いているんだ」
 良行が言葉を足すと、少女はこの上なく誇らしげにこう言った。
「ええ、あの花は、この島の長様のご先祖に遥か都の姫君が嫁いでこられた際に、天妃様が下さったお花なんですよ!
 あの黄金蘭は、私達の誇りなんです」
 少女の言葉に、一瞬だけ目を見交わした二人は短く「ふうん」「そうだったんだ」という言葉だけで済ませた。
 人の多い所で論評するものでは無いと、互いに結論付けたのである。


 港まで戻ると、本土からの船が着いていて、港は荷下ろしの人夫達が船から荷物を下ろしていた。
 だが、ついでに別口の人だかりが出来上がり、それは動く様子が見えない。
「何だいありゃ」
 首を捻るイライアス・ホークの横で、少女の顔が明るくなる。
「三の姫様だわ!」
 そう言うや、人だかりへと走って行く小明の背を見送り、良行と猊国人青年は何とも言えない顔で目を見交わした。
「なあんか、何処かの大スターの来訪みたいだね」
「それだけこの島の有力者の娘さんは、この島にとって大事な人なんでしょうね……あれ?」
 人の壁から、二十歳前だろう女性が抜け出そうとする。
 その横で、彼女を庇って歩くひょろっと背の高い男性の姿に、良行は目をぱちくりさせた。良行の視線を追い掛けたイライアス・ホークも、視界に入った人物にぱかっと口が開いた。
 その人物は、現在本土――城市で警官として奉職中の筈のホーク・葉和偉に瓜二つだった。
 二人は、集落の奥へと大群衆を引き連れ動いて行く。
 その様子を、二人は言葉なく見送る事しか出来なかった。


 言葉少なく宿に戻ると、二人は取り敢えず海老餡の万頭と青菜の炒め物で軽く食事を済ませると、昨日と同じく浜辺へと出て来て泳ぎ出した。
 宿の中で話すのは、何となく気が引けた事もあり、二人は何となく沖の方へ出て話し始めた。
「なあんで、ポリスマンがここに来てんだ?」
「単純に考えればお仕事なんでしょうが、何故島の集落の有力者の娘とは言え、警官が護衛に着くような事態になったのか。
 それとも、ホーク君に似ているだけの人物か」
 立ち泳ぎしながら良行がそう言うと、浮き代わりに借りた木の板に持たれつつイライアス・ホークは「それは無いだろう」と言い切った。
「俺だけが似てるとか、ヤーマンだけが似てるって思った訳じゃなくて、俺達同時に見てMr.ポリスマンだって思ったんだぜ?」
「うーん……そうなんですよねえ、どう言う話なんでしょう」
 現在、高級助理処長(猊国的には警視長Chief police superintendentである)直下の警官として奉職中のホーク・葉和偉は、早めに夏季休暇を取り両親の盂蘭盆を行い、以来過密スケジュールで走り回っている筈なのだ。
 スパルタ教育を施しているであろう、金髪蒼眼の上司殿を思い浮かべ、良行は何とも言えない顔になった。
 そして同時に、何事かあるのではないかと、微妙な不安を抱え込む事になった二人であった。
 そんな二人の不安を他所に、沖の方から午後の便であろう蒸気船が、ゆったりとこちらの島へ向かって来るのが見えた。

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