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二日目午前、天妃廟
しおりを挟む海からの風に起こされ、良行は大欠伸と共に部屋を出た。
同室者の方は、さっさと起きて食事に降りたようで、良行が起きた時には寝台は空であった。
裏口から井戸に回って顔を洗うと、手拭いで顔を拭いつつ酒場兼食堂へと足を踏み入れた。
そこそこ早い時間だったが、店内には目的の相手以外にもそれなりに人がいた。
どうやら、参拝客と言うよりはもうすぐ始まる祭礼に合わせて、本土からやってきた商人達らしい。
「よ、ヤーマン、起きたか?」
「エリー君、早いですねえ」
「ま、目が覚めたからさ。それより、ここのえーっと教会だっけ、結構高台に上がる事になるから、早めに上がった方が良いって話してたぜ」
そう言いながら、海老入りの粥を啜るイライアス・ホークの前に座った良行は、注文を聞きに来た宿の主兼料理人の男に白身魚入りの粥を頼んだ。
あっと言う間に出来上がった魚肉粥を持って、席に来た宿の主人は訝し気に良行を見た。
「放雷旅館のお婆には一人って聞いてたんだが、二人だからびっくりしたよ。しかも、外国人とは思わなかったしな。まあ、丁度空いてたのが二人部屋だったから良いんだが」
「ああ、すみません、先に連絡出来れば良かったんですが、電報を打とうにも船の時間が迫っていましたから」
「まあ、料金は頂いたし、あまり客商売が言う事じゃないだろうが」
そう前置きして、宿の主は早めに天妃廟に参拝に行くように言った。
この後、参拝に行くつもりだったと良行が返すと、主は少し眉を顰めてこう続けた。
「なら良いんだが、この島の人間は、天妃様に思い入れが強いからな、参拝しないって事になったらどんな言い掛かりを付けられるか判らんからな」
「はあ……」
「何しろ、去年は先代が亡くなった所為で祭礼が中止になったからな、二年ぶりだってんで島の者は例年より派手にすると、力を入れているからな」
主の言葉に、良行は少し引っ掛かりを覚えた。何に引っ掛かったかは、自身でも良く判らなかったが。
そこまで話すと、宿の主は他の客に呼ばれて離れて行った。
主が離れたのを見届け、茶を啜りつつイライアス・ホークが話し掛けてきた。
「なあ、なんか去年はやってないとか言って無かったか?」
「そうですね、島の有力者が亡くなったそうで、去年はえーっと、葬儀の為に催事を控えたようですね」
猊国語に、「物忌み」に合う言葉を見出せなかった為、取り敢えず近い言葉を選ぶ。
「あー、東域でもそう言うのがあるんだね。それだけ権勢を誇ってる訳ね」
納得した様子で頷いた赤毛の青年を促し、良行は宿を後にした。
集落へ向かうと、そこは昨日二人が来た時より人出が増えていた。
もうすぐ午前の便が着くそうで、荷下ろしの為に人夫と商人達が集まりつつあるそうだ。
その商人の一人に声を掛けて、廟の位置を聞いた二人組は、道なりに歩いて天妃廟を目指した。
「なあ、ヤーマン、どうして地元民らしい荷担ぎの人間じゃなくて、来訪者だろう商人のおっちゃんに聞いたんだ?」
「理由は簡単ですよ」
首を捻る猊国人に、八嶋生まれの小説書きは軽く頭を掻いてこう答えた。
「宿のご主人から、ここの島の方は海の女神様をとても敬ってらっしゃるので、島の外から来た人間が女神様の教会を知らないなんて、思いも依らないらしいのですよ。
だから、余計な騒ぎにしない為に、他所から来た人に聞いた方が良いと思ったのです」
「そんなものかね? 俺は寧ろ、お上りさん丸出しで聞いた方が向こうは納得する気がするけどな」
汗を掻きつつ、そうぼやいた西域人の連れに、それもそうだったかと思いつつ良行はだらだら坂を見上げ、心持ち肩を落とした。
繰り返すが、天妃は航海と漁業の守護女神として奉られる事が常だ。
自然、漁師や港湾関係者、そして船乗りが信者なのだから、『星海』市の方にある天妃廟は港や海から数分の場所にある。
ところが、金縺島の天妃廟は島の中心、山の上にあるらしい。
島の山は本土の山より低いし、人が多く行き来する為か八嶋の神社に比べれば石段は緩やかであった。実際の話、参拝したりその帰りだろう善男善女が、そこそこの人数が歩いていた。
が、それでも山の上と言うのは、最近平地を歩くばかりだった良行にはかなりきついものがあった。イライアス・ホークの方も、相棒と言うべきカメラを収めた箱が肩に食い込むのだろう、何度もかけ直したり位置を変えたりしていた。
「うっはあ、ピークに比べりゃ低いんだろうけど、結構キッツいな、ここ」
「いや、登山鉄道を敷設しなければならなかったあちらと一緒にしても」
そんな事を言えたのは石段の半分までで、山門が見える頃には二人とも黙って必死に足を動かす事に集中していた。
門を潜れば、そこは東方、否龍華国特有の造りの廟館が作られている。
ただ、ここは他所の道勧には見られないものがあった。
それは、敷地内のあちこちで咲き乱れる黄色い蘭のような花々だった。
鮮やかな黄色い花に、イライアス・ホークが首を傾げた。
「あれ? オンシジューム? ちょっと違うか?」
「エリー君?」
息を整えた良行の問いに、大きく伸びをした青年は咲き誇る花の一つを指差しこう答えた。
「ああ、この花、オンシジュームに似ているような気がしてさ」
「オンシジューム? えーっと、雀蘭でしたか。いや、あの花と少し違いませんか?」
東域人である連れの応えに、やっぱりと言いたげにイライアス・ホークは腕を組んだ。
「あ、ヤーマンもそう思う? そうなんだよな、オンシジュームに比べると、花の色がもっと濃いし、中心の方の赤い斑点がずっと明るい黄色なんだよな」
「まあ、花も色々ありますから、近似種って奴なんでしょう」
「あー、こりゃあまり本土の同国人には見せられないかも」
頭を掻きつつの貴族の青年に、さもありなんと良行は頷く。
こう言っては何だが、西域の人間は南洋や東方、新大陸の動植物を狩り尽くさんばかりの勢いで採集し、本国に持ち帰り金子にしようとする。
一昔前は、それこそ人間まで「商品」として取引していたぐらいで、少なくとも人が辿り着いた場所にいた『珍しい』物品は、生き物も鉱物も全て持ちされたと言う。
翻って考えるに、道勧の中で植えられているような花だ、きっと天妃に関わる花に違いない。
それを数株を対価を出して買うとかならまだしも、問答無用でごっそり花壇一面分盗むような――残念ながら、そう言う事を平然と行う考えなしも多々いるのが西域の山師達だ――事になれば、どんな事件が起きるやら。
「夏に咲いてる蘭に似た花、か。女性陣に大うけしそうだな」
「記事にするなら、女神様の教会を中心に書いて、花を添えものにしておかないと不心得者が出そうですよ?」
カメラを花に向ける青年にそう釘を刺して、良行は拝殿へと足を進めた。
小さく首を竦め、一枚写してカメラを戻すと、イライアス・ホークも奥に向かった。
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