徒然推理覚書  『黄金蘭』

怪傑忍者猫

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来島一日目

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 一通りの腹ごしらえを終えると、二人は旅籠の前の小さな浜辺に出た。
 この島には、この港側と島の裏側とに数百メートルの砂浜がある以外は大体岩場なのだと言う。
 港は、偶々深い部分に岩場が突き出ていたのを、島民が砂利や砂や三和土で桟橋を作り、長い時間を掛けて整えたのだそうだ。
 腹ごしらえを終えて宿を出た二人は、宿から道路を挟んで広がる砂浜に向かった。
 人が増えて、ゴミが多くなった『新城』『城市』側に比べると、この島の浜辺は真っ白で美しいものである。
 浜辺の、恐らく大潮でもない限り波が来ないだろう位置に呉座を引いて良行が着替えと手拭いを置くと、何故かこうもり傘と竹竿を持ってイライアス・ホークが来た。
 おやっと思っている良行の横で、傘の柄を竹竿に括り付けると呉座の横に差し込み、開いた傘で簡単な日よけを作ってしまった。
「ああ、これは良いですね」
「ま、一人用だけどね。ヤーマンも傘持って来てたじゃん、こうすれば?」
「明日はそうしましょう」
 そう言いつつ、呉座の上に身体を拭う用の布を敷き、そこに寝そべった猊国人に小さく笑い、良行は下帯一枚になって海へと走り出した。
 久し振りの海水は、心なしか故郷の海より暖かいと思った。


 砂浜はやや狭いが、その分十六丈(約五十メートル)も離れたら一気に深くなり、潜れば貝や人で、ナマコも拾う事が出来た。
 寝る事に飽きたイライアス・ホークも泳ぎ出して――尤も、彼は泳ぐより良行にちょっかいを出す事の方が多かったが――、軽く一刻(二時間)が経った頃。
「お客さん、あまり長く泳いでると動けなくなっちまうよ、そろそろ飯時だし、上がったらどうだい?」
と、給仕の少女が声を掛けてくれたので、二人は傘と呉座を抱えて旅籠へと戻った。
 中に入る前に、山の方から引いていると言う井戸水で体の塩を落とし――真珠取りの人間が体を洗うために用意されたものだそうだ――、裏口から部屋に帰った二人は一旦着替えて食事の為に降りて来た。
 やがて酒場の窓から真っ赤な夕焼けが見える頃になって、二人のテーブルに餃子や万頭、炒め物が並ぶ頃合いになると、店内は一気に賑やかになった。
 察するところ、天妃廟の参拝客が宿を求めて来たのだろう。
「そう言えば、ヤーマンは天妃って神様知ってるの?」
 雲呑を掬いながらの西域人の言葉に、良行は口の中の海老餃子を飲み込む少し首を傾げた。
 東方の風俗にはまだ疎い彼に理解し易いように、八嶋の小説書きは言葉を選んだ。
「詳しくはありませんが、ホーク君に聞いた事がありますよ。
 確か、元々は人間だった女性で、生れ付いて神通力――神様の力って言いますか、そう言う力で漁師や船を守り豊漁を齎していたそうで、後々天に昇ったので彼女を祭る廟、教会が立てられたんですよ」
 ホークと言われて、少しイライアス・ホークの機嫌が傾ぐ。
 良行が『ホーク』と呼ぶ相手は、彼の暮らす下宿屋の先住民であり、『星海』市の警察に奉職している青年を差すからだ。
 良行の方は、機嫌が傾いだ相手に気付かずのほほんと自分の分の雲呑のたんを啜った。
「明日は、涼しい間に天妃廟に行ってみましょう。お祭りも近いなら、きっと賑やかですよ?」
「あー、うん、そだね」
「……どうしました?」
「何でもないよん」
 がっつりと海鮮餡の万頭に齧り付いた青年に、彼よりやや年嵩の八嶋人は困ってしまう。
 そこに、空気を切り替えてくれたのは、給仕役の少女、小明だった。
「お客さん、参拝には行かないの?」
「明日、朝のうちに行こうと思ってるよ」
 良行がそう答えると、少女はうーんと唇に指を当て、こう答えた。
「どうせなら、午後からの方が良いと思うわ」
「何で?」
 猊国人青年が聞き返すと、少女は胸を張って曰く。
「明日、本土の方に住んでらっしゃる二の姫様と末の三姫様が帰って来られるんですよ」
「二の姫と末姫?」
「? ヤーマン、それどう言う意味?」
 江南語に今一慣れないイライアス・ホークに、良行は「恐らくこの島の有力者の二人目と三人目のお嬢さんですよ」と告げ、小明に顔を向けた。
「帰ると言うと、本土の方で働いているのかな?」
「二の姫様と末姫様は、勉学の為に行かれていたんですよ。お二人とも、婚約者様を連れて帰ってこられるそうなんですよ」
 そう言う声は弾んでいて、彼女がその『姫さま』達が戻って来るのを楽しみにしているのが察せられた。
「ふうん? そのお嬢さん達って美人?」
「当然ですよ!」
 何気ない一言だったが、赤毛の外国人に向かって憤慨も露に少女は言った。
「島の長様の姫様達は、祭礼の時には天妃様にお花を供える大役を言いつかるくらい器量良しなんですからね!」
「エリー君、来訪者がそれは失礼ですよ。
 すまないね、彼は最近やっとこちらの風俗を勉強し始めたところだから、本土はともかく、こちらの事は殆ど知らないんだ」
 良行がそう言うと、少し納得した様子で少女は頷いた。
「それもそうね、西域の方の人だものね」
「ちょっと、小明、食器を集めておくれ」
「あ、しまった、はーい!」
 同じく給仕役らしい年上の女性に呼ばれ、少女は慌てて二人の卓から離れて行った。
 その細い背中を見送りつつ、イライアス・ホークは己の頬を掻いた。
「何つうか、えらく慕われてるねえ」
「こういう島の集落の責任者の娘となると、よほど周囲の人間が甘やかさない限りはしっかり者に育つと思いますし、神様のお世話をするとなると自然周囲が厳しく指導すると思いますよ。
 修道女の方々とか、そうではありませんか?」
「あー、そう言う感じかあ」
 八嶋人の解説に、猊国貴族の若当主は納得を見たらしい。
 残りの食事を、自身の腹に収め始めた青年を見ながら、良行は彼と知り合ってからの疑問を口に乗せた。
「エリー君は健啖家ですねえ。猊国の特に上流貴族は食事を楽しんではいけないんじゃありませんでしたか? そんなお話を、故国で学んでいた際に恩師からお聞きしたんですが」
 良行がそう問うと、最後の海老餃子を摘まみつつイライアス・ホークはべっと舌を出した。
「まあね、本国に帰って社交界に出たら不味いものをもそもそ食べるだけなんだろうな、それが紳士の嗜みなんだと。糞喰らえだけど。
 俺の家は、親父も爺様も美味いものが好きで、だから本国を出てるようなものさ。隣の法蘭フラン国の料理人を重用するくせに、旨いものを楽しむのはどーたらって、馬鹿馬鹿しい決まりごとが多いんだよな、本国は」
 そう言うと、エールオブバリーの若殿は、殊更美味しそうに海老餃子を頬張った。


 ふと気付くと、良行は何処とも知れない丘の上にいた。
 食事の後、及び疲れで一気に眠くなったので早々に寝床に入った筈なのだが。
 暗い空に夜かと思ったが、そうでもないようで星も月も見えない。
 足元がほんのりと光っているのに気付き、視線を下すと金色の光を放すものが幾つも点々と、足元に広がっている事に気付いた。
 光を放っているのは、黄色、否金色の蘭の花だった。
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