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第280話 誇張

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 ある日突然、異世界エゾン・レイギスに飛ばされた鳴鐘 慧河なるがね けいが
 彼は自分を召喚した光の精霊から簡潔な説明を受けたものの、
 異世界についての詳細な知識については不足にも程があった。
 そこで慧河けいがはこの異世界で生き残るべく、
 エクスラント聖王国の王城であるホウリシア城内で三週間、
 異世界エゾン・レイギスの知識を一から学んだ。

 魔族とは…
 弱きものを嫌い、強き力を尊ぶ価値観を絶対とする種族。
 慈悲など一切持ち合わせていない冷酷非情な種族。
 弱き人間をいたぶって殺す事を至上の喜びとする凶悪無比な種族。
 その目的は人間を根絶やしにして地上を我が物にしようとすることである。
 エゾン・レイギスの人間の書物にはおおむね、そう記載されていた。
 これがこの世界の人間の一般的な常識なのであろう。

 だが実際に慧河けいがが自分自身の目で魔族を見てみれば…
 中位魔族エクゼヴは仲間の魔族の命を救うべく撤退を選び、
 高位魔族イルーラは配下のエクゼヴを気遣う姿勢を見せている。
 少なくとも…同族同士では、
 ”慈悲など持ち合わせていない冷酷非情な種族”という訳では無かった。

 魔族は人間からすれば圧倒的な強者であり、
 恐ろしい存在なのであろう。
 実際に人間は魔族と魔族の長・大魔王の強大な力の前に
 滅亡寸前にまで追い詰められた歴史があるのだ。
 実際に人間は魔族に手酷くやられたのだろう。
 だが人間の書いた書物は
 あくまで人間側の主張のみが込められたものであり、
 魔族に対しての誇張こちょうがあったのではないか?

 慧河けいがは実際に魔族を見てそう感じたのだ。

 魔族は実際に、このクラシアの街に侵攻して来たが…
 純全じゅんぜんたる事実として人間を誰一人殺していないのである。
 魔族侵攻軍の将軍エクゼヴは、
 この町の人間は前線基地を作るための奴隷として生かしたとか、
 見せしめにひとりふたり殺しても良かったとか言っていたが…
 ”弱き人間をいたぶって殺す事を至上の喜びとする凶悪無比な種族”とは、
 程遠い感じを受けたのである。

(ふ、ふん…別に!
あたしはお兄のことを心配しているいる訳じゃないんだからね!)

 何故か俺の脳裏には妹歴16年の優羽花ゆうかのツンデレ台詞が再生された。
 何だか…エクゼヴの言葉と何だか被っている感じがしたのだ。
 魔族はツンデレ…?
 いや…流石にそれは…俺の誇張が強すぎるだろうなあ。

 その様にあれこれと魔族について思索しさくしている慧河けいがの眼前に、
 ひとりの人影が空からふわりと舞い降りて来た。
 他らなぬ魔界五軍将・魔言将まげんしょうイルーラである。
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