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第219話 杖の味

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「そ、そんな…嘘だろ…??」

 ポーラ姫の呼吸が全く感じられない。
 彼女を揺り起こしてみるが
 その呼吸は止まったまま。

 先程の戦闘は言わば
 俺に光の魔法を見せる為のデモンストレーション。
 ミリィもポーラ姫も力は入っていたものの、
 あくまで模擬戦闘であり、
 まるで本気では無いことは俺にも感じ取れた。
 そしてポーラ姫の魔力数値は190もある。
 ミリィと同じくその身体は頑丈であって、
 この程度では何に問題も無い筈なのである。

 しかし目の前のポーラ姫は息をしていない。
 これは確固たる事実である。

 何なのだ、これは!
 一体どういうことなのか?
 打ち所が悪かったとか?
 これは事故なのか?

 俺の頭の中で様々な推測が渦巻いた。
 しかし目の前の不意の事態に俺は完全に冷静さを欠いてしまった。

 助けてっ!
 俺の妹のひとりであるポーラ姫が
 息をしていないの!!

 そして俺は内心で絶叫した。

 …そうだ、助けを求めればいいんだ
 俺はミリィに助けを求めようと彼女へと振り返ろうとした瞬間、
 何処からともかく声が聞こえて来た。

(お兄様…お兄様…)

 えっ?
 何だこの声は?

(…こういう時は人工呼吸ですわ…)

 人工呼吸…?
 確かに人命救助の基本ではある。
 俺は不意の事態に冷静さを失い、
 そんな基本的なことすら忘れていたということか?

(…人工呼吸は早急な対応が大切です…さあ急いでください…)

 よし来た!
 俺は一通り人工呼吸のやり方は心得ている。
 実践自体は無いが大丈夫なはずである。
 俺はポーラ姫の顔に自身を近付けた。

 これは彼女に口づけをすることになるのか?
 だがこれはあくまでも救命措置。
 そう考えると俺は何の躊躇も無く彼女に近寄れた。
 よし行くぞ!

(…ああ、ついにお兄様とキスですわ…)

 ん?
 さっきからのこの声って…?

 俺は目の前のポーラ姫を改めて見た。
 しかしその唇は固く結んだまま動かず、
 その呼吸も止まったままである。

 うん、そんな訳が無い筈である。
 さっきから聞こえる声がポーラ姫本人だなんて。
 今の彼女はいわば完全な仮死状態なのである。
 声なんて出せるわけが無い。

 つまりさっきから聞こえる声は、
 緊急時における俺の脳内のアナウンスみたいなものであろう。
 人間は不測の事態になった場合、
 謎の声が聞こえる事があるという。
 太古の人はそれを神様の導きの声と認識していたと言われている。
 つまり…さっきから聞こえる声は
 冷静さを欠いた俺に替わって、
 今すべきことを俺のサブ脳が思考して、
 ポーラ姫の声を使って俺に指示している…
 と、考えると腑に落ちるのである。

 俺はポーラ姫の顔に自身の顔を近付けた。

(…ああっ、とうとうお兄様とキス…
…あれ…お兄様の唇って思っていたより硬いですの…
…ミリィお姉様の蔵書では殿方の唇は柔らかいと書いてありましたのに…?
…でもこれはお兄様の唇が人よりも逞しいということですよねきっと!
…ああっ、お兄様の硬くて逞しい唇にポーラもうメロメロですわ…)

「…ポーラ、ボクの杖はそんなに美味しかったかい?」

 俺とポーラ姫の顔の間に突然差し込まれた杖。
 その杖の持ち主であるミリィは、
 杖に吸い付くポーラ姫を見つめながらジト目で問いかけた。

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