GROUND ZERO

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Act.11 ジグソーの軌跡

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芳しくない結果を羅列する事は非常に心苦しいのだが、調整後の被験者と我々が選出したキャストに関する記述を最新の状態へと更新しておく。
なお不本意であるこの現状を打破する為に、被験者の覚醒後から記録を遡る事にする。
先ずは一人目、我々が彼の仲間となるのに相応しいと感じたこの男から…
深い知識と幅広い人脈を持つ男、回収業者の熊…彼と接触する事自体には成功した。
確かに被験者とは強い繋がりがあるのだが、我々の考える理想的な状態とはまた別の方向に事が進んでしまったと言わざるを得ない。
次に二人目、第四区画に封印されていた人工進化促進研究機関の生体兵器、腕型との邂逅。
彼女の救出自体には成功するも、彼が機関の遺したメモリーに関心を持つ等といった傾向を観測する事は出来なかった。
そして三人目の候補、殺し専門の請負人ワンホイールと対峙するも、両者の関係は発展せず。
こちらから彼女へ向けて精神操作を試みたが、効果が得られる所か被験者の本来の姿を呼び起こそうとする始末。彼女との接触はこれからも避けるべきだろう。
四番目の候補、厳格なる請負人であり古代文明人の生き残りである男、シェフ―
彼とコンタクトを取る事が出来れば、我々の計画を大幅に短縮する事が出来たのだが、結果は空しく失敗に終わってしまった。
彼が有する崩壊以前の世界の記憶を被験者に一部しか引き継げなかった事が悔やまれる。
このシェフの件に加えて、ある出来事が起きてしまった。
最後の役者として考えていた生体兵器、旋毛型の死亡である。
被験者は腕型を通じて、同機関の生体兵器である彼女とも接点を持っていたのだが、腕型と同様にさしてその出生等には関心を持たないまま、ロストテクノロジーの塊である彼女を失う結末を迎えてしまった。
「さて、此処まで付き合ってくれた君達には些か話辛いのだが、事態が此処まで進んでしまったとなれば致し方あるまい。大変申し訳無い事なのだが、まだこの物語は何も始まってはいない。何故世界は崩壊したのか?生き残った人類はこれから何を為すべきなのか?私はそれを彼に指し示さなくてはならない―」

………

ふと、目が覚める。視界に映るのは見慣れた曇り空。
崩壊後の世界では日が差す方が珍しい。
「晴れ続ける空も無いが、降り続ける雨も無い」
この前、暇潰しにと拾い読みをしたメモリーの切れ端にそんな一節があった事を思い出す。
俺は、雨が嫌いだ。
どうやら、気付かない内に眠っていた様だった。
こんな所でうたた寝だなんてらしくもない。
(寝る場所には最低限気を遣って来たつもりなんだが、疲れてんのかな…?)
身体を起こし、立ち上がって辺りを見渡してみると何て事はない。
白服の教団の連中とたっぷり仲良しこよしをやった、あの第七区画だ。
新興宗教が蔓延っては、人々が入れ替わり立ち替わるという点を除けば、広がる景色は他の区画と大差無い。
請負人、山猫はその筋の依頼を請けてはこなしてきたので第七区画の事情には明るい。
そして、良く知っているからこそ、何でこんな所に居るんだという疑問も降って沸いた。
自分が行動の理由や目的を全く覚えていないだなんて、それこそ本当に自分らしくない。
今のざらついた気持ちを一言で表すなら、そう、不気味としか言い様がなかった。
そんな違和感に包まれながらも、視界に入り込んで来るものがあった。
遠くに見えるのは女性の姿。彼女は此方に向かって手を振っている。
(…誰だ?)
見覚えの無い女が名前を呼びながら歩み寄って来る。
見た目は悪くない。世の中に犇めく平均的な男の基準と自分の基準をくぐり抜けて、文句無しの合格点をやれる。そんな整った顔立ちをしている。
面と向かってはっきりと好みか?と言われれば可愛いければ俺は、割と、何でも―
いや、止そう。アイツに引っぱたかれる。
「…ええと、俺は此処で、今まで何をやっていたんだっけか?」
大物ミュージシャンや前衛芸術家の様に苦悩ぶってみせた所で、本当に何も思い出せない。こんな時は思い切って聞いてしまった方が話は早い。
「ああ、私が依頼したのよ。貴方に一人、殺して欲しい相手が居るの」
女の口から出た言葉はその整った顔に似合わず、血生臭かった。
外見は申し分無いくらいに合格点だったが、その一言を受けて内面の評価は大分低空飛行になった。此処から上昇して実る恋や愛もあるのだろうか。お断りだ。
「…物騒な事を言うのな」
「そう、貴方だから頼める依頼なのよ…請負人、首攫い」
「女の子に頼られるのは悪い気はしねえけど…アンタ、そっちの呼び名知ってんだな」
「ええ、貴方の事は多分、貴方よりも知っているわ」
不釣り合いな呼び名と、散りばめられた意味深な言動。
「相手は?」
話の全容を引き摺り出そうとする山猫の問い掛けに女はクスリと笑ってこう、答えた。
「請負人、山猫―」

………

「…どういうこった。俺の偽物が現れたって解釈で良いのか?」
「そう。勝てば貴方が本物になれるわ。ついて来て」
先を行く女の後を追いながら山猫は考える。
もう一人の請負人、山猫を名乗る男が現れた。
それを本物である俺に殺して欲しいとこの女は依頼に来た。
妙だ。そんな胸糞の悪い話だったら、こんな風に忘れる事なんて有り得ない筈なのだが。
女の後ろについて数分程歩いた所で、瓦礫が押し退けられた広場へと出た。
「着いたわ。どうやら相手は貴方が来る事をずっと待っていたみたいね」
此処には見覚えが在った。以前、殺し専門の請負人、ワンホイールと殺り合ったあの場所だ。
その景色は不気味なくらいにあの時のままだ。
まるで、この瞬間の為だけに都合良く誂えられた舞台の様だった。
視線の先には男が一人―
顔の造形や容姿が良く似ていただとか、そんな生易しいレベルの話ではない。
目の前にいる男は同じ金型から吐き出されたかの様に自分と全く同じ輪郭をしていた。
そして、その手には請負人、山猫の代名詞であり、唯一の優位であったあの黒塗りの長剣が確かに握られていた。
「アンタが請負人、山猫?まさか二枚目がダブるたぁね…」
山猫が尋ねて。
「ははっ、そう言うアンタは三枚目って所かねェ?」
山猫が答えた。
「…何でお前みたいなのが現れた?」
「いやね、俺の方が請負人、山猫をきちんと演れると思ったからさ。それなのにお前さんはどうだ?汚い仕事にも手を出して、挙句には首攫いだなんて悪名も付いて回る様になった」
「…生きる為にやった事だ」
「ソレだ。お前さんって奴は何時もソレだ。やって来た事、積み重ねて来た事と言えば生きる事。自分が生き残るだけの事。闇雲にその長剣を振り回して、広まった請負人、山猫の噂に泥を塗りたくった」
「…何だと?」
「そして、その先には一体、何があった―?」
「随分と口の回る野郎だなッ…!」
「そう褒めるなって。それにお前さんより、役も回せるんだよなァ」
「…安い挑発に煽られて、冷静さを欠いている俺になら勝てるって思ってるお前を倒すのも面白そうだなァッ!」
そう言って、山猫は黒塗りの長剣を引き抜いて目の前の男に一太刀浴びせようと斬り掛かる。
もう一人の山猫も同じ様に長剣を取り出して、その剣撃を受け止める形。
今まで大概のモノに対して始末をつけてきた黒塗りの長剣も、同じ物同士がぶつかり合えばその威力は当然相殺される。
「そうさ。お前さんのそういう所が、これまでと…そして、これからに相応しくない」
山猫と山猫とで何度か剣を交わした後、彼等は一度、互いの間合いを大きく離した。
(気味が悪いぜ…こいつ、俺と全く同じ数字を持ち合わせているって事かよ)
「お前さんの役目は此処で終わりだ。いや厳密に言うと始まりもしなかったんだ」
「ッ…訳の分からねえ事を!」
山猫は再び踏み込んで標的に向けて黒塗りの長剣を振るうが、結果は同じ事だ。
長剣同士がぶつかり合って、互いに間合いを外す。先程からこれの繰り返し。
こんないけ好かない相手は早々に首を斬り飛ばしたかったが、此方から放つ斬撃に対する解答は同じ山猫だけあって精度の高い、完璧なものだった。
戦いの中で彼が好んで使う汚いやり口は何個か存在するのだが、その一つに自分の太刀筋を敢えて緩め、相手が期待した所を容赦無く斬り捨てるというモノがある。
自分の数値を伏せて、相手に知覚されない生き物となった所で、一気に距離を詰めて頭を奪るという戦法だ。
しかし、目の前の相手はかけるラッシュの中に極端な緩急を付けようが、その動きに惑わされる事無く確実にガードをこなしている。
そして、この戦闘の中で山猫が感じた違和感が一つ。
(同じだ…俺が普段やっている攻め方を意識する事で、こいつからの攻撃を防げている―?)
其処から、もう一人の山猫が持ち合わせているのは山猫と同じ数値だけではない。
彼がこれまでに積み重ねて来た戦術も有しているという事実を汲み取る事が出来た。
もう一人の山猫は非常に良く出来ていた。
戦う中で、その模範的な山猫ぶりを目の当たりにした彼は口元を歪ませて嘲笑った。
良く出来過ぎている、と―
山猫が大きく飛び退いて間合いを外し一度呼吸を整える。
そして、何時も通りの余裕の表情を浮かべてみせた。
「オーケイ、オーケイ…なるほど。お前さんの事は大体分かったよ」
「…ああ?」
「いやね、一言、言わせて貰うならよ。お前に俺は任せられねえなァ―」
「…あのな、俺はお前の気持ちもある程度分かるが、強がりも大概にした方が良いぜ?俺はお前なんだ。お前のやり方は全て知り尽くしている」
「全知を着こなすつもりか?それ、底の浅い奴がやるファッションだぜ?」
山猫はそう言って力任せに剣先を叩き付けた。
しかし、その対象は目の前に居る山猫等では無い。
彼が長剣を向けた先、それは崩壊世界の壌土だった。
黒塗りの長剣に内包された強大な力によって、叩き起こされる様に巻き上げられた物質が瞬く間に砂煙を作り上げて辺り一帯を包んだ。
「この期に及んで小細工をやるたあね…お前さんのやり方は知り尽くしてるって言ったんだけどなァ…」
目眩ましによる欺き。これも、彼が好んで良く使う汚いやり口の内の一つだ。
想定の域を出ない選択にもう一人の山猫が動じる事は決して無い。
砂煙のカーテンの向こうで、集積していく高エネルギーの反応。
それも彼の範疇。山猫がこれから何をやろうとしているのか、容易に予測出来る。
「へえ、長剣のアレを使うつもりかよ…」
砂煙で時間を稼ぎ、エネルギーを蓄積した長剣の一撃で一気に仕留める戦法。
「甘いねえ。既存の戦術を複合させれば、何とかなるとでも?」
そう言って、もうひとりの山猫も力を篭める。
突如、黒塗りの長剣のギミックの一部が展開された。
刀身に走るラインの輝きが高エネルギーの集積と共に次第に強くなっていく。
山猫が勢い良く長剣を払って、凝縮された破壊の力を前方に向けて放った。
大地を削り取りながら猛スピードで向かって来るソレを対処する為にもうひとりの山猫も同じ攻撃を繰り出す。
長剣によって生成された高エネルギー体同士が激しく衝突し、小規模な爆発が起こった。
そして、全てを覆い隠す様に再び煙幕が上がる。
「この程度で抜けると思ったか?俺にしては随分おめでたい頭をしていらっしゃ…!」
完璧な対応をこなしたと自惚れるもう一人の山猫の視界に、あるモノが映り込む。
煙を引き裂いて、彼を目指して真っ直ぐに飛び込んでくる黒塗りの長剣―
「なッ…?」
長剣による投擲。こんな型破りのやり方は、彼が蓄積して来た戦闘記録には存在しない。
かろうじて捌けたものの、もう一人の山猫は態勢を大きく崩してしまう。
そして、其処に飛び込んでくる。空手の請負人、山猫―
「ッ…手前ェッ!」
「アドリブの効かねえ野郎だなァッ!」
山猫の放った拳が、彼の、もうひとりの山猫の顔面を容赦無く抉った。
「がふっ…!」
経験上、こういう手合いは一度崩れてしまえば後は脆い。
続けて、ニ撃、三撃と休む事無くその忌々しい顔面に叩き込む。
止めない。態勢を立て直させない。一度マウントを取ったのならばそのまま畳み掛けて、一気に殺し切る。
何発も打撃を重ねた末に彼の手から黒塗りの長剣が情けなく転げ落ちる。
山猫はそれを素早く奪い取って、即座に首を撥ねた。
この戦いそのものを嘲笑う様にガチャン、と無様な金属音が一つ鳴った。
その自動人形はよく出来過ぎたが故に、出来の悪い結末を迎える事となった。
「お笑いだぜ。俺を演ろうってのに台本や譜面通りに請負人、山猫をこなそうって心構えは頂けねえなァ…俺が舞台の上で約束した事なんて、唯の一度もありはしないぜ?」
わざとらしくぽんぽんと手を叩きながら、依頼主の女が近寄って来る。
「流石だわ、首攫い。貴方に依頼した甲斐があったというもの」
戦いは終わった。請負人、山猫同士の殺し合いは、本物の山猫が勝利する事で決着が着いた。
しかし目の前に立っているこの女の表情。戦いの結果などやる前から既に分かっていた。そんな笑みを浮かべている…
「何でこんな依頼を出した。お前の目的は何だ?」
山猫は女の澄ました顔に質問と長剣を向ける。
しかし、彼女は少しも動じる事無く山猫に質問を返す。
「その言葉、そのまま貴方に返させて貰うわ」
「何…?」
「首攫い。貴方の目的こそ、一体何なのかしら?」
その言葉に、山猫は戸惑う。女に突き付けている黒塗りの長剣が揺らぐ。
「俺は…」
「答えられないでしょう?何も無いのよね。そう―貴方は自分に何も無いから、他人の人生を請け負ってみせて、何かした気になっているだけなんだわ」
「…手前ェ」
「その力を、その黒塗りの長剣をどうして貴方の中だけで完結させてしまうの?それには、それには本当の使い方が…」
「…ッ!」
山猫は喋りが過ぎたその女の首を長剣で斬り飛ばす。
その動作に迷いと、躊躇いは欠片も無い。
斬り離されて地面と接した生首がガチャン、と鈍い金属音を鳴らした。
女ももう一人の山猫と同じ様に生身の人間等では無く、仕組まれた自動人形だった。
「…何て事だ」
声のする方へと振り向くと、帽子を被った黒ずくめの男が突っ立っていた。
妙だ。先程まで、近くには誰も居なかった筈。
「そいつは俺の台詞さ。今日はワケの分からねえのが次から次へと沢山出てくるなァ」
「失礼。実は君に手紙を二通程出したのだ。今、全部破られてしまった所だがね。まあ、この二つで丸め込める様であれば、そもそも選考外となってしまうのだが…」
「…何を言ってやがる?」
山猫の反応を無視して男は続ける。
「意識のある君にお目に掛かるのはあの時以来だ。これで二度目という事になるのかな。しかし、初めに会った頃とあまり変わっていないな…」
「アンタの事なんて知らねえな。男の顔はなるべく忘れるようにしてる主義でよ」
「ふむ、そうだな。では、改めて分かり易く説明しよう。此処は君の精神世界の中で、私はその長剣に内蔵されている、世界を再生する為に作られたシステムの一部だ」
「…あん?」
「君がそんな顔をするのも、分からんのも、実感が湧かないのも、まあ無理は無い。心配性の古代文明人達があらかじめ仕掛けていた保険みたいなものだと思ってくれ」
黒ずくめの男は重大な事実を、話のスケールに反して事務的に淡々と語った。
大規模な世界崩壊が起きるという事を予見していた数名の科学者達は、この黒塗りの長剣を開発し、世界の再生を促す為のガイドブックとして未来へ託したのだ、と。
それには一人の人間を選出し、英雄を作り出す為のシステムを積載したのだと告げた。
「……」
「まだ、パッとしないようだな。ふむ、ではこういう質問はどうだ?君は一体何時から、請負人、山猫を名乗った?」
「な…に…?」
先程の女が投げ掛けてきた質問と同じだ。
彼はその質問に対して明確に答える事が出来ない。
確かに、覚えていないのだ。何時から俺は自分の事をそう名乗った―?
後ろを向く事、振り返ってみる事。
特に理由は無いが、これまで、あまり考えないようにして来た事だ。
その質問をぶつけられて、彼は初めて気が付いた。
自身の空白と深淵を覗き込む事となった。
幼少の頃の記憶が完全に欠落しており、自分には一定の期間からの記憶しか無いという事実が目の前に立ち塞がる。
「覚えていないだろう?請負人、山猫は我々が作り出した一人目の英雄だ」
「……」
「覚えていないだろう?君の本来の通り名は首攫いだ」
「まさ、か…?」
「その様子を見るに、少しは思い出したか?お前は我々の作り出した英雄である請負人、山猫を殺した男。首攫いだ―」

………

「ぅあッ…し、しまっ…」
「気持ちだけは頑張っていても、俺みたいなのに蹴散らされるんだ。やるせねえよなァ―」
相手の心理の外。虚を突いて容赦無く背後から斬りつける形。
正々堂々という言葉とは対極にあるその立ち回り。
これが彼の、請負人、首攫いが好んで使う汚いやり口の一つだった。
これは黒塗りの長剣に内蔵されていた戦闘記録。
その中には請負人、山猫を殺す首攫いの映像が収められており、今、それが目の前に映し出されていた。
「こいつが…本物の請負人、山猫?」
「そうだ。黒塗りの長剣が選出し、なるようにして作り出された一人目の英雄だ。彼は良く出来た男だった」
一人目の請負人、山猫。
彼は崩壊後の世界でその生を受けたが、これといって特別な力を持たない、何処にでも居る様な平凡な男だった。
しかし、瓦礫の海に突き刺さっていた長剣を拾い上げた事からその運命は大きく変わった。
長剣を手にしてから数ヶ月が経つ頃には、彼は崩壊後の世界を生きる弱き者達を守る力の象徴として存在していた。
汚れた仕事などは決して請け負わず、周囲の人々からも信頼され、また愛されていた。
そして、世界崩壊の謎やその核心にも興味を示し、後に人々を牽引し、いずれは世界の再生を実現するだろうと感じさせる…そんな男だった。
ただ、彼は真っ直ぐ過ぎたのだ。だから、君という、首攫いという名の毒が効いてしまった。
二人の請負人が対峙した際に黒塗りの長剣は大した優位にならず、請負人山猫は、首攫いにいとも容易く殺されてしまったのだ。
「その時、我々は考え、定義した。我々の理想像がこの世界と噛み合っていないのだと。では、山猫を殺したこの男こそ、世界の再生を実現するのに相応しい器ではないのか、と」
「……」
山猫の反応をさして汲み取らずに男は話を続ける。
「だから君を、首攫いから二人目の山猫とする為に精神を調整し、我々の理想を混ぜ込むプランを採った。しかし、君の人格にあったアクとも呼べる部分は我々が思っていたよりも遥かに強かったのだ」
人格の調整は失敗に終わった。表向きには請負人、山猫の顔。そして、本性の部分では首攫いの人格が強く残る形となった。
崩壊後の世界に英雄を作り出そうと、人々の精神に働き掛ける長剣の作用によって請負人、山猫の噂は広まった。
しかし、君の首攫いとしての一面が叩き出す結果がその噂を歪なものへと変え、この世界を救済する英雄が生まれる事は無かった。
「我々は世界崩壊の謎の核心に興味を持つ様に何度か促した。記憶の拾い読みなんてのは君の本来の趣味じゃない。しかし、君のやった事と言えば何だ?断片的な知識の吸収とエロ画像の収集くらいだ」
「あー…」
思い当たる節が多過ぎる。そこに関しては、返す言葉も無い。
「何事も起きる事も無く、ただ時間だけが過ぎた。君は、言ってしまえば出来損ないの主人公なんだ」
「……」
「首攫い。これは最後通告だ。素直に我々の理想を受け入れてくれ。そうすれば君は、紛う事無き、新世界の英雄になれる」
「…そうさな、確かに悪くない話だ」
解明された請負人、山猫のルーツ。
その長ったらしい講釈を最後まで聞き入れた彼が、首攫いが、ようやくまともに口を開いた。
「その気になったか?我々の意思と理想を受け継ぐ気になってくれたか?」
首攫いが、黒塗りの長剣が遣わした使者を鋭い視線で睨め付ける。
目の前に居る相手は時代遅れのシステムだ。
目的を達成する為に事前に組まれただけのただの計算式だ。
変化に適応する事を放棄し、世界を塗り替える為だけに作られた装置―
「君がもう少し早く本気になっていれば、生体兵器旋毛型や厳格なる請負人、シェフを救えたかもしれん。殺し専門の請負人ワンホイールも、君が手元に置いている跳ねっ返りの生体兵器も、もう少し可愛げのある仲間になったかもしれん…これからは私が全ての解答を君に提示しよう。そうする事で、彼や彼女達の様な過ちを繰り返さずに済むだろう」
システムが宣う。シェフの意思や、旋毛の想いを冷たく切り捨てて塗り潰す様に。
その言葉に対して、予測のつかない崩壊後の世界で生を重ねて来た彼は、こう答えた。
「いや、あんたが用意したステージで踊るのは御免だ。俺は、台本通りに演れない男でね」

彼はその誘いを蹴った。崩壊した世界の再生を担う役割、その依頼を請け負わなかった。
皆様基準の正しいとか間違っているとかではない。
彼はシンプルに目の前の男、黒塗りの長剣に積載されたシステムがこれまで自分にしてきた事が気に喰わないし、許せなかった。
自分で選んで来た筈のその生き方が、誰かに選ばされていたものだった。
その事実が許せなかった。
答えを出した彼が黒塗りの長剣を構える。
ギミックが展開され、高エネルギーが刀身に向かって収束していく。
そうか、と男は俯き。
そうだ、と彼は自分の意思で応えた。
「…ならば仕方が無い。これは一人目の山猫と同じ道を辿るので出来ればやりたくはなかったのだが、コントロールレベルを最大に上げて君の脳を綺麗に洗うとしよう―」
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