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Act.4 フラスコの底で眠る
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「ふう。これくらい狩っておけば数日は食い繋げるかねェ…?」
世界崩壊後の環境の変化によって、頭部が大きく肥大化すると共にそれを支える為の脚部が異常な発達を遂げた変異生物。
此処らでは良く見掛けるタイプで呼吸をする様に人を喰う事が習性に組み込まれている。
「まあ、そこに関しては似た者同士でお互い様だわな」
何時もやる様に命を命たらしめる繋がりを断ち切って黙らせる。
(最近、仕事が続かねえからな…大変立派なポリシーも先立つものが無ければ寝っ転がっちまうっていう好例であり、現状だ。助けて)
この変異生物、見てくれは悪いが期待を裏切らずに味も悪い。出来れば自ら進んで食べるだなんて事は避けたいのだが致し方ない。
出土する文献通りの姿形を保ったままの生物達が軒並み淘汰されてしまった以上、こんな質の悪い肉でも貴重な栄養源だ。決して蔑ろには出来ない。
「…あん?」
人の気配を感じた山猫は肉を切り分ける手を止めて、一度は下ろした長剣を咄嗟に構え直す。
気配から察するに相手は一人ではなく大勢。
ただ、襲い掛かるにしてはどうも緻密さに欠ける気の配り方。
山猫の目の前に姿を現したのは、武装した十数名の集団だった。
右から左に視線をやると性別や年齢等はまちまちで、統一感に欠ける。
「俺に恨みがある…って連中が勢揃いしたって訳じゃ無さそうだ。だとしたら、人数はもっと多い筈だものな」
「その黒塗りの長剣…請負人、山猫で間違い無いな?君に頼みたい仕事があるのだ」
世界崩壊が起きた事によってもたらされた劇的な環境の変化―
それらは決して癒える事は無く、未だにその爪痕を各所に残していた。
そんな状況下でも生命は、歪な形のままに生きる事を続けていた。
欠落した世界の輪郭を取り戻そうとする者達が封印された太古の記憶に手を掛ける。
忘れ去られ、凍りついた残骸の名は―
………
「あのさァ、うちは外から見ても狭いんだから、中に入ったらもっと狭いんだぜ…?」
狭っ苦しい住居に十数名もの人間が押し込められ、犇いている現状に山猫は不満を溢す。
「これは失礼した。簡潔に言うと我々は区画を飛び越えて各所を巡り、メモリーを保護している調査団だと思ってくれ」
リーダーと思われる、体格の良い男は流暢に話を続ける。
「今もこうして地の底に埋ずもれてしまっているメモリーを回収し、皆に分け与え〝文明的な暮らしを取り戻そう!〟という事を、第一の目的としているのだ」
「そりゃあ、まあご苦労なこった。そんな眩しい方々が何で俺みたいな奴の所に来んのよ?」
一語一句に後光が射しているかの様な言葉の羅列にばつの悪さを感じながらも、山猫は男に向かってぶっきらぼうに言葉を放り投げる。
その問いを受けて、先程までハキハキと喋っていた男の勢いは途端に弱まった。
「…いや、実はその…大きな問題があってだな」
先程の様子とは打って変わって次第に頼り無くなっていく男の声。
「あん?」
「我々は今、とある研究施設の跡地にあるメモリーの回収に携わっているのだが、出土した研究資料のファイルと、実際に出てきた現物がどうも一致しなくてだな…」
男はそう言って、鞄から数枚の走り書きと出土した資料を取り出す。
長い年月の経過によってくたびれた書類とメモを照らし合わせてみると確かに噛み合わない。
「…このパターンは、アレだ。浪漫溢れる秘密の地下室とか出てくるヤツだろ?」
「流石は回収業者とも太い繋がりを持つ請負人、山猫だ。その通りだ。どんな時でも割と諦めない我々の入念な調査の結果、地下室へと通じる入口が見つかったのだ!」
「なんだよ…良かったじゃんか。何も問題無い。ハッピーエンドだ。自慢話をしに来たんなら俺もう灯りを消して寝るよ?」
そう告げて、スタスタと寝室へ向かおうとする山猫の服を引っ掴んで男は話を続ける。
「どうか灯りを消さないで落ち着いて欲しい。入口は見つかっただけで中には入れていない。特殊合金の扉に遮られているのだ。我々も色々試してみたのだが、どうにもならん」
「おい、ちょっと待てよ。何だか嫌な予感がしてきたぞ…?」
何処かで聞いた様な話の流れ、山猫の背筋に冷たいモノが走る。
「そこでだ…請負人、山猫。君の持っている長剣の噂を思い出したんだ。大概の物に対して始末をつけられる黒塗りの長剣の噂をね」
悪い意味で予想を裏切らない男の言葉が、山猫に容赦無く流し込まれる。
「やっぱりだ!またこのパターンかよ…俺じゃなくって、用が有るのはコイツなのなッ!でも、もう少し包み隠したり、俺の事も褒めろよ!拗ねるぞ?請け負わねえぞ?」
彼自身では無く、凶悪な出土品である黒塗りの長剣を頼って来た依頼の内容。
自分は人助けから人殺しまで何でもやる請負人なのだが…この手の依頼は気分が乗らない。
「…いや、君の様な優秀な使い手あってこその黒塗りの長剣だと、私は思っているよ」
「そうそう、せめてさ、そういう類のメンタルケアってのが欲しいよな―全く、皆こいつ目当てで依頼に来るんだからさァ…」
不機嫌にブー垂れる最後の頼みの綱に対し、調査団のリーダーは必死にフォローに回る。
その甲斐もあってか、彼の膨らんだ頬と、ひん曲がっていた機嫌は次第に元通りになっていった。
「恥ずかしい話になるのだが、今手持ちが頼りなくてね…報酬は現地調達の現物支給で構わないかね?」
「随分と回収業者寄りの作法じゃないの。まあ、換金するツテなんざ幾らでもあるから俺は別に構わねえさ」
………
数日後、件の研究施設の跡地に請負人、山猫は姿を現した。
「おお、待っていたよ。請負人」
「ああ。気にしなくっていいぜ。今来た所だからさ」
「…可笑しいな。私、今待ってたって言ったよね?予定より少し遅いが、まあいい。準備は済んでいる。あとは、君のその長け…」
「……」
男が言い切ろうとした所で山猫から視線が刺さる。言い掛けた言葉を即興で組み直す形。
「ああ…いやいや、君のその〝確かな腕〟と長剣に任せるっ!」
「あい、任された!」
山猫から清々しい返事が返ってくる。自分が長剣だけの男だと思われるのが余程嫌らしい。
「良し。他の皆は外で待機していてくれ。例の扉を開けたその先で何が起きるかは分からない。先ずは私と請負人だけで入ろう」
リーダーの男の後ろに続く様な形で、山猫は研究施設の奥を目指して真っ直ぐに歩く。
「なあ、オッサンよ―」
歩を前に進めながらも、請負人は調査団のリーダーの背中に話掛ける。
「何だ?初恋の女性の名前くらいだったら答えてやれるぞ?」
「いやね、ツテを頼ってさ、この研究施設の跡地について少し調べさせて貰ったよ」
「……」
「第四区画を塒にしてる回収業者達も命が惜しいってんで、詳しい所までは分からなかったんだが…此処はかつて大量殺戮兵器を開発する研究所だったそうだな。それでよ、確かアンタの目的は文明的な暮らしを取り戻す事…だよな?」
「……」
男は山猫の言葉を背に受けながらも歩き続ける。決して振り向いて応える事はしなかった。
件の特殊合金の塊を下ろした仰々しい扉が見えて来た―
それを前にして、請負人、山猫は今回の依頼に向けて最後のメスを入れる。
「そんなアンタが、なんだってこんな施設のメモリーの回収にここまで拘り、躍起になるのか、理由を聞きたいねェ?」
煽る様な口調と表情の山猫に対して男は遂に振り向いて、彼の胸倉を掴んだ。
「…あまり私を、我々を、この調査団を見くびるなよ請負人。危険なメモリーも回収し、然るべき場所で管理をしなければ、我々は何時までもこの混沌の支配からは逃れられんッ!」
男は山猫の目をしっかりと見据えながら、真剣な表情を向けてそう言い切った。
「成る程―良い答えだ。嫌な役に回ってでも引き摺り出した甲斐があったさ」
「貴様…!」
「信じる前には疑わなくっちゃな。アンタは信頼出来そうだ―下がってな」
山猫が両手で握り締めた黒塗りの長剣を振り下ろす。
すると、調査団の装備では下手に引っ掻き回すだけで、ビクともしなかったあの忌々しい強固な扉がいとも容易く斬り開かれた。
「さて、と―この先で何が待っているかはしらねえが、行こうか」
「ああ…請負人、山猫。私の方からも話しておこう―」
直ぐ様に奥へと歩を進めようとする山猫を引き止めて、今度は男が声を掛けた。
「この研究施設と、資料と一致しなかった出土品についてだ」
男が背負っていた鞄から古ぼけた書類を取り出す。
表には〝第四十三番経過報告書に対する回答〟と記されている。
「ええと、どれどれ随分と長いラブレターだこと…」
山猫は手渡された資料に目を通す。所々は掠れてしまっていて読めないが、文脈からおおよそを推測し、理解する。
研究施設の名は〝人工進化促進研究機関〟来るべき敵国との大いなる戦いに向けて、独自の兵器を開発する事を目的とし起ち上げられた。
機関では生身の人間を素体とした生体兵器の開発を主とし、実験体である腕型には〝ある能力〟を組み込んだとされる表記があった。
そして、報告書の最後の一文にはこう記されてた。山猫はそれを読み上げる。
「なになに…報告書には目を通させて貰った。こちらから行っている巨額の投資に対しての見返りとも言える結果が、実験体であり唯一の成功例であった腕型以降まるで見受けられない。直ちにプロジェクトの凍結とチームの解体を検討されたし…?」
「その報告書に何度も記されている腕型という生体兵器はこれまでに姿を見せなかった。つまり、この先の部屋にあると見て良いのだろう―未だ現存するようであるならば、我々の手で保護しなければならん」
「……」
資料に目を通した山猫はその場で少し考え込んだが、直ぐに思考を切り替えた。
「行こう」
男が先陣を切って地下室へと踏み込んで行く。
強固な扉の先には、じめじめとした湿気が立ち込めてはいたが、人の手にかかる事のなかった研究設備は大きく形を崩さずに残っていた。
「此処は実験室で、これは素材の成れの果てって所かね…?まさか、腕型だったりしてなァ?」
巨大な硝子瓶の中に敷き詰められた無数の人骨を指差しながら山猫は言う。
「否定は出来んな。ううむ、所々に有る計器が何かは分からんが…分解して構造を理解すれば、応用出来そうだ。待機している仲間に後で運ばせよう」
「なあ、オッサン、アレ…何に見える?」
はじめは部屋に敷き詰められた数々の装置に気を取られたが、改めて部屋全体を見渡すと一際目立つ、巨大な構築物が奥に鎮座している事に気付いた。
「まさかとは思うが、これか―?」
調査団の男は長い年月の経過によって表面に堆積した埃をその手で拭う。
すると、その下には忘れ去られた残骸の名が確かに深く刻印されていた。
人工進化促進研究機関生体兵器、第零号腕型と―
「良し、ここは慎重に調査をして―」
ピッ!というこの張り詰めた空気にそぐわない、間の抜けた音が部屋に響いた。
装置の側面にある開閉ボタンに山猫が手を掛けたようだ。
「おいっ…調査対象にはあまり、軽はずみに触れるものじゃあ…」
「ああ、悪い悪い。ちょっと好奇心を抑えられなくって…つい、ね」
軋む様な音を立てて、柩の蓋がゆっくりと開いて行く。
開けた装置の中を覗き込むと、その中には、長く柔らかい銀髪を下ろした裸体の少女が、無数の配線の海の中に埋もれていた。
それは、美しくもあり、とてつもなく異様な光景だった。
世界崩壊から何年経ったのかを正確に測る術は無いが、生体兵器腕型は恐ろしい程に瑞々しい姿形を保ったままこうして現存している。
「は~、俺、今度から好きなタイプを聞かれたら〝生体兵器〟って答える事にするよ…」
「馬鹿な事を言ってる場合か」
「ねえ、この娘、結構胸大きくない?」
「山猫、後で何を言ってもいい。許そう―だが、報酬を受け取るまでは真面目にやれ」
「んっ…」
微かに上がる女の声。そしてその身体も僅かに動いた様に見えた。
「オッサン、眠り姫はどうやら、生きてるみたいだぜ…?」
「そりゃあ、まあ…生体兵器だからな」
自身の機能を確かめる様に、閉じていた腕型の目がゆっくりと開いた。
少しばかり時間を要したが、ぼやけていたピントは次第に合い、視覚を取り戻す。
未だ世界が在る事を確かめる様に、目の前に広がった景色を彼女は睨め付けた。
(知っている天井…誰?一体誰が、私を起こしたというの―?)
………
調査団の男は目覚めたばかりの生体兵器、腕型にこの世界の現状について幾ばくかの簡単な説明をした。
彼女は一切口を開く事無く沈黙を守っていたが、話を全く聞いていない訳では無いという事は感じ取れた。
その上で、男は重々しい口調で腕型に今後の事を告げた。
「ただ、いくら我々と見た目がそう変わらないとはいえ、野放しにする事は出来ない。君自身が危険なメモリーだ。然るべき形での方法と管理体制を取っ…」
「おっと、リーダー、そうはいきませんよ―」
その提案を取り下げる様に、割って入る男の声。
良く聞き慣れた声、見慣れた顔、調査団のメンバーの一人で、リーダーの右腕だった男だ。
「お前、こんな時に一体、何を…?」
「こんな時だからですよ。さて、全員手を上げて貰いましょうか」
「銃か…こいつぁお手上げだ。どうにもならねえや―」
山猫の武器は長剣。銃を突きつけられてしまっては、乱入した男の指示に従わざるを得ない。
「この調査団に属していれば、何時かは大きなヤマにぶつかる日が来ると思っていましてね。その時に出土したメモリーを私が独り占めにすればいい―今日がその時という訳です」
「…仲間はどうしたッ?」
男は調査団を束ねてきた長として、かつての仲間に言葉を掛ける。しかし―
「何時までも何処までも甘い御方だ。こういう場合だと、頭数は少ない方が良いでしょう?全部この銃で始末させて貰いましたよ。残念ながら、此処までという訳です―」
「え?アンタが?」
さしてやる事の無い山猫がわざとすっとぼけた様な台詞を吐いた。
「…貴方がですよ。依頼の報酬は現物支給のこの鉛弾で構わないでしょう?」
「いや、何、貰ってばかりじゃ悪いからさ。少しはお返しをさせてくれよ。俺って誤解されるけど意外と良い奴なんだ」
「良く喋る」
「口止め料は貰わなかったからなァ―」
「さて、腕型。こちらに来て貰いましょう。世界崩壊以前の研究機関が産み落とした生体兵器となれば失われた技術の塊ですからね…捌く方法等幾らでもある」
「……」
生体兵器、腕型は一切喋らずに、その場から動かない。男の言葉にはまるで、興味が無い様だった。業を煮やした男は詰め寄って腕型の身体を掴み、無理矢理引き寄せる形。
「ははっ、使い途の無え口説き文句だなァ―」
男の強引過ぎる程のエスコートを目の当たりにした山猫がソレを指して嘲笑う。
「請負人、余裕でいられるのも此処までです。噂の長剣、捨てて貰いましょうか。それさえ無ければ貴方とて一人の人間だ」
男の要求を呑み込む素振りを見せながらも請負人、山猫は目の前の少女に向けて、初めてその口を開いた。
「なあ」
「……」
生体兵器腕型から返って来るのは、言葉では無く突き刺す様な冷たい視線。
「お前さ、お前はさ、本当にこれで良いのかい―?」
生体兵器、腕型は応えない。ただ彼女の視線が先程より鋭さを増した様に思えた。
それを視認した請負人、山猫の口角はゆっくりと、次第に上がっていった。
「いやね、資料を見るによ、お前さん、まともに生きた事なんて無いんだろう?」
「……」
「中々に笑える人生じゃねえか、実験体として生まれて、将来の夢は標本かァ?」
山猫は煽った。研究機関が産んだ生体兵器でもなく、凶悪な出土品としてでもない。本来の彼女とは無関係の組み込まれた枠組みを取り払って、一人の人間として扱い、そして煽った。
「……何ですって?」
山猫によって感情を引き出された腕が、透き通る様な声で初めて言葉を発した。
「自分で選んで、自分で決めるって生き方をよ、やってみたくは無えか?手段は…そうさな、これからくれてやるさッ!」
請負人、山猫が力強く長剣を握り締める。
ただそれは、これから剣で戦おうという構えにはとても見えない。
「早くその長剣を捨てろと言っているのが聞こえないのですかッ!請負人!」
「そう、急かすなって―女の子と歩調を合わせられねえ男は、モテねえぜェッ!」
声を張り上げ、そのように言い放つと、山猫は自身の力の象徴である黒塗りの長剣を全く見当違いの方向へと放り投げた。
(このべらべらと喋る口喧しい男の言う様に、私は今まで選ばされた生き方しか許されなかった。目覚めた先でもまた、同じ扱い…同じ…?)
腕の、狙いを絞って照準を定める様な鋭い眼差しが、空を舞う黒塗りの長剣を捉えていた。
そのいやに長く感じられる程の滞空時間が、自らの指針を選択する間の様にも思えた。
(嫌。そんなのは、嫌―)
自身の身体に組み込まれた能力の使い方。忘れられる筈も無い。目標値を叩き出す為にと幾度となく仕込まれ、何度も繰り返した。難しい事は何も要らない。自分の頭の中で思い描き、あとは意識を集中するだけで良い―
突如、銃を持った男の足元の床を突き破り、周辺の物質を圧縮して生成された貫手がその姿を現す。それは男の頭上を通り抜けて行った黒塗りの長剣を掴む。
「ぇあッ…!」
予測の外。背後からの一撃。貫手の持つ圧倒的なスピードによって死角から振り下ろされた長剣に対応する事が出来なかった男は訳も分からぬまま、為す術も無く斬り捨てられた。
肉の重みを帯びたゴトンッという鈍い音が地下室に響き渡る。
彼女は選んだ。本来の記憶を奪われ、生体兵器の実験体として造り換えられてから…
自分の道を、生き方を、自分の意思で初めて選んだ。
………
「こういうの、回収業者同士でも多々ある事だけどさ―」
調査団のメンバー達が散らばり、血塗になった辺りを見渡して山猫が言う。
「…ああ、私も元々は回収業者だったんだ。若い頃に出土品が暴走を起こして大勢の仲間を失った…それを契機に、この調査団を結成したのさ」
「成程ね。今回の件をきっかけに、また乗り換えるかい?」
「まさか。私の前で死んでいった連中の事を考えたら途中で投げ出す訳にはいかんよ」
「そうか…それじゃあ、回収業者の作法に則って報酬を山分けしても良いかい?」
「ああ、君の〝確かな腕〟に任せようじゃないか」
「そうさな…こいつが欲しい」
山猫がシンプルな言葉で生体兵器、腕型を指差して笑う。
「…流石に、それは、ちょっと…というか少しは遠慮しろ!何でメインの保護対象だったものをかっ攫っていくんだ?どう考えてもおかしいだろう!」
「アンタは良い人だからなァ…長剣だけでなしによ、俺の腕も買ってるんだろ?」
「ソレは言わされたようなもんだ!私の立場でモノを考えるのなら、この生体兵器を野放しにする事は絶対に出来んッ!」
「なあ、オッサン、冷静に方法を考えてみてくれよ。危険なメモリーとはいえ、こいつはナマモノさ。何処に持ち込んで、どんな管理をして貰うつもりだい?」
確かに、調査団を続けてきた男にとって、これは異例のケースだった。
山猫の言う様に男も明確な方法を提示出来ない。
「そういう事で、こいつをどうするのかは俺が決め…」
「…ちょっと待って」
山猫が話を括り、綺麗に纏め上げようとしたその瞬間に生体兵器、腕型が割って入る。
「貴方達は私が居なかったら、今頃あの銃で蜂の巣になっていた筈。だから、此処で決めるのは私よ―」
「待てよ、勘違いすんな。別に俺はお前を手元に置きたいってワケじゃあないぜ?お前はお前の思う様に自由に生きて欲しいって事をだな…」
「だから、決めるのは私だと言ったでしょう?」
腕は山猫の言葉を打ち消し、自分の言葉を通す。
「……」
突然、主導権を握られた二人の男はごくり、と唾を呑んだ。
「そうね、先ず、服を一着用意して欲しいわ。こんな格好ではいきり立つ殿方に手荒な真似をされかねないわ」
たじろぐ男共を言葉で突き刺しながら腕は淡々と告げる。
「あ、ああ…そうしよう、直ぐに手配しよう」
「それと、山猫―さっきは偉そうな貴方の駄々に付き合ってあげたのだから、今度は私の我が儘にも応えて頂戴」
「あ?そいつはつまり、どういうこった…?」
「私は自分の生き方を見つけるまで、貴方の御世話になる事にしたわ」
「…あんだって?ちょっと待てよッ!」
「良いじゃない。私が居なければあの状況下で打つ手なんて無かったでしょう?研究機関の資料に記してあった私の能力をアテにしたのでしょう?」
「…何て女だ。今度から嫌いなタイプを聞かれたら俺は〝生体兵器〟って答えるぞ!」
「あら?生体兵器が幸せになってはいけないだなんて仕様書には書いてなかったわよ」
「俺が不幸せなんだよッ!」
二人のやりとりを眺めながら調査団の男は思った。
彼の所有する黒塗りの長剣だって本来は管理すべき危険なメモリーの一つだ。
ただ、この男は世界の均衡を根底から崩す程の使い方をしていない。
(そうだな…此処はひとつ、力の扱いに長けたこの男の腕を見込んで、任せてみるか―)
得になるどころか大きな赤を出した依頼を終える頃には、陽は隠れて辺りはすっかり暗くなってしまっていた。帰路の途中、力の抜けた声で山猫が腕に問う。
「…ところでよ、お前の事を何て呼びゃあ良いんだ?」
「…別に名前なんて無いわ。貴方もこれまでの連中同様に腕型とでも呼べば良い」
「かぁ~…うざってぇ。取り敢えずは腕って呼ぶぞ。文句無えよな」
これは数年前のメモリー、飄々とした軽薄な請負人と、重々しい過去を持った生体兵器。
山猫と腕。傷だらけの欠けた世界で二人はこうして出会った―
世界崩壊後の環境の変化によって、頭部が大きく肥大化すると共にそれを支える為の脚部が異常な発達を遂げた変異生物。
此処らでは良く見掛けるタイプで呼吸をする様に人を喰う事が習性に組み込まれている。
「まあ、そこに関しては似た者同士でお互い様だわな」
何時もやる様に命を命たらしめる繋がりを断ち切って黙らせる。
(最近、仕事が続かねえからな…大変立派なポリシーも先立つものが無ければ寝っ転がっちまうっていう好例であり、現状だ。助けて)
この変異生物、見てくれは悪いが期待を裏切らずに味も悪い。出来れば自ら進んで食べるだなんて事は避けたいのだが致し方ない。
出土する文献通りの姿形を保ったままの生物達が軒並み淘汰されてしまった以上、こんな質の悪い肉でも貴重な栄養源だ。決して蔑ろには出来ない。
「…あん?」
人の気配を感じた山猫は肉を切り分ける手を止めて、一度は下ろした長剣を咄嗟に構え直す。
気配から察するに相手は一人ではなく大勢。
ただ、襲い掛かるにしてはどうも緻密さに欠ける気の配り方。
山猫の目の前に姿を現したのは、武装した十数名の集団だった。
右から左に視線をやると性別や年齢等はまちまちで、統一感に欠ける。
「俺に恨みがある…って連中が勢揃いしたって訳じゃ無さそうだ。だとしたら、人数はもっと多い筈だものな」
「その黒塗りの長剣…請負人、山猫で間違い無いな?君に頼みたい仕事があるのだ」
世界崩壊が起きた事によってもたらされた劇的な環境の変化―
それらは決して癒える事は無く、未だにその爪痕を各所に残していた。
そんな状況下でも生命は、歪な形のままに生きる事を続けていた。
欠落した世界の輪郭を取り戻そうとする者達が封印された太古の記憶に手を掛ける。
忘れ去られ、凍りついた残骸の名は―
………
「あのさァ、うちは外から見ても狭いんだから、中に入ったらもっと狭いんだぜ…?」
狭っ苦しい住居に十数名もの人間が押し込められ、犇いている現状に山猫は不満を溢す。
「これは失礼した。簡潔に言うと我々は区画を飛び越えて各所を巡り、メモリーを保護している調査団だと思ってくれ」
リーダーと思われる、体格の良い男は流暢に話を続ける。
「今もこうして地の底に埋ずもれてしまっているメモリーを回収し、皆に分け与え〝文明的な暮らしを取り戻そう!〟という事を、第一の目的としているのだ」
「そりゃあ、まあご苦労なこった。そんな眩しい方々が何で俺みたいな奴の所に来んのよ?」
一語一句に後光が射しているかの様な言葉の羅列にばつの悪さを感じながらも、山猫は男に向かってぶっきらぼうに言葉を放り投げる。
その問いを受けて、先程までハキハキと喋っていた男の勢いは途端に弱まった。
「…いや、実はその…大きな問題があってだな」
先程の様子とは打って変わって次第に頼り無くなっていく男の声。
「あん?」
「我々は今、とある研究施設の跡地にあるメモリーの回収に携わっているのだが、出土した研究資料のファイルと、実際に出てきた現物がどうも一致しなくてだな…」
男はそう言って、鞄から数枚の走り書きと出土した資料を取り出す。
長い年月の経過によってくたびれた書類とメモを照らし合わせてみると確かに噛み合わない。
「…このパターンは、アレだ。浪漫溢れる秘密の地下室とか出てくるヤツだろ?」
「流石は回収業者とも太い繋がりを持つ請負人、山猫だ。その通りだ。どんな時でも割と諦めない我々の入念な調査の結果、地下室へと通じる入口が見つかったのだ!」
「なんだよ…良かったじゃんか。何も問題無い。ハッピーエンドだ。自慢話をしに来たんなら俺もう灯りを消して寝るよ?」
そう告げて、スタスタと寝室へ向かおうとする山猫の服を引っ掴んで男は話を続ける。
「どうか灯りを消さないで落ち着いて欲しい。入口は見つかっただけで中には入れていない。特殊合金の扉に遮られているのだ。我々も色々試してみたのだが、どうにもならん」
「おい、ちょっと待てよ。何だか嫌な予感がしてきたぞ…?」
何処かで聞いた様な話の流れ、山猫の背筋に冷たいモノが走る。
「そこでだ…請負人、山猫。君の持っている長剣の噂を思い出したんだ。大概の物に対して始末をつけられる黒塗りの長剣の噂をね」
悪い意味で予想を裏切らない男の言葉が、山猫に容赦無く流し込まれる。
「やっぱりだ!またこのパターンかよ…俺じゃなくって、用が有るのはコイツなのなッ!でも、もう少し包み隠したり、俺の事も褒めろよ!拗ねるぞ?請け負わねえぞ?」
彼自身では無く、凶悪な出土品である黒塗りの長剣を頼って来た依頼の内容。
自分は人助けから人殺しまで何でもやる請負人なのだが…この手の依頼は気分が乗らない。
「…いや、君の様な優秀な使い手あってこその黒塗りの長剣だと、私は思っているよ」
「そうそう、せめてさ、そういう類のメンタルケアってのが欲しいよな―全く、皆こいつ目当てで依頼に来るんだからさァ…」
不機嫌にブー垂れる最後の頼みの綱に対し、調査団のリーダーは必死にフォローに回る。
その甲斐もあってか、彼の膨らんだ頬と、ひん曲がっていた機嫌は次第に元通りになっていった。
「恥ずかしい話になるのだが、今手持ちが頼りなくてね…報酬は現地調達の現物支給で構わないかね?」
「随分と回収業者寄りの作法じゃないの。まあ、換金するツテなんざ幾らでもあるから俺は別に構わねえさ」
………
数日後、件の研究施設の跡地に請負人、山猫は姿を現した。
「おお、待っていたよ。請負人」
「ああ。気にしなくっていいぜ。今来た所だからさ」
「…可笑しいな。私、今待ってたって言ったよね?予定より少し遅いが、まあいい。準備は済んでいる。あとは、君のその長け…」
「……」
男が言い切ろうとした所で山猫から視線が刺さる。言い掛けた言葉を即興で組み直す形。
「ああ…いやいや、君のその〝確かな腕〟と長剣に任せるっ!」
「あい、任された!」
山猫から清々しい返事が返ってくる。自分が長剣だけの男だと思われるのが余程嫌らしい。
「良し。他の皆は外で待機していてくれ。例の扉を開けたその先で何が起きるかは分からない。先ずは私と請負人だけで入ろう」
リーダーの男の後ろに続く様な形で、山猫は研究施設の奥を目指して真っ直ぐに歩く。
「なあ、オッサンよ―」
歩を前に進めながらも、請負人は調査団のリーダーの背中に話掛ける。
「何だ?初恋の女性の名前くらいだったら答えてやれるぞ?」
「いやね、ツテを頼ってさ、この研究施設の跡地について少し調べさせて貰ったよ」
「……」
「第四区画を塒にしてる回収業者達も命が惜しいってんで、詳しい所までは分からなかったんだが…此処はかつて大量殺戮兵器を開発する研究所だったそうだな。それでよ、確かアンタの目的は文明的な暮らしを取り戻す事…だよな?」
「……」
男は山猫の言葉を背に受けながらも歩き続ける。決して振り向いて応える事はしなかった。
件の特殊合金の塊を下ろした仰々しい扉が見えて来た―
それを前にして、請負人、山猫は今回の依頼に向けて最後のメスを入れる。
「そんなアンタが、なんだってこんな施設のメモリーの回収にここまで拘り、躍起になるのか、理由を聞きたいねェ?」
煽る様な口調と表情の山猫に対して男は遂に振り向いて、彼の胸倉を掴んだ。
「…あまり私を、我々を、この調査団を見くびるなよ請負人。危険なメモリーも回収し、然るべき場所で管理をしなければ、我々は何時までもこの混沌の支配からは逃れられんッ!」
男は山猫の目をしっかりと見据えながら、真剣な表情を向けてそう言い切った。
「成る程―良い答えだ。嫌な役に回ってでも引き摺り出した甲斐があったさ」
「貴様…!」
「信じる前には疑わなくっちゃな。アンタは信頼出来そうだ―下がってな」
山猫が両手で握り締めた黒塗りの長剣を振り下ろす。
すると、調査団の装備では下手に引っ掻き回すだけで、ビクともしなかったあの忌々しい強固な扉がいとも容易く斬り開かれた。
「さて、と―この先で何が待っているかはしらねえが、行こうか」
「ああ…請負人、山猫。私の方からも話しておこう―」
直ぐ様に奥へと歩を進めようとする山猫を引き止めて、今度は男が声を掛けた。
「この研究施設と、資料と一致しなかった出土品についてだ」
男が背負っていた鞄から古ぼけた書類を取り出す。
表には〝第四十三番経過報告書に対する回答〟と記されている。
「ええと、どれどれ随分と長いラブレターだこと…」
山猫は手渡された資料に目を通す。所々は掠れてしまっていて読めないが、文脈からおおよそを推測し、理解する。
研究施設の名は〝人工進化促進研究機関〟来るべき敵国との大いなる戦いに向けて、独自の兵器を開発する事を目的とし起ち上げられた。
機関では生身の人間を素体とした生体兵器の開発を主とし、実験体である腕型には〝ある能力〟を組み込んだとされる表記があった。
そして、報告書の最後の一文にはこう記されてた。山猫はそれを読み上げる。
「なになに…報告書には目を通させて貰った。こちらから行っている巨額の投資に対しての見返りとも言える結果が、実験体であり唯一の成功例であった腕型以降まるで見受けられない。直ちにプロジェクトの凍結とチームの解体を検討されたし…?」
「その報告書に何度も記されている腕型という生体兵器はこれまでに姿を見せなかった。つまり、この先の部屋にあると見て良いのだろう―未だ現存するようであるならば、我々の手で保護しなければならん」
「……」
資料に目を通した山猫はその場で少し考え込んだが、直ぐに思考を切り替えた。
「行こう」
男が先陣を切って地下室へと踏み込んで行く。
強固な扉の先には、じめじめとした湿気が立ち込めてはいたが、人の手にかかる事のなかった研究設備は大きく形を崩さずに残っていた。
「此処は実験室で、これは素材の成れの果てって所かね…?まさか、腕型だったりしてなァ?」
巨大な硝子瓶の中に敷き詰められた無数の人骨を指差しながら山猫は言う。
「否定は出来んな。ううむ、所々に有る計器が何かは分からんが…分解して構造を理解すれば、応用出来そうだ。待機している仲間に後で運ばせよう」
「なあ、オッサン、アレ…何に見える?」
はじめは部屋に敷き詰められた数々の装置に気を取られたが、改めて部屋全体を見渡すと一際目立つ、巨大な構築物が奥に鎮座している事に気付いた。
「まさかとは思うが、これか―?」
調査団の男は長い年月の経過によって表面に堆積した埃をその手で拭う。
すると、その下には忘れ去られた残骸の名が確かに深く刻印されていた。
人工進化促進研究機関生体兵器、第零号腕型と―
「良し、ここは慎重に調査をして―」
ピッ!というこの張り詰めた空気にそぐわない、間の抜けた音が部屋に響いた。
装置の側面にある開閉ボタンに山猫が手を掛けたようだ。
「おいっ…調査対象にはあまり、軽はずみに触れるものじゃあ…」
「ああ、悪い悪い。ちょっと好奇心を抑えられなくって…つい、ね」
軋む様な音を立てて、柩の蓋がゆっくりと開いて行く。
開けた装置の中を覗き込むと、その中には、長く柔らかい銀髪を下ろした裸体の少女が、無数の配線の海の中に埋もれていた。
それは、美しくもあり、とてつもなく異様な光景だった。
世界崩壊から何年経ったのかを正確に測る術は無いが、生体兵器腕型は恐ろしい程に瑞々しい姿形を保ったままこうして現存している。
「は~、俺、今度から好きなタイプを聞かれたら〝生体兵器〟って答える事にするよ…」
「馬鹿な事を言ってる場合か」
「ねえ、この娘、結構胸大きくない?」
「山猫、後で何を言ってもいい。許そう―だが、報酬を受け取るまでは真面目にやれ」
「んっ…」
微かに上がる女の声。そしてその身体も僅かに動いた様に見えた。
「オッサン、眠り姫はどうやら、生きてるみたいだぜ…?」
「そりゃあ、まあ…生体兵器だからな」
自身の機能を確かめる様に、閉じていた腕型の目がゆっくりと開いた。
少しばかり時間を要したが、ぼやけていたピントは次第に合い、視覚を取り戻す。
未だ世界が在る事を確かめる様に、目の前に広がった景色を彼女は睨め付けた。
(知っている天井…誰?一体誰が、私を起こしたというの―?)
………
調査団の男は目覚めたばかりの生体兵器、腕型にこの世界の現状について幾ばくかの簡単な説明をした。
彼女は一切口を開く事無く沈黙を守っていたが、話を全く聞いていない訳では無いという事は感じ取れた。
その上で、男は重々しい口調で腕型に今後の事を告げた。
「ただ、いくら我々と見た目がそう変わらないとはいえ、野放しにする事は出来ない。君自身が危険なメモリーだ。然るべき形での方法と管理体制を取っ…」
「おっと、リーダー、そうはいきませんよ―」
その提案を取り下げる様に、割って入る男の声。
良く聞き慣れた声、見慣れた顔、調査団のメンバーの一人で、リーダーの右腕だった男だ。
「お前、こんな時に一体、何を…?」
「こんな時だからですよ。さて、全員手を上げて貰いましょうか」
「銃か…こいつぁお手上げだ。どうにもならねえや―」
山猫の武器は長剣。銃を突きつけられてしまっては、乱入した男の指示に従わざるを得ない。
「この調査団に属していれば、何時かは大きなヤマにぶつかる日が来ると思っていましてね。その時に出土したメモリーを私が独り占めにすればいい―今日がその時という訳です」
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「……」
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男の要求を呑み込む素振りを見せながらも請負人、山猫は目の前の少女に向けて、初めてその口を開いた。
「なあ」
「……」
生体兵器腕型から返って来るのは、言葉では無く突き刺す様な冷たい視線。
「お前さ、お前はさ、本当にこれで良いのかい―?」
生体兵器、腕型は応えない。ただ彼女の視線が先程より鋭さを増した様に思えた。
それを視認した請負人、山猫の口角はゆっくりと、次第に上がっていった。
「いやね、資料を見るによ、お前さん、まともに生きた事なんて無いんだろう?」
「……」
「中々に笑える人生じゃねえか、実験体として生まれて、将来の夢は標本かァ?」
山猫は煽った。研究機関が産んだ生体兵器でもなく、凶悪な出土品としてでもない。本来の彼女とは無関係の組み込まれた枠組みを取り払って、一人の人間として扱い、そして煽った。
「……何ですって?」
山猫によって感情を引き出された腕が、透き通る様な声で初めて言葉を発した。
「自分で選んで、自分で決めるって生き方をよ、やってみたくは無えか?手段は…そうさな、これからくれてやるさッ!」
請負人、山猫が力強く長剣を握り締める。
ただそれは、これから剣で戦おうという構えにはとても見えない。
「早くその長剣を捨てろと言っているのが聞こえないのですかッ!請負人!」
「そう、急かすなって―女の子と歩調を合わせられねえ男は、モテねえぜェッ!」
声を張り上げ、そのように言い放つと、山猫は自身の力の象徴である黒塗りの長剣を全く見当違いの方向へと放り投げた。
(このべらべらと喋る口喧しい男の言う様に、私は今まで選ばされた生き方しか許されなかった。目覚めた先でもまた、同じ扱い…同じ…?)
腕の、狙いを絞って照準を定める様な鋭い眼差しが、空を舞う黒塗りの長剣を捉えていた。
そのいやに長く感じられる程の滞空時間が、自らの指針を選択する間の様にも思えた。
(嫌。そんなのは、嫌―)
自身の身体に組み込まれた能力の使い方。忘れられる筈も無い。目標値を叩き出す為にと幾度となく仕込まれ、何度も繰り返した。難しい事は何も要らない。自分の頭の中で思い描き、あとは意識を集中するだけで良い―
突如、銃を持った男の足元の床を突き破り、周辺の物質を圧縮して生成された貫手がその姿を現す。それは男の頭上を通り抜けて行った黒塗りの長剣を掴む。
「ぇあッ…!」
予測の外。背後からの一撃。貫手の持つ圧倒的なスピードによって死角から振り下ろされた長剣に対応する事が出来なかった男は訳も分からぬまま、為す術も無く斬り捨てられた。
肉の重みを帯びたゴトンッという鈍い音が地下室に響き渡る。
彼女は選んだ。本来の記憶を奪われ、生体兵器の実験体として造り換えられてから…
自分の道を、生き方を、自分の意思で初めて選んだ。
………
「こういうの、回収業者同士でも多々ある事だけどさ―」
調査団のメンバー達が散らばり、血塗になった辺りを見渡して山猫が言う。
「…ああ、私も元々は回収業者だったんだ。若い頃に出土品が暴走を起こして大勢の仲間を失った…それを契機に、この調査団を結成したのさ」
「成程ね。今回の件をきっかけに、また乗り換えるかい?」
「まさか。私の前で死んでいった連中の事を考えたら途中で投げ出す訳にはいかんよ」
「そうか…それじゃあ、回収業者の作法に則って報酬を山分けしても良いかい?」
「ああ、君の〝確かな腕〟に任せようじゃないか」
「そうさな…こいつが欲しい」
山猫がシンプルな言葉で生体兵器、腕型を指差して笑う。
「…流石に、それは、ちょっと…というか少しは遠慮しろ!何でメインの保護対象だったものをかっ攫っていくんだ?どう考えてもおかしいだろう!」
「アンタは良い人だからなァ…長剣だけでなしによ、俺の腕も買ってるんだろ?」
「ソレは言わされたようなもんだ!私の立場でモノを考えるのなら、この生体兵器を野放しにする事は絶対に出来んッ!」
「なあ、オッサン、冷静に方法を考えてみてくれよ。危険なメモリーとはいえ、こいつはナマモノさ。何処に持ち込んで、どんな管理をして貰うつもりだい?」
確かに、調査団を続けてきた男にとって、これは異例のケースだった。
山猫の言う様に男も明確な方法を提示出来ない。
「そういう事で、こいつをどうするのかは俺が決め…」
「…ちょっと待って」
山猫が話を括り、綺麗に纏め上げようとしたその瞬間に生体兵器、腕型が割って入る。
「貴方達は私が居なかったら、今頃あの銃で蜂の巣になっていた筈。だから、此処で決めるのは私よ―」
「待てよ、勘違いすんな。別に俺はお前を手元に置きたいってワケじゃあないぜ?お前はお前の思う様に自由に生きて欲しいって事をだな…」
「だから、決めるのは私だと言ったでしょう?」
腕は山猫の言葉を打ち消し、自分の言葉を通す。
「……」
突然、主導権を握られた二人の男はごくり、と唾を呑んだ。
「そうね、先ず、服を一着用意して欲しいわ。こんな格好ではいきり立つ殿方に手荒な真似をされかねないわ」
たじろぐ男共を言葉で突き刺しながら腕は淡々と告げる。
「あ、ああ…そうしよう、直ぐに手配しよう」
「それと、山猫―さっきは偉そうな貴方の駄々に付き合ってあげたのだから、今度は私の我が儘にも応えて頂戴」
「あ?そいつはつまり、どういうこった…?」
「私は自分の生き方を見つけるまで、貴方の御世話になる事にしたわ」
「…あんだって?ちょっと待てよッ!」
「良いじゃない。私が居なければあの状況下で打つ手なんて無かったでしょう?研究機関の資料に記してあった私の能力をアテにしたのでしょう?」
「…何て女だ。今度から嫌いなタイプを聞かれたら俺は〝生体兵器〟って答えるぞ!」
「あら?生体兵器が幸せになってはいけないだなんて仕様書には書いてなかったわよ」
「俺が不幸せなんだよッ!」
二人のやりとりを眺めながら調査団の男は思った。
彼の所有する黒塗りの長剣だって本来は管理すべき危険なメモリーの一つだ。
ただ、この男は世界の均衡を根底から崩す程の使い方をしていない。
(そうだな…此処はひとつ、力の扱いに長けたこの男の腕を見込んで、任せてみるか―)
得になるどころか大きな赤を出した依頼を終える頃には、陽は隠れて辺りはすっかり暗くなってしまっていた。帰路の途中、力の抜けた声で山猫が腕に問う。
「…ところでよ、お前の事を何て呼びゃあ良いんだ?」
「…別に名前なんて無いわ。貴方もこれまでの連中同様に腕型とでも呼べば良い」
「かぁ~…うざってぇ。取り敢えずは腕って呼ぶぞ。文句無えよな」
これは数年前のメモリー、飄々とした軽薄な請負人と、重々しい過去を持った生体兵器。
山猫と腕。傷だらけの欠けた世界で二人はこうして出会った―
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