2 / 14
Act.1 請負人、山猫
しおりを挟む
「いやいや、しかし…」
「なかなか、どうして」
「まさか泥を啜って回る、下層の回収業者共の持ち込んだメモリーから、こんな技術が見つかるとは夢にも思いませんでしたな」
「ふふっ…人間の持つ強い感情と血肉を受けて、肥大化する素体…これは紛れも無く神の製法だよ。私ったら、ついはしゃいで教典いっぱい刷ってしまった。全部捌けるかな?少しばかり不安になってきた」
「教主様、それは余計な心配でございましょう。信者の数くらいでしか計れなかった結果がこうも目に見える形となって存在する。それだけで言葉を並べて祈るだけだった従来の宗派とは訳が違います」
「成る程…では、この私の割と面倒臭い考えを書き並べて力強くゴリ押してるこの教典もしっかり読んで貰えるという事かね?」
「…光あれ(知るか)」
全てが一度崩壊し、世界の砕片が堆積した瓦礫の海から、ある〝メモリー〟が出土した。
それは、深き信仰と信仰無き物達の血肉を捧げる事で受肉する神の製法だった。
その日を境に、第七区画の住民達が次々と蒸発するという事件が頻発する様になる。
教団の見せる偽りの太陽に親を奪われ、取り残された子供達はとある噂を思い出す。
その日の気分と報酬次第で何でもこなす腕の立つ請負人の話、その男の名はー
………
「腹ァ、減ったなァ…」
下着一枚のみすぼらしい男がみすぼらしい寝床にみすぼらしく突き刺さっていた。
数日程、手入れを怠っていた金髪と髭とが無秩序に散らかるその有様は酷くみすぼらしい。
「俺ってやっぱり、自分のペースで仕事請けちゃいけないタイプだったんだな…デカい山を引き受けて余裕こいてたらこのザマだ。繋ぎの仕事もちゃんとつまんでおくんだったぜ…」
「将来性の無い男は嫌いよ」
鮮やかな銀髪を下ろした色白の肌をした少女が、透き通る様な声で男を容赦無く突き刺す。
同居人であり、相棒である腕が、普段から呼吸の様にやっている事。
「別にお前さんに好かれた所でねェ…何の用だ?デートの予約だったら二十人待ちだ」
「そう、それは残念ね。何番目の相手かは知らないけれど、貴方に客が来ているわよ?」
「客ね…どうせなら俺が客で、煮込み触手蕎麦とかの出前だったら良かったんだが」
「今直ぐに帰してしまってもいいのだけれど?」
そう言って腕は照準を絞る様に山猫を睨め付ける。
「ははっ…取り敢えず、お話だけでも伺いましょ」
力の通ってない身体を気だるそうに動かし、無造作に掛かっている仕事着を近い物から順に手繰り寄せる。とは言え、バリエーションに欠けるので何を着ても結局は黒ずくめに落ち着いてしまうのだが。
髭を剃り、髪を整え、営業スマイルの動作確認。しがない下層の請負人の出来上がり。
「…何だい、客っていうから来てみれば、まだ年端もいかない子供じゃないの」
自室から出ると、彼の期待を裏切る様な不相応な客が椅子にぽつんと腰掛けていた。
「あなたが…噂の請負人、山猫」
「そーだが。木に引っ掛かった風船を取って欲しいってんなら他所を当たって欲しいね」
「そっ、そんなんじゃないんです!あなたは、第七区画で信者を増やし、勢力を伸ばしている白服の教団の事をご存知ですか?」
「…知らねえな」
「父さんも、母さんも、皆教団に奪われてしまった…第七区画は今、僕と同じ様な子供で溢れかえっています!山猫さん、あなたは報酬次第で何でもやる請負人だって聞いて僕はここまで来ました。貴方に…第七区画の教団を叩き潰して欲しいんです!」
子供らしからぬ張りつめた声だった。
その様子を察してか、彼も先程まで叩いていた軽口を止めた。
「成程ね。確かに俺は人助けから人殺しまでやる請負人だが、慈善業はやってねえ。お前が一番大切にしている物を出しな」
少年は背負っていた荷物を引っくり返して、その中身を机の上に広げてみせた。
「ふーん、食べ物に、食い物に…おっとこれは食糧か。全く世知辛い世の中になったもんだ」
「少ないけれど、第七区画に残っていた食糧を全部掻き集めて来たんです…こんなんじゃ、とても依頼なんて受けて貰えませんか?」
少年の思いつめた真っ直ぐな瞳に対して山猫は請負人として自身の鋭い視線を重ねる。
そして、僅かな笑みを浮かべてからその口を開いた。
「いや、十分過ぎるー」
手放しに美味いとは言い難い固形食糧に齧り付きながら、彼はそう返した。
「ちょっと…そんな馬鹿な依頼を本気で請け負うつもりなの?貴方一人で白服の教団を相手にするだなんて、見返りに対してのリスクがあまりにも大き過ぎるわ!」
隣で依頼の全容を聞いていた腕が山猫の服を引っ掴んで言う。
この話は割に合わない。請けるべきではない、と。
「白服の教団ね…そういう歪んだ心の拠り所をブッ壊して、石を投げられてみたいって子供の頃から思ってたんだよなァ」
何が損で何が得かだなんて冷静に考えなくたって分かる。
他の請負人ならば、こんな子供のお飯事には到底付き合わないだろう。
ただ、この場だけでは計り知れない見返りが、捉え所の無い気まぐれな納得が請負人、山猫の中には在った。
「第七区画の人間の大半が信者と化しているコミュニティを叩き潰すのでしょう?とてもじゃないけど…一筋縄ではいかないわよ?」
「そうさなァ…俺が死にそうな時は代わってくれると嬉しい」
使い慣れた得物である長剣を準備運動がてらに走らせながら、山猫はそう答えた。
(ああ、この馬鹿は…真正面から突っ込むつもりなのねー)
………
第七区画で隆盛を誇った白服の教団は、冷たく薄暗い地下の空洞を拠点としていた。
その中に仕立てられた不釣り合いとも言える厳かな祭壇。その燭台に火が灯される。
これが合図だった。神の製法を記したメモリーが出土したあの日から、幾度となく繰り返されてきた儀式が今日も、また…
「さあ、我々の神に強く、強く何度も祈りを捧げましょう。貴方達の祈りが強ければ強いほどこの世界はより良く正しい形に生まれ変わっ…ああン?」
だが、今日は昨日の続きには成り得なかった。
気まぐれに吹いた風によって燭台の火が大きく揺らめく。
湧き上がる辺りのざわめきを意に介する事も無く、その身を黒で塗り固めた男がマフラーをはためかせながら無作法に歩く。
絶対多数の白の中に撃ち込まれた楔。唯一つの黒が、互いの思想のコントラストを浮き彫りにしていた。
「おい、ちょっと待て、そこの今入ってきた黒服野郎!」
「…?」
山猫は分っていて、把握した上で「えっ…俺の話?」と言いたげな表情を作ってみせた。
「お前しか居ねーだろッ!お前だよッ!お前ッ!我々の会合に参加したいのならば、定められた礼服を直ちに購入しろ!今ならセットで私の教典もお安くなってるぞ!」
「どうも、請負人の山猫です」
「貴様…!名乗ればいいってもんじゃあない!止まれッ!此処は長年住んでいる古き良き我が家なんですよって具合にすたすた歩くな!」
「へえ、人間の感情に呼応して質量を高める素体の技術があるってのは、以前にメモリーの切れ端で見掛けた事があるが、こんな醜悪な大きさになるんだなァ…」
山猫は教主の言葉など一切汲み取らず、そのまま無視し続ける。
禿げ尽くした年配の男よりも、今話題の十数メートルはある神様に興味津々の様だった。
少しも足を止める素振りを見せない山猫に、近くの信者達が掴み掛かる。
「おい貴様!一体どういうつもりだ?我々の高潔なる神への信仰を愚弄する気か…?」
「そうだ!貴様の様な無法者に我々の聖域を穢されてたまるかッ!」
彼等が浸かっている教典から抜粋した様な模範的な狂信者達の言葉が降り掛かる。
意識に引っ掛けた所で、心地の良いモノでもないので二人の頭と頭をキスさせて黙らせる。
「へっ…少し前まで瓦礫の下で明日の心配だけしてた連中が覚えたての言葉を振り回すんじゃねえよ!手前ェら全員お目覚めの時間だ。子供が腹を空かせて待ってんだ。下らねえ言葉遊びを演ってる暇があるならしっかりとしたまともな大人を演りやがれ!」
「ーそれが嫌だから、こうしてるんじゃない」
山猫の言葉を打ち消す様に、諦めの気持ちを帯びた女の声が冷たく響いた。
「あ?」
「私達は…もうこんな世界で生きていたくないからこうして祈りを捧げているのよ!だから、もっと、もっと信仰を捧げれば、神様がその手でこの世界を滅ぼしてくれるー」
「そうだ!今までの言葉だけに縋っていた脆弱な信仰とは違う!我々は世界に変革をもたらす神の下で、意味のある事をやっているんだ!」
「……」
その言葉を受けて、山猫の表情には苛立ちの色が浮かぶ。
「ははっ、状況を理解したかね請負人?この全てが振り切れてしまった世界を破壊し尽くす為に我々は行動を起こしているのだッ!おっと、そんな目でこの私を見るなよ?」
教主は続ける。山猫のその目つき、その態度を認識した上で、敢えて続けてみせる。
「私は正々堂々と真正面から神の教えを説いただけで、薬漬けや洗脳などと言ったつまらん小細工で彼らの選択能力を剥奪する様な真似をした覚えはないぞ?此処に居る人間達が、自ら選び、望んでやっている事だ」
「……」
「ははっ、その表情から察するに、どうやら泥を引っ被り、下層を這って回る請負人なんぞに高尚な考えは理解出来ない様だ。深き信仰と信仰無き者達を捧げ、我々の神は此処までになった。さあ、君も神の一部となれー」
「ガオォォンッ…!」
教主が高みから勝ち誇った様に手を掲げると、祭壇の中央に座している神と称され、崇められていたその赤黒い肉塊から咆哮が上がった。
「お目覚めって訳かい。しかしよ、笑っちまうぜ…塵も積もれば粗大ゴミだってなァッ!」
請負人、山猫は教主を引き摺り下ろす為に、自身の代名詞である黒塗りの長剣を引き抜く。
崩壊後の世界に生きる彼が握り締めた強大な優位。
大概のモノに対して始末を付ける事が出来る凶悪な出土品ー
「我等が神が信仰無き無法者に裁きを与えられる!祈りを捧げ神の手助けをするのです!」
「奴は我々の聖域を暴き、滅ぼしに来た敵だ」という共通の認識からなる漆黒の感情。
それは最早、信仰という殻を被った呪詛でしかなかった。
教主に扇動された信者達から上がった歓声が、幾重にも重なって神の元へと注がれていく。
素体の全身に張り巡らされた剥き出しの管が蠢き、赤黒い肉が沸き立ち踊る。
(ふはは、凄い…凄いぞ!ただ祈るだけでは素体に此処までの成長は見られなかった!共通の敵というものはこうも人間の感情のエネルギーを肥大化させるものか?)
「手前ェらの揃いも揃った根暗な思考なんざ何の足しにもなりゃあしねえよ」
「フシュゥゥ……」
眠りから目覚めたばかりの神は、目の前の男を、山猫を本能的に生贄だと認識した。
「さて、啖呵を切ってはみせたものの…様子見と洒落込むか。どういう相手かねェ…!」
「ガォオァァンッ!」
大きな雄叫びを上げながら、神は山猫に向けて、容赦無くその巨大な拳を振り下ろす。
「…たははっ、とてもじゃねぇが、これを受けてやり過ごすって択は無いわな」
間も無く矢継ぎ早に繰り出される巨大な質量の弾丸を彼は紙一重で躱していく。
「チッ…図体だけの見掛け倒しでは無しに、野郎の狙いは速く、そして正確か」
壁を背にするのはあまり好ましくないが、このまま避け続けるのにも限度があると感じた山猫は素早く飛び退いて一度間合いを外した。
(ちと整理しよう。野郎の狙いはブレずに、俺の頭一点のみ。それ以外の絡め手は一切抜きと来た。基本的には、俺を確実に殺す為の攻撃しか振って来ねえ…!)
請負人、山猫は考える。相手の定める焦点、採っている戦略、それを実行するペース等から、敵の性質を計る。
(だがな、こうも露骨だとよ。裏を返せば奴さんには戦いが長引けば長引くだけ不利になる要素があるって事なんじゃねえのか…?)
「ゴォオオオァァ…」
赤黒い肉塊が雄叫びを上げながら山猫との距離を一歩、そしてまた一歩と、詰めて行く。
しかし、それは先程までに見せていた機敏な動きとは打って変わって、何処か拙く、不自然な挙動だった。
「成る程なー殺したがり過ぎる」
山猫は長剣を持ち直し、体勢を整える。逃げ回ることを止めて、目の前の敵を迎え撃つ形。
「…ファ?」
これまでに見せなかった山猫の姿勢に、流石の神様も戸惑いの色を見せた。
(こいつとある程度やり取りを交わして、どういう相手なのか、俺なりの仮説を立てた。当たれば読みで、外れりゃ憶測さ…)
覚悟を決めた山猫の感情に呼応する様に、長剣の刀身を走るパターンに光が灯されていく。
「来なッ!俺が手前ェに喰らわせるか、手前ェが俺を喰らうかだッ!」
「ガオオォォァァァンッ!」
「神様に博打の相手をして貰えるとはなァッ!」
振り下ろされる神の裁きと対になる様な形で請負人、山猫が飛び込む。
巨大な力と力の衝突による轟音。それと共に巻き上がった砂煙が二者の雌雄を覆い隠す。
不思議と、先程までにあった信者達が形成していた異様なまでの熱気は薄れ、辺りには長い静寂が広がった。
「…ッアァォオァァ…ッ!?」
ソレを切り裂く様に第七区画の住民達が心酔し、崇拝していたシンボルの悲痛な叫び声。
「へははっ…まあ、そうだよな、そうなるよなァ…?」
煙のカーテンが上がったその向こう側では、無残にも脚を斬り落とされ、鮮血を噴き上げて崩れ落ちて行く神の姿が在った。
山猫はよろめきながらも立ち上がり、血に染まった長剣を容赦無く神の頭に突き立てた。
周りから「やめろ!」だとか「なんて事を…」といった類の声が上がった様な気がしたが、彼は目の前の肉塊がその動きを止めるまで一途に続けた。そしてすっかり動かなくなった事を確認すると、長剣を這わせて無言で教主へと迫った。
「ひっ、ひい、わわわわ、私が悪かったよ請負人!君とはこんな形で出会いたくなかった!もしかしたら私達は友達になれたかもしれないんじゃないかなッ…うんッ!」
「神様にお祈りでもするんだなー」
情など介在する余地の無い透明な一閃。黒塗りの長剣が一点の曇りも無い軌跡を描く。
一つから二つへと斬り離されて転げ落ちた教主が、静まり返った祭壇に鈍い音を響かせたー
………
「ですから、親子共々我が教団へと入信したのです、此処に居るのは分かっています。匿うと貴方の為になりませんよ?」
「……」
「何だこの野郎!ずっと黙りこくってやがって、それにその目つき、気に入らねえなッ!」
「止しなさい。貴方は神にその身を捧げた割には、何時までも幼稚で短絡的で喧嘩早くっていけない…どうです?素直に教えてくれれば貴方に手を出さない事を約束しましょう」
「……」
「いいですか?まともな頭で考えてください。親と子が離れて暮らさなければならないだなんてそんな馬鹿げた話がありますか?血を分けた肉親同士、我が教団の庇護の下で一緒に暮らすべきなのです。私の言ってる事、何処か間違っていますか?」
「そう、良い事を教えて貰ったわ。典型的な奴の放つ言葉は全て自己紹介になるのね」
これまで口を閉ざしていた腕が目の前の二人の信者に向けて初めて口を開いた。
「全くおめでたいわ。光の射した言葉を振り回せば人が救えると本気で思っているのだから」
腕から発せられた言葉は、相手の性質を捉え、確実に狙撃するかの様な物言いだった。
「あの子は、貴方達が指し示す幸福を望んではいないわ」
「ほう、そうですか…では貴方を少々痛めつけるとしましょう。なに、痛いのは最初だけで済みますよ」
「手前ェは何時も回りくどいのさ!どれ、下層の請負人の女にしては中々上玉じゃねえか」
「それにしてもあの山猫とかいう請負人、可哀想に。今頃殺されている事でしょうね」
「…?」
「たった一人の子供の為にその身を捧げるとは…全く泣かせる話です。事が済んだら、我々の教典にでも載せてやるべきだ」
「どういう勘違いをしているかは知らないけれど、可哀想なのは貴方達だわ」
「何だとッ!この餓鬼ッ!さっきから好き勝手言わせておきゃあ!」
「此処ら一帯に広まっている請負人山猫の噂話だなんて、子供達がでっち上げた都合の良いヒーロー像でしかないわ」
「何ですってー?」
腕がそう言い放つのと同時に大地が揺らぎ、轟音が鳴り響いた。
「…おい?こりゃあ一体、なんの音だッ…?」
「貴方のナニが軋む音でしょうよ。全く、こういう話の流れになる度に貴方ったら何時もこうだ。いい加減私も聞き飽き…」
刹那。形容し難い大きな鈍い音が、一つー
標的を象っている肉を抉り抜き、引き裂いて、貫き通す、その音。
「あ、ああッ…!なに?なんだ、この…これッ?」
「かはっ…巨大なッ…一体…!」
意識の外から不意に駆け抜けて行った破壊のスピードに彼らの理解は決して追い付けない。
「相手が女だと、甘く見たのね。私も殿方だと思って軽視させて貰ったわ」
腕、彼女は崩壊以前に存在した研究機関によって産み落とされた生体兵器である。
人工進化促進研究機関が彼女に植え付けた兵器としての能力ー
それは周辺の物質を集積し、彼女の思考で思いのままに操作する巨大な貫手の生成。
発現した彼女の能力が目の前の信者二人を漏らす事なく完全に貫いていた。
「貴方は先刻言ってくれたわよね?痛いのは最初だけだと。全く、勘違いも甚だしいわ…痛いのは、最後までよー」
腕がその手を力強く握り締めると、貫手からは鋸刃を走らせた金属の突起が何本も飛び出した。それは串刺しにしていた二つの血袋を瞬く間に決壊させ、辺り一面を赤黒く塗り潰していった。
「それと、私がよく知る彼はね…同業者達の間では首攫いと呼ばれているのよ」
………
「それで、結局神様はどうなったのー?」
一仕事を終えて帰ってきた山猫に呆れた様な口調で腕が話し掛けた。
「奴らの祈りは元々曖昧だったのさ。そんな所に請負人、山猫という明確な敵が現れた」
「……」
「信者共から集約された呪いを神様は一手に引き受けた。だが、素体の限界を超える過剰なまでの負荷に耐えかねて、その元である俺を逸って殺そうとしたってワケさ」
「結局、そういう性質を持った只の生き物でしかなかったという事?」
「そうさな。野郎のそういう一面を最大限に利用させて貰ったよ」
「それで、ショーの種明かしをして、たっぷり石を投げられて来たって訳?」
「ああ、掴んで投げ返してやったさ。あんくらい騒げる元気があれば直ぐ元通りになんだろ」
「顔が広くなって良かったじゃない。横に身長の高い男よりは好みよ」
「ったく、好き勝手言いやがら」
「…気持ちが傷んだりとかはしなかった?」
「まあ、こういう仕事でそういう依頼だったからな」
冷たく切り上げる。彼もあまり深い所までは喋りたくはない様だった。
「さて、と…アイツも両親とは無事再会出来た様だし、これにて一件落着だ。明日報酬を貰いに行くとするかね」
「は…?報酬って、何を寝呆けてるのよ。あの子からはもう現物支給で貰ったじゃない。後先考えずにその日に全部食べたじゃない。私には一個もくれなかったじゃない…」
「実はな、あいつが来る前に、元々第七区画を取り仕切っていた別の宗教団体からそういう依頼を請けていたんだよ」
「…っていう事は、つまりー」
「まあ、そういう事。連中にとっての邪魔者はこれで根絶やしになったって訳さー」
「なかなか、どうして」
「まさか泥を啜って回る、下層の回収業者共の持ち込んだメモリーから、こんな技術が見つかるとは夢にも思いませんでしたな」
「ふふっ…人間の持つ強い感情と血肉を受けて、肥大化する素体…これは紛れも無く神の製法だよ。私ったら、ついはしゃいで教典いっぱい刷ってしまった。全部捌けるかな?少しばかり不安になってきた」
「教主様、それは余計な心配でございましょう。信者の数くらいでしか計れなかった結果がこうも目に見える形となって存在する。それだけで言葉を並べて祈るだけだった従来の宗派とは訳が違います」
「成る程…では、この私の割と面倒臭い考えを書き並べて力強くゴリ押してるこの教典もしっかり読んで貰えるという事かね?」
「…光あれ(知るか)」
全てが一度崩壊し、世界の砕片が堆積した瓦礫の海から、ある〝メモリー〟が出土した。
それは、深き信仰と信仰無き物達の血肉を捧げる事で受肉する神の製法だった。
その日を境に、第七区画の住民達が次々と蒸発するという事件が頻発する様になる。
教団の見せる偽りの太陽に親を奪われ、取り残された子供達はとある噂を思い出す。
その日の気分と報酬次第で何でもこなす腕の立つ請負人の話、その男の名はー
………
「腹ァ、減ったなァ…」
下着一枚のみすぼらしい男がみすぼらしい寝床にみすぼらしく突き刺さっていた。
数日程、手入れを怠っていた金髪と髭とが無秩序に散らかるその有様は酷くみすぼらしい。
「俺ってやっぱり、自分のペースで仕事請けちゃいけないタイプだったんだな…デカい山を引き受けて余裕こいてたらこのザマだ。繋ぎの仕事もちゃんとつまんでおくんだったぜ…」
「将来性の無い男は嫌いよ」
鮮やかな銀髪を下ろした色白の肌をした少女が、透き通る様な声で男を容赦無く突き刺す。
同居人であり、相棒である腕が、普段から呼吸の様にやっている事。
「別にお前さんに好かれた所でねェ…何の用だ?デートの予約だったら二十人待ちだ」
「そう、それは残念ね。何番目の相手かは知らないけれど、貴方に客が来ているわよ?」
「客ね…どうせなら俺が客で、煮込み触手蕎麦とかの出前だったら良かったんだが」
「今直ぐに帰してしまってもいいのだけれど?」
そう言って腕は照準を絞る様に山猫を睨め付ける。
「ははっ…取り敢えず、お話だけでも伺いましょ」
力の通ってない身体を気だるそうに動かし、無造作に掛かっている仕事着を近い物から順に手繰り寄せる。とは言え、バリエーションに欠けるので何を着ても結局は黒ずくめに落ち着いてしまうのだが。
髭を剃り、髪を整え、営業スマイルの動作確認。しがない下層の請負人の出来上がり。
「…何だい、客っていうから来てみれば、まだ年端もいかない子供じゃないの」
自室から出ると、彼の期待を裏切る様な不相応な客が椅子にぽつんと腰掛けていた。
「あなたが…噂の請負人、山猫」
「そーだが。木に引っ掛かった風船を取って欲しいってんなら他所を当たって欲しいね」
「そっ、そんなんじゃないんです!あなたは、第七区画で信者を増やし、勢力を伸ばしている白服の教団の事をご存知ですか?」
「…知らねえな」
「父さんも、母さんも、皆教団に奪われてしまった…第七区画は今、僕と同じ様な子供で溢れかえっています!山猫さん、あなたは報酬次第で何でもやる請負人だって聞いて僕はここまで来ました。貴方に…第七区画の教団を叩き潰して欲しいんです!」
子供らしからぬ張りつめた声だった。
その様子を察してか、彼も先程まで叩いていた軽口を止めた。
「成程ね。確かに俺は人助けから人殺しまでやる請負人だが、慈善業はやってねえ。お前が一番大切にしている物を出しな」
少年は背負っていた荷物を引っくり返して、その中身を机の上に広げてみせた。
「ふーん、食べ物に、食い物に…おっとこれは食糧か。全く世知辛い世の中になったもんだ」
「少ないけれど、第七区画に残っていた食糧を全部掻き集めて来たんです…こんなんじゃ、とても依頼なんて受けて貰えませんか?」
少年の思いつめた真っ直ぐな瞳に対して山猫は請負人として自身の鋭い視線を重ねる。
そして、僅かな笑みを浮かべてからその口を開いた。
「いや、十分過ぎるー」
手放しに美味いとは言い難い固形食糧に齧り付きながら、彼はそう返した。
「ちょっと…そんな馬鹿な依頼を本気で請け負うつもりなの?貴方一人で白服の教団を相手にするだなんて、見返りに対してのリスクがあまりにも大き過ぎるわ!」
隣で依頼の全容を聞いていた腕が山猫の服を引っ掴んで言う。
この話は割に合わない。請けるべきではない、と。
「白服の教団ね…そういう歪んだ心の拠り所をブッ壊して、石を投げられてみたいって子供の頃から思ってたんだよなァ」
何が損で何が得かだなんて冷静に考えなくたって分かる。
他の請負人ならば、こんな子供のお飯事には到底付き合わないだろう。
ただ、この場だけでは計り知れない見返りが、捉え所の無い気まぐれな納得が請負人、山猫の中には在った。
「第七区画の人間の大半が信者と化しているコミュニティを叩き潰すのでしょう?とてもじゃないけど…一筋縄ではいかないわよ?」
「そうさなァ…俺が死にそうな時は代わってくれると嬉しい」
使い慣れた得物である長剣を準備運動がてらに走らせながら、山猫はそう答えた。
(ああ、この馬鹿は…真正面から突っ込むつもりなのねー)
………
第七区画で隆盛を誇った白服の教団は、冷たく薄暗い地下の空洞を拠点としていた。
その中に仕立てられた不釣り合いとも言える厳かな祭壇。その燭台に火が灯される。
これが合図だった。神の製法を記したメモリーが出土したあの日から、幾度となく繰り返されてきた儀式が今日も、また…
「さあ、我々の神に強く、強く何度も祈りを捧げましょう。貴方達の祈りが強ければ強いほどこの世界はより良く正しい形に生まれ変わっ…ああン?」
だが、今日は昨日の続きには成り得なかった。
気まぐれに吹いた風によって燭台の火が大きく揺らめく。
湧き上がる辺りのざわめきを意に介する事も無く、その身を黒で塗り固めた男がマフラーをはためかせながら無作法に歩く。
絶対多数の白の中に撃ち込まれた楔。唯一つの黒が、互いの思想のコントラストを浮き彫りにしていた。
「おい、ちょっと待て、そこの今入ってきた黒服野郎!」
「…?」
山猫は分っていて、把握した上で「えっ…俺の話?」と言いたげな表情を作ってみせた。
「お前しか居ねーだろッ!お前だよッ!お前ッ!我々の会合に参加したいのならば、定められた礼服を直ちに購入しろ!今ならセットで私の教典もお安くなってるぞ!」
「どうも、請負人の山猫です」
「貴様…!名乗ればいいってもんじゃあない!止まれッ!此処は長年住んでいる古き良き我が家なんですよって具合にすたすた歩くな!」
「へえ、人間の感情に呼応して質量を高める素体の技術があるってのは、以前にメモリーの切れ端で見掛けた事があるが、こんな醜悪な大きさになるんだなァ…」
山猫は教主の言葉など一切汲み取らず、そのまま無視し続ける。
禿げ尽くした年配の男よりも、今話題の十数メートルはある神様に興味津々の様だった。
少しも足を止める素振りを見せない山猫に、近くの信者達が掴み掛かる。
「おい貴様!一体どういうつもりだ?我々の高潔なる神への信仰を愚弄する気か…?」
「そうだ!貴様の様な無法者に我々の聖域を穢されてたまるかッ!」
彼等が浸かっている教典から抜粋した様な模範的な狂信者達の言葉が降り掛かる。
意識に引っ掛けた所で、心地の良いモノでもないので二人の頭と頭をキスさせて黙らせる。
「へっ…少し前まで瓦礫の下で明日の心配だけしてた連中が覚えたての言葉を振り回すんじゃねえよ!手前ェら全員お目覚めの時間だ。子供が腹を空かせて待ってんだ。下らねえ言葉遊びを演ってる暇があるならしっかりとしたまともな大人を演りやがれ!」
「ーそれが嫌だから、こうしてるんじゃない」
山猫の言葉を打ち消す様に、諦めの気持ちを帯びた女の声が冷たく響いた。
「あ?」
「私達は…もうこんな世界で生きていたくないからこうして祈りを捧げているのよ!だから、もっと、もっと信仰を捧げれば、神様がその手でこの世界を滅ぼしてくれるー」
「そうだ!今までの言葉だけに縋っていた脆弱な信仰とは違う!我々は世界に変革をもたらす神の下で、意味のある事をやっているんだ!」
「……」
その言葉を受けて、山猫の表情には苛立ちの色が浮かぶ。
「ははっ、状況を理解したかね請負人?この全てが振り切れてしまった世界を破壊し尽くす為に我々は行動を起こしているのだッ!おっと、そんな目でこの私を見るなよ?」
教主は続ける。山猫のその目つき、その態度を認識した上で、敢えて続けてみせる。
「私は正々堂々と真正面から神の教えを説いただけで、薬漬けや洗脳などと言ったつまらん小細工で彼らの選択能力を剥奪する様な真似をした覚えはないぞ?此処に居る人間達が、自ら選び、望んでやっている事だ」
「……」
「ははっ、その表情から察するに、どうやら泥を引っ被り、下層を這って回る請負人なんぞに高尚な考えは理解出来ない様だ。深き信仰と信仰無き者達を捧げ、我々の神は此処までになった。さあ、君も神の一部となれー」
「ガオォォンッ…!」
教主が高みから勝ち誇った様に手を掲げると、祭壇の中央に座している神と称され、崇められていたその赤黒い肉塊から咆哮が上がった。
「お目覚めって訳かい。しかしよ、笑っちまうぜ…塵も積もれば粗大ゴミだってなァッ!」
請負人、山猫は教主を引き摺り下ろす為に、自身の代名詞である黒塗りの長剣を引き抜く。
崩壊後の世界に生きる彼が握り締めた強大な優位。
大概のモノに対して始末を付ける事が出来る凶悪な出土品ー
「我等が神が信仰無き無法者に裁きを与えられる!祈りを捧げ神の手助けをするのです!」
「奴は我々の聖域を暴き、滅ぼしに来た敵だ」という共通の認識からなる漆黒の感情。
それは最早、信仰という殻を被った呪詛でしかなかった。
教主に扇動された信者達から上がった歓声が、幾重にも重なって神の元へと注がれていく。
素体の全身に張り巡らされた剥き出しの管が蠢き、赤黒い肉が沸き立ち踊る。
(ふはは、凄い…凄いぞ!ただ祈るだけでは素体に此処までの成長は見られなかった!共通の敵というものはこうも人間の感情のエネルギーを肥大化させるものか?)
「手前ェらの揃いも揃った根暗な思考なんざ何の足しにもなりゃあしねえよ」
「フシュゥゥ……」
眠りから目覚めたばかりの神は、目の前の男を、山猫を本能的に生贄だと認識した。
「さて、啖呵を切ってはみせたものの…様子見と洒落込むか。どういう相手かねェ…!」
「ガォオァァンッ!」
大きな雄叫びを上げながら、神は山猫に向けて、容赦無くその巨大な拳を振り下ろす。
「…たははっ、とてもじゃねぇが、これを受けてやり過ごすって択は無いわな」
間も無く矢継ぎ早に繰り出される巨大な質量の弾丸を彼は紙一重で躱していく。
「チッ…図体だけの見掛け倒しでは無しに、野郎の狙いは速く、そして正確か」
壁を背にするのはあまり好ましくないが、このまま避け続けるのにも限度があると感じた山猫は素早く飛び退いて一度間合いを外した。
(ちと整理しよう。野郎の狙いはブレずに、俺の頭一点のみ。それ以外の絡め手は一切抜きと来た。基本的には、俺を確実に殺す為の攻撃しか振って来ねえ…!)
請負人、山猫は考える。相手の定める焦点、採っている戦略、それを実行するペース等から、敵の性質を計る。
(だがな、こうも露骨だとよ。裏を返せば奴さんには戦いが長引けば長引くだけ不利になる要素があるって事なんじゃねえのか…?)
「ゴォオオオァァ…」
赤黒い肉塊が雄叫びを上げながら山猫との距離を一歩、そしてまた一歩と、詰めて行く。
しかし、それは先程までに見せていた機敏な動きとは打って変わって、何処か拙く、不自然な挙動だった。
「成る程なー殺したがり過ぎる」
山猫は長剣を持ち直し、体勢を整える。逃げ回ることを止めて、目の前の敵を迎え撃つ形。
「…ファ?」
これまでに見せなかった山猫の姿勢に、流石の神様も戸惑いの色を見せた。
(こいつとある程度やり取りを交わして、どういう相手なのか、俺なりの仮説を立てた。当たれば読みで、外れりゃ憶測さ…)
覚悟を決めた山猫の感情に呼応する様に、長剣の刀身を走るパターンに光が灯されていく。
「来なッ!俺が手前ェに喰らわせるか、手前ェが俺を喰らうかだッ!」
「ガオオォォァァァンッ!」
「神様に博打の相手をして貰えるとはなァッ!」
振り下ろされる神の裁きと対になる様な形で請負人、山猫が飛び込む。
巨大な力と力の衝突による轟音。それと共に巻き上がった砂煙が二者の雌雄を覆い隠す。
不思議と、先程までにあった信者達が形成していた異様なまでの熱気は薄れ、辺りには長い静寂が広がった。
「…ッアァォオァァ…ッ!?」
ソレを切り裂く様に第七区画の住民達が心酔し、崇拝していたシンボルの悲痛な叫び声。
「へははっ…まあ、そうだよな、そうなるよなァ…?」
煙のカーテンが上がったその向こう側では、無残にも脚を斬り落とされ、鮮血を噴き上げて崩れ落ちて行く神の姿が在った。
山猫はよろめきながらも立ち上がり、血に染まった長剣を容赦無く神の頭に突き立てた。
周りから「やめろ!」だとか「なんて事を…」といった類の声が上がった様な気がしたが、彼は目の前の肉塊がその動きを止めるまで一途に続けた。そしてすっかり動かなくなった事を確認すると、長剣を這わせて無言で教主へと迫った。
「ひっ、ひい、わわわわ、私が悪かったよ請負人!君とはこんな形で出会いたくなかった!もしかしたら私達は友達になれたかもしれないんじゃないかなッ…うんッ!」
「神様にお祈りでもするんだなー」
情など介在する余地の無い透明な一閃。黒塗りの長剣が一点の曇りも無い軌跡を描く。
一つから二つへと斬り離されて転げ落ちた教主が、静まり返った祭壇に鈍い音を響かせたー
………
「ですから、親子共々我が教団へと入信したのです、此処に居るのは分かっています。匿うと貴方の為になりませんよ?」
「……」
「何だこの野郎!ずっと黙りこくってやがって、それにその目つき、気に入らねえなッ!」
「止しなさい。貴方は神にその身を捧げた割には、何時までも幼稚で短絡的で喧嘩早くっていけない…どうです?素直に教えてくれれば貴方に手を出さない事を約束しましょう」
「……」
「いいですか?まともな頭で考えてください。親と子が離れて暮らさなければならないだなんてそんな馬鹿げた話がありますか?血を分けた肉親同士、我が教団の庇護の下で一緒に暮らすべきなのです。私の言ってる事、何処か間違っていますか?」
「そう、良い事を教えて貰ったわ。典型的な奴の放つ言葉は全て自己紹介になるのね」
これまで口を閉ざしていた腕が目の前の二人の信者に向けて初めて口を開いた。
「全くおめでたいわ。光の射した言葉を振り回せば人が救えると本気で思っているのだから」
腕から発せられた言葉は、相手の性質を捉え、確実に狙撃するかの様な物言いだった。
「あの子は、貴方達が指し示す幸福を望んではいないわ」
「ほう、そうですか…では貴方を少々痛めつけるとしましょう。なに、痛いのは最初だけで済みますよ」
「手前ェは何時も回りくどいのさ!どれ、下層の請負人の女にしては中々上玉じゃねえか」
「それにしてもあの山猫とかいう請負人、可哀想に。今頃殺されている事でしょうね」
「…?」
「たった一人の子供の為にその身を捧げるとは…全く泣かせる話です。事が済んだら、我々の教典にでも載せてやるべきだ」
「どういう勘違いをしているかは知らないけれど、可哀想なのは貴方達だわ」
「何だとッ!この餓鬼ッ!さっきから好き勝手言わせておきゃあ!」
「此処ら一帯に広まっている請負人山猫の噂話だなんて、子供達がでっち上げた都合の良いヒーロー像でしかないわ」
「何ですってー?」
腕がそう言い放つのと同時に大地が揺らぎ、轟音が鳴り響いた。
「…おい?こりゃあ一体、なんの音だッ…?」
「貴方のナニが軋む音でしょうよ。全く、こういう話の流れになる度に貴方ったら何時もこうだ。いい加減私も聞き飽き…」
刹那。形容し難い大きな鈍い音が、一つー
標的を象っている肉を抉り抜き、引き裂いて、貫き通す、その音。
「あ、ああッ…!なに?なんだ、この…これッ?」
「かはっ…巨大なッ…一体…!」
意識の外から不意に駆け抜けて行った破壊のスピードに彼らの理解は決して追い付けない。
「相手が女だと、甘く見たのね。私も殿方だと思って軽視させて貰ったわ」
腕、彼女は崩壊以前に存在した研究機関によって産み落とされた生体兵器である。
人工進化促進研究機関が彼女に植え付けた兵器としての能力ー
それは周辺の物質を集積し、彼女の思考で思いのままに操作する巨大な貫手の生成。
発現した彼女の能力が目の前の信者二人を漏らす事なく完全に貫いていた。
「貴方は先刻言ってくれたわよね?痛いのは最初だけだと。全く、勘違いも甚だしいわ…痛いのは、最後までよー」
腕がその手を力強く握り締めると、貫手からは鋸刃を走らせた金属の突起が何本も飛び出した。それは串刺しにしていた二つの血袋を瞬く間に決壊させ、辺り一面を赤黒く塗り潰していった。
「それと、私がよく知る彼はね…同業者達の間では首攫いと呼ばれているのよ」
………
「それで、結局神様はどうなったのー?」
一仕事を終えて帰ってきた山猫に呆れた様な口調で腕が話し掛けた。
「奴らの祈りは元々曖昧だったのさ。そんな所に請負人、山猫という明確な敵が現れた」
「……」
「信者共から集約された呪いを神様は一手に引き受けた。だが、素体の限界を超える過剰なまでの負荷に耐えかねて、その元である俺を逸って殺そうとしたってワケさ」
「結局、そういう性質を持った只の生き物でしかなかったという事?」
「そうさな。野郎のそういう一面を最大限に利用させて貰ったよ」
「それで、ショーの種明かしをして、たっぷり石を投げられて来たって訳?」
「ああ、掴んで投げ返してやったさ。あんくらい騒げる元気があれば直ぐ元通りになんだろ」
「顔が広くなって良かったじゃない。横に身長の高い男よりは好みよ」
「ったく、好き勝手言いやがら」
「…気持ちが傷んだりとかはしなかった?」
「まあ、こういう仕事でそういう依頼だったからな」
冷たく切り上げる。彼もあまり深い所までは喋りたくはない様だった。
「さて、と…アイツも両親とは無事再会出来た様だし、これにて一件落着だ。明日報酬を貰いに行くとするかね」
「は…?報酬って、何を寝呆けてるのよ。あの子からはもう現物支給で貰ったじゃない。後先考えずにその日に全部食べたじゃない。私には一個もくれなかったじゃない…」
「実はな、あいつが来る前に、元々第七区画を取り仕切っていた別の宗教団体からそういう依頼を請けていたんだよ」
「…っていう事は、つまりー」
「まあ、そういう事。連中にとっての邪魔者はこれで根絶やしになったって訳さー」
0
お気に入りに追加
7
あなたにおすすめの小説

忘却の艦隊
KeyBow
SF
新設された超弩級砲艦を旗艦とし新造艦と老朽艦の入れ替え任務に就いていたが、駐留基地に入るには数が多く、月の1つにて物資と人員の入れ替えを行っていた。
大型輸送艦は工作艦を兼ねた。
総勢250艦の航宙艦は退役艦が110艦、入れ替え用が同数。
残り30艦は増強に伴い新規配備される艦だった。
輸送任務の最先任士官は大佐。
新造砲艦の設計にも関わり、旗艦の引き渡しのついでに他の艦の指揮も執り行っていた。
本来艦隊の指揮は少将以上だが、輸送任務の為、設計に関わった大佐が任命された。
他に星系防衛の指揮官として少将と、退役間近の大将とその副官や副長が視察の為便乗していた。
公安に近い監査だった。
しかし、この2名とその側近はこの艦隊及び駐留艦隊の指揮系統から外れている。
そんな人員の載せ替えが半分ほど行われた時に中緊急警報が鳴り、ライナン星系第3惑星より緊急の救援要請が入る。
機転を利かせ砲艦で敵の大半を仕留めるも、苦し紛れに敵は主系列星を人口ブラックホールにしてしまった。
完全にブラックホールに成長し、その重力から逃れられないようになるまで数分しか猶予が無かった。
意図しない戦闘の影響から士気はだだ下がり。そのブラックホールから逃れる為、禁止されている重力ジャンプを敢行する。
恒星から近い距離では禁止されているし、システム的にも不可だった。
なんとか制限内に解除し、重力ジャンプを敢行した。
しかし、禁止されているその理由通りの状況に陥った。
艦隊ごとセットした座標からズレ、恒星から数光年離れた所にジャンプし【ワープのような架空の移動方法】、再び重力ジャンプ可能な所まで移動するのに33年程掛かる。
そんな中忘れ去られた艦隊が33年の月日の後、本星へと帰還を目指す。
果たして彼らは帰還できるのか?
帰還出来たとして彼らに待ち受ける運命は?
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
EX級アーティファクト化した介護用ガイノイドと行く未来異星世界遺跡探索~君と添い遂げるために~
青空顎門
SF
病で余命宣告を受けた主人公。彼は介護用に購入した最愛のガイノイド(女性型アンドロイド)の腕の中で息絶えた……はずだったが、気づくと彼女と共に見知らぬ場所にいた。そこは遥か未来――時空間転移技術が暴走して崩壊した後の時代、宇宙の遥か彼方の辺境惑星だった。男はファンタジーの如く高度な技術の名残が散見される世界で、今度こそ彼女と添い遂げるために未来の超文明の遺跡を巡っていく。
※小説家になろう様、カクヨム様、ノベルアップ+様、ノベルバ様にも掲載しております。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる