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Act3 古の巫女と建国王の恋

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「やはり女性は、退屈たいくつな "お坊ちゃま" よりも、野心を秘めた異国の若者に心かれるものなのだろうか」
 ベルージュリオがそんなことを言い出した時、フィオレンジーヌは後ろめたいことなど何も無いはずなのに、ぎくりと身を強張こわばらせた。
「何をおっしゃるのです、殿下。誰ぞ、殿下のお耳に妙な噂話うわさばなしでも吹き込みましたか?」
 誤解されてはたまらない――そう思ってあわてたフィオレンジーヌだったが、ベルージュリオはきょとんと首をかしげるばかりだ。
「何を言っているのだ?私はユウェンタスの巫女の恋愛観について、貴女あなたに意見を聞きたいのだが」
「……あぁ。歴史のお話でしたか……」
 フィオレンジーヌは胸をで下ろすと同時に、己の早合点はやがてんじた。
 ユウェンタス帝国を裏切ったジリアーティ家の巫女は、後にアントレルス王国を建国した勇者と恋仲であったと伝わっている。少なくとも建国王の方は相当巫女に執心しゅうしんしていたらしく、彼女にささげたとされる恋歌が数多くのこされている。
 帝国の滅亡と新たなる王国の建国は、一組の男女の恋によってもたらされたとする "伝説" だ。いかにも大衆たいしゅうの好みそうな物語ではあるのだが……
「伝説はあくまで伝説です。巫女とアントレルスの建国王が恋人同士であったことを示す証拠しょうこは何ひとつ遺されていません」
 巫女はアントレルス王国の貴族に取り立てられたが、建国王と結ばれることはなかった。建国王は生涯しょうがい独身をつらぬき通し、その後継者争いが元となり、やがて王国は滅亡の道をたどることとなる。
 伝説は、帝国出身で "裏切者" の巫女がアントレルスに真の意味で受け入れられることはなく、よって建国王の妃となることも許されなかったのだとしている。そしてその恋の破綻はたんが、新たな王国をも滅ぼすこととなったのだと……。
「だが巫女は、ユウェンタスの皇帝から妃にと望まれていたのだろう?その道をて、無名の異国の若者に手を貸す理由が、恋心以外にあるだろうか?」
 ベルージュリオは熱心にうったえる。本人は恋愛にうとくとも、歴史の中のロマンスには大いに興味があるらしい。
 水を差すかも知れないと思いながらも、フィオレンジーヌは自論をべる。
「ユウェンタスは千年もの長きにわたさかえた大帝国でしたが、その強大さと長き繁栄はんえいにより、内部の腐敗ふはいが進んでいたと言います。武力を増すために、まだ死すべき運命にない若者を生贄いけにえとし、不死なる "聖霊戦士" を次々生み出していたとも……。巫女はそのことに心を痛め、現状を打破だはしてくれる存在を待ち望んでいたのではないでしょうか」
「……なるほど。そのような見方もあるか」
 ベルージュリオは気をそこねることもなく、フィオレンジーヌの言葉に深くうなずく。
「しかし、巫女と勇者が恋仲でなかったとする証拠もまた、無いのだろう?やはり私は伝説が真実であると信じたい。貴族社会に生まれた者のほとんどが、真実の愛などくだらない、結婚とは家や国の利益のためにするものだと言うが、結局いつでも、歴史を大きく動かしてきたのは人の愛や情なのだと、信じたいのだ」
「……素敵なお考えですね」
 心の底からそう思いながらも、同時に『この人は皇帝となるには純粋過ぎる』と冷静に評価を下す――そんな自分をフィオレンジーヌはうとましく思う。
 国をおさめるということは綺麗事きれいごとだけではまない。ジリアーティ家の人間は、その綺麗でない部分もかくすことなく教え込まれる。常に人を疑い、言葉の裏を読むことをたたまれる。
 実際に会うまで、フィオレンジーヌはベルージュリオも自分と同種の人間だと思っていた。
 大帝国の頂点に君臨くんりんすべく育てられた人間なのだから、きっと自分以上にうたぐり深く冷徹れいてつな人間なのだろうと……。そんな彼に見合う人間にならねばと、ひそかに重圧を感じていたほどだ。
 しかし実物は想像とは真逆で、フィオレンジーヌは戸惑とまどうと同時に、どこか安堵あんどするものをおぼえた。
 ベルージュリオは皇太子として優秀ではない。将来の夫としてたよりがいを感じるわけではない。だが、フィオレンジーヌがどんなにハッキリ物を言っても嫌な顔をすることもなく、こちらを疎んじる気配も無い。あるがままに受け入れられているという安心感があった。
(恋とは、ある日突然とつぜんおとずれて、胸を激しくき乱すものとばかり思っていたが……こんな風におだやかに満ちていく恋もあるのやも知れぬな……)
 フィオレンジーヌによる皇太子の "理想の伴侶はんりょ化計画" は順調に進んでいた。ベルージュリオの教育係や近習きんじゅうたちをも密かに取り込み、周りの人間たちを使ってじわじわと「婚約者にはこうすべき」「こうすれば女性は喜ぶ」ということをり込んでいく。
 素直なベルージュリオは真綿まわたが水をうようにそれらを受け入れ、ぎこちないながらもフィオレンジーヌを "恋人らしく" あつかってくれるようになっていた。
(……だが、それはあくまで恋人らしい形を演じているに過ぎぬ。何とか殿下にもわらわに "恋して" いただきたいものだが……どうしたものか……)
 他人の行動をあやつる計略ならることができても、他人の心をきつけるすべは知らない。ましてフィオレンジーヌは自分が他人から好かれる種類の人間だとは思っていなかった。
(妾は……この方に好かれるには、心が汚れ過ぎているやも知れぬな……)
 ベルージュリオの純粋さを知れば知るほど、自分がみにくく汚れているように思えてどうしようもなくなる。"形" だけの親密度が上がっていくのと裏腹うらはらに、フィオレンジーヌの不安は日毎ひごとに増していくのだった。
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