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第4部 鬼姫の着せ替え人形なんて、まっぴら!

第30章 創治、桃幻の秘密を明かす

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 シェリーロワールに隠密おんみつ組織が存在しているように、鬼鏡の郷にも、表には絶対に出て来ない闇の組織が存在する。
 
 表向きには、戦う力を一切持たない医者の家系として振る舞い、その裏では、長に敵対する人物や組織をひそかに葬る暗殺者の家系――それが、桃幻の生まれた家だった。
 
 人体に通じる巫医の技術と知識は、そのまま暗殺術にも流用できる。
 
 郷の内外で噂となっていた、長の周りで相次ぐ "不審死" ――その真相は、巫術を用いた、傍目はためには他殺と気づかれることもない "暗殺" だった。
 
 桃幻は子どものうちから、長の家のために、その手を血で汚してきたのだ。
 桃幻と鬼姫が初めて出逢ったのも、桃幻がその本来の仕事・・・・・を果たした時だった。
 
 まだ本当の意味・・・・・で幼かった鬼姫が、当時の長だった父親の政敵に誘拐された時、その窮地きゅうちを救ったのが桃幻だったのだ。
 
 
駄目だめじゃ、桃幻!予が長となってよりのちは、お主にその役目を課してはおらぬ!お主はもう、誰もその手にかけずとも良いのじゃ!』
 
 鬼姫は必死になって訴える。だが、桃幻はすでに動いていた。
 
 明らかな体格差のある紫夏に対し、平然と素手すでで向かっていく。
 
 だが、最初の一撃はひらりと紫夏にかわされた。
 
『ヤブ医者がヤケになったか?そんなヒョロヒョロの肉体からだで、私に勝てるとでも?』
 
『筋肉は見た目じゃない。他者に見せる・・・ための筋肉とは違う、もっと実用的な使える・・・筋肉もあるんだ』
 
 事実、桃幻は一見細身だが、つく所にはちゃんと筋肉がついている。
 日々、密かな鍛練たんれんきたえたそれが、桃幻の常人離れした動きを支えているのだ。
 
『姫様に不埒ふらちを働こうとした罪、万死ばんしに値する!二度と姫様に触れられぬよう、この場で葬り去る!』
 
『それはこちらの台詞せりふだ!月黄泉様の御心を惑わす不届き者……。今、この手で始末してくれるわ!』
 
 
 拳と拳のぶつかり合いが始まる。
 
 素早さの値が高い者同士の、気迫みなぎる肉弾戦だ。
 下手な動体視力では、その動きを目で追いきることもできないだろう。
 
『何コレ?どうなってるの?目が回る~っ』
 
 案のじょう、アリーシャは二人の戦いに手を出すこともできず、目を回している。
 
不味まずい……。このままでは、桃幻が紫夏をあやめてしまう!何か、二人を止める良き手立ては無いか!?』
 
 桃幻と紫夏は今や、互いの姿しか目に入っていない。
 そのスキを見逃さず、鬼姫は自らアリーシャたちの元に駆け込んで来た。
 
『黄泉ちゃん、いつの間に!? ……って言うか、ムリですよ!二人とも素早く動き回り過ぎてて、今攻撃したら、どっちに当たるかも分からないし……っ』
 
『桃幻の奴、こんなに強かったのかよ!? 何でコレで、今まで郷の奴らからしいたげられてたんだぜ?』
 
 桃幻と紫夏の実力は、今のところ、ほぼ互角に見える。
 
 素早さは桃幻の方が上で、その分、攻撃の当たる回数も多い。
 だが、紫夏は当てる回数こそ少ないものの、攻撃力で上回っている。
 
 結果、二人とも、ほぼ同程度のダメージを、互いに与え合っていた。
 
『桃幻はこれまでずっと、えてその実力を隠してきたのじゃ。桃幻の標的は、郷のの者だけに限らぬ。ゆえに、郷のの者にその力を知られて警戒されぬよう、わざと無力な振りをし、侮蔑ぶべつ嘲笑ちょうしょうも甘んじて受け入れてきたのじゃ』
 
 鬼姫もまた、真実を知りながら、愛する者が郷の中で軽んじられ、冷遇れいぐうされるのを黙って見てきた。
 
 長姫自らが郷の暗部あんぶ暴露ばくろするわけにはいかないからだ。
 
『桃幻は、この郷の誰よりも強い。精神のみでなく、武力においてもじゃ。じゃが、それは郷の誰にも明かしてはならぬ強さだったのじゃ』
 
 鬼姫の言葉を裏付けるように、形勢は徐々に桃幻の方が有利にかたむいていく。
 
 桃幻には、自らを回復させるすべがある。だが、紫夏は体力ではまさっていても、ダメージは蓄積される一方だ。
 
 そして、紫夏の身がふらついた一瞬を見逃さず、桃幻が大技を仕掛しかけた。
 
 紫夏の巨躯きょくがぶわりと宙を舞う。
 それは、相手の体重を上手く利用した、見事な一本背負いだった。
 
 
『力におごった者に、姫様はまかせられない。お前の存在は、姫様にとって有害だ』
 
 大の字に倒れ込んだ紫夏の上に馬乗りになり、桃幻は右手をかかげる。
 その手には、禍々まがまがしい赤い光が宿り始めていた。
 
『駄目じゃ、桃幻!殺してはならぬ!』
 
『姫様の命でも聞けません。この男は、放置すれば、また似たようなことを仕出しでかします。その上、下手な牢には閉じ込めておくことすらできない。ここで消しておくのが最善なのです』
 
『そんなことをすれば、お主が後悔する! "人殺しの汚れた手" と、自らをさげすみ、また予を遠ざけるようになるではないか!』
 
 鬼姫の叫びに、それまで無表情だった桃幻の顔に、再び微笑が浮かぶ。
 だが、それは、あまりにも哀しげな微笑みだった。
 
『……そうですよ。僕の手は、血塗ちまみれの薄汚れた手なんです。こんな手で、あなたに触れるわけにはいかない。僕は、あなたにふさわしくない。あなたに想いをかけていただく資格も無いんです』
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