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第4部 鬼姫の着せ替え人形なんて、まっぴら!
第19章 アリーシャ、思わぬ形で兄と再会
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桃幻は、それ以上のことを喋ってはくれなかった。
「……でも、脈はありそうなんだぜ」
パープロイはそう言うが……どうすれば桃幻の「結婚したいと思わない」気持ちを変えられるのか、サッパリ分からない。
「郷一番のメンタルだけあって、メチャクチャ意思が固そうだしな……」
パープロイが "いつものじいや" だったら、年の功の知恵で、良いアドバイスをくれそうなのだが……闇堕ち時代のじいやは、人間関係の面ではまるで役に立ちそうにない。
「もう面倒くせぇから、無理にでもこの郷逃げちまおうぜ。オレの魔法がありゃ、何とかイケると思うんだぜ」
……どうも、ヤングじいやは短気というか……ちょっと攻撃的なんだよね……。
「それだと、じいやを元に戻せないし。中立国の姫が鬼族の郷を攻撃するわけにはいかないよ」
結局、何の解決法も見出せないまま、数日が過ぎてしまった。
私はその間も "着せ替え人形" として、お色直しよろしく、日に何度も着替えさせられていた。
「舞妓姿の次は、藤娘じゃ!あぁ……でも鷺娘も良いのぅ……。いっそのこと、意外性を狙って白拍子というのも……」
「あのー……できれば、帯のキツくないのがいいんですけど……。なるべく動きやすいカッコで……」
着せ替え人形にされること自体は、もう諦めているが……動きづらいカッコでムダに疲れさせられるのは、勘弁して欲しい。
鬼姫相手に、せめてもの抵抗を試みていると、廊下から茶穂の声がした。
「月黄泉様、反物売りの行商が参りましたが」
その瞬間、鬼姫の目の色が変わった。
「おぉぉ……っ!ちょうど良いではないか!アリーシャ姫に似合う柄を見繕って、着物を新調しようぞ!」
「え……っ、これ以上、増やす気ですか?」
「行商人たちは、郷の中では作れぬような珍しい布をたくさん持って来るのじゃ!並べて眺めるだけでも楽しいぞ!」
断る間も無く、私は鬼姫に手を引かれ、広間へと連れて行かれた。
……まぁ、現実世界でも手芸屋さんを覗くのは好きだったし、綺麗な布地を眺めるの自体は、嫌いじゃないけど……。
「遠路はるばるご苦労じゃ!……ん?いつもの商人ではないな?」
鬼姫が先に部屋に飛び込み、行商人らしき相手に声をかける。
「あぁ。父は腰をやってしまいまして。代わりに倅の私めが参りました次第で。お初にお目にかかります。シェリーロワールの織物商、ジェリー・ウォータードアーでございます。こちらは下男のユース・イジュオーサ」
「……は!?」
ものすごく聞き覚えのある声と名前に、私も思わず部屋に飛び込む。
そこにいたのは……
「おぉっ!美しい!そういう格好も素晴らしく似合……あ、いえ、失礼致しました。何ともお美しい姫君でいらっしゃいますね」
我を忘れてハイテンションで私を褒めちぎろうとしたのを、横のユースにたしなめられたのは……どう見ても私の兄、ジェラルド・シェリーローズだ。
「そうじゃろう、そうじゃろう!今日はこの姫に似合う反物を見繕ってもらいたいのじゃ!」
鬼姫は何も気づくことなく話を進めるが……なぜ、ここにジェラルドとユースが……。
しかもジェラルドは、いつもの宮廷服ではなく、質素な庶民の旅装スタイルだ。
「では、こちらの雪輪に桜を組み合わせた柄など、いかがでしょう。ぜひ、お肌のお色と合わせてご覧になってください」
言われるまま、私は兄のそばに歩み寄る。
布地を手渡されるその時、耳にそっと囁きを吹き込まれた。
「助けに来た。もう安心して良いぞ」
驚いて、思わずジェラルドの顔を見つめ返した。
訊きたいことが山ほどある。だが、鬼姫の前では、訊くに訊けない。
「長姫様もどうぞ、お好きな布を合わせてみてくださいませ。あちらの、月草色に波兎模様など、よくお似合いかと」
愛想笑いでそう勧めるジェラルドは、普段の態度とは打って変わって "腰の低い商人" そのものだ。
優秀だとは知っていたけど……こんな演技や変装までこなすとは、本当に器用な人だな……。
「本当じゃ!可愛い柄じゃのぅ……。予のためにあつらえたようじゃ!」
「モダン和装に合いそうなレースやリボンも、多数取り揃えておりますよ。ユース、見本をお見せしなさい」
ユースが荷を解き、レースのサンプルを貼り付けた冊子を取り出す。
鬼姫はすぐに食い付き、あれこれと質問をしだした。
そのスキに、ジェラルドが再び耳に囁きかけてくる。
「夜に、ユースを向かわせる。部屋の配置を教えてくれ」
……そうだよね。さすがに、今この場で、そのまま逃げ出すことはできないよね。
鬼姫が服飾素材に夢中なのを横目で確認し、私は声をひそめてジェラルドに情報を伝える。
客間の位置と、警備の数と、そしてもう1つ、とても大切なこと――じいやの若返りのことを……。
ジェラルドは軽く目を見開く。
だが、鬼姫の目を気にしてか、それ以上の詳細をこの場で訊くことはなかった。
「……でも、脈はありそうなんだぜ」
パープロイはそう言うが……どうすれば桃幻の「結婚したいと思わない」気持ちを変えられるのか、サッパリ分からない。
「郷一番のメンタルだけあって、メチャクチャ意思が固そうだしな……」
パープロイが "いつものじいや" だったら、年の功の知恵で、良いアドバイスをくれそうなのだが……闇堕ち時代のじいやは、人間関係の面ではまるで役に立ちそうにない。
「もう面倒くせぇから、無理にでもこの郷逃げちまおうぜ。オレの魔法がありゃ、何とかイケると思うんだぜ」
……どうも、ヤングじいやは短気というか……ちょっと攻撃的なんだよね……。
「それだと、じいやを元に戻せないし。中立国の姫が鬼族の郷を攻撃するわけにはいかないよ」
結局、何の解決法も見出せないまま、数日が過ぎてしまった。
私はその間も "着せ替え人形" として、お色直しよろしく、日に何度も着替えさせられていた。
「舞妓姿の次は、藤娘じゃ!あぁ……でも鷺娘も良いのぅ……。いっそのこと、意外性を狙って白拍子というのも……」
「あのー……できれば、帯のキツくないのがいいんですけど……。なるべく動きやすいカッコで……」
着せ替え人形にされること自体は、もう諦めているが……動きづらいカッコでムダに疲れさせられるのは、勘弁して欲しい。
鬼姫相手に、せめてもの抵抗を試みていると、廊下から茶穂の声がした。
「月黄泉様、反物売りの行商が参りましたが」
その瞬間、鬼姫の目の色が変わった。
「おぉぉ……っ!ちょうど良いではないか!アリーシャ姫に似合う柄を見繕って、着物を新調しようぞ!」
「え……っ、これ以上、増やす気ですか?」
「行商人たちは、郷の中では作れぬような珍しい布をたくさん持って来るのじゃ!並べて眺めるだけでも楽しいぞ!」
断る間も無く、私は鬼姫に手を引かれ、広間へと連れて行かれた。
……まぁ、現実世界でも手芸屋さんを覗くのは好きだったし、綺麗な布地を眺めるの自体は、嫌いじゃないけど……。
「遠路はるばるご苦労じゃ!……ん?いつもの商人ではないな?」
鬼姫が先に部屋に飛び込み、行商人らしき相手に声をかける。
「あぁ。父は腰をやってしまいまして。代わりに倅の私めが参りました次第で。お初にお目にかかります。シェリーロワールの織物商、ジェリー・ウォータードアーでございます。こちらは下男のユース・イジュオーサ」
「……は!?」
ものすごく聞き覚えのある声と名前に、私も思わず部屋に飛び込む。
そこにいたのは……
「おぉっ!美しい!そういう格好も素晴らしく似合……あ、いえ、失礼致しました。何ともお美しい姫君でいらっしゃいますね」
我を忘れてハイテンションで私を褒めちぎろうとしたのを、横のユースにたしなめられたのは……どう見ても私の兄、ジェラルド・シェリーローズだ。
「そうじゃろう、そうじゃろう!今日はこの姫に似合う反物を見繕ってもらいたいのじゃ!」
鬼姫は何も気づくことなく話を進めるが……なぜ、ここにジェラルドとユースが……。
しかもジェラルドは、いつもの宮廷服ではなく、質素な庶民の旅装スタイルだ。
「では、こちらの雪輪に桜を組み合わせた柄など、いかがでしょう。ぜひ、お肌のお色と合わせてご覧になってください」
言われるまま、私は兄のそばに歩み寄る。
布地を手渡されるその時、耳にそっと囁きを吹き込まれた。
「助けに来た。もう安心して良いぞ」
驚いて、思わずジェラルドの顔を見つめ返した。
訊きたいことが山ほどある。だが、鬼姫の前では、訊くに訊けない。
「長姫様もどうぞ、お好きな布を合わせてみてくださいませ。あちらの、月草色に波兎模様など、よくお似合いかと」
愛想笑いでそう勧めるジェラルドは、普段の態度とは打って変わって "腰の低い商人" そのものだ。
優秀だとは知っていたけど……こんな演技や変装までこなすとは、本当に器用な人だな……。
「本当じゃ!可愛い柄じゃのぅ……。予のためにあつらえたようじゃ!」
「モダン和装に合いそうなレースやリボンも、多数取り揃えておりますよ。ユース、見本をお見せしなさい」
ユースが荷を解き、レースのサンプルを貼り付けた冊子を取り出す。
鬼姫はすぐに食い付き、あれこれと質問をしだした。
そのスキに、ジェラルドが再び耳に囁きかけてくる。
「夜に、ユースを向かわせる。部屋の配置を教えてくれ」
……そうだよね。さすがに、今この場で、そのまま逃げ出すことはできないよね。
鬼姫が服飾素材に夢中なのを横目で確認し、私は声をひそめてジェラルドに情報を伝える。
客間の位置と、警備の数と、そしてもう1つ、とても大切なこと――じいやの若返りのことを……。
ジェラルドは軽く目を見開く。
だが、鬼姫の目を気にしてか、それ以上の詳細をこの場で訊くことはなかった。
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