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第4部 鬼姫の着せ替え人形なんて、まっぴら!
第15章 アリーシャ、鬼姫の恋話を聞く
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「そもそも我が郷は、弱肉強食の気風が強くてのぅ……。力によって明確に序列がついておる。強き者は平然と弱者を虐げ、奴隷のごとく扱う。予は昔から、それが気に食わんでな……」
鬼姫は遠い目をして語りだす。
「弱き者は弱き者で、己が境遇を諦め、状況に抗う気も無く卑屈に生きておる。予はそれも気に食わなんだ。桃幻と初めて会うた時、彼奴もそんな類の男だと思った。……だが、違っていた」
桃幻のことを語る時、鬼姫の瞳は自然と輝き、頬はほのかに赤みを増す。
"初恋の人" と過去のことのように言いながら、今でも充分好きなのだと、その顔を見るだけで分かる。
「彼奴は己の境遇を、これっぽっちも気にしておらぬ。軽んじられようが、冷たくされようが、桃幻の心は微塵も傷つくことはない。桃幻にとっては、己の使命を全うすることこそ全て。他人の侮蔑や罵詈雑言は、彼奴にとって "聞き流すべき雑音" でしかないのじゃ。桃幻は、体格や腕力では敵わずとも、その心は郷の誰よりも強い」
桃幻の "強さ" を握り拳で力説した鬼姫は、だがすぐにショボンとうつむいてしまった。
「……鬼族の長姫は、強き後継者を産むため、郷一番の強者と結ばれるが習わし。予は桃幻の "強さ" に惹かれた。だが、その強さは郷の他の男共が認める類の強さではない。予と桃幻が、この郷で夫婦となることは叶わぬ。それに、桃幻自身が、予を受け入れぬのじゃ。『僕は姫様にふさわしい男ではありません』と言うてな……」
「……ひょっとして、黄泉ちゃんが大人にならずにいるのは、そのせいなんですか?桃幻さん以外の男の人と、結ばれる気がないから……」
一途な恋の予感にキュンとしながら訊くと、鬼姫はツンとそっぽを向いた。
「フン。べつに、彼奴のためではないわ。この予を袖にするような男を、いつまでも待ってやっておるほど、予は暇ではない。ただ単に、予の心に適う男が他に現れないというだけじゃ」
「……いきなり、そんなツンデレなことを……」
「ですが、月黄泉様は事実、他の殿方を拒んでいらっしゃいますよね?郷の男に冷たく当たり、美しい鬼女を侍らせるのも、他の殿方を諦めさせるためなのでしょう?」
茶穂がさらりと言うと、鬼姫はバツが悪そうな顔になった。
「……まぁ、そういう意図が無いわけではないが……美しい娘が好きなのは本当のことじゃぞ!」
「えぇ。それも存じていますとも」
……何と言うか、この二人、主従と言うより姉と妹、下手すると母と子のようだ。
「しかし、どれほど美女好きを公言しようと、諦めぬ男はいるものじゃ」
鬼姫が重苦しく溜め息をつく。……紫夏のことだろうか。
「えぇ。普段は頭も勘も鈍いのに、謎の思い込みで真実に近づいてしまう者はいるものですね。しかも、結局は自分に都合の良い思い込みですので、それが完全な真実というわけでもない……」
私は紫夏の言動を思い出してみた。
鬼姫の "美女ハーレム" 疑惑を否定し、『美しいものを愛でるのが好きなだけ』と言い切っていた紫夏。
鬼姫に冷たくあしらわれたと言うのに、目を輝かせていた紫夏……。
「アリーシャ姫のような絶世の美姫を目にすれば、紫夏も心を変えるかと思うておったが……どうやら無駄だったようじゃの」
鬼姫がぽつりと洩らした一言は、私にとって聞き捨てならないものだった。
「え!? まさか黄泉ちゃん、そのために私をあんなに強引に招待したの!? 紫夏さんの目を逸らすための、"囮" みたいにするために!?」
思わず敬語も忘れて詰め寄るが、鬼姫は平然としらばっくれる。
「まさか。『もしかしたら、そういう事態もあるかも知れぬ』とは思うておったが、目的はあくまで姫との友好のためじゃ」
「えぇ。月黄泉様は本気で、貴女様に興味を持っていらっしゃいましたよ。美人に目のない方でいらっしゃいますから」
二人がかりで言いくるめられてしまうと、私にはこれ以上追及できない。
「……に、しても……紫夏は相当に重症じゃな。これ以上悪化せねば良いが……」
「あの方は元々、月黄泉様の花婿候補の筆頭でしたからね……。今もその気でいらっしゃるのでしょう。どうにか諦めていただける、良い手立てがあれば良いのですが……」
「紫夏もじゃが、他の男衆も厄介じゃぞ。奴らも未だ、予に婿を取らせることを諦めておらぬ。『予がずっと若さを保ち、長を続けるゆえ、後継など要らぬ』と、あれほど言い続けておるのに……」
重い空気に沈む二人を眺めながら、私はふと気づいた。
……アレ?鬼姫が "美女好きの男嫌い" を周りにアピールするために私をそばに置くのだとしたら……鬼姫が本命の桃幻と結ばれれば、そんなことする必要なくなるんじゃ……。
気づいたが……私はすぐに絶望した。
……いや、そもそも、その "鬼姫と桃幻が結ばれること" が難しいから、こんなややこしい事態になってるんだよね。
――解決策には気づいたものの、その解決策自体が至難のワザ……。
この状況、一体どうしたらいいんだろう?
鬼姫は遠い目をして語りだす。
「弱き者は弱き者で、己が境遇を諦め、状況に抗う気も無く卑屈に生きておる。予はそれも気に食わなんだ。桃幻と初めて会うた時、彼奴もそんな類の男だと思った。……だが、違っていた」
桃幻のことを語る時、鬼姫の瞳は自然と輝き、頬はほのかに赤みを増す。
"初恋の人" と過去のことのように言いながら、今でも充分好きなのだと、その顔を見るだけで分かる。
「彼奴は己の境遇を、これっぽっちも気にしておらぬ。軽んじられようが、冷たくされようが、桃幻の心は微塵も傷つくことはない。桃幻にとっては、己の使命を全うすることこそ全て。他人の侮蔑や罵詈雑言は、彼奴にとって "聞き流すべき雑音" でしかないのじゃ。桃幻は、体格や腕力では敵わずとも、その心は郷の誰よりも強い」
桃幻の "強さ" を握り拳で力説した鬼姫は、だがすぐにショボンとうつむいてしまった。
「……鬼族の長姫は、強き後継者を産むため、郷一番の強者と結ばれるが習わし。予は桃幻の "強さ" に惹かれた。だが、その強さは郷の他の男共が認める類の強さではない。予と桃幻が、この郷で夫婦となることは叶わぬ。それに、桃幻自身が、予を受け入れぬのじゃ。『僕は姫様にふさわしい男ではありません』と言うてな……」
「……ひょっとして、黄泉ちゃんが大人にならずにいるのは、そのせいなんですか?桃幻さん以外の男の人と、結ばれる気がないから……」
一途な恋の予感にキュンとしながら訊くと、鬼姫はツンとそっぽを向いた。
「フン。べつに、彼奴のためではないわ。この予を袖にするような男を、いつまでも待ってやっておるほど、予は暇ではない。ただ単に、予の心に適う男が他に現れないというだけじゃ」
「……いきなり、そんなツンデレなことを……」
「ですが、月黄泉様は事実、他の殿方を拒んでいらっしゃいますよね?郷の男に冷たく当たり、美しい鬼女を侍らせるのも、他の殿方を諦めさせるためなのでしょう?」
茶穂がさらりと言うと、鬼姫はバツが悪そうな顔になった。
「……まぁ、そういう意図が無いわけではないが……美しい娘が好きなのは本当のことじゃぞ!」
「えぇ。それも存じていますとも」
……何と言うか、この二人、主従と言うより姉と妹、下手すると母と子のようだ。
「しかし、どれほど美女好きを公言しようと、諦めぬ男はいるものじゃ」
鬼姫が重苦しく溜め息をつく。……紫夏のことだろうか。
「えぇ。普段は頭も勘も鈍いのに、謎の思い込みで真実に近づいてしまう者はいるものですね。しかも、結局は自分に都合の良い思い込みですので、それが完全な真実というわけでもない……」
私は紫夏の言動を思い出してみた。
鬼姫の "美女ハーレム" 疑惑を否定し、『美しいものを愛でるのが好きなだけ』と言い切っていた紫夏。
鬼姫に冷たくあしらわれたと言うのに、目を輝かせていた紫夏……。
「アリーシャ姫のような絶世の美姫を目にすれば、紫夏も心を変えるかと思うておったが……どうやら無駄だったようじゃの」
鬼姫がぽつりと洩らした一言は、私にとって聞き捨てならないものだった。
「え!? まさか黄泉ちゃん、そのために私をあんなに強引に招待したの!? 紫夏さんの目を逸らすための、"囮" みたいにするために!?」
思わず敬語も忘れて詰め寄るが、鬼姫は平然としらばっくれる。
「まさか。『もしかしたら、そういう事態もあるかも知れぬ』とは思うておったが、目的はあくまで姫との友好のためじゃ」
「えぇ。月黄泉様は本気で、貴女様に興味を持っていらっしゃいましたよ。美人に目のない方でいらっしゃいますから」
二人がかりで言いくるめられてしまうと、私にはこれ以上追及できない。
「……に、しても……紫夏は相当に重症じゃな。これ以上悪化せねば良いが……」
「あの方は元々、月黄泉様の花婿候補の筆頭でしたからね……。今もその気でいらっしゃるのでしょう。どうにか諦めていただける、良い手立てがあれば良いのですが……」
「紫夏もじゃが、他の男衆も厄介じゃぞ。奴らも未だ、予に婿を取らせることを諦めておらぬ。『予がずっと若さを保ち、長を続けるゆえ、後継など要らぬ』と、あれほど言い続けておるのに……」
重い空気に沈む二人を眺めながら、私はふと気づいた。
……アレ?鬼姫が "美女好きの男嫌い" を周りにアピールするために私をそばに置くのだとしたら……鬼姫が本命の桃幻と結ばれれば、そんなことする必要なくなるんじゃ……。
気づいたが……私はすぐに絶望した。
……いや、そもそも、その "鬼姫と桃幻が結ばれること" が難しいから、こんなややこしい事態になってるんだよね。
――解決策には気づいたものの、その解決策自体が至難のワザ……。
この状況、一体どうしたらいいんだろう?
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