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第4部 鬼姫の着せ替え人形なんて、まっぴら!
第13章 アリーシャ、鬼姫と顔を合わせる
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「え……?あなたが鬼姫……?」
数十秒間フリーズした後、やっと出て来たのは、礼儀もマナーも何もかも忘れ去った "素" の反応だった。
だが鬼姫の方も、不躾に私を上から下まで眺め回した後、ほぅっと吐息する。
「なるほど、そなたが大陸一の美姫か。噂に違わぬ愛らしき姫じゃ」
鬼姫はそう言い、うっとりした目で私を観察してくるが……その容姿は、おぼろげに想像していたものとは、あまりにもかけ離れていた。
「いや、あんたが鬼姫って、嘘だろ!? どう見たってコドモじゃねぇかよ!」
私の隣でパープロイが、正直過ぎる感想を洩らす。
……そう。鬼族の長姫・月黄泉は、見た目が10歳前後の幼女だったのだ。
「従者殿、口が過ぎますぞ!月黄泉様は見た目こそ幼くていらっしゃるが、精神は成熟した大人の女性。そもそもエルフ族に見た目で我らを判断されたくはありませんな」
紫夏がすぐさま皮肉を返す。
「いや、エルフは鬼族ほど変則的なトシのとり方じゃねぇし。……ってか、その見た目で、よくあんな噂が立ってたな」
……確かに。"美少女好き" なんて噂のせいで、私もてっきり鬼姫は "魔性のお姐さん" 的なヒトだと思っていた。
今も鬼姫の周りには美女鬼が数人ついているが……侍らせていると言うより、過保護にお世話をされているようにしか見えない。
「あれが神託の乙女……?」
「エルフが供とは変わっておるの」
「客人とは言え、我らが長姫に対し無礼ではないか?」
鬼姫の前に居並ぶ男たちが、こちらを見てヒソヒソ囁く。
鬼姫は再び不機嫌そうに声を荒げた。
「……まったく。せっかく美姫と会えたと言うに、無骨な男どもに囲まれていては台無しじゃ!お主らにもう用は無い。さっさと行くが良い」
まるで、ついさっき紫夏が桃幻にやったように、鬼姫は冷たく男たちを退がらせる。
だが紫夏だけは、その場に跪いたまま、何かを期待する目で鬼姫を見上げている。
気づいた鬼姫は、鬱陶しげに顔をしかめた。
「……紫夏か。……まぁ……良い働きをしたの。後で褒美をやるゆえ、退がってゆっくり休むが良いぞ」
私の目には、鬼姫がぞんざいに紫夏を追い払ったように見えた。
だが紫夏は『鬼姫に優しく褒めてもらえた』とでも言うように、瞳を輝かせ、深々とお辞儀して去って行く。
紫夏が去った後、鬼姫は苦虫を噛みつぶしたようなような顔で溜め息をついた。
「モテる女は苦労するのぅ……。予でさえこの有様なのじゃから、大陸一の美姫と名高いそなたは、さぞ苦労の多いことであろうの」
見た目10歳前後の幼女が言うこととは思えない台詞をさらりと吐き、鬼姫は目を細めて笑った。
妙齢の美女であったなら "妖艶な笑み" になったであろうソレは、彼女が浮かべると "おませな幼女の微笑み" でしかない。
「えっと……今さらですけど、はじめまして。シェリーロワール王国第一王女の、アリーシャ・シェリーローズです」
呆気にとられたまま、それでもとりあえず挨拶だけはしておく。
"プリンセスの礼儀作法" を使うことさえ思いつかなかったので、何だか締まらない自己紹介になってしまった。
「予は月黄泉。鬼族の長を務めておる。気軽に "黄泉ちゃん" とでも呼んでくれて良いぞ」
「ヨ……ヨミちゃん……?」
どうしよう。怖いヒトだと思っていたのに、意外にフレンドリーでリアクションに困る。
「姫に我が郷へおいで頂いたのは、他でもない。姫に是非、我ら鬼族と親密な関係を築いて欲しいからじゃ」
「えっと……それって、具体的にどういったことで……?」
「シェリーロワールの王族が既にエルフの郷で行っているように、姫には是非、我が郷にご逗留頂き、我らと親交を深めて頂きたいのじゃ!」
「えっと……期間はどれくらいで……?」
「姫と我ら一族との間に、親密な絆が結ばれるまでじゃ!」
……つまり、鬼姫の判断次第ってことだよね。
こういう、期間や目標がフワッと曖昧なのが、一番困るんだけど……。
「郷に滞在中の姫の御世話は、この茶穂に任せよう。……そうじゃの、せっかくじゃから、姫には我が郷の伝統装束も体験して頂こうか」
そう言って鬼姫は、隣に控えていた鬼族の女性の一人を指し示す。
茶穂と呼ばれたその女性は、茶道の熟練者のような、一分のスキも無い所作で私たちの前に進み出ると、一礼して名乗りを上げた。
「茶穂と申します。どうぞ何なりとお申し付け下さいませ」
茶穂の衣服は、館で見かけた他の女官たちのものとは違っていた。
他の女官が普通の和服だったのに対し、茶穂は巫女のような装束に身を包んでいる。
白衣に緋袴、その上には千早を羽織り、髪は紙で作られた髪留めでまとめられている。他の女官たちより高い地位にある女性なのかも知れない。
「では、姫様にはさっそく、我が郷の着物にお着替えして頂きましょう」
茶穂に部屋へと案内されながら、私は既にげんなりしていた。
……あぁ、もうさっそく "鬼姫の着せ替え人形" が始まっちゃってるよ……。
数十秒間フリーズした後、やっと出て来たのは、礼儀もマナーも何もかも忘れ去った "素" の反応だった。
だが鬼姫の方も、不躾に私を上から下まで眺め回した後、ほぅっと吐息する。
「なるほど、そなたが大陸一の美姫か。噂に違わぬ愛らしき姫じゃ」
鬼姫はそう言い、うっとりした目で私を観察してくるが……その容姿は、おぼろげに想像していたものとは、あまりにもかけ離れていた。
「いや、あんたが鬼姫って、嘘だろ!? どう見たってコドモじゃねぇかよ!」
私の隣でパープロイが、正直過ぎる感想を洩らす。
……そう。鬼族の長姫・月黄泉は、見た目が10歳前後の幼女だったのだ。
「従者殿、口が過ぎますぞ!月黄泉様は見た目こそ幼くていらっしゃるが、精神は成熟した大人の女性。そもそもエルフ族に見た目で我らを判断されたくはありませんな」
紫夏がすぐさま皮肉を返す。
「いや、エルフは鬼族ほど変則的なトシのとり方じゃねぇし。……ってか、その見た目で、よくあんな噂が立ってたな」
……確かに。"美少女好き" なんて噂のせいで、私もてっきり鬼姫は "魔性のお姐さん" 的なヒトだと思っていた。
今も鬼姫の周りには美女鬼が数人ついているが……侍らせていると言うより、過保護にお世話をされているようにしか見えない。
「あれが神託の乙女……?」
「エルフが供とは変わっておるの」
「客人とは言え、我らが長姫に対し無礼ではないか?」
鬼姫の前に居並ぶ男たちが、こちらを見てヒソヒソ囁く。
鬼姫は再び不機嫌そうに声を荒げた。
「……まったく。せっかく美姫と会えたと言うに、無骨な男どもに囲まれていては台無しじゃ!お主らにもう用は無い。さっさと行くが良い」
まるで、ついさっき紫夏が桃幻にやったように、鬼姫は冷たく男たちを退がらせる。
だが紫夏だけは、その場に跪いたまま、何かを期待する目で鬼姫を見上げている。
気づいた鬼姫は、鬱陶しげに顔をしかめた。
「……紫夏か。……まぁ……良い働きをしたの。後で褒美をやるゆえ、退がってゆっくり休むが良いぞ」
私の目には、鬼姫がぞんざいに紫夏を追い払ったように見えた。
だが紫夏は『鬼姫に優しく褒めてもらえた』とでも言うように、瞳を輝かせ、深々とお辞儀して去って行く。
紫夏が去った後、鬼姫は苦虫を噛みつぶしたようなような顔で溜め息をついた。
「モテる女は苦労するのぅ……。予でさえこの有様なのじゃから、大陸一の美姫と名高いそなたは、さぞ苦労の多いことであろうの」
見た目10歳前後の幼女が言うこととは思えない台詞をさらりと吐き、鬼姫は目を細めて笑った。
妙齢の美女であったなら "妖艶な笑み" になったであろうソレは、彼女が浮かべると "おませな幼女の微笑み" でしかない。
「えっと……今さらですけど、はじめまして。シェリーロワール王国第一王女の、アリーシャ・シェリーローズです」
呆気にとられたまま、それでもとりあえず挨拶だけはしておく。
"プリンセスの礼儀作法" を使うことさえ思いつかなかったので、何だか締まらない自己紹介になってしまった。
「予は月黄泉。鬼族の長を務めておる。気軽に "黄泉ちゃん" とでも呼んでくれて良いぞ」
「ヨ……ヨミちゃん……?」
どうしよう。怖いヒトだと思っていたのに、意外にフレンドリーでリアクションに困る。
「姫に我が郷へおいで頂いたのは、他でもない。姫に是非、我ら鬼族と親密な関係を築いて欲しいからじゃ」
「えっと……それって、具体的にどういったことで……?」
「シェリーロワールの王族が既にエルフの郷で行っているように、姫には是非、我が郷にご逗留頂き、我らと親交を深めて頂きたいのじゃ!」
「えっと……期間はどれくらいで……?」
「姫と我ら一族との間に、親密な絆が結ばれるまでじゃ!」
……つまり、鬼姫の判断次第ってことだよね。
こういう、期間や目標がフワッと曖昧なのが、一番困るんだけど……。
「郷に滞在中の姫の御世話は、この茶穂に任せよう。……そうじゃの、せっかくじゃから、姫には我が郷の伝統装束も体験して頂こうか」
そう言って鬼姫は、隣に控えていた鬼族の女性の一人を指し示す。
茶穂と呼ばれたその女性は、茶道の熟練者のような、一分のスキも無い所作で私たちの前に進み出ると、一礼して名乗りを上げた。
「茶穂と申します。どうぞ何なりとお申し付け下さいませ」
茶穂の衣服は、館で見かけた他の女官たちのものとは違っていた。
他の女官が普通の和服だったのに対し、茶穂は巫女のような装束に身を包んでいる。
白衣に緋袴、その上には千早を羽織り、髪は紙で作られた髪留めでまとめられている。他の女官たちより高い地位にある女性なのかも知れない。
「では、姫様にはさっそく、我が郷の着物にお着替えして頂きましょう」
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