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第3部 電脳機神兵の花嫁になんてならない!

第6章 アリーシャ、ジュエリー工房を見学する

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 エヴァーミリア・エンジェリオンは、一見 "マイスター" や "技術者" というタイプには見えない。
 
 イギリス・ヴィクトリア朝時代を思わせるクラシカルなブラウスと、ロングスカートにエプロンというその姿は、どこかの令嬢れいじょうがヒマつぶしに料理でもしているような雰囲気ふんいきだ。
 
 編み込んでまとめた銀の髪に緋色の瞳、陶磁器のような白い肌……。
 見るからに現実離れした、生活感の無い美女だ。
 
「エヴァーミリア・エンジェリオン。貴金属の加工と、宝飾ほうしょくのデザイン・細工さいくなど、しています」
 
 感情の感じられないひそやかな声で、エヴァーミリアが自己紹介する。
 すると、周囲で徒弟とていたちがザワつきだした。
 
「しゃべった!先生がしゃべったわ!」
「何日ぶりかしら。久々にお声を聞いたわね……」
 
 徒弟たちがさわぐのも無理はない。
 
 何せ彼女は、数年ぶりに会うおいに対しても、常に一言二言しか話さない寡黙かもくな女性なのだ。
 
 その無口さと、宝飾工芸技師という職業から付いた二つ名は "シェリーロワールの宝石人形" 。
 実際に会ってみると、本当に宝石でかざりつけられた "お人形" のようだ。
 
「マイスター・エヴァーミリア。この方が以前お話ししたシェリーロワールの姫君です。工房の中を見学させていただいてもよろしいですね?」
 
 ネイヴィーの問いに、エヴァーミリアは一度うなずき、私へ向けうやうやしくお辞儀じぎすると、そのまま一言もしゃべらずに自分の作業机へと戻っていった。
 
「えっ、先生、それだけですか?正真正銘しょうめい "本場" のお姫様が来てるんですよ!? もっとこう、つきっきりで案内するとか、ないんですか?」
 
 徒弟たちの方がワタワタしているが、エヴァーミリアの方は、もう周囲の声も聞こえず作業に没頭ぼっとうしている。
 
 ネイヴィーは苦笑して私に頭を下げた。
 
「申しわけありません。姫君に対し失礼な態度かと存じますが、マイスターも悪気はありませんので……」
「あっ。その辺は大丈夫です。分かってますんで」
 
 何せ、その性格設定をしたのも私と創君だ。
 
「こんな、氷みたいにクールな美人なのに、良質な素材を得るためなら、自ら採掘場にも足を運び、道中モンスターとバトりさえする……。イイよなぁ。宝石魔法の "クリスタル・ランス" とか "ダイヤモンド・レイン" とか、ゼッタイ生で見てみたいよなぁ……」
 
 横で創君ユースがブツブツと不穏ふおんなことを言っているが……やめて欲しい。
 
 
 無口で何を考えているか分からないが、根は優しく、実は甥っ子を可愛がっているエヴァーミリアは、一時的に勇者レッド仲間パーティーに加わり、共にメトロポラリス郊外こうがいにある鉱山ダンジョンへ向かうことになる。
 
 メトロポラリス七星匠の一人、刀匠ガンメタール・ダムドに剣を作ってもらうため、その材料をりに行くのだ。
 
 エヴァーミリアの得意技は、土属性の鉱石魔法や宝石魔法。バトル・シーンでもあくまでクールに、強大な攻撃魔法で敵を翻弄ほんろうするのだ。
 
 しかし、彼女とレッドがダンジョン探索を終え、レイの塔に戻って来た時、既にボスの暴走は始まり、王女は囚われてしまっている。
 
 ……つまり、この人が動くとフラグが発動する可能性があるんだよね……。
 
 
「姫様!是非ぜひこの機会に、ウチの工房のアクセサリーを注文していかれませんか!? ウチの作品はどれも、他の国には無い最先端のモノばかりですよ!」
 
「そうです。従来のゴテゴテして重いばかりの装飾品とは異なり、軽量化を図りつつも、華やかさとボリューミーさを失わない、しかもエモーショナルなデザインの品ばかりです!」
 
 無口な工房主の代わりに、徒弟たちが次から次へと私に商品アピールしてくる。
 
 さすが、元商人の王様の国。国民たちもなかなかに商魂しょうこんたくましい。
 
「……うん。確かに、素敵だよね。ここのアクセ。こういうの、私も欲しいかも」
 
 私も一応は姫なので、宝石類もそれなりに持っている。
 
 しかし、王族の権威を見せつけるかのように大粒の宝石を散りばめ、金銀もふんだんに使った装飾品類は、重い上に妙に絢爛豪華けんらんごうか過ぎて、とても普段使ふだんづかいしたいと思えるものではないのだ。
 
 しかし、エヴァーミリアの工房の品は違う。
 
 細い金の線で蔓草つるくさかたどったものに宝石の花や葉をからませていたり、銀の線をレースのような形に細工して、中に真珠やダイヤモンドを散りばめてあったり……
 
 繊細で軽やかなのに、決して貧相ひんそうには見えず、しかも草花や小鳥や蝶やレースや……心ときめくモチーフがたっぷり使われた、リリカルでエモいデザインの品ばかりなのだ。
 
 
 思わずうっとり工房の作品に見入っていると、ふいに荒っぽく工房の扉が開かれた。
 
「ごめんくださーい!ねぇ、アタシのティアラできてる!? 急に必要かも知れないんだけど!」
 
 そう言ってズカズカ工房に入って来た少女は、私たち……と言うよりネイヴィーの顔を見て「げ……」とつぶやき、硬直こうちょくする。
 
「マ……ガンベルガー首席しゅせき秘書……。どうしてココに……?」
 
「……それをきたいのは私の方です、マイスター・アンナクレア。ティアラがどうしたと言いました?」
 
 ネイヴィーの声は冷たく、静かな怒りの気配がした。
 
 少女はタジタジして「えっとぉ……」とか「うーん……とぉ」と意味の無いことしか言えていない。
 
「姫ちゃん……。ここは正直に言うしかないよ。うっかりいじってダメにしたから、ウチに修理をたのんでるって」
 
 徒弟の一人の暴露ばくろに、少女は悲鳴を上げる。
 
「ちょっとおぉー!何でバラすのー!?」
 
 私の目はさっきからずっと、その少女に釘付くぎづけだ。
 
 ティアラ、姫、そしてアンナクレアという名前……。
 
「アクアちゃんだ。ブルーの妹の、アクアちゃんだ!」
 
 こっそりつぶやき、小さくガッツポーズする。
 
 彼女の名は、アンナクレア・キングフィッシャー。
 
 私がこの世界でジェラルディンちゃんの次にお気に入りで、この世界で絶対に会ってみたかったキャラの一人なのだ。
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