どうしよう、俺の公子様がXXに。

小夜時雨

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執事と口論バトル

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 「……来ないな……」

 レポートを添削し終え、ぐぐぐ、と背筋を伸ばす。
そろそろお茶の時間である。小さな採光窓を顔を持ち上げて確認してみるも、時間帯は合っている。

 「うーん?」

 首を傾げる。
おかしい。あのルフスさんが、真面目な彼が来ないなんてこと、未だかつてなかった。使用人としての職務を全うすることに熱心な彼のことである、何かとんでもないことにでも巻き込まれたか、あるいは昏倒しているか……なんて。まさかね、と嫌な予感に頭を振って払い落とす。もしかしたら急ぎの仕事でもできて手伝ってるかもしれない。彼は人が良いから……。
 (けど、それにしては遅いかも……)
 いつもの習慣ではない突如空いた時間を持て余し、なんとはなしにソワソワとしつつも、喉は乾いたままだし、ロル茶の用意でもしようかなと椅子から立ちあがろうとした、その時。ノック音がした。

 「はい、どうぞ」
 「失礼いたします」

 ちょうどタイミング良くきた、と思ったらただのハイパー執事だった。
がっかりだ。すとんと座り直す。

 「ご入用かと思いましたので」

 どうやら彼が今回のお茶当番であるらしい。
茶器を持ち、僕専用の茶器がお盆の上に載っている。素晴らしい、焼きたての茶菓子まで用意されていた。美味しそう。でも、いつもはニコニコと手ずからカップにロル茶を注いでくれる彼がいないのは、なんとも物悲しい。
 コポコポ、と香ばしい匂いが立ち昇る。

 「……ルフスさんはどうしたの?」
 「ああ……そうですな、
  ご説明が必要でしょう」

 (ん?
  何やら……怪しい気配……)
 プロな淹れ方をしてくるロル茶を堪能しつつも、腹に一物を持つ執事を見やる。
ヴォル家の筆頭執事なだけあって、彼はまさしくこの家を守るためならば……なんでもする男だ。
 (多分だけど、貴族の血を引いてると思う)
 それも代々受け継がれている、とみた。
聞いてはいない。もし尋ねるならば、婚約者であるところのフリードリヒの口から聞いたほうがいいだろう。雇い主なのだから。
 問題は、その忠誠心が裏目に出る可能性がある、ということ。
 (僕については、婚約者なのだからと気に掛けるだろう、でも)
 
 その嫌な予感は、的中する。

 「……どこに行かれるのです?」 
 「来ないから、助けにいく」
 「ダメです、危険です」 
 「いや、あのね……、
  その危ないところにルフスさんを置くわけにはいかないの!」

 (道理で来ないわけだよ!)
 ここ最近、ヴォル家で素行の悪いものが増えてきたらしいのだ。
その生贄、もとい、標的となってしまったのが、期待の新人。ルフスさんだ。
 (婚約者もできたから、と使用人を増やしたのはいいものの、
  どうやら血筋は良くても悪癖が出た者も、誘発される者もいるらしい)
 ルフスさんは平気だ、大丈夫だと言っていたけれども、そんなことはなかった。
 証拠集めに利用されているのだ。

 「ルフスには使用人としての試練でございますれば」 
 「そうは言ってもね」
 「そう何度も助けに行けるはずもございません」
 「そりゃそうだけど!」

 いやらしい目でみている輩やら、いたずらではすまないやつもいるにはいる、とのこと。見張りはつけている、命だけはとらないだろう、とのことだが。
 (そりゃあルフスさん、若いし、イケメンだもの)
 元男娼、という立場を利用するものもいるだろう、体力はあるし、逃げようとするならば逃げられる獣人だ、なんて。段々と聞いているうちに、ムカムカしてきた。

 「その囮作戦、そもそも雇い主である僕が聞いてない!
  なんてことをするんだ!」
 「お怒りはごもっともでございますれば。
  しかし、これぐらいの火の粉を払えなければ、
  ヴォル家の使用人としてやっていけません」
 「むうう」

 (いやーなんなんだ、このカチコチ!)
 そりゃそうだけどさ!
 嫌がらせは日常茶飯事、環境の悪化は雇い主の責任なんだよ! と言っても、この異世界じゃ理解されないんだよね……はあ。獣人は基本、脳筋だからなあ。ここでいっちょ規律を正したい、という執事の考え方は間違いなくパワープレイである。傷つく人のことを考えていないのが癪に障るが、ちょうどなんとかなりそうな新人がいるからと、もしかしたらそこそこの期待をかけて試しているのかもしれない、上司として。だとしても!
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