どうしよう、俺の公子様がXXに。

小夜時雨

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ルフスは語る8 ※救いとは 目覚め。

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 ゆっくり瞬いていると、景色は確実に変化していた。
遠のいていく全ての気配が、また、ルフスの周囲に存在を主張し始めたのである。
薄かった色は濃くなり、生々しい精の臭いが消え、清潔なリネンの爽やかな香りに包まれてさえいる。

 「これは……?」

 一体何が起きたのかと、天井を見上げ続けながらも半開きの口を開けっぱなしでいた。
顔にへばりついていた涙やら涎、そういった分泌液ですらなくなっている。顔に手を当てると、さっぱりとした感触が伝わる。ツルツルとしていて汚れすら見当たらない。見下ろせば、自分は寝衣を着用したままだ。

 (もしかして、俺は夢でも見ていたのだろうか?)
 かといってこのまま寝入っていても始まらない。呆気にとられていたが寝台から起き上がる。周囲の部屋の様子を視線で辿っていけば間違いなく、ここは、ヴォル邸にて用意された使用人用の私室である。窓辺からの柔らかな光が、明るく室内を照らしている。ルフスは個人用を用意されているので喜んで使わせてもらっているが、丁寧に使用し続けている現状、それ以上の変化はない。

 「……今……いつ頃だろうか……」

 まずは現状把握を、と使用人用の服がかけられている収納棚へと向かう。
その懐から懐中時計を手にいれ、時間をみる。

 「……寝ぼけてたのか? 俺……」

 朝のようだ。それも、かなり早い。

 「それにしては……」

 ずいぶんと、現実に限りなく近い夢だった。
 (嫌な夢だったな……)
 込み上げてきた、あの感触。敵意を持つ男に、ずいぶんと酷いことをされる仕打ちはなんとも気持ち悪さを覚えるも、こうして無事な我が身を思えば……。

 「溜まってんのかな……?」

 それにしては、スッキリとしているような……?
 頭を捻るも、まあいいかと気持ちを切り替え、目が冴えたのでとりあえずは水をいっぱい。
ぐい、と飲み干し、次に向かったのは勉強机だった。ルフスは日々、こうして努力をし、ご主人様のために学びを深めようとしている。そして、それは如実に形に現れている。もちろん、こういった本という名のマニュアルを与える行為は相当な厚遇であったが、ルフス本人は知る由もない。ただ、ただ、自由を得て職を手に入れたのだから、生きるためにこうして努力を続けているだけである。もちろん、ご主人様のためでもある。自分が生きるためと、そして、助けてくれた人のために。
 
 「ええと……この文字……なんだったっけ」

 無論、すぐに成果が出るとは限らないが。
うんうん唸りながらも、ほんわかお兄さんの朝は早かった。





 「ふあ」
 「リヒト様、おはようございます」
 「おはよ……」
 
 ふにゃふにゃのご主人様を起こすのはルフスの役目だ。
 たまに、ご主人様は自室にいない時があるけれども、そういったときは必ず伝言をよこしてくる。
 ルフスは、そんな律儀なご主人様が大好きだった。

 「二度寝したい……」

 こてん、と小さな首筋を見せながら明後日の方向へと寝入ろうとする年下のご主人様のために、朝のロル茶を用意する。すると、彼はきちんと目覚めるのだからある意味、本当にやりやすいご主人様でもある。ルフスの白い手袋越しに、嬉しげなリヒトの表情が伺えた。

 「あー生き返る……」
 「ふふ」

 芳しい匂いに釣られ、半身を起こすリヒトの背中に甲斐甲斐しくクッションを当ててから、ルフスは顔を洗う用意をする。無論、ご主人様のものだ。そこそこぬるめの水にお肌に良い香りづけもし、手拭いを両手に持つ。平たい容器から顔を上げた彼の目は閉じたままではあったが、ルフスはちゃんとわかっていて、そのまま彼の顔を拭き取る。

 「ふぁああ」
 「ふふふ」

 ゆっくりと彼の形に合わせ、拭っていると、さも天国だといわんばかりの笑みをルフスに向けてくれるのだからたまらない。

 「ありがと」
 「どういたしまして」

 こうしてみると、本当にこの男の子はルフスより一回り小さいのにしっかりとしているなあ、とご主人様にほっこりとしつつ、誇らしささえ感じるルフスである。

 「ね、聞きたいんだけど……」
 「どうしました?」
 
 さて、と茶器やら水瓶を片付けようとしたルフスの動きを止めさせたご主人様の言動に作業を止めると、リヒトはわざわざ使用人であるルフスのそばへと近寄ってきて、ルフスの手をとり、その手袋を外した。

 「リヒト様?」
 「うん……」

 スルスルと手のひらや手首、指を撫で回され、なんだかソワソワとするも、満足したのか頷きながらご主人様はルフスの手を解放した。

 「ん、やっぱりルフスさんの手のひらのほうが大きい」
 「ああ……ふふ、それは、そうでしょうね」
 「むう……仕方ない」

 次は着替えの手伝いをしなければ、とルフスはご主人様の衣装部屋へと急ぐ。
少しだけ、ご主人様の小さな手が………心残りであったことを戒めながら。
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