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狼って良いよね、足も早いし

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 狼を呼び寄せる笛だが、果たして来てくれるだろうか。
 (試してみたい……)
 まあ、部屋の中だし。音ぐらい確認しても良いかもしれない。
ウズウズとした好奇心が持ち上がったため、何も変哲のない小さな笛を口にして吹いてみる。

 「……ん?」

 (何も音しないな)
 こういうものだろうか?
 よくわからないが、まあ、あの兄が持たせたものに意味のないものはないはず。笛の音すらしないのは意外すぎるが、まあ……しょうがない。
 (文句の手紙でも送っておくか)
 ヴォル邸での暮らしに慣れるため、最近何も便りを送っていないので、筆無精な自分のためにも加えて書いておくか。直近の話題も含めて。

 「寝るか……」

 



 僕とフリードは互いに会話をしながら朝食をとるのが常なのだが、フリードから意味深なことを言われた。

 「昨日、騒がしくありませんでしたか、リヒ」
 「え? ……快眠しかしてないけど……」
 
 爽やかな朝から、何やら暗殺者でも紛れたのかな、とでも言いたげな公子様からの気だるげなお言葉である。

 「いや、その。
  ……何やら獣の毛がリヒの寝てる部屋の近辺で大量に落ちてたらしくてね」
 「ええ……大量の毛?」
 
 朝からなんてドン引きな事案なんだ……。
僕が微妙な面持ちでいると、いつもの執事どのが恭しく銀のお盆のうえに載せられた毛玉を見せてくれた。

 「うまく丸めることができました」
 「すごい……丸いです……」

 ふんわり具合が面白いが、まあ、どう見ても僕の目には見覚えのある毛の塊である。
 (そう、風呂場でよく落ちてる……父さんの……)
 あるいは、兄の。

 「うん……狼の毛っぽい」

 こんなに抜けてても禿げないからなあ。
すごいよ、獣人の毛って。換毛期って大変なんだよね、僕は狼じゃないからこの苦労はわからないが。

 「しかし、なぜにこんな獣の毛が僕のところに?」
 「わかりません。ただ、
  ちょうどリヒの部屋の屋根にたくさん生えるように
  置いてあったらしくて」
 「ちょっとしたホラーだね、それ」

 ……あ。
 (そっか)
 忘れてたけど、あーなるほど。

 「ごめん、フリード。
  朝からこう、いうの憚られるけど……」
 「……なんです? その笛は」

 懐から取り出したる笛を吹いてみせると、やはり何も音がしない。
しないが、窓のほうが騒がしくなってきた。
 
 「……どういうことです?
  リヒが可愛いのはわかりますが」 
 
 フリードは僕に何を求めているのかはまあ、別に良いとして、外のほうで慌ただしく走り回る音がするのがよくわかる。噛まれたーとかいう声もするし。キャンキャン鳴き声もするので、やはり狼が来ているのがよくわかった。

 「リヒト様、
  外の護衛たちが戸惑っておりますゆえ……」
 「あ、そうだね。でもちょうどいいから、
  一匹、邸宅に入れてもらっていい?」

 ハイスペ執事さんが戸惑っているが、一番困惑しているのは外野の見張りだろう。
まあ別にいいか。


 玄関ホールに、一匹だけ呼び寄せられた唸る狼を入れてもらった。
首輪もさることながら、口輪もしてある。
 
 「万が一お怪我でもされたら大事になりますので」

 さすがは執事である。
使用人たちの顔色が全員悪いし、使用人見習いのルフスさんも……って、ケロッとしてるな。

 「おとなしい子で助かりました」

 どうやら捕獲メンバーのひとりがルフスさんであるらしい。
ニコニコとしている。

 「それで、この狼をどうするつもりですか?
  野生に帰しますか?」
 「まあいずれはだけど、でも、今は……この子の鼻を使おうと思って」
 
 考えて見たら、探すのは嗅覚でも良いわけだ。
この狼の笛でなんとかなるなら、と思ったけれど、良い収穫だったのかもしれない。
 (めちゃくちゃ唸ってるけど……)
 よだれを垂らし、歯茎剥き出して僕に対しても誰にでも大いに威嚇しているため、僕としては同族ではないので少し寂しいけれども、うん。
 ぶぶぶぶ、とまるで無音のスマホが振動しているかのように微動している天然由来の狼に対し、僕はどこまで対応しきれるか……。

 口に笛をくわえ、指示を試みる。
  
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