どうしよう、俺の公子様がXXに。

小夜時雨

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買ったよ、モブおじさん

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 「……ここの娼館の主まで、案内してくれる?」
 「っ、じゃあ……!」

 ぱあ、と嬉しそうに僕の顔を期待を込めて見つめてくる青年に、僕としてははっきりとしたことはいえないけど、と一応は伝える。

 「もしかしたら、ダメかもしれないけど。
  でも、話が通じるなら君を連れて行くよ。
  ……どうなるかは、わからないけれど」
 
 ぽりぽり、と頬を指先でかきながら決まり悪げに僕はいうが、青年はそれでも、と大いに抱きついてきた。
 そのあまりの迫力に、僕は踏ん張る。彼は僕より身長ははるかに高いので、彼の体重の載った抱擁はなかなか足腰に効く。彼はモブおじさんに抱きついていると認識していため、そのギャップが激しい。
 実際には頭上にて、

 「嬉しい」

 囁くような、歓喜極まる声。
彼の背中を軽く叩き、

 「うん……」

 

 館内は静かで、といっても人の出入りはそれなりにある。
すれ違う使用人たちは僕と青年を見やりながら、完全スルーを決めていくが、それもこれも、青年と一緒にいるからであろう。年嵩、と本人がいうほどの年齢ではないと思うが、これほどまですらっとしていて体も若々しいというのに、そうか、そういう世界なのだな、と僕は認識改める。実際、扉越しに少しだけ、男娼のひとりと目が合った。
 (確かに、少年だった)
 格好が、使用人と違う。
妙に華やかで、それでいて脱がしやすそうな夜の着。

 「ここです」

 案内されたところは、一階の出入り口に近いところだった。
いかにも事務室です、といわんばかりのこぢんまりとした、しかし、応接室としても活用できそうな、それなりの調度品に囲まれている。
 開かれた扉の先は、そういった事務的な場所だった。

 「おや、起きていたのか……珍し……ん、来客か?
  全員で払ったと思ってたが、これはこれは、
  気付きませんで」
 
 恰幅の良い年嵩の男が、疲れ切った顔で椅子に座っていたのを立ちあがって出迎えてくる。

 「用事がおありのようですね。
  どうぞ、こちらへ」

 椅子に座ると、コヒーが出される。
苦手というのもあるが、こういった場所で提供されたものは口にしないというのが鉄則である。
なまじ初めてきたところだということもあるし、信用が互いに積み上がっていないから、というのもある。
 (だからこそ、さて、買い物ができるかどうか)
 が、問題である。

 「……ほう、それで、この子を買いたいと」
 「はい」

 ふむふむ、と娼館の主人は僕の姿形をみてとって改めて判断という名の計算をしているようだが、僕は懐からお金の入った袋をどん、と置いたら速やかに事は運んだ。

 「まあ、ようござんしょ。
  お前も、それでいいね」
 「はい、俺も……この人のそばにいたく思います」
 「よし、話は決まった。
  では、身請けをしてもらいましょ」

 儀式とか何やら面倒なことがあったらバレないようにパワープレイか、さてどうしようかなと色々考えていたら、すんなり書面を出され、それに記入して終わりだった。もちろん名前は……。
 (あ、どうしようかな……)
 タイザーにした。
あいつにはたくさん借りがあるから、ここで憂さ晴らしだ。
……というのは冗談で(ちょっと本気だが)、この獣人の世界におけるタイザーは英雄の名前でもあると同時に、田中太郎、と同じ意味合いも持つ。よくある名前でもあり、よく使われる名前でもあるのだ。
 片眉をあげた主人ではあったものの、

 「まあ、ようござんす」

 と、気にしない顔でいたようだ。
僕が紙の横に置いてあるお金の量が相当よかったらしい。プラスに働いてよかった。全額出したし。

 


 さて、それからが少し時間がかかる。
青年は晴れて自由となり、あてがわれた自室の荷物をまとめている合間、男娼たちがあちこちから顔を出してきたのである。皆、若い。少年どころか、少年以下もいるように見受けられるが……成長したら、そういうことなんだろう。細いしっぽが動いている猫男や、耳が垂れ下がっている獣人もいた。
 
 「みんな、俺、身請けされたから、さようならだ」
 
 ボソボソ、と彼らは話をし、ひとり、またひとりと消えて行く。
部屋の隅にいるモブおじさんは、完全に部屋の壁と同化してモブの壁と化した。

 「……すみません、お待たせしました」
 
 青年は少し寂しげな顔をしつつも、晴れやかな表情もしていた。
玄関に降り立ち、扉を潜れば、彼はようやくこの長年いた地から離れられたと実感するのだろう、そうして、息を吸って、振り返る。
 
 「っ……、はあ……」

 大きく息を吸い、僕に向かって振り返る。

 「では、行きましょう。
  俺、あなたについていきますから。
  ……。
  ええと、お名前は……聞いていいですか?」

 ん? と不思議に思っていると、

 「ああ、すみません。
  俺、文字読めなくて」

 そういうことか。
頷き、僕はいう。

 「リヒトっていうんだ」
 「リヒト様」
 「リヒトでいいよ」
 「そんな、とんでもない……!」

 首を横に振り、彼は名乗った。

 「ルフス、と申します。
  今後ともよろしくお願いしますね、リヒト様……」

 
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