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困惑、モブおじさん
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「あの、ど、どちらさま、でしょうか……?」
ベッドの上で寝ていたであろう青年は、オドオドと僕に質問をしてくる。
「お客様? その……部屋、間違っておられます……?」
起き抜けの姿は半裸で、上半身がしなっているせいか、妙に生々しい印象を受ける。
とはいえ、垂れ下がった目元の困惑具合と、きょとんと小首を傾げる無防備な仕草は、なんとも可愛らしい感じがして……。
(フリードに似てるかも……)
彼に対する警戒心が、あっという間に消えてしまった。
「おほん、んんっ」
(そうだ、僕は今、モブおじさんなんだ)
聞かねばならないことがある。
(この人なら……大丈夫だろう)
なんとはなしに直感が働いたし、そもそもの話、僕の見目がそう、立派なおじさんのモブである。
嘘ばかり塗り込めてあるので、まあ、大丈夫だろう。
「少し、聞きたかったことがあってな。
今、大丈夫だろうか?」
「はあ……まあ……?」
ぼんやりとしているようだが、僕に対する不審感はなく、ただひたすらに珍妙な客がきたなあ、といった顔でいる。
「ここで働いていたという男娼が、いたらしいのだが。
ローラン・グアランという貴族に引き取られた、という……」
ふんふん、と頷き、ああーと……彼は、呟いた。
「ピルクのことですね」
例の男娼についてはここでは有名らしい。
「緘口令、敷かれてますけどね」
言いながら彼は今度は反対に小首を傾げ、
「でも、ここで働いている男娼なら、皆、
羨ましがってお客さんに話しちゃいますね。
なんたって、貴族に妾として求められて身を売る仕事から抜けられましたから。
……そりゃあ妬まれますって」
ふふ、と中性的な顔に微笑を浮かべ、目を伏せる。
「俺だって、いつまでもここにいられる年齢でもなし……」
「え、そうなの?」
「うん、だって……俺の歳でここまでいるのって珍しいし。
大概は価格が落ちて、店の格が下がる店に追いやられるよ。
安く売られるんだ、俺……それがいつになることか」
悲しげに、それは辛そうに、ぼそっと。
「ピルクは若いうちに、若旦那みたいな金持ちに拾われてよかったよ。
俺みたいになると……毎日、毎日、
なんだか、生きることも……世知辛い、というか」
段々と、彼の人生相談みたいになってきた。
「……そうかあ」
「うん、うん」
「そう、ね、うん」
相槌の数も僕のほうが多くなり、しまいには彼の生い立ちまで知ることになる。
なんでも、彼はこの子供の頃にどこぞの道端で捨てられ、流れに流れ、食い扶持には困らない、という態で、この男娼の館に連れてこられたらしい。俗にいうストリートチルドレン、前世でいうところのそれにあたるだろう。大人に手をひかれ、騙され、こうしてこのままその場で生活している。
(それしか教わっていない生き方なのだから、
そりゃあ苦しいわな)
初めの頃はそれこそ痛い思いをしたが、慣れたらそうでもないという。
「ただ、変な病気だけには気をつけていました」
どうにも防ぎようのないことだが、自分の体が商売道具であることはわかっていたことだそうなので、健康にだけは気をつけていたらしい。小さい稼ぎから取り出したお金も、己の無事に使っていたという。
「……ところで、旦那様」
「うん?」
彼は、よくわかっていた。
自分の使い道を。
「……ピルクのいるところ、知りたいんでしょう?」
そろり、と僕に近づいてきたお兄さんは、長年の手管を駆使してでも。
ここから、離れたかった。この、お客さんからしてみたら天国のようなところから、男娼からしてみれば、地獄のようなところから。
「俺は、知っています。
彼のこと……今、どこに住んでいるのかも」
そろり、そろりと近づき……僕の首に両手を巻きつけてきた。
ここまで接近されると、彼の長いまつ毛が仕事をし、上目遣いをしっかりと決めてくる……傍目からは、モブおじさんに絡みつくお色気お兄さん、といった風情だが、その実態は、未成年に絡みつくショタコン気味な半裸のお兄さんである。
悲しいかな、彼の方が上背があり、もし僕の本性が少しだけ力強くなければ、このまま押し倒されて正体がバレてしまうところだった。
「……だから、俺を買ってくれませんか?
一夜の夢だけじゃない、昼の幻でもない……、
俺を、この世界から、あなたの住む世界へ」
「買う……?」
「今ならお安いですよ。
なんでも……しますから」
じっくりと僕の顔を見つめてから、ぎゅう、と抱きしめてくる。
耳朶にも囁き、その色香漂う湿り気のありすぎる、声は、まさしく。
久しく忘れていた、何やら込み上げてくるものを誘う淫らなもの。
「取引です、旦那様。
旦那様はピルクを知ることができる。
俺は、自由な世界を見てみたい……」
ベッドの上で寝ていたであろう青年は、オドオドと僕に質問をしてくる。
「お客様? その……部屋、間違っておられます……?」
起き抜けの姿は半裸で、上半身がしなっているせいか、妙に生々しい印象を受ける。
とはいえ、垂れ下がった目元の困惑具合と、きょとんと小首を傾げる無防備な仕草は、なんとも可愛らしい感じがして……。
(フリードに似てるかも……)
彼に対する警戒心が、あっという間に消えてしまった。
「おほん、んんっ」
(そうだ、僕は今、モブおじさんなんだ)
聞かねばならないことがある。
(この人なら……大丈夫だろう)
なんとはなしに直感が働いたし、そもそもの話、僕の見目がそう、立派なおじさんのモブである。
嘘ばかり塗り込めてあるので、まあ、大丈夫だろう。
「少し、聞きたかったことがあってな。
今、大丈夫だろうか?」
「はあ……まあ……?」
ぼんやりとしているようだが、僕に対する不審感はなく、ただひたすらに珍妙な客がきたなあ、といった顔でいる。
「ここで働いていたという男娼が、いたらしいのだが。
ローラン・グアランという貴族に引き取られた、という……」
ふんふん、と頷き、ああーと……彼は、呟いた。
「ピルクのことですね」
例の男娼についてはここでは有名らしい。
「緘口令、敷かれてますけどね」
言いながら彼は今度は反対に小首を傾げ、
「でも、ここで働いている男娼なら、皆、
羨ましがってお客さんに話しちゃいますね。
なんたって、貴族に妾として求められて身を売る仕事から抜けられましたから。
……そりゃあ妬まれますって」
ふふ、と中性的な顔に微笑を浮かべ、目を伏せる。
「俺だって、いつまでもここにいられる年齢でもなし……」
「え、そうなの?」
「うん、だって……俺の歳でここまでいるのって珍しいし。
大概は価格が落ちて、店の格が下がる店に追いやられるよ。
安く売られるんだ、俺……それがいつになることか」
悲しげに、それは辛そうに、ぼそっと。
「ピルクは若いうちに、若旦那みたいな金持ちに拾われてよかったよ。
俺みたいになると……毎日、毎日、
なんだか、生きることも……世知辛い、というか」
段々と、彼の人生相談みたいになってきた。
「……そうかあ」
「うん、うん」
「そう、ね、うん」
相槌の数も僕のほうが多くなり、しまいには彼の生い立ちまで知ることになる。
なんでも、彼はこの子供の頃にどこぞの道端で捨てられ、流れに流れ、食い扶持には困らない、という態で、この男娼の館に連れてこられたらしい。俗にいうストリートチルドレン、前世でいうところのそれにあたるだろう。大人に手をひかれ、騙され、こうしてこのままその場で生活している。
(それしか教わっていない生き方なのだから、
そりゃあ苦しいわな)
初めの頃はそれこそ痛い思いをしたが、慣れたらそうでもないという。
「ただ、変な病気だけには気をつけていました」
どうにも防ぎようのないことだが、自分の体が商売道具であることはわかっていたことだそうなので、健康にだけは気をつけていたらしい。小さい稼ぎから取り出したお金も、己の無事に使っていたという。
「……ところで、旦那様」
「うん?」
彼は、よくわかっていた。
自分の使い道を。
「……ピルクのいるところ、知りたいんでしょう?」
そろり、と僕に近づいてきたお兄さんは、長年の手管を駆使してでも。
ここから、離れたかった。この、お客さんからしてみたら天国のようなところから、男娼からしてみれば、地獄のようなところから。
「俺は、知っています。
彼のこと……今、どこに住んでいるのかも」
そろり、そろりと近づき……僕の首に両手を巻きつけてきた。
ここまで接近されると、彼の長いまつ毛が仕事をし、上目遣いをしっかりと決めてくる……傍目からは、モブおじさんに絡みつくお色気お兄さん、といった風情だが、その実態は、未成年に絡みつくショタコン気味な半裸のお兄さんである。
悲しいかな、彼の方が上背があり、もし僕の本性が少しだけ力強くなければ、このまま押し倒されて正体がバレてしまうところだった。
「……だから、俺を買ってくれませんか?
一夜の夢だけじゃない、昼の幻でもない……、
俺を、この世界から、あなたの住む世界へ」
「買う……?」
「今ならお安いですよ。
なんでも……しますから」
じっくりと僕の顔を見つめてから、ぎゅう、と抱きしめてくる。
耳朶にも囁き、その色香漂う湿り気のありすぎる、声は、まさしく。
久しく忘れていた、何やら込み上げてくるものを誘う淫らなもの。
「取引です、旦那様。
旦那様はピルクを知ることができる。
俺は、自由な世界を見てみたい……」
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