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ぼんやり、一休み

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 見苦しくない程度に身支度を整えたあと、タイミングよく叩かれるノック音。

 「リヒト様、ご夕食の準備が整いました」

 ロマンスグレーの執事の声である。足音すらも落ち着いた態度からして仕える主人の内情まで把握しているあたり、とんでもないベテランである。
 (……それなりに格好は整えたし)
 振り返れば、僕なりに清めた彼の寝入っている姿がある。夜の世界が窓越しにちらついており、どうぞ、と伝えると入室してきた恭しい使用人たちが手早く室内に明かりをつけ始める。主人が健やかに眠っているため、ランプも控えめな灯火であった。
 窓越しには星の光。
小さな光が暗い夜空に染まりつつある端々に存在感を示している。まさしく�夜の世界の出入り口。魔の領域。
 僕がしばし窓辺で佇んでいたせいか、
 
 「……こちらでお召し上がりに?」

 聞かれたが、僕はいつものところで良いと断り、使用人たちがいなくなった部屋から見切りをつけて、執事のうしろをついていく。

 「今日のご飯は、なんですか?」
 
 これもまたいつもの話題だ。
僕が非常にこのヴォル邸の食事を楽しみにしてくれていることを理解してくれているので、執事もしっかりと答えてくれる。

 「本日は骨付き鶏肉を丸ごと油でじっくりコトコト、大変香ばしいお肉を中心に、
  白身魚とすりつぶした長芋のパイ、さらには今年とれたてのいたずら西瓜のスープがございます」
 「いたずら」
 「はい、いたずらでございます」

 足音を緩めずに、器用にも僕に向けて片目でウインクしてくる執事。とってもロマンスグレー。




 平時でも絶品のヴォル邸の食事に舌鼓を打った後、学生の本分であるところの勉強にとりかかる。婚約者の身分であるとはいえ、これはこれ。やらないと学業に触りがある。宿題、よくあるレポート提出もある。貴族学校のわりに、妙にここらへんは大学っぽい。
 (適当でもいいのに)
 と思うが、最近は学業に力を入れているらしいので、悪くはない判断ではある。なんせ獣人の国だ、脳筋のほうが楽なことが多々ある。さらには力こそがすべてでもある弱肉強食でもあるため、弱い獣人たち本性を持つものたちはひどく辛い目にあってきたらしいのだから……。
 (まあ、そりゃそうだろうと思う……)
 人間の妃様、さまさまである。
定期的に人間の血が入っているからこそ、知恵も力も文明もなんとか入ってきて、獣人、の形式を保つことができているのかもしれない。なんせ人型になることができるのだ。
 
 「もともと、人の血は入っているからこそ、だけど……」

 (確か、途中から分岐もあったっけ)
 教科をパラパラとめくり、この紙の文明もまさしく大陸文化だったことも記憶から思い起こす。
 途中、お茶を飲み、

 「ふう」

 ため息をつく。
今、とりかかっているレポートの類は、この獣人、についての話だ。
 必要な科目なため、こうしてとりまとめているのだが、ろくに記録を残さなかった獣人の文明など、どこから引っ張れば良いのやら、と途方に暮れている次第。人間がようやく文明の利器を活用し、口述から筆記へと文化を残してくれたので、当時のことについてどうにか近代までは遡ることがようようできるようになったのだ。万歳。なんて短い歴史なんだ。ただし、獣人には獣人らしく言い分であるところの歴史はあるにはあるので、それをまとめる、となると種族とか気にしていたら夜が明かなくなってしまう。
 (本能……によるものはね……)
 フリードなんてまさしく猫科目らしく、大いに僕にマーキングしてくれる。
嫌いであればそんなことはしないので、好かれているに越したことはないが、だが、あの執着はどうだ。獣人らしく、人、の部分が見え隠れしているではないか。好きなように食べ、好きなように交わり、好きなように寝る。どれもこれも当たり前のことだが、どれもこれも、人間とはまた違う、独特な本能がある。
 
 「……点数、取れる程度にまとめるか」

 幸いにして、今日は頭がすっきりしている。
 さっさとこんな面倒な宿題は終わらした方が気は楽だ。





 ……あれから、性的な行為は一切なく、健全な日々を過ごしている。
 宿題も終わったし、学校の休みもあと残りわずかだ。
 (なんだかんだで、フリードも忙しいみたいだし)
 気づけば、朝早く出勤だ。
 (宮仕えは辛いねぇ、僕もああなるのかな……)
 宮仕え二号の兄の顔を思い浮かべる。
一応は僕も、婚約者らしく彼の顔をたてるためにも、そう、兄じゃなく、フリードの顔のためにも、少しは早起きして彼に挨拶をすべきだろう。
 (たまにね)
 気楽な学生身分だし、正直、婚約破棄したって構わないんだ。
 相手からしてきたことだし。でも、そうはならなさそうだ……。
 ヴォル邸の長い階段を降り立てば、そこにはしっかりと、生意気な僕を把握している出掛けの準備をしているであろう彼がいた。

 「フリード」
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