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遭遇III

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 黄金が散りばめられた(多分メッキだろうが)劇場ホールはとにかく派手、の一言に尽きた。
天井は広々としており、観客のため息や静かな声ですらこもって響く。
与えられた半個室は薄暗い赤の垂れ幕があり、舞台を見下ろせる造りとなっている。それでいて他の観客からは見えないような絶妙な塩梅だ。フカフカの高級な椅子が二つ、両隣で並んでいる。

 「へー……」

 生まれて初めて目にした客席を見渡しながら、手狭な観客席を見渡す。
公子様はどこかくたびれた様子で椅子に座った。物憂げな横顔は非常に美人だった。

 「うう……」
 
 あと、たまに唸っている。
頭を抱えているので、多少、頭痛がするらしい。
 大丈夫か、と聞いてら大丈夫だと返事は返ってくるので、一応は大丈夫らしい。
早速提供されたグラスに注がれたお酒を、といいたいところだけれども公子様がこのような調子なものなので、お水を所望したため、提供を受けた、世界で一番高そうな水を手渡す。

 「……ありがとう……」
 
 ぐび、と飲むと、まだまだ陰鬱そうな様子ではあったが、元気を取り戻したらしい。
パンフレットなるものをどうぞと渡される。

 「これは?」
 「今日の演目です」

 なるほど。

 読み込むと、どうも、ハッピーエンドのラブラブエンドものの様子。
 いわゆるロミジュリ、の幸福版。
幸せ逃避エンドになるかと思いきや、しっかりと互いの両親をいかに説得し、いかに暗躍するか……まとめると、外堀をどうやって埋めるか、という有名な戯曲をするそうな。

 「へー」

 僕はこう見えてそれなりに優秀な成績を修めているため、有名どころの教養も履修済み。
この世界における古典文学を知ってる内容だからこそ、演者も楽しみだな、と僕は初めての演劇をわくわくと期待に胸を膨らませた。

 開始は、しばらく時間がかかったけれども……まあ、良い声の俳優たちだった。
獣人のうち、特に見目の良いものたちが舞台に上がっているのはまあわかっていたことだが、とてつもなく彼らは……限りなく人に近い姿をしたものたちで構成されている。僕も公子様も、見目が人型なので、彼らと同種といえば同種だが、とかく耳が出てなかったり、尻尾も出てなかったり……。仕舞い込んでいるのかもしれないが、しかし、みていて非常に感情が揺さぶるものがあった。限りなく本性を隠して演技をしているから、のめり込みやすいのだろう。パンフレットをよく見れば、俳優カードなるものがあるらしく、

 「流行ってるんです?」
 「そうです。良いお土産になるのですよ」
 
 などと教えてくれた。ほへー。
僕の頭の中では、俳優同士がトレーディングカードで戦うファイトなるものが浮かんだが、どうも使い方が違うようだった。

 「買おうかな……」
 「欲しいのですか?」
 「え、あうん」
 「では、私が買ってきましょう」
 「え、でもまだ演劇が……」
 
 ちら、と見やれば、まだ劇が終わっていないし、話の内容からしてそろそろ中盤らしいが、しかし中座するには早すぎる。
 (しかも僕のために……)
 
 「この演目は何回も私はみたので。
  覚えてしまいましたから、リヒ、楽しんでください。
  それに、すぐ戻りますから」
 「……分かりました。
  ……早く戻ってきてください」

 確かに、良い半回転をする謎の俳優の正体も気になった。
体幹よすぎでしょ……と、僕が大いに面白がっているせいか、公子様は、ふふ、とまるで言い聞かせるかのように、にこ、と微笑して立ち去っていく。

 ぱたん、と扉が閉まり、僕は舞台へと目を向ける。

 そのせいか、僕は一瞬気を取られてしまった。呆けていたともいっていいだろう。

 


 「ふふ……」

 しゃなり、と、まるで花を咲かすかのように嬉しそうに歩く公子の姿は、あまりにも浮かれていた。
 呼びつけることも可能だが、せっかくのご希望だ。みずから手渡し、そして、その手を掴んで離さず、距離を詰めたい……そのような邪な思惑でもって、彼は、わざわざ席を外した。気分も高揚している。
 抱えたカードの束はダース単位。
それ以上も購入済みだが、あとでヴォル邸へ送り届けさせる算段をとりつけた。きっと、驚く顔がみれることだろう。どういった驚きかは不明だが。
 
 人影はいなかった。
劇場の屈強なるものたちもまた、配置につき、あたりを警戒はしているものの、演劇が始まって中頃、まさか中座してどこぞへといなくなるものが……いるにはいるが、あまりにもこの公子様は無防備だったのである。

 にょろり、と。
まるで狙うかのように、その手は伸びた。

 「っ、な」

 公子の驚きのあまり大きく開かれたエメラルドの瞳は、一条の光を、劇場の光を反射して煌めき、宙に浮いたしなやかな体は、個室へと吸い込まれる。
 暗い、淫らな臭いのする部屋へ。


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