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爽やかな朝はやってこない
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本日の朝食メニューは、お肉盛りだくさん。サラダも一応ついてはいるが、大型肉食獣のヴォル公家なので、日々、肉欲に邁進がない。ご当主も、確かに肉欲に関心著しい日々をお過ごし遊ばされていたはずだが……現在は、僕の安眠を邪魔をする妙なご主人となられた。
「ん、おはよう、リヒ」
「おはようございます……」
「今日も可愛いね」
「……どうも」
毎朝のファッションチェックは忘れずに、しかし、不審な掠れ声を含ませながらのご挨拶は妙に朝から湿っぽい。まあ、朝方もうるさかったしな……ナニ、とはいわないが。
緩める頬のまろやかさや、艶めいた唇……ひどく健康的な肌艶なのは、僕の穿った見方すぎるだろうか。
「さ、たくさん食べて。
目元が少しシパシパしてて可愛いね」
「……どうも」
壁に対して会話をしているような言葉遣いを僕は不遜にもしているが、そんな僕に対して彼は気にもせず、ニコニコとしている。僕の目元の暗いくすみを少しは気にして欲しい。
「ふふふ」
「……」
貴族的食事をしていると、空気を楽しんでいるものか、時折、公子は嬉しげに僕の姿を楽しみながら、手際よく切り刻んだ肉をお口の中に華麗に運んでいる。こういった謎の技術を持つのは、さすがは高位貴族だと思われる。
「今日もお野菜ばかり食べるね……。
リヒは菜食主義者なの?」
「そうでは……ありません。
単に、小食なだけです」
「そうなんだね」
ふぅん? と不思議そうにしているのは、僕の種族が肉を好むような種族だから、と思っているからだろうな。けれど、僕はあくまでも純血ではなし。ハーフなので、そこまでたっぷりのタンパク質はいらないし、伸び盛りでもない。かもしれないけれど、
(気にはしていない、)
なぜなら、長命な血筋なもので。
もしかしたら、ほんの少し、何センチかは伸びるかもわからない。
「今日は王宮へ仕事に張り付かなきゃいけないんだ。
リヒ、昼食は一緒にできないけれど、夕食までには帰るつもりだ」
早食いなタチなのか、毎回僕よりも先に食べ終える公子は、僕のそばへよって、必ず、
「いい子にしているんだよ? リヒ。
……あぁ、離れたくない……」
そう、執着の言葉を紡ぎながら、座ったままの僕の頭に口付けをする。
ついでとばかりに、不器用なせいでついてしまった僕の顔に付着したソースをめざとく指で掬い、真っ赤な口の中へ放り込む。まるで児戯のように、柔らかな舌先で見せつけるが如く。達者な先端に指の腹が絡み、テラテラと唾液で濡れている。ごくり、と喉仏が動き、真っ赤な口腔内はしっかりと、肉食獣のごとしな歯が尖っていて、瞳孔はほんの少し、開いている。縦に。
にこ。
微笑まれるが、ぞくっ、と。朝っぱらから震える瞬間だ。
「では……行ってくるよ。
…………美味しいね、リヒ」
ふふふふ、と意味深な笑いをたてながら、彼は立ち去っていった。
ぱたん、と扉が閉まり、遠のく足音がしっかりとヴォル邸の玄関まで進み、馬車の車輪の回る音に変化するまで、僕の鳥肌が消えることはない。ようやく彼の気配がしてから、さ、と目の前に用意されたるは湯気の立ち上る、僕の大好きな西南のお茶。ロル茶、と呼ばれるお茶だ。紅茶の味しかしないが、それがいい。前世の味、まんまだから。
うやうやしく配給され、部屋の隅へ移動する執事。
お茶の用意は常日頃、彼が行なってくれている。
黙礼し、すっと喉を通る熱さに、ほ、と息をつく。
「……ふぅ」
毎度毎度、僕に対し爽やかじゃない朝を刺激してくれる色っぽい公子だが、日頃の仕事は本当に忙しいらしく、ヴォル邸にいたとしても使用人たちに指示を飛ばし、昼食こそはともにとってくれるけれども、まとまった時間をとってまで僕と過ごすような暇はない。ないはず……だったが、やはり休みというものは、公子には存在するようだ。
夕食どき。
本日のメニューは意外にも、僕の大好きな魚だった。
「……リヒは、お魚大好きなんだね。
知らなかったよ」
おかげで朝の肉食たっぷりのメニューにお魚まで増えて大盤振る舞いがひどくなるが、それは明日の話である。問題は、先ほど、公子がにこにこっと、伝えてくれた明日の用事だ。
「え、明日……ですか?」
「リヒは明日、特にないだろう?」
「そりゃそうでしょう」
特に不足のない教科(婿、あるいは嫁教育)を与えられ、学んでいるぐらいだ。
学校教育も今は長期休みのため、彼に閉じ込められていようがどうされようが、さほどのことではない。問題は、明日のこと。もう一度確かめるため、僕は復唱する。
「……演劇ですか」
「うん。休みがとれてね。
席は常に押さえているから、リヒが良ければ」
「ん、おはよう、リヒ」
「おはようございます……」
「今日も可愛いね」
「……どうも」
毎朝のファッションチェックは忘れずに、しかし、不審な掠れ声を含ませながらのご挨拶は妙に朝から湿っぽい。まあ、朝方もうるさかったしな……ナニ、とはいわないが。
緩める頬のまろやかさや、艶めいた唇……ひどく健康的な肌艶なのは、僕の穿った見方すぎるだろうか。
「さ、たくさん食べて。
目元が少しシパシパしてて可愛いね」
「……どうも」
壁に対して会話をしているような言葉遣いを僕は不遜にもしているが、そんな僕に対して彼は気にもせず、ニコニコとしている。僕の目元の暗いくすみを少しは気にして欲しい。
「ふふふ」
「……」
貴族的食事をしていると、空気を楽しんでいるものか、時折、公子は嬉しげに僕の姿を楽しみながら、手際よく切り刻んだ肉をお口の中に華麗に運んでいる。こういった謎の技術を持つのは、さすがは高位貴族だと思われる。
「今日もお野菜ばかり食べるね……。
リヒは菜食主義者なの?」
「そうでは……ありません。
単に、小食なだけです」
「そうなんだね」
ふぅん? と不思議そうにしているのは、僕の種族が肉を好むような種族だから、と思っているからだろうな。けれど、僕はあくまでも純血ではなし。ハーフなので、そこまでたっぷりのタンパク質はいらないし、伸び盛りでもない。かもしれないけれど、
(気にはしていない、)
なぜなら、長命な血筋なもので。
もしかしたら、ほんの少し、何センチかは伸びるかもわからない。
「今日は王宮へ仕事に張り付かなきゃいけないんだ。
リヒ、昼食は一緒にできないけれど、夕食までには帰るつもりだ」
早食いなタチなのか、毎回僕よりも先に食べ終える公子は、僕のそばへよって、必ず、
「いい子にしているんだよ? リヒ。
……あぁ、離れたくない……」
そう、執着の言葉を紡ぎながら、座ったままの僕の頭に口付けをする。
ついでとばかりに、不器用なせいでついてしまった僕の顔に付着したソースをめざとく指で掬い、真っ赤な口の中へ放り込む。まるで児戯のように、柔らかな舌先で見せつけるが如く。達者な先端に指の腹が絡み、テラテラと唾液で濡れている。ごくり、と喉仏が動き、真っ赤な口腔内はしっかりと、肉食獣のごとしな歯が尖っていて、瞳孔はほんの少し、開いている。縦に。
にこ。
微笑まれるが、ぞくっ、と。朝っぱらから震える瞬間だ。
「では……行ってくるよ。
…………美味しいね、リヒ」
ふふふふ、と意味深な笑いをたてながら、彼は立ち去っていった。
ぱたん、と扉が閉まり、遠のく足音がしっかりとヴォル邸の玄関まで進み、馬車の車輪の回る音に変化するまで、僕の鳥肌が消えることはない。ようやく彼の気配がしてから、さ、と目の前に用意されたるは湯気の立ち上る、僕の大好きな西南のお茶。ロル茶、と呼ばれるお茶だ。紅茶の味しかしないが、それがいい。前世の味、まんまだから。
うやうやしく配給され、部屋の隅へ移動する執事。
お茶の用意は常日頃、彼が行なってくれている。
黙礼し、すっと喉を通る熱さに、ほ、と息をつく。
「……ふぅ」
毎度毎度、僕に対し爽やかじゃない朝を刺激してくれる色っぽい公子だが、日頃の仕事は本当に忙しいらしく、ヴォル邸にいたとしても使用人たちに指示を飛ばし、昼食こそはともにとってくれるけれども、まとまった時間をとってまで僕と過ごすような暇はない。ないはず……だったが、やはり休みというものは、公子には存在するようだ。
夕食どき。
本日のメニューは意外にも、僕の大好きな魚だった。
「……リヒは、お魚大好きなんだね。
知らなかったよ」
おかげで朝の肉食たっぷりのメニューにお魚まで増えて大盤振る舞いがひどくなるが、それは明日の話である。問題は、先ほど、公子がにこにこっと、伝えてくれた明日の用事だ。
「え、明日……ですか?」
「リヒは明日、特にないだろう?」
「そりゃそうでしょう」
特に不足のない教科(婿、あるいは嫁教育)を与えられ、学んでいるぐらいだ。
学校教育も今は長期休みのため、彼に閉じ込められていようがどうされようが、さほどのことではない。問題は、明日のこと。もう一度確かめるため、僕は復唱する。
「……演劇ですか」
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