上 下
25 / 128

兄心、弟に届かず

しおりを挟む
 自慢のしっぽが、くたり、と垂れ下がっているのが我ながらわかる。
 窓辺から見えるは、普段から幾分かおとなしい弟がさらに物静かになってしまった物言わぬ愚弟。そして、将来の義弟、フリードリヒ・シュタイネン・ヴォル。王家の傍系、かつ長く大貴族の名をしっかり引き継いだ男だ。やつは美しい。確かに、初めはあまりの規格外な美麗さに、つい、うっかり弟と猥談しかけたが、しかし、ここ最近は淫蕩につぐ淫蕩の限りをつくして夜会の魔王、魔性などととんでもない振る舞いの名がついていたから、もう、そこまで脅威を持つような男には思えなかった。実際に会うまでは。
 本物は、遥かに雲上人だった。
 どうしようもない、大物だった。
 
 「……バカなやつだ」
 
 べったりと張り付かれながら弟は情けない歩き方をしているが、腰までもがっちりと掴まれて歩かされているので、どちらかというと連行というほうが正しいかもしれない。
 背中が丸まったままの弟を、とてつもなく熱い視線を注ぎ、しっかりと抱きしめながら馬車に乗り込もうとしているヴォル卿。純潔でかつては有名だった彼のすべてを捧げたのだといわれてしまえば、仕方なしの貴族流婚約の了承から、瞬く間に愚弟は連れられていった。家族であるところの、この実の兄の返事もなく。まるで煙に巻かれた感があったが、はじめっから用意されていたらしい、ヴォル卿の手腕には、どうしようもないことではあった。なんたって財力も違うし、弟はあの気性のせいで、最初っから情報を吐かなかった。そのせいで後手になった。
 
 「実に……バカだ」

 一応は、それなりの隠し球を忍ばせてやったが、さて、どうするか。
いざとなれば自分から逃げるぐらいの力はリヒトにはあるが、あの馬車の周りをはじめとして、ガーディアン家の周囲を囲っている屈強な騎士や雇われ聖職者たち合同軍の本気を見やれば、まあ、あまり意味はなさそうに思える。





 「……さ、足を」
 「……はい」

 片足を馬車の足場に乗せ、中へとゆっくり入り込む。
 我が身がするり、と入った瞬間、あー、しまったな、と思う。
 ぞくぞくとするのは、このフリードリヒ・シュタイネン・ヴォルと対面してからだが、もっと感じるは彼の肌感覚。先ほどから、しっかりと腰に手を回され、はぁ、となんとも艶っぽいため息を耳元に吹き付けている。初見はただ美しい人だったのに、今じゃ色気の魔王、色気のすごい獣人でしかない。
 (さっきから、性欲を誘発するような動きをしてくる……)
 べったりと体がくっついて歩きづらかったうえに、今もこうして馬車の中で隣にいて。

 「ふふ……」

 と微笑み、するすると僕の頬を撫で回している。
 僕はペットじゃないが、彼の身分では僕をペットにするのは容易なことだ。
 バタン、と扉が閉まる。
 なんとも情けないことだが、閉まる音がした途端、世界と隔絶したかのような、そういった心細い気持ちに陥る。なんでだろう。

 「出してくれ」
 「はっ」

 忠実な公子のしもべは、秒で返事をし、移動を開始した。
ゆっくりと動く、窓からみえる景色。遠のいていくガーディアン家の姿に、たちまちに寂しさを覚え、戻りたくなる。本気で。かといって、公子様を振り払うにはあまりに多大な犠牲が生み出されてしまう。
 兄の細々とした力もそうだが、ウルフの一族の力を使うのも問題だし、まあ、戦争になったとしてもガーディアン家が勝利できればいいのだが、どう考えても、やっぱり公子様のおうちの背景には王家がいて厄介くさい。
 僕がすべてを詳らかにしなかったから、兄は戦術もなにもできなかったから、やはり僕はあの家を出なければならなかったことだろう。
 (僕は……血を見るのは好きじゃない)
 暴れるのは好きだけど、でも。
 こうしてうだうだしてしまう自分は、まさしく、父に似てるなあ、とぼやく。


 「リヒ、リヒト……」

 すんすんと、首筋の匂いを嗅がれている……。
肩を抱かれ、嬉しそうに頭部をぐりぐりと僕に獣人らしく匂いつけをしてくる彼は、あまりに可愛らしいが……。
 
 馬車を囲う、物々しい聖職者たちの険しい視線は煩わしい……。
窓越しから視線を感じる。

 (公子様に不届なことを少しでもしようものなら、
  何やら八つ裂きにされそう……)
 
 身長差、体格差があるからして、僕の方が一回り小さめなので、彼の中にすっぽりとおさまるサイズではあるものの、配慮はしてくれているらしく、隣席することによる接触面を増やそうと躍起になっている。不届な手が、僕の太ももを、先ほどからさわさわと触っているが……いきなり襲うようなことはしないつもりらしい。

 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!

梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!? 【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】 ▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。 ▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。 ▼毎日18時投稿予定

【完結】別れ……ますよね?

325号室の住人
BL
☆全3話、完結済 僕の恋人は、テレビドラマに数多く出演する俳優を生業としている。 ある朝、テレビから流れてきたニュースに、僕は恋人との別れを決意した。

兄たちが弟を可愛がりすぎです~こんなに大きくなりました~

クロユキ
BL
ベルスタ王国に第五王子として転生した坂田春人は第五ウィル王子として城での生活をしていた。 いつものようにメイドのマリアに足のマッサージをして貰い、いつものように寝たはずなのに……目が覚めたら大きく成っていた。 本編の兄たちのお話しが違いますが、短編集として読んで下さい。 誤字に脱字が多い作品ですが、読んで貰えたら嬉しいです。

もう人気者とは付き合っていられません

花果唯
BL
僕の恋人は頭も良くて、顔も良くておまけに優しい。 モテるのは当然だ。でも――。 『たまには二人だけで過ごしたい』 そう願うのは、贅沢なのだろうか。 いや、そんな人を好きになった僕の方が間違っていたのだ。 「好きなのは君だ」なんて言葉に縋って耐えてきたけど、それが間違いだったってことに、ようやく気がついた。さようなら。 ちょうど生徒会の補佐をしないかと誘われたし、そっちの方に専念します。 生徒会長が格好いいから見ていて癒やされるし、一石二鳥です。 ※ライトBL学園モノ ※2024再公開・改稿中

平凡なSubの俺はスパダリDomに愛されて幸せです

おもち
BL
スパダリDom(いつもの)× 平凡Sub(いつもの) BDSM要素はほぼ無し。 甘やかすのが好きなDomが好きなので、安定にイチャイチャ溺愛しています。 順次スケベパートも追加していきます

怒られるのが怖くて体調不良を言えない大人

こじらせた処女
BL
 幼少期、風邪を引いて学校を休むと母親に怒られていた経験から、体調不良を誰かに伝えることが苦手になってしまった佐倉憂(さくらうい)。 しんどいことを訴えると仕事に行けないとヒステリックを起こされ怒られていたため、次第に我慢して学校に行くようになった。 「風邪をひくことは悪いこと」 社会人になって1人暮らしを始めてもその認識は治らないまま。多少の熱や頭痛があっても怒られることを危惧して出勤している。 とある日、いつものように会社に行って業務をこなしていた時。午前では無視できていただるけが無視できないものになっていた。 それでも、自己管理がなっていない、日頃ちゃんと体調管理が出来てない、そう怒られるのが怖くて、言えずにいると…?

帰宅

papiko
BL
遊んでばかりいた養子の長男と実子の双子の次男たち。 双子を庇い、拐われた長男のその後のおはなし。 書きたいところだけ書いた。作者が読みたいだけです。

処理中です...