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兄心、弟に届かず
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自慢のしっぽが、くたり、と垂れ下がっているのが我ながらわかる。
窓辺から見えるは、普段から幾分かおとなしい弟がさらに物静かになってしまった物言わぬ愚弟。そして、将来の義弟、フリードリヒ・シュタイネン・ヴォル。王家の傍系、かつ長く大貴族の名をしっかり引き継いだ男だ。やつは美しい。確かに、初めはあまりの規格外な美麗さに、つい、うっかり弟と猥談しかけたが、しかし、ここ最近は淫蕩につぐ淫蕩の限りをつくして夜会の魔王、魔性などととんでもない振る舞いの名がついていたから、もう、そこまで脅威を持つような男には思えなかった。実際に会うまでは。
本物は、遥かに雲上人だった。
どうしようもない、大物だった。
「……バカなやつだ」
べったりと張り付かれながら弟は情けない歩き方をしているが、腰までもがっちりと掴まれて歩かされているので、どちらかというと連行というほうが正しいかもしれない。
背中が丸まったままの弟を、とてつもなく熱い視線を注ぎ、しっかりと抱きしめながら馬車に乗り込もうとしているヴォル卿。純潔でかつては有名だった彼のすべてを捧げたのだといわれてしまえば、仕方なしの貴族流婚約の了承から、瞬く間に愚弟は連れられていった。家族であるところの、この実の兄の返事もなく。まるで煙に巻かれた感があったが、はじめっから用意されていたらしい、ヴォル卿の手腕には、どうしようもないことではあった。なんたって財力も違うし、弟はあの気性のせいで、最初っから情報を吐かなかった。そのせいで後手になった。
「実に……バカだ」
一応は、それなりの隠し球を忍ばせてやったが、さて、どうするか。
いざとなれば自分から逃げるぐらいの力はリヒトにはあるが、あの馬車の周りをはじめとして、ガーディアン家の周囲を囲っている屈強な騎士や雇われ聖職者たち合同軍の本気を見やれば、まあ、あまり意味はなさそうに思える。
「……さ、足を」
「……はい」
片足を馬車の足場に乗せ、中へとゆっくり入り込む。
我が身がするり、と入った瞬間、あー、しまったな、と思う。
ぞくぞくとするのは、このフリードリヒ・シュタイネン・ヴォルと対面してからだが、もっと感じるは彼の肌感覚。先ほどから、しっかりと腰に手を回され、はぁ、となんとも艶っぽいため息を耳元に吹き付けている。初見はただ美しい人だったのに、今じゃ色気の魔王、色気のすごい獣人でしかない。
(さっきから、性欲を誘発するような動きをしてくる……)
べったりと体がくっついて歩きづらかったうえに、今もこうして馬車の中で隣にいて。
「ふふ……」
と微笑み、するすると僕の頬を撫で回している。
僕はペットじゃないが、彼の身分では僕をペットにするのは容易なことだ。
バタン、と扉が閉まる。
なんとも情けないことだが、閉まる音がした途端、世界と隔絶したかのような、そういった心細い気持ちに陥る。なんでだろう。
「出してくれ」
「はっ」
忠実な公子のしもべは、秒で返事をし、移動を開始した。
ゆっくりと動く、窓からみえる景色。遠のいていくガーディアン家の姿に、たちまちに寂しさを覚え、戻りたくなる。本気で。かといって、公子様を振り払うにはあまりに多大な犠牲が生み出されてしまう。
兄の細々とした力もそうだが、ウルフの一族の力を使うのも問題だし、まあ、戦争になったとしてもガーディアン家が勝利できればいいのだが、どう考えても、やっぱり公子様のおうちの背景には王家がいて厄介くさい。
僕がすべてを詳らかにしなかったから、兄は戦術もなにもできなかったから、やはり僕はあの家を出なければならなかったことだろう。
(僕は……血を見るのは好きじゃない)
暴れるのは好きだけど、でも。
こうしてうだうだしてしまう自分は、まさしく、父に似てるなあ、とぼやく。
「リヒ、リヒト……」
すんすんと、首筋の匂いを嗅がれている……。
肩を抱かれ、嬉しそうに頭部をぐりぐりと僕に獣人らしく匂いつけをしてくる彼は、あまりに可愛らしいが……。
馬車を囲う、物々しい聖職者たちの険しい視線は煩わしい……。
窓越しから視線を感じる。
(公子様に不届なことを少しでもしようものなら、
何やら八つ裂きにされそう……)
身長差、体格差があるからして、僕の方が一回り小さめなので、彼の中にすっぽりとおさまるサイズではあるものの、配慮はしてくれているらしく、隣席することによる接触面を増やそうと躍起になっている。不届な手が、僕の太ももを、先ほどからさわさわと触っているが……いきなり襲うようなことはしないつもりらしい。
窓辺から見えるは、普段から幾分かおとなしい弟がさらに物静かになってしまった物言わぬ愚弟。そして、将来の義弟、フリードリヒ・シュタイネン・ヴォル。王家の傍系、かつ長く大貴族の名をしっかり引き継いだ男だ。やつは美しい。確かに、初めはあまりの規格外な美麗さに、つい、うっかり弟と猥談しかけたが、しかし、ここ最近は淫蕩につぐ淫蕩の限りをつくして夜会の魔王、魔性などととんでもない振る舞いの名がついていたから、もう、そこまで脅威を持つような男には思えなかった。実際に会うまでは。
本物は、遥かに雲上人だった。
どうしようもない、大物だった。
「……バカなやつだ」
べったりと張り付かれながら弟は情けない歩き方をしているが、腰までもがっちりと掴まれて歩かされているので、どちらかというと連行というほうが正しいかもしれない。
背中が丸まったままの弟を、とてつもなく熱い視線を注ぎ、しっかりと抱きしめながら馬車に乗り込もうとしているヴォル卿。純潔でかつては有名だった彼のすべてを捧げたのだといわれてしまえば、仕方なしの貴族流婚約の了承から、瞬く間に愚弟は連れられていった。家族であるところの、この実の兄の返事もなく。まるで煙に巻かれた感があったが、はじめっから用意されていたらしい、ヴォル卿の手腕には、どうしようもないことではあった。なんたって財力も違うし、弟はあの気性のせいで、最初っから情報を吐かなかった。そのせいで後手になった。
「実に……バカだ」
一応は、それなりの隠し球を忍ばせてやったが、さて、どうするか。
いざとなれば自分から逃げるぐらいの力はリヒトにはあるが、あの馬車の周りをはじめとして、ガーディアン家の周囲を囲っている屈強な騎士や雇われ聖職者たち合同軍の本気を見やれば、まあ、あまり意味はなさそうに思える。
「……さ、足を」
「……はい」
片足を馬車の足場に乗せ、中へとゆっくり入り込む。
我が身がするり、と入った瞬間、あー、しまったな、と思う。
ぞくぞくとするのは、このフリードリヒ・シュタイネン・ヴォルと対面してからだが、もっと感じるは彼の肌感覚。先ほどから、しっかりと腰に手を回され、はぁ、となんとも艶っぽいため息を耳元に吹き付けている。初見はただ美しい人だったのに、今じゃ色気の魔王、色気のすごい獣人でしかない。
(さっきから、性欲を誘発するような動きをしてくる……)
べったりと体がくっついて歩きづらかったうえに、今もこうして馬車の中で隣にいて。
「ふふ……」
と微笑み、するすると僕の頬を撫で回している。
僕はペットじゃないが、彼の身分では僕をペットにするのは容易なことだ。
バタン、と扉が閉まる。
なんとも情けないことだが、閉まる音がした途端、世界と隔絶したかのような、そういった心細い気持ちに陥る。なんでだろう。
「出してくれ」
「はっ」
忠実な公子のしもべは、秒で返事をし、移動を開始した。
ゆっくりと動く、窓からみえる景色。遠のいていくガーディアン家の姿に、たちまちに寂しさを覚え、戻りたくなる。本気で。かといって、公子様を振り払うにはあまりに多大な犠牲が生み出されてしまう。
兄の細々とした力もそうだが、ウルフの一族の力を使うのも問題だし、まあ、戦争になったとしてもガーディアン家が勝利できればいいのだが、どう考えても、やっぱり公子様のおうちの背景には王家がいて厄介くさい。
僕がすべてを詳らかにしなかったから、兄は戦術もなにもできなかったから、やはり僕はあの家を出なければならなかったことだろう。
(僕は……血を見るのは好きじゃない)
暴れるのは好きだけど、でも。
こうしてうだうだしてしまう自分は、まさしく、父に似てるなあ、とぼやく。
「リヒ、リヒト……」
すんすんと、首筋の匂いを嗅がれている……。
肩を抱かれ、嬉しそうに頭部をぐりぐりと僕に獣人らしく匂いつけをしてくる彼は、あまりに可愛らしいが……。
馬車を囲う、物々しい聖職者たちの険しい視線は煩わしい……。
窓越しから視線を感じる。
(公子様に不届なことを少しでもしようものなら、
何やら八つ裂きにされそう……)
身長差、体格差があるからして、僕の方が一回り小さめなので、彼の中にすっぽりとおさまるサイズではあるものの、配慮はしてくれているらしく、隣席することによる接触面を増やそうと躍起になっている。不届な手が、僕の太ももを、先ほどからさわさわと触っているが……いきなり襲うようなことはしないつもりらしい。
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