21 / 185
実は、兄にはすべて話してはいない
しおりを挟む
本音を言えば、すべてをつまびらかに、兄に語るのはさしもの僕も、口の端にのぼらせることすら厳しかった。なんたって、なんだか最後までやっちゃいました! なんてことすら本当でも嘘でも不敬罪だし、処刑しかない。
公子は王子ではないが、王族に準じる、公子だ。
爵位を持つだけで兄よりも上の立場だし、我が子爵家よりも上の上。
そもそも、こうして相手が直接来ること自体があり得ない振る舞いである。
一応は僕の家も貴族なので、朝イチでの突撃! 子爵家訪問は常識的に考えて普通はやらない。
けれども、昨日の鬼気迫る昨夜の公子様の動きは明らかに僕ばかりを狙っていたし、身元証明すら奪っていた。確実に彼は、僕の息の根を止めに来たに違いない。
部下泣かせの命令すらできる公子を止められるものなど、この世に片手で果たして数えられるほどいるかどうか……それすら僕は計算には、入れてはいた。僕はそこまで頭が良いわけではないが、獣人の習性を学んでいたおかげで、どうにか少しは彼を出し抜くことはできそうだ。
(本当は、もう少し遅くくるか、あとから罠をしかけるか、とか。
そういうまどろっこしいほうを選んでくるかと思ってたけれど)
思っていたよりも、彼は直で来た。
意外と脳筋かも……公子様。
(それならそれで、楽だけどね……。
……この家を、人質にされたら嫌だし)
貴族社会はナイーブなところもあるので、あんまり迷惑かけると、かえって大変なことになったら僕の心苦しい。兄も潔い性格してるから、市井の身分になるのもやぶさかではない、とかいうかもしれない。そうなったらそうなったで、仕方ないけど、僕のせい、でそうなるのは嫌だな。あと家族も仲良く鉱山行きとかいう沙汰あったら、もっと嫌だし。
(……少しは、猶予を与えにきたのかな)
だったら、良いなあ。
現実逃避は僕のおはこだ。
さて、僕の直感は正しかったのか、否か。
階下にて振る舞われる兄の声が、僕の聴覚に届く。
「ヴォル公には、我が家は狭いものと存じますが、
まずはこちらにどうぞお掛けくださいますよう」
兄はさすがに成人し、職務に励んでいるだけあって、公子への振る舞いは見事だった。
うん、そのソファは、柔らかくて年季が入っているけど、座り心地はこの家でピカイチだ。
そこに、公子様を座らせた兄。鼻の筋を伸ばしていた昔がまるで嘘のようだ。
ぎし、とそれなりに年数が経過した音がガーディアン家のあちこちに反響する。
「さて、ではお話とは……」
お茶の用意をしようとした兄の行動を静止したようで、公子様は衣づれの音をさせながらも、しかし、確実に言葉を選んで話をし始めた。
「卿のところにおられる、弟君。
夜の王、あの血筋のものと伺っている」
「ええ、はい」
あまり知られていない僕の血脈だが、まあ調べようと思えば誰でも知ることのできる公然の秘密だ。
「背は一般的な未成年者の年齢らしく平均的、
その声は特徴的で夜の支配者に近しいものらしく、甘く、
可愛らしい顔だが、行動力は抜群で、ようやく近よってくれたが、
すぐにいなくなる……慎重なところもあり、
学院での成績は悪くない、むしろ上から数えたほうが早い優秀な」
「ええ、それでいてまんまるな瞳は、世闇によく光りまして。
落とし物を見つけるのは容易い子なので、
物事をよく捉えるのですよ、それに可愛い」
「ふむ」
一体なんの話をしているんだ。
「最近は夜遊びをするようになって、可愛いことを覚えたものだと、
すっかり安心しきっていたのですが……とうとう大人になったのだと。
悪い虫でもついたらことなので、そこは心配してはいますが、
まあ、弟のことですから、そういう危険からは逃げ足は早いはずだと、
身内のことながら、信用はしております。
……ただ、後始末だけは苦手なようですね。
こうして、我が家に降りかかる火の粉を振り払うだけで手一杯のようで」
「……さて、それはどうかな。
祝福の鐘の音かもしれない、降りかかるのは」
「どうだか。
ヴォル公、うちは代々、武官の出ではあるので物理的には可能なのですよ、
味方も多い。伊達にオオカミの一族ではない」
「ずいぶんと自信満々なアニウエですね」
「弟からは兄さん、と呼ばれておりますので」
「今後はそうなるでしょうね」
「ずいぶんと……、ヴォル卿は自信家でおられるなあ。
さすがは社交界で名高いお方だ」
「ふ、ふふ……」
「くくくっ」
何やら不審な会話をして互いに含みのある笑いをしている……ような。
僕は、よそゆきの格好をし、身分が上の彼に会うために相好をびしっと引き締め、やってきた家人の、扉を叩く音を誰よりも早くキャッチした。
「うん、今いく」
公子は王子ではないが、王族に準じる、公子だ。
爵位を持つだけで兄よりも上の立場だし、我が子爵家よりも上の上。
そもそも、こうして相手が直接来ること自体があり得ない振る舞いである。
一応は僕の家も貴族なので、朝イチでの突撃! 子爵家訪問は常識的に考えて普通はやらない。
けれども、昨日の鬼気迫る昨夜の公子様の動きは明らかに僕ばかりを狙っていたし、身元証明すら奪っていた。確実に彼は、僕の息の根を止めに来たに違いない。
部下泣かせの命令すらできる公子を止められるものなど、この世に片手で果たして数えられるほどいるかどうか……それすら僕は計算には、入れてはいた。僕はそこまで頭が良いわけではないが、獣人の習性を学んでいたおかげで、どうにか少しは彼を出し抜くことはできそうだ。
(本当は、もう少し遅くくるか、あとから罠をしかけるか、とか。
そういうまどろっこしいほうを選んでくるかと思ってたけれど)
思っていたよりも、彼は直で来た。
意外と脳筋かも……公子様。
(それならそれで、楽だけどね……。
……この家を、人質にされたら嫌だし)
貴族社会はナイーブなところもあるので、あんまり迷惑かけると、かえって大変なことになったら僕の心苦しい。兄も潔い性格してるから、市井の身分になるのもやぶさかではない、とかいうかもしれない。そうなったらそうなったで、仕方ないけど、僕のせい、でそうなるのは嫌だな。あと家族も仲良く鉱山行きとかいう沙汰あったら、もっと嫌だし。
(……少しは、猶予を与えにきたのかな)
だったら、良いなあ。
現実逃避は僕のおはこだ。
さて、僕の直感は正しかったのか、否か。
階下にて振る舞われる兄の声が、僕の聴覚に届く。
「ヴォル公には、我が家は狭いものと存じますが、
まずはこちらにどうぞお掛けくださいますよう」
兄はさすがに成人し、職務に励んでいるだけあって、公子への振る舞いは見事だった。
うん、そのソファは、柔らかくて年季が入っているけど、座り心地はこの家でピカイチだ。
そこに、公子様を座らせた兄。鼻の筋を伸ばしていた昔がまるで嘘のようだ。
ぎし、とそれなりに年数が経過した音がガーディアン家のあちこちに反響する。
「さて、ではお話とは……」
お茶の用意をしようとした兄の行動を静止したようで、公子様は衣づれの音をさせながらも、しかし、確実に言葉を選んで話をし始めた。
「卿のところにおられる、弟君。
夜の王、あの血筋のものと伺っている」
「ええ、はい」
あまり知られていない僕の血脈だが、まあ調べようと思えば誰でも知ることのできる公然の秘密だ。
「背は一般的な未成年者の年齢らしく平均的、
その声は特徴的で夜の支配者に近しいものらしく、甘く、
可愛らしい顔だが、行動力は抜群で、ようやく近よってくれたが、
すぐにいなくなる……慎重なところもあり、
学院での成績は悪くない、むしろ上から数えたほうが早い優秀な」
「ええ、それでいてまんまるな瞳は、世闇によく光りまして。
落とし物を見つけるのは容易い子なので、
物事をよく捉えるのですよ、それに可愛い」
「ふむ」
一体なんの話をしているんだ。
「最近は夜遊びをするようになって、可愛いことを覚えたものだと、
すっかり安心しきっていたのですが……とうとう大人になったのだと。
悪い虫でもついたらことなので、そこは心配してはいますが、
まあ、弟のことですから、そういう危険からは逃げ足は早いはずだと、
身内のことながら、信用はしております。
……ただ、後始末だけは苦手なようですね。
こうして、我が家に降りかかる火の粉を振り払うだけで手一杯のようで」
「……さて、それはどうかな。
祝福の鐘の音かもしれない、降りかかるのは」
「どうだか。
ヴォル公、うちは代々、武官の出ではあるので物理的には可能なのですよ、
味方も多い。伊達にオオカミの一族ではない」
「ずいぶんと自信満々なアニウエですね」
「弟からは兄さん、と呼ばれておりますので」
「今後はそうなるでしょうね」
「ずいぶんと……、ヴォル卿は自信家でおられるなあ。
さすがは社交界で名高いお方だ」
「ふ、ふふ……」
「くくくっ」
何やら不審な会話をして互いに含みのある笑いをしている……ような。
僕は、よそゆきの格好をし、身分が上の彼に会うために相好をびしっと引き締め、やってきた家人の、扉を叩く音を誰よりも早くキャッチした。
「うん、今いく」
46
お気に入りに追加
71
あなたにおすすめの小説
手紙
ドラマチカ
BL
忘れらない思い出。高校で知り合って親友になった益子と郡山。一年、二年と共に過ごし、いつの間にか郡山に恋心を抱いていた益子。カッコよく、優しい郡山と一緒にいればいるほど好きになっていく。きっと郡山も同じ気持ちなのだろうと感じながらも、告白をする勇気もなく日々が過ぎていく。
そうこうしているうちに三年になり、高校生活も終わりが見えてきた。ずっと一緒にいたいと思いながら気持ちを伝えることができない益子。そして、誰よりも益子を大切に想っている郡山。二人の想いは思い出とともに記憶の中に残り続けている……。
悩める文官のひとりごと
きりか
BL
幼い頃から憧れていた騎士団に入りたくても、小柄でひ弱なリュカ・アルマンは、学校を卒業と同時に、文官として騎士団に入団する。方向音痴なリュカは、マルーン副団長の部屋と間違え、イザーク団長の部屋に入り込む。
そこでは、惚れ薬を口にした団長がいて…。
エチシーンが書けなくて、朝チュンとなりました。
ムーンライト様にも掲載しております。
秘花~王太子の秘密と宿命の皇女~
めぐみ
BL
☆俺はお前を何度も抱き、俺なしではいられぬ淫らな身体にする。宿命という名の数奇な運命に翻弄される王子達☆
―俺はそなたを玩具だと思ったことはなかった。ただ、そなたの身体は俺のものだ。俺はそなたを何度でも抱き、俺なしではいられないような淫らな身体にする。抱き潰すくらいに抱けば、そなたもあの宦官のことなど思い出しもしなくなる。―
モンゴル大帝国の皇帝を祖父に持ちモンゴル帝国直系の皇女を生母として生まれた彼は、生まれながらの高麗の王太子だった。
だが、そんな王太子の運命を激変させる出来事が起こった。
そう、あの「秘密」が表に出るまでは。


みどりとあおとあお
うりぼう
BL
明るく元気な双子の弟とは真逆の性格の兄、碧。
ある日、とある男に付き合ってくれないかと言われる。
モテる弟の身代わりだと思っていたけれど、いつからか惹かれてしまっていた。
そんな碧の物語です。
短編。

学園の俺様と、辺境地の僕
そらうみ
BL
この国の三大貴族の一つであるルーン・ホワイトが、何故か僕に構ってくる。学園生活を平穏に過ごしたいだけなのに、ルーンのせいで僕は皆の注目の的となってしまった。卒業すれば関わることもなくなるのに、ルーンは一体…何を考えているんだ?
【全12話になります。よろしくお願いします。】


婚約破棄されたショックで前世の記憶&猫集めの能力をゲットしたモブ顔の僕!
ミクリ21 (新)
BL
婚約者シルベスター・モンローに婚約破棄されたら、そのショックで前世の記憶を思い出したモブ顔の主人公エレン・ニャンゴローの話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる