どうしよう、俺の公子様がXXに。

小夜時雨

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実は、兄にはすべて話してはいない

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 本音を言えば、すべてをつまびらかに、兄に語るのはさしもの僕も、口の端にのぼらせることすら厳しかった。なんたって、なんだか最後までやっちゃいました! なんてことすら本当でも嘘でも不敬罪だし、処刑しかない。

 公子は王子ではないが、王族に準じる、公子だ。

 爵位を持つだけで兄よりも上の立場だし、我が子爵家よりも上の上。
そもそも、こうして相手が直接来ること自体があり得ない振る舞いである。

 一応は僕の家も貴族なので、朝イチでの突撃! 子爵家訪問は常識的に考えて普通はやらない。
けれども、昨日の鬼気迫る昨夜の公子様の動きは明らかに僕ばかりを狙っていたし、身元証明すら奪っていた。確実に彼は、僕の息の根を止めに来たに違いない。
 部下泣かせの命令すらできる公子を止められるものなど、この世に片手で果たして数えられるほどいるかどうか……それすら僕は計算には、入れてはいた。僕はそこまで頭が良いわけではないが、獣人の習性を学んでいたおかげで、どうにか少しは彼を出し抜くことはできそうだ。
 
 (本当は、もう少し遅くくるか、あとから罠をしかけるか、とか。
 そういうまどろっこしいほうを選んでくるかと思ってたけれど)

 思っていたよりも、彼は直で来た。
 意外と脳筋かも……公子様。

 (それならそれで、楽だけどね……。
  ……この家を、人質にされたら嫌だし)

 貴族社会はナイーブなところもあるので、あんまり迷惑かけると、かえって大変なことになったら僕の心苦しい。兄も潔い性格してるから、市井の身分になるのもやぶさかではない、とかいうかもしれない。そうなったらそうなったで、仕方ないけど、僕のせい、でそうなるのは嫌だな。あと家族も仲良く鉱山行きとかいう沙汰あったら、もっと嫌だし。
 
 (……少しは、猶予を与えにきたのかな)

 だったら、良いなあ。
 現実逃避は僕のおはこだ。

 さて、僕の直感は正しかったのか、否か。

 
 階下にて振る舞われる兄の声が、僕の聴覚に届く。

 「ヴォル公には、我が家は狭いものと存じますが、 
  まずはこちらにどうぞお掛けくださいますよう」

 兄はさすがに成人し、職務に励んでいるだけあって、公子への振る舞いは見事だった。
 うん、そのソファは、柔らかくて年季が入っているけど、座り心地はこの家でピカイチだ。
 そこに、公子様を座らせた兄。鼻の筋を伸ばしていた昔がまるで嘘のようだ。
ぎし、とそれなりに年数が経過した音がガーディアン家のあちこちに反響する。
 
 「さて、ではお話とは……」

 お茶の用意をしようとした兄の行動を静止したようで、公子様は衣づれの音をさせながらも、しかし、確実に言葉を選んで話をし始めた。

 「卿のところにおられる、弟君。
  夜の王、あの血筋のものと伺っている」
 「ええ、はい」

 あまり知られていない僕の血脈だが、まあ調べようと思えば誰でも知ることのできる公然の秘密だ。

 「背は一般的な未成年者の年齢らしく平均的、
  その声は特徴的で夜の支配者に近しいものらしく、甘く、
  可愛らしい顔だが、行動力は抜群で、ようやく近よってくれたが、
  すぐにいなくなる……慎重なところもあり、
  学院での成績は悪くない、むしろ上から数えたほうが早い優秀な」
 「ええ、それでいてまんまるな瞳は、世闇によく光りまして。
  落とし物を見つけるのは容易い子なので、
  物事をよく捉えるのですよ、それに可愛い」
 「ふむ」

 一体なんの話をしているんだ。

 「最近は夜遊びをするようになって、可愛いことを覚えたものだと、
  すっかり安心しきっていたのですが……とうとう大人になったのだと。
  悪い虫でもついたらことなので、そこは心配してはいますが、
  まあ、弟のことですから、そういう危険からは逃げ足は早いはずだと、
  身内のことながら、信用はしております。
  ……ただ、後始末だけは苦手なようですね。
  こうして、我が家に降りかかる火の粉を振り払うだけで手一杯のようで」
 「……さて、それはどうかな。
  祝福の鐘の音かもしれない、降りかかるのは」
 「どうだか。
  ヴォル公、うちは代々、武官の出ではあるので物理的には可能なのですよ、
  味方も多い。伊達にオオカミの一族ではない」
 「ずいぶんと自信満々なアニウエですね」
 「弟からは兄さん、と呼ばれておりますので」
 「今後はそうなるでしょうね」
 「ずいぶんと……、ヴォル卿は自信家でおられるなあ。
  さすがは社交界で名高いお方だ」
 「ふ、ふふ……」
 「くくくっ」

 何やら不審な会話をして互いに含みのある笑いをしている……ような。
 僕は、よそゆきの格好をし、身分が上の彼に会うために相好をびしっと引き締め、やってきた家人の、扉を叩く音を誰よりも早くキャッチした。

 「うん、今いく」

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