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公子様、実に貴族らしい公子様。
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走り込みは、久しぶりだった。
最近、運動していなかったからなあ、とうっすらと思考の海に飛び込みたくなるも、背後から迫ってくる足音に意識がえぐられる。まさしく公子様の走りだ。たちまちに足音が多重音に変化していたので、おそらくは猫科目らしく四つ足で走っているのだろう。獣人の本気を見せている。
「うげっ」
うっかり後ろを振り返ってしまったタイザーは、ぴゃっとすぐに顔を戻した。
「こわいこわいこわいこわいこわい」
などと、同じセリフを呪文のように唱え続け、心なしかスピードも上がっている。
うん、わかる。
僕にだって、背後は死の領域であることぐらいは理解できる。
決して背後を覗いてはいけない。深淵が見つめているのだから。
(とはいえ、いくらなんでも……)
僕も友人も、限界が近い。なんたって、相手はエリート貴族だ。しかも肉食獣。
ざっ、と力強く踏み締める音が、大地を蹴り上げる物音がした。
僕の頭上を、彼は飛び上がる。
影が、僕を覆い尽くした。
「んぐっ」
っ、と泡を吹きそうになりつつ羽交締めにされたのは、やはり目標物であったらしい僕であった。
鼻腔をふわり、とくすぐるは柔らかな髪。少し、汗臭く。そして、生臭い……(原因はわかっている、)僕の胸元を何よりもそのしなやかな腕で抱えこみ、ぎゅ、と耳元にかかる公子の吐息は非常に熱い。
「う……」
ゾクゾクする。
ついでに、とばかりにひと舐めされている……僕の耳が。
生ぬるい風に触る感覚、間違いなく手慣れた仕草だ。
(ぐぬぬ……)
とはいえ、このままでは閉じ込められてしまう。逃げきれない。
僕だって立派な獣人だ。成人前だけど。
封じられた胸筋を解放するため、彼の二の腕と共に、両足に力を入れて、ゴロゴロと。不安定になった僕たちは、地面を転げ回った。
重なり合い、もつれあい。どうにか離れないかと四苦八苦するが、彼のしなやかな筋肉は間違いなく僕の両足ですら封じようと、いつの間にやら片足が割り入れられている。ずいぶんと手慣れた動き、もしかしたら彼はそれなりに武術を学んでいるのかもしれない。いや、まさか。じゃないとおかしい、ことがあるけれども……少しだけ冷静を取り戻しつつあった僕は、オロオロとしているものらしい、間近にいる気配のタイザーに、叫んだ。
「おい、早く先に行けっ」
「え、でも……」
「いい、僕のことは構うな」
カッコつけすぎたかも知れない。
「おうっ」
と容赦なく、僕を置いてたったかと走り去っていくタイザー。
躊躇は一瞬で忘れてしまったようだ。
(なんて友達がいのあるやつだ……)
ぐぐぐ、と逃げられぬよう、地面に体を押し込まれている僕……、はぁ、なんと情け容赦のない友人と公子様か。
遠のいていく友人の後ろ姿は、まるで息を吹き返した魚のようだ。いや、獣人だが……。
両腕はすでに公子様に絡め取られており、ここから挽回はなかなか難しそう、にも思えたが。
僕は……、ただの獣人じゃあ、ないんだ。
最近、運動していなかったからなあ、とうっすらと思考の海に飛び込みたくなるも、背後から迫ってくる足音に意識がえぐられる。まさしく公子様の走りだ。たちまちに足音が多重音に変化していたので、おそらくは猫科目らしく四つ足で走っているのだろう。獣人の本気を見せている。
「うげっ」
うっかり後ろを振り返ってしまったタイザーは、ぴゃっとすぐに顔を戻した。
「こわいこわいこわいこわいこわい」
などと、同じセリフを呪文のように唱え続け、心なしかスピードも上がっている。
うん、わかる。
僕にだって、背後は死の領域であることぐらいは理解できる。
決して背後を覗いてはいけない。深淵が見つめているのだから。
(とはいえ、いくらなんでも……)
僕も友人も、限界が近い。なんたって、相手はエリート貴族だ。しかも肉食獣。
ざっ、と力強く踏み締める音が、大地を蹴り上げる物音がした。
僕の頭上を、彼は飛び上がる。
影が、僕を覆い尽くした。
「んぐっ」
っ、と泡を吹きそうになりつつ羽交締めにされたのは、やはり目標物であったらしい僕であった。
鼻腔をふわり、とくすぐるは柔らかな髪。少し、汗臭く。そして、生臭い……(原因はわかっている、)僕の胸元を何よりもそのしなやかな腕で抱えこみ、ぎゅ、と耳元にかかる公子の吐息は非常に熱い。
「う……」
ゾクゾクする。
ついでに、とばかりにひと舐めされている……僕の耳が。
生ぬるい風に触る感覚、間違いなく手慣れた仕草だ。
(ぐぬぬ……)
とはいえ、このままでは閉じ込められてしまう。逃げきれない。
僕だって立派な獣人だ。成人前だけど。
封じられた胸筋を解放するため、彼の二の腕と共に、両足に力を入れて、ゴロゴロと。不安定になった僕たちは、地面を転げ回った。
重なり合い、もつれあい。どうにか離れないかと四苦八苦するが、彼のしなやかな筋肉は間違いなく僕の両足ですら封じようと、いつの間にやら片足が割り入れられている。ずいぶんと手慣れた動き、もしかしたら彼はそれなりに武術を学んでいるのかもしれない。いや、まさか。じゃないとおかしい、ことがあるけれども……少しだけ冷静を取り戻しつつあった僕は、オロオロとしているものらしい、間近にいる気配のタイザーに、叫んだ。
「おい、早く先に行けっ」
「え、でも……」
「いい、僕のことは構うな」
カッコつけすぎたかも知れない。
「おうっ」
と容赦なく、僕を置いてたったかと走り去っていくタイザー。
躊躇は一瞬で忘れてしまったようだ。
(なんて友達がいのあるやつだ……)
ぐぐぐ、と逃げられぬよう、地面に体を押し込まれている僕……、はぁ、なんと情け容赦のない友人と公子様か。
遠のいていく友人の後ろ姿は、まるで息を吹き返した魚のようだ。いや、獣人だが……。
両腕はすでに公子様に絡め取られており、ここから挽回はなかなか難しそう、にも思えたが。
僕は……、ただの獣人じゃあ、ないんだ。
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