上 下
18 / 82

公子様、実に貴族らしい公子様。

しおりを挟む
 走り込みは、久しぶりだった。
 最近、運動していなかったからなあ、とうっすらと思考の海に飛び込みたくなるも、背後から迫ってくる足音に意識がえぐられる。まさしく公子様の走りだ。たちまちに足音が多重音に変化していたので、おそらくは猫科目らしく四つ足で走っているのだろう。獣人の本気を見せている。

 「うげっ」

 うっかり後ろを振り返ってしまったタイザーは、ぴゃっとすぐに顔を戻した。

 「こわいこわいこわいこわいこわい」

 などと、同じセリフを呪文のように唱え続け、心なしかスピードも上がっている。
 うん、わかる。
 僕にだって、背後は死の領域であることぐらいは理解できる。
決して背後を覗いてはいけない。深淵が見つめているのだから。
 (とはいえ、いくらなんでも……)
僕も友人も、限界が近い。なんたって、相手はエリート貴族だ。しかも肉食獣。
 ざっ、と力強く踏み締める音が、大地を蹴り上げる物音がした。
 僕の頭上を、彼は飛び上がる。
影が、僕を覆い尽くした。

 「んぐっ」

 っ、と泡を吹きそうになりつつ羽交締めにされたのは、やはり目標物であったらしい僕であった。
鼻腔をふわり、とくすぐるは柔らかな髪。少し、汗臭く。そして、生臭い……(原因はわかっている、)僕の胸元を何よりもそのしなやかな腕で抱えこみ、ぎゅ、と耳元にかかる公子の吐息は非常に熱い。

 「う……」
 
 ゾクゾクする。
 ついでに、とばかりにひと舐めされている……僕の耳が。
生ぬるい風に触る感覚、間違いなく手慣れた仕草だ。

 (ぐぬぬ……)

 とはいえ、このままでは閉じ込められてしまう。逃げきれない。
 僕だって立派な獣人だ。成人前だけど。

 封じられた胸筋を解放するため、彼の二の腕と共に、両足に力を入れて、ゴロゴロと。不安定になった僕たちは、地面を転げ回った。
重なり合い、もつれあい。どうにか離れないかと四苦八苦するが、彼のしなやかな筋肉は間違いなく僕の両足ですら封じようと、いつの間にやら片足が割り入れられている。ずいぶんと手慣れた動き、もしかしたら彼はそれなりに武術を学んでいるのかもしれない。いや、まさか。じゃないとおかしい、ことがあるけれども……少しだけ冷静を取り戻しつつあった僕は、オロオロとしているものらしい、間近にいる気配のタイザーに、叫んだ。
 
 「おい、早く先に行けっ」
 「え、でも……」
 「いい、僕のことは構うな」

 カッコつけすぎたかも知れない。
 
 「おうっ」

 と容赦なく、僕を置いてたったかと走り去っていくタイザー。
躊躇は一瞬で忘れてしまったようだ。

 (なんて友達がいのあるやつだ……)

ぐぐぐ、と逃げられぬよう、地面に体を押し込まれている僕……、はぁ、なんと情け容赦のない友人と公子様か。
遠のいていく友人の後ろ姿は、まるで息を吹き返した魚のようだ。いや、獣人だが……。
 両腕はすでに公子様に絡め取られており、ここから挽回はなかなか難しそう、にも思えたが。

 僕は……、ただの獣人じゃあ、ないんだ。
 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

(無自覚)妖精に転生した僕は、騎士の溺愛に気づかない。

キノア9g
BL
完結済。騎士エリオット視点を含め全10話(エリオット視点2話と主人公視点8話構成) エロなし。騎士×妖精 ※主人公が傷つけられるシーンがありますので、苦手な方はご注意ください。 気がつくと、僕は見知らぬ不思議な森にいた。 木や草花どれもやけに大きく見えるし、自分の体も妙に華奢だった。 色々疑問に思いながらも、1人は寂しくて人間に会うために森をさまよい歩く。 ようやく出会えた初めての人間に思わず話しかけたものの、言葉は通じず、なぜか捕らえられてしまい、無残な目に遭うことに。 捨てられ、意識が薄れる中、僕を助けてくれたのは、優しい騎士だった。 彼の献身的な看病に心が癒される僕だけれど、彼がどんな思いで僕を守っているのかは、まだ気づかないまま。 少しずつ深まっていくこの絆が、僕にどんな運命をもたらすのか──? いいねありがとうございます!励みになります。

麗しの眠り姫は義兄の腕で惰眠を貪る

黒木  鳴
BL
妖精のように愛らしく、深窓の姫君のように美しいセレナードのあだ名は「眠り姫」。学園祭で主役を演じたことが由来だが……皮肉にもそのあだ名はぴったりだった。公爵家の出と学年一位の学力、そしてなによりその美貌に周囲はいいように勘違いしているが、セレナードの中身はアホの子……もとい睡眠欲求高めの不思議ちゃん系(自由人なお子さま)。惰眠とおかしを貪りたいセレナードと、そんなセレナードが可愛くて仕方がない義兄のギルバート、なんやかんやで振り回される従兄のエリオットたちのお話し。

兄たちが弟を可愛がりすぎです~こんなに大きくなりました~

クロユキ
BL
ベルスタ王国に第五王子として転生した坂田春人は第五ウィル王子として城での生活をしていた。 いつものようにメイドのマリアに足のマッサージをして貰い、いつものように寝たはずなのに……目が覚めたら大きく成っていた。 本編の兄たちのお話しが違いますが、短編集として読んで下さい。 誤字に脱字が多い作品ですが、読んで貰えたら嬉しいです。

文官Aは王子に美味しく食べられました

東院さち
BL
リンドは姉ミリアの代わりに第三王子シリウスに会いに行った。シリウスは優しくて、格好良くて、リンドは恋してしまった。けれど彼は姉の婚約者で。自覚した途端にやってきた成長期で泣く泣く別れたリンドは文官として王城にあがる。 転載になりまさ

執着系義兄の溺愛セックスで魔力を補給される話

Laxia
BL
元々魔力が少ない体質の弟──ルークは、誰かに魔力を補給してもらわなければ生きていけなかった。だから今日も、他の男と魔力供給という名の気持ちいいセックスをしていたその時──。 「何をしてる?お前は俺のものだ」 2023.11.20. 内容が一部抜けており、11.09更新分の文章を修正しました。

親友だと思ってた完璧幼馴染に執着されて監禁される平凡男子俺

toki
BL
エリート執着美形×平凡リーマン(幼馴染) ※監禁、無理矢理の要素があります。また、軽度ですが性的描写があります。 pixivでも同タイトルで投稿しています。 https://www.pixiv.net/users/3179376 もしよろしければ感想などいただけましたら大変励みになります✿ 感想(匿名)➡ https://odaibako.net/u/toki_doki_ Twitter➡ https://twitter.com/toki_doki109 素敵な表紙お借りしました! https://www.pixiv.net/artworks/98346398

俺にはラブラブな超絶イケメンのスパダリ彼氏がいるので、王道学園とやらに無理やり巻き込まないでくださいっ!!

しおりんごん
BL
俺の名前は 笹島 小太郎 高校2年生のちょっと激しめの甘党 顔は可もなく不可もなく、、、と思いたい 身長は170、、、行ってる、、、し ウルセェ!本人が言ってるんだからほんとなんだよ! そんな比較的どこにでもいそうな人柄の俺だが少し周りと違うことがあって、、、 それは、、、 俺には超絶ラブラブなイケメン彼氏がいるのだ!!! 容姿端麗、文武両道 金髪碧眼(ロシアの血が多く入ってるかららしい) 一つ下の学年で、通ってる高校は違うけど、一週間に一度は放課後デートを欠かさないそんなスパダリ完璧彼氏! 名前を堂坂レオンくん! 俺はレオンが大好きだし、レオンも俺が大好きで (自己肯定感が高すぎるって? 実は付き合いたての時に、なんで俺なんか、、、って1人で考えて喧嘩して 結局レオンからわからせという名のおしお、(re 、、、ま、まぁレオンからわかりやすすぎる愛情を一思いに受けてたらそりゃ自身も出るわなっていうこと!) ちょうどこの春レオンが高校に上がって、それでも変わりないラブラブな生活を送っていたんだけど なんとある日空から人が降って来て! ※ファンタジーでもなんでもなく、物理的に降って来たんだ 信じられるか?いや、信じろ 腐ってる姉さんたちが言うには、そいつはみんな大好き王道転校生! 、、、ってなんだ? 兎にも角にも、そいつが現れてから俺の高校がおかしくなってる? いやなんだよ平凡巻き込まれ役って! あーもう!そんな睨むな!牽制するな! 俺には超絶ラブラブな彼氏がいるからそっちのいざこざに巻き込まないでくださいっ!!! ※主人公は固定カプ、、、というか、初っ端から2人でイチャイチャしてるし、ずっと変わりません ※同姓同士の婚姻が認められている世界線での話です ※王道学園とはなんぞや?という人のために一応説明を載せていますが、私には文才が圧倒的に足りないのでわからないままでしたら、他の方の作品を参照していただきたいです🙇‍♀️ ※シリアスは皆無です 終始ドタバタイチャイチャラブコメディでおとどけします

チャラ男会計目指しました

岬ゆづ
BL
編入試験の時に出会った、あの人のタイプの人になれるように………… ――――――それを目指して1年3ヶ月 英華学園に高等部から編入した齋木 葵《サイキ アオイ 》は念願のチャラ男会計になれた 意中の相手に好きになってもらうためにチャラ男会計を目指した素は真面目で素直な主人公が王道学園でがんばる話です。 ※この小説はBL小説です。 苦手な方は見ないようにお願いします。 ※コメントでの誹謗中傷はお控えください。 初執筆初投稿のため、至らない点が多いと思いますが、よろしくお願いします。 他サイトにも掲載しています。

処理中です...