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終章・女神
愛を選んだ。
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玄関から家族団欒の居間へ……入る前にひと呼吸。
意外にも緊張しているらしい自分自身に驚きながら、そっと扉を開く。軋む開閉音。
子供のときよりも、ガタついてきた。油を引いたら少しはマシになるだろうか。
「やあ、ニバリスさん」
窓から差し込む光によって輝く明るい髪色と、特徴的な青い瞳。
今日もまた紳士の装いは素晴らしくオーダーメイド品。一級品の宝石が控えめに袖口や首元につけられ、椅子から立ち上がると香水の匂いがふわりと漂う。容貌の優れた顔立ちは優しく私に微笑み、なおのこと私の緊張を高めてくれた。
「ようこそ、ヴィクリス様」
「少し、早めに来てしまいましたが……」
苦笑ぎみではあったが、まるで答えがわかっているかのような視線。
捉えどころのない彼が、ここまで私を追い詰めようとするとは、と……思ったし、高鳴る鼓動は間違いなく……。
両手を胸の前に重ね、確かめた。
(私は、希望している)
この居間には私たち以外、誰もいない。
供されたらしいティーカップからの湯気がくねくねと、揺らいでいるぐらいで。
「どうかお返事を欲しいのです。
あなたの口から」
「……ええ。そうですね……。
誕生祭も近いですし……」
と、ここで私は目を伏せる。ここ最近、巷を賑わせている記事内容を思い出したのだ。
他国やだダフォーディル魔法立国国内から、求婚要請がある、と。
(三面記事の砂漠の国で発掘されたという秘宝も気になったけれど)
ただでさえヴィクリス様は目を引く美男子なのだ。
成果も上げられているし、私を望んだところで……、と考えると痛いのはどこなのか。
もう、分かっている。
気持ちを切り替え、両手を祈るようにして強く組み、私はヴィクリス様に挑んだ。
これだけお膳立てされてしまえば、もうどうしようもない。
「ヴィクリス様、愛しています。
遥か昔から……、
きっと一目見たときから。
どんなに夜が明けようとも。
私は、あなたのことを忘れることはできませんでした。
あなたに想いを告げる勇気がなかったのは、
……致し方のない私の、矮小なる身ゆえなのです。
私が、女神様のために毎朝、願ったのは何だったと思います?
……あなたの、健康と繁栄と。
幸福を、願っていたのです。
口伝の言葉に想いを乗せ、毎日修道院で。
たとえ私という存在をご存知なくても……、
他の誰かと家庭を築いていたとしても、
私は……あなたを愛していた」
「ニバリス嬢……」
貴人ならではの言い回し。
貴族でもない私にお嬢様の嬢は不適切だと思う。
時折、権力者特有の使い方をなさるからこそ、稀に出てくる彼の低く、甘やかな声で私を呼ぶのは決して私の名前ではない。ひとえに、私が許していないからだ。
ヴィクリス様はゆっくりと私に近づき、片足をついて腰を落とし……懇願するかのように私に手を差し伸べた。
「どうか、俺に愛を。
あなたに愛を。
俺は後悔し続けた人生でした。
絶望ばかりではいられないと、奮起して空回ったり……、
無茶をして、砂漠を彷徨ったりして怒られたりしました。
この人生は、俺にとって与えられた最後の機会なんです。
どうか、どうか……、
公爵邸の花々よりも女々しい俺の、
この愛に応えて欲しい。
一生……、愛が欲しい」
私は、彼の手をとった。
骨張った苦労してきた手を。
そして、彼の男の手の平を天井へと向け、せっせと時間をかけて完成した手巾を。
「受け取ってください」
恐々と、しかしそこそこの出来の家紋をご本人にお見せした。
ヴィクリス様の青いお目目がまん丸になる。
王侯貴族ではないので、指輪は渡せない。
国によって作法は異なるかもしれないが、未婚の女性が未婚の男性に物を贈るのはどの国にとっても男女間に感情があるからこそ。
ふと気付けば、抱きしめられていた。
「ヴィクリス様……」
思いのほか厚みのある彼の胸板に顔面が強く押し込まれ、背筋に回る腕の力強さにもたついていると。
さらに私を羽交締めにし。しばし無言で、私の肩にヴィクリス様は頭を載せたものらしい。
彼の柔らかな髪が、私の頬を掠める。
おずおずと、私は彼のたくましくなった背に手を伸ばす。
(ああ……体中が、熱い……)
きっとそれはヴィクリス様に伝わっているだろうし、彼の体もまた、燃えるように熱かった。
「…………結婚、してくれる?」
耳朶に囁かれる。
少し、鼻声だったけれど。
「はい……」
私もまた、鼻声だった。
見上げると間近の彼もまた私と目が合い……ゆっくりと口づけを重ね合わせた。
それはあまりにも甘い、ファーストキスだった。
意外にも緊張しているらしい自分自身に驚きながら、そっと扉を開く。軋む開閉音。
子供のときよりも、ガタついてきた。油を引いたら少しはマシになるだろうか。
「やあ、ニバリスさん」
窓から差し込む光によって輝く明るい髪色と、特徴的な青い瞳。
今日もまた紳士の装いは素晴らしくオーダーメイド品。一級品の宝石が控えめに袖口や首元につけられ、椅子から立ち上がると香水の匂いがふわりと漂う。容貌の優れた顔立ちは優しく私に微笑み、なおのこと私の緊張を高めてくれた。
「ようこそ、ヴィクリス様」
「少し、早めに来てしまいましたが……」
苦笑ぎみではあったが、まるで答えがわかっているかのような視線。
捉えどころのない彼が、ここまで私を追い詰めようとするとは、と……思ったし、高鳴る鼓動は間違いなく……。
両手を胸の前に重ね、確かめた。
(私は、希望している)
この居間には私たち以外、誰もいない。
供されたらしいティーカップからの湯気がくねくねと、揺らいでいるぐらいで。
「どうかお返事を欲しいのです。
あなたの口から」
「……ええ。そうですね……。
誕生祭も近いですし……」
と、ここで私は目を伏せる。ここ最近、巷を賑わせている記事内容を思い出したのだ。
他国やだダフォーディル魔法立国国内から、求婚要請がある、と。
(三面記事の砂漠の国で発掘されたという秘宝も気になったけれど)
ただでさえヴィクリス様は目を引く美男子なのだ。
成果も上げられているし、私を望んだところで……、と考えると痛いのはどこなのか。
もう、分かっている。
気持ちを切り替え、両手を祈るようにして強く組み、私はヴィクリス様に挑んだ。
これだけお膳立てされてしまえば、もうどうしようもない。
「ヴィクリス様、愛しています。
遥か昔から……、
きっと一目見たときから。
どんなに夜が明けようとも。
私は、あなたのことを忘れることはできませんでした。
あなたに想いを告げる勇気がなかったのは、
……致し方のない私の、矮小なる身ゆえなのです。
私が、女神様のために毎朝、願ったのは何だったと思います?
……あなたの、健康と繁栄と。
幸福を、願っていたのです。
口伝の言葉に想いを乗せ、毎日修道院で。
たとえ私という存在をご存知なくても……、
他の誰かと家庭を築いていたとしても、
私は……あなたを愛していた」
「ニバリス嬢……」
貴人ならではの言い回し。
貴族でもない私にお嬢様の嬢は不適切だと思う。
時折、権力者特有の使い方をなさるからこそ、稀に出てくる彼の低く、甘やかな声で私を呼ぶのは決して私の名前ではない。ひとえに、私が許していないからだ。
ヴィクリス様はゆっくりと私に近づき、片足をついて腰を落とし……懇願するかのように私に手を差し伸べた。
「どうか、俺に愛を。
あなたに愛を。
俺は後悔し続けた人生でした。
絶望ばかりではいられないと、奮起して空回ったり……、
無茶をして、砂漠を彷徨ったりして怒られたりしました。
この人生は、俺にとって与えられた最後の機会なんです。
どうか、どうか……、
公爵邸の花々よりも女々しい俺の、
この愛に応えて欲しい。
一生……、愛が欲しい」
私は、彼の手をとった。
骨張った苦労してきた手を。
そして、彼の男の手の平を天井へと向け、せっせと時間をかけて完成した手巾を。
「受け取ってください」
恐々と、しかしそこそこの出来の家紋をご本人にお見せした。
ヴィクリス様の青いお目目がまん丸になる。
王侯貴族ではないので、指輪は渡せない。
国によって作法は異なるかもしれないが、未婚の女性が未婚の男性に物を贈るのはどの国にとっても男女間に感情があるからこそ。
ふと気付けば、抱きしめられていた。
「ヴィクリス様……」
思いのほか厚みのある彼の胸板に顔面が強く押し込まれ、背筋に回る腕の力強さにもたついていると。
さらに私を羽交締めにし。しばし無言で、私の肩にヴィクリス様は頭を載せたものらしい。
彼の柔らかな髪が、私の頬を掠める。
おずおずと、私は彼のたくましくなった背に手を伸ばす。
(ああ……体中が、熱い……)
きっとそれはヴィクリス様に伝わっているだろうし、彼の体もまた、燃えるように熱かった。
「…………結婚、してくれる?」
耳朶に囁かれる。
少し、鼻声だったけれど。
「はい……」
私もまた、鼻声だった。
見上げると間近の彼もまた私と目が合い……ゆっくりと口づけを重ね合わせた。
それはあまりにも甘い、ファーストキスだった。
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