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終章・女神
運命の出会いとは
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目立たない服装だったが、隠しきれない気品が滲んでいる。
立ち上がり、近寄ってくる背の高さは前と変わりはなかった。
「偶然ですね、どうしてここに?」
優しく問いかけてくる彼の目が、親しげに細くなる。
「私は、観光で……。
ヴィクリス様こそ、何故こちらに?」
「俺ですか?
……まぁ、また読みたくなりまして」
活字だらけの本が、先輩の手の中でヒラヒラと舞っている。
「読書、ですか?」
「そうです。
ここは俺の庭のようなものですからね。
……あぁ、実家の所有なんです」
(実家、というと……)
ごくり、と私は知らず唾を飲み込んだ。
さすが王家、領地が広い。つい旧・アネモネス王家の王領を思い浮かべてしまった。
商売をしていた前世からの生き字引きである私は、その広大な領地から提供される金額を諸々計算してしまう。どう考えても堕ちる必要のない経費がいくらでも通せそうなものなのに、何故、ここまで経営悪化、経済悪化させてしまったのだろう、と。もちろん、様々な要因は間違いなくあるだろう。
「俺の名前、覚えてくれたんですね」
ふふ、と微笑む彼は有名人だった。
「申し訳ございません、最近まで、私知らなくて……、
世間知らずで、すみません」
素直に謝った。
貴人ならではの精神で迷子と思われてダフォーディル学院内を案内してくださったが、普通は国民であるならば彼のことを知らないとおかしいだろう。私は知らず知らずのうちに失礼をしてしまった。
「いえ、そんなことはありません。
俺のことを認識してくれて嬉しいから、これからも」
にこにこ嬉々と。
まるで花が咲くように笑うのは、なんでだろう。
「俺の名前はいくらだって、それこそ呼び捨てでもかまいませんよ。
ニバリスさん」
「いえいえいえいえ」
(何を唐突に恐ろしい提案を!)
私は急に気安くなった王家の一員に身震いした。
くすくすと、笑う彼は私の苦悩をわかっているんだろうか。
……理解していて、笑ってるんだろうなあ。
居心地が悪くて視線があっちこっちへ向けると、静かに読書をしている点在していた彼らがいつの間にかいなくなっている。白磁の頬にかかる柔らかそうな髪が揺れ、私にささやく。
「観光地はひと通り、見て回られましたか?」
「あ、はい……、墓も見てきましたし」
「お墓を?」
「はい」
ここら一帯で墓、といえばあそこしかない。
「……あの修道女のお墓でしょうか?」
「ええ、おっしゃる通りです」
「そうですか……」
怪訝になるのも無理はない。
墓を観にくる女子学生一名。観光、の大枠に収めたが、あんまりない組み合わせである。
ふぅん、と頷いたヴィクリス様、小首を傾げる。
「今後のご予定は? もう帰られるのですか」
「え、あ、はい。
目標……、目的は達成しましたし。
時間も、乗合馬車に間に合いますし」
自分の墓はきちんと残ってたが、手入れはされていた。
予想外の連続ではあったものの、おおむね満足はした休日である。
これ以上、ここにいる必要はないだろう、と私は見切りをつけていたのだが。
「では、俺も一緒に帰ります」
「えっ」
「馬車があります。
せっかくですから、お送りしましょう」
まさかの同乗提案がやってきた。
「え、ええ、で、ですが」
「ふふ、こう見えて俺は君の先輩なんです。
王家の名の元に、安全にお送りしますから」
「でも」
「どうか、俺の手をとってください」
タダより高いものはない、はわかっている。
わかってはいるが、この差し出された手を拒む理由もなかった。
大きな手のひらだった。
……触れると、まさしく男の手だ。
自分の手が嫌になる。なんと小さく、包まれてしまうのだろう。
ゆっくりと掴まれ、ちら、と視線を向けると、ヴィクリス様はとても。
……とても、優しく笑った。
「では、行きましょうわたしの、レディ」
立ち上がり、近寄ってくる背の高さは前と変わりはなかった。
「偶然ですね、どうしてここに?」
優しく問いかけてくる彼の目が、親しげに細くなる。
「私は、観光で……。
ヴィクリス様こそ、何故こちらに?」
「俺ですか?
……まぁ、また読みたくなりまして」
活字だらけの本が、先輩の手の中でヒラヒラと舞っている。
「読書、ですか?」
「そうです。
ここは俺の庭のようなものですからね。
……あぁ、実家の所有なんです」
(実家、というと……)
ごくり、と私は知らず唾を飲み込んだ。
さすが王家、領地が広い。つい旧・アネモネス王家の王領を思い浮かべてしまった。
商売をしていた前世からの生き字引きである私は、その広大な領地から提供される金額を諸々計算してしまう。どう考えても堕ちる必要のない経費がいくらでも通せそうなものなのに、何故、ここまで経営悪化、経済悪化させてしまったのだろう、と。もちろん、様々な要因は間違いなくあるだろう。
「俺の名前、覚えてくれたんですね」
ふふ、と微笑む彼は有名人だった。
「申し訳ございません、最近まで、私知らなくて……、
世間知らずで、すみません」
素直に謝った。
貴人ならではの精神で迷子と思われてダフォーディル学院内を案内してくださったが、普通は国民であるならば彼のことを知らないとおかしいだろう。私は知らず知らずのうちに失礼をしてしまった。
「いえ、そんなことはありません。
俺のことを認識してくれて嬉しいから、これからも」
にこにこ嬉々と。
まるで花が咲くように笑うのは、なんでだろう。
「俺の名前はいくらだって、それこそ呼び捨てでもかまいませんよ。
ニバリスさん」
「いえいえいえいえ」
(何を唐突に恐ろしい提案を!)
私は急に気安くなった王家の一員に身震いした。
くすくすと、笑う彼は私の苦悩をわかっているんだろうか。
……理解していて、笑ってるんだろうなあ。
居心地が悪くて視線があっちこっちへ向けると、静かに読書をしている点在していた彼らがいつの間にかいなくなっている。白磁の頬にかかる柔らかそうな髪が揺れ、私にささやく。
「観光地はひと通り、見て回られましたか?」
「あ、はい……、墓も見てきましたし」
「お墓を?」
「はい」
ここら一帯で墓、といえばあそこしかない。
「……あの修道女のお墓でしょうか?」
「ええ、おっしゃる通りです」
「そうですか……」
怪訝になるのも無理はない。
墓を観にくる女子学生一名。観光、の大枠に収めたが、あんまりない組み合わせである。
ふぅん、と頷いたヴィクリス様、小首を傾げる。
「今後のご予定は? もう帰られるのですか」
「え、あ、はい。
目標……、目的は達成しましたし。
時間も、乗合馬車に間に合いますし」
自分の墓はきちんと残ってたが、手入れはされていた。
予想外の連続ではあったものの、おおむね満足はした休日である。
これ以上、ここにいる必要はないだろう、と私は見切りをつけていたのだが。
「では、俺も一緒に帰ります」
「えっ」
「馬車があります。
せっかくですから、お送りしましょう」
まさかの同乗提案がやってきた。
「え、ええ、で、ですが」
「ふふ、こう見えて俺は君の先輩なんです。
王家の名の元に、安全にお送りしますから」
「でも」
「どうか、俺の手をとってください」
タダより高いものはない、はわかっている。
わかってはいるが、この差し出された手を拒む理由もなかった。
大きな手のひらだった。
……触れると、まさしく男の手だ。
自分の手が嫌になる。なんと小さく、包まれてしまうのだろう。
ゆっくりと掴まれ、ちら、と視線を向けると、ヴィクリス様はとても。
……とても、優しく笑った。
「では、行きましょうわたしの、レディ」
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