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終章・女神
足跡
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意気揚々と「早く掃除終わって助かった」と言われながら、掃除夫のおじさんと途中まで一緒に歩いた。
私が墓掃除にきた人でないことは明白なので、観光客らしくアレコレと解説を受ける。先祖が偉大なおじさんが説明したがるのも代々行ってきたお役目のせいかもしれない。ずいぶんと嬉しげに「家の居間には墓守王子と同じ剣が飾ってあって……」と話が伸びるからだ。家では奥さんに尻に敷かれているとまでご家庭事情まで開けっぴろげだ。
「おお、そうだ。
肝心の修道院は行ったか?」
「いいえ、人が多過ぎて……」
自分の墓が目的だと言うのは憚られた。
「まぁそうだなあ、何時間も待たんと入れんからな。
入場料も高いし」
昔は誰でも受け入れる小さな教会であったというのに、難儀なことにお金をとるようになった。
これも時代か。
私の生きた世代では修道女自らが野菜を育て、あるいは加工して食い扶持を稼いだものである。近隣からの援助はもちろんあるにはあったが、それだけでは修繕も厳しい。見た目はのんびりとしていたが、内情はゆっくりとしてはいられない。助けてほしいと駆け込む女性もたびたびいたので、いくらでも金は必要だった。私のような存在がいるから。
(愛すべき人々を守らねば、と女神の教義にはある)
掃除道具を抱えながらの道中、墓掃除して帰るつもりだと言う私を何故か不憫がってくれて、せっかくきたんだからと、私に新しい道を示してくれた。
修道院から少しだけ離れたところに、それはあった。
「ほら、ここだ。
かつては修道院のすぐ隣に、回廊まで作られていたのだが、
あまりに人が集まり過ぎて集中できないと、
墓守王子が場所を移動させたんだ」
実直ながらも堅実そうなレンガと石で組み立てられた、部屋が何個もありそうな二階建てのお館だ。
私が生きていた頃にはこんなものはなかったので、まさしく死後、やってきた王子が使っていた施設なんだろう。王族が利用するにはずいぶんと素朴な装いだが、周りに生えている樹木の長さがかのお方が生きていたのだと思わせた。何故かはわからない。影が伸び、今が昼を過ぎていく時間であることは伺い知れる。
時折、私と同じような観光客がぽつぽつと、吸い込まれるかのように入口へ入っていく。
「じゃあな、お嬢ちゃん。
機会があればまた会おう」
「はい、ありがとうございました」
お礼を述べると、おじさんは少し頭をかきながら立ち去っていった。
懐かしい景色と、現実の景色の融合は私にはどれもこれもが眩しかった。
ここは無料であるらしい。
ロビーは広々としていて、空気がひんやりとしていた。
私は、王子様がここで何をしていたのか知ることになる。
「わあ……」
そう、天井は遥かに高く。
小部屋ばかりだと思っていた館内は、まるごと本で埋められていた。
かぐわしい古紙の匂いが立ち込めていて、歩けば靴音が響く。
二階部分にはスロープのような階段があり、そこにも本棚が壁沿いにずらりと並び、背表紙で埋め尽くされている。
人は幾人か。
私と同じ観光客らしき人もキョロキョロと見回し、感極まったのか声を上げて……でも静かにしていた。
読書を楽しむ人もいたからだ。
少し歩けば、絨毯が敷かれていた。
書御台もあり、古めかしいランプもあり……、まるで、あのお方がこのお屋敷で暗い夜でも灯りを頼りに本を読んでいるのを幻視した。静かな夜に、月のない夜でもかの方は、普段の楽しげな顔を潜ませて、ただ静寂の中を本のページをたぐり、青い瞳を淡く俯き加減に……。
今もなお、そこにいるかのようだった。
ひとつの書を片手に、サラサラと捲っていく、あの時の指はしっかりと私を掴んでいた。
節くれだった指は私よりも厚みがあり、温かかった。
眼差しは親しみがあり、気まずかったのも覚えている……。
彼の横顔は、あの方とは違う。
でも、アネモネス王家の一員であることには違いなく、私の運命と同じ青い目を持っていた。
視線が、私に向けられる。
「あ……」
はっとして、立ち止まってしまった。
彼もまた、同じ姿勢で固まっている。
「君は……、ニバリス家の」
口の動きや声から、私だと丸わかりのようだった。
(記憶に残っていたか……)
それが果たして悪かったかどうかはわからない。
あれから、彼と接触することはなかったから。
私が墓掃除にきた人でないことは明白なので、観光客らしくアレコレと解説を受ける。先祖が偉大なおじさんが説明したがるのも代々行ってきたお役目のせいかもしれない。ずいぶんと嬉しげに「家の居間には墓守王子と同じ剣が飾ってあって……」と話が伸びるからだ。家では奥さんに尻に敷かれているとまでご家庭事情まで開けっぴろげだ。
「おお、そうだ。
肝心の修道院は行ったか?」
「いいえ、人が多過ぎて……」
自分の墓が目的だと言うのは憚られた。
「まぁそうだなあ、何時間も待たんと入れんからな。
入場料も高いし」
昔は誰でも受け入れる小さな教会であったというのに、難儀なことにお金をとるようになった。
これも時代か。
私の生きた世代では修道女自らが野菜を育て、あるいは加工して食い扶持を稼いだものである。近隣からの援助はもちろんあるにはあったが、それだけでは修繕も厳しい。見た目はのんびりとしていたが、内情はゆっくりとしてはいられない。助けてほしいと駆け込む女性もたびたびいたので、いくらでも金は必要だった。私のような存在がいるから。
(愛すべき人々を守らねば、と女神の教義にはある)
掃除道具を抱えながらの道中、墓掃除して帰るつもりだと言う私を何故か不憫がってくれて、せっかくきたんだからと、私に新しい道を示してくれた。
修道院から少しだけ離れたところに、それはあった。
「ほら、ここだ。
かつては修道院のすぐ隣に、回廊まで作られていたのだが、
あまりに人が集まり過ぎて集中できないと、
墓守王子が場所を移動させたんだ」
実直ながらも堅実そうなレンガと石で組み立てられた、部屋が何個もありそうな二階建てのお館だ。
私が生きていた頃にはこんなものはなかったので、まさしく死後、やってきた王子が使っていた施設なんだろう。王族が利用するにはずいぶんと素朴な装いだが、周りに生えている樹木の長さがかのお方が生きていたのだと思わせた。何故かはわからない。影が伸び、今が昼を過ぎていく時間であることは伺い知れる。
時折、私と同じような観光客がぽつぽつと、吸い込まれるかのように入口へ入っていく。
「じゃあな、お嬢ちゃん。
機会があればまた会おう」
「はい、ありがとうございました」
お礼を述べると、おじさんは少し頭をかきながら立ち去っていった。
懐かしい景色と、現実の景色の融合は私にはどれもこれもが眩しかった。
ここは無料であるらしい。
ロビーは広々としていて、空気がひんやりとしていた。
私は、王子様がここで何をしていたのか知ることになる。
「わあ……」
そう、天井は遥かに高く。
小部屋ばかりだと思っていた館内は、まるごと本で埋められていた。
かぐわしい古紙の匂いが立ち込めていて、歩けば靴音が響く。
二階部分にはスロープのような階段があり、そこにも本棚が壁沿いにずらりと並び、背表紙で埋め尽くされている。
人は幾人か。
私と同じ観光客らしき人もキョロキョロと見回し、感極まったのか声を上げて……でも静かにしていた。
読書を楽しむ人もいたからだ。
少し歩けば、絨毯が敷かれていた。
書御台もあり、古めかしいランプもあり……、まるで、あのお方がこのお屋敷で暗い夜でも灯りを頼りに本を読んでいるのを幻視した。静かな夜に、月のない夜でもかの方は、普段の楽しげな顔を潜ませて、ただ静寂の中を本のページをたぐり、青い瞳を淡く俯き加減に……。
今もなお、そこにいるかのようだった。
ひとつの書を片手に、サラサラと捲っていく、あの時の指はしっかりと私を掴んでいた。
節くれだった指は私よりも厚みがあり、温かかった。
眼差しは親しみがあり、気まずかったのも覚えている……。
彼の横顔は、あの方とは違う。
でも、アネモネス王家の一員であることには違いなく、私の運命と同じ青い目を持っていた。
視線が、私に向けられる。
「あ……」
はっとして、立ち止まってしまった。
彼もまた、同じ姿勢で固まっている。
「君は……、ニバリス家の」
口の動きや声から、私だと丸わかりのようだった。
(記憶に残っていたか……)
それが果たして悪かったかどうかはわからない。
あれから、彼と接触することはなかったから。
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