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終章・女神
人生の墓場
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若い身空ですべてを投げ打った修道院はすっかり成金主義……ごほん、良くも悪くも女神教の中でも一際強い発言権を持つ宗教団体となってしまっている。世界中に支店を持つ大商団の本拠地がここ、修道院の前に屋号を構えて立ち並ぶのもその一助を担っているのは言わずもがな。元々の資金源が修道院なので、商人たちも頭が上がらないのだ。
前世、商いをしていた私はこの地へ訪れることはなかった。
世界中を旅してきたというのに、商人として重要な箇所ではあったここには代理ばかりを送り込んでいたのも、やはり、運命の君への気持ちがあったから。
さしもの私も、前世における第三王子の終わりを知るのは辛いことだった。
前世の男時代、調べなくとも年代からして彼が死んでいるのはわかっていた。もし生きていたら百歳以上は生きている計算となる。そんなことはあり得ない。いくら王家が栄養満点な食事を給仕しようとも。
たとえ2回生まれ変わろうとも、運命の君について知ることは勇気のいることだった。
ここは私の墓のみならず、殿下の生きた墓標でもあるのだから。
すっかり観光地化した修道院から、多少外れた静かな僻地。
歩きやすいように敷き詰められた石畳を歩くと、多少高台を位置するそこが修道女たちのお墓だ。
大まかに決められた範囲内を歩き、年老いた頃、私は私の骨を入れてもらう場所を長らく悩んで選定したものだ。だからこそ、これから向かう地に私の墓があるのだとわかっていたが、しかしずいぶんと……。
(こんなにも整備されているとは一体……?)
生前の記憶では、場所こそ指定できたが自然豊かな、街の人よりも雑多なところを選ぶよう指導されていた。私も従い、自然に帰るような、鳥や花が咲いたら綺麗だろうと思われる日の光が朗らかな、手狭だが平らな地を選んだのだ。他の修道女も似たり寄ったりで、朽ちた墓が離れて点々と佇んでいるのはわかっていたので、入手した花の種を蒔いては四季折々に祈りを捧げて彼女たちの死後の安寧を願いながら、先輩修道女たちの墓守をし終えたのである。
なので、自然に帰ったはずなのだ。
私の墓ももしかすると長い自然環境の中で、草蔓にでも包まれて少しは崩れ落ちた石塊となり、動物たちの足場となって土に戻ってしまったのでは、と思っていた。
きちんと場所は覚えている。何せ自分の墓だ。
他の修道女と同じように砕けていれば幸い、あるいは獣道のひとつに成り果てていてもおかしくはなかったと私は考えていた。それなのに、この石畳に続く先が私の墓である必要はないはず。
まさか、と心の中で呟いたが、そのまさかがこの開けた地にあった。
「え」
(……これ、は……)
まさしく、墓であった。
私の墓だ。
でも、果たして私の墓なんだろうか。
見渡せば、綺麗に整備された周りには可憐な花々が咲き誇っている。それはいい。理想的だ。
ただ、私の墓が異様なのだ。
普通の、石塊にしかみえない小さな墓標が崩れかかっているというのに、補強の仕方がおかしい。私の墓が隣のお墓に寄りかかっている。いかにもお金をかけていると言わんばかりに存在する大きお墓が、まるで私の墓を抱き抱えているかのようにしてそびえているのだ。
二つの墓には蔓草がかかり、ぐるぐる巻きにされている。
白く小さな花が咲き、なんとも可憐だが……ゾク、とした。なんだろう、この……何とも言えない気持ちは。
「おや、人がいるとは」
振り向けば、そこにはのっそのっそと歩くおじさんがいた。
格好からして掃除夫、のようだが。
「あの、ここは」
「なんだ、知らんで来たのか?
いっときは有名過ぎてたまらんかったが」
手にある掃除道具を私に見せびらかし、おじさんは苦笑する。
「どうだ、掃除を手伝わんか?」
前世、商いをしていた私はこの地へ訪れることはなかった。
世界中を旅してきたというのに、商人として重要な箇所ではあったここには代理ばかりを送り込んでいたのも、やはり、運命の君への気持ちがあったから。
さしもの私も、前世における第三王子の終わりを知るのは辛いことだった。
前世の男時代、調べなくとも年代からして彼が死んでいるのはわかっていた。もし生きていたら百歳以上は生きている計算となる。そんなことはあり得ない。いくら王家が栄養満点な食事を給仕しようとも。
たとえ2回生まれ変わろうとも、運命の君について知ることは勇気のいることだった。
ここは私の墓のみならず、殿下の生きた墓標でもあるのだから。
すっかり観光地化した修道院から、多少外れた静かな僻地。
歩きやすいように敷き詰められた石畳を歩くと、多少高台を位置するそこが修道女たちのお墓だ。
大まかに決められた範囲内を歩き、年老いた頃、私は私の骨を入れてもらう場所を長らく悩んで選定したものだ。だからこそ、これから向かう地に私の墓があるのだとわかっていたが、しかしずいぶんと……。
(こんなにも整備されているとは一体……?)
生前の記憶では、場所こそ指定できたが自然豊かな、街の人よりも雑多なところを選ぶよう指導されていた。私も従い、自然に帰るような、鳥や花が咲いたら綺麗だろうと思われる日の光が朗らかな、手狭だが平らな地を選んだのだ。他の修道女も似たり寄ったりで、朽ちた墓が離れて点々と佇んでいるのはわかっていたので、入手した花の種を蒔いては四季折々に祈りを捧げて彼女たちの死後の安寧を願いながら、先輩修道女たちの墓守をし終えたのである。
なので、自然に帰ったはずなのだ。
私の墓ももしかすると長い自然環境の中で、草蔓にでも包まれて少しは崩れ落ちた石塊となり、動物たちの足場となって土に戻ってしまったのでは、と思っていた。
きちんと場所は覚えている。何せ自分の墓だ。
他の修道女と同じように砕けていれば幸い、あるいは獣道のひとつに成り果てていてもおかしくはなかったと私は考えていた。それなのに、この石畳に続く先が私の墓である必要はないはず。
まさか、と心の中で呟いたが、そのまさかがこの開けた地にあった。
「え」
(……これ、は……)
まさしく、墓であった。
私の墓だ。
でも、果たして私の墓なんだろうか。
見渡せば、綺麗に整備された周りには可憐な花々が咲き誇っている。それはいい。理想的だ。
ただ、私の墓が異様なのだ。
普通の、石塊にしかみえない小さな墓標が崩れかかっているというのに、補強の仕方がおかしい。私の墓が隣のお墓に寄りかかっている。いかにもお金をかけていると言わんばかりに存在する大きお墓が、まるで私の墓を抱き抱えているかのようにしてそびえているのだ。
二つの墓には蔓草がかかり、ぐるぐる巻きにされている。
白く小さな花が咲き、なんとも可憐だが……ゾク、とした。なんだろう、この……何とも言えない気持ちは。
「おや、人がいるとは」
振り向けば、そこにはのっそのっそと歩くおじさんがいた。
格好からして掃除夫、のようだが。
「あの、ここは」
「なんだ、知らんで来たのか?
いっときは有名過ぎてたまらんかったが」
手にある掃除道具を私に見せびらかし、おじさんは苦笑する。
「どうだ、掃除を手伝わんか?」
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