私の運命は高嶺の花【完結】

小夜時雨

文字の大きさ
上 下
12 / 59
二章・愛の世界

マドロラ

しおりを挟む
「今日のお継母様はご機嫌だったわ……」

 ひと安心したマドロラは庭園にひっそりと忍ぶようにして歩き回り、ジョウロを持って花や野菜に水をやった。
公爵邸の隅っこに住まわせてもらえることを感謝しながら、小さく身を縮めて生きる。
それこそが、マドロラにとっての幼少みぎりの頃よりの処世術でもあった。

「急なお客様って……どんな方かしらね……」

 定期的に継母はやってきて、マドロラの不足をあれこれと言いつける。
どれもこれも正しい叱責なので生真面目に受け止めてきた。

 生前の実母からも、「継母様のおっしゃることはきちんと飲みこみ、言う通りになさい」と言われているというのもある。

 色とりどり、黄色の大輪を咲かせた花を見つけたマドロラは、その美々しい笑みを浮かべた。ふっくらとした蕾からようやく咲き誇ったのである。楽しみにしていたので喜びもひとしお、たおやかな指先でそっと花弁を撫でた。
 社交に一切出ることすら許されず、こうして公爵の実子でありながらも埋没するように隅っこで暮らす。それが妾の子であるマドロラの世界でもあった。




「学もなければ頭も足りない子です。
 母親も気立悪く、顔だけは父親に似て。
 はあ、本当に、ほんっとうに情けのないことで……」
「いやいやははは」

 迎え入れられた公爵邸では貴婦人のもてなしを受けた私。
先程の玄関口では飾られた絵を見て、なんとはなしに気にはなってきていた。公爵はすでにこの世には存在せず、早々と妾と共にこの世から消えてしまった。まるで煙のように。
手元に用意されたティーカップ。高級だが古い骨董品だ。湯気からは芳しい匂いが立ち込めている。

「……あの子だけがこの家の跡取りとなるのです。はあ……」

 さっきからため息が止まらない、といった風情の公爵夫人。
いや、未亡人。

「どうしてあの人は、わたくしを受け入れてくださらなかったのかしら。
 ……運命って、それほどまでに……」

 普通であれば、未亡人である彼女を一人っきりにしないよう侍女が控えるものだが、この公爵邸では見かけない。下働きのメイドがバタバタと走り回っていたし、執事も最初の頃こそ公爵夫人と一緒にいたが茶器を用意したらたちまちにいなくなった。館内は調度品こそどれもこれもが良さげだが、裏をひっそりと盗み見やれば、どこもかしこもがらんどう。売り払ったのだろう、生活費の立て直しや夫人の実家への莫大な慰謝料のために。

 持参金なしの婚姻では帳消しにならなかったようである……、後日調べたところ、慰謝料はいくばくかどうにかなったようだった。政略とはいえ公爵夫人の熱い気持ちが慰謝料の減額には繋がったようだ。実家から馬車で無理矢理に乗りつけてきたというのだから、よっぽど公爵を好いていたものらしい。

「どうか、お願いいたします。
 融資を、お願いいたします。
 ……わたくしのことは如何様にもしていただければ良いのです。
 ですがマドロラは跡取りになりますので……、
 あの子の乙女は必要不可欠。
 その代わり、どうか、わたくしの身は好きなようになさってください、
 あの子がこの公爵家の跡取りとなれるように、
 婿入り相手を探すためにも、この家を繋ぐためにも、
 お金は今後とも必要なのです。
 ……公爵家の名は、そう悪いものではありませんわ」

どうか、どうか。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

【完結】この胸が痛むのは

Mimi
恋愛
「アグネス嬢なら」 彼がそう言ったので。 私は縁組をお受けすることにしました。 そのひとは、亡くなった姉の恋人だった方でした。 亡き姉クラリスと婚約間近だった第三王子アシュフォード殿下。 殿下と出会ったのは私が先でしたのに。 幼い私をきっかけに、顔を合わせた姉に殿下は恋をしたのです…… 姉が亡くなって7年。 政略婚を拒否したい王弟アシュフォードが 『彼女なら結婚してもいい』と、指名したのが最愛のひとクラリスの妹アグネスだった。 亡くなった恋人と同い年になり、彼女の面影をまとうアグネスに、アシュフォードは……  ***** サイドストーリー 『この胸に抱えたものは』全13話も公開しています。 こちらの結末ネタバレを含んだ内容です。 読了後にお立ち寄りいただけましたら、幸いです * 他サイトで公開しています。 どうぞよろしくお願い致します。

踏み台令嬢はへこたれない

IchikoMiyagi
恋愛
「婚約破棄してくれ!」  公爵令嬢のメルティアーラは婚約者からの何度目かの申し出を受けていたーー。  春、学院に入学しいつしかついたあだ名は踏み台令嬢。……幸せを運んでいますのに、その名付けはあんまりでは……。  そう思いつつも学院生活を満喫していたら、噂を聞きつけた第三王子がチラチラこっちを見ている。しかもうっかり婚約者になってしまったわ……?!?  これは無自覚に他人の踏み台になって引っ張り上げる主人公が、たまにしょげては踏ん張りながらやっぱり周りを幸せにしたりやっと自分も幸せになったりするかもしれない物語。 「わたくし、甘い砂を吐くのには慣れておりますの」  ーー踏み台令嬢は今日も誰かを幸せにする。  なろうでも投稿しています。

とまどいの花嫁は、夫から逃げられない

椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ 初夜、夫は愛人の家へと行った。 戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。 「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」 と言い置いて。 やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に 彼女は強い違和感を感じる。 夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り 突然彼女を溺愛し始めたからだ ______________________ ✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定) ✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです ✴︎なろうさんにも投稿しています 私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ

あなたのためなら

天海月
恋愛
エルランド国の王であるセルヴィスは、禁忌魔術を使って偽の番を騙った女レクシアと婚約したが、嘘は露見し婚約破棄後に彼女は処刑となった。 その後、セルヴィスの真の番だという侯爵令嬢アメリアが現れ、二人は婚姻を結んだ。 アメリアは心からセルヴィスを愛し、彼からの愛を求めた。 しかし、今のセルヴィスは彼女に愛を返すことが出来なくなっていた。 理由も分からないアメリアは、セルヴィスが愛してくれないのは自分の行いが悪いからに違いないと自らを責めはじめ、次第に歯車が狂っていく。 全ては偽の番に過度のショックを受けたセルヴィスが、衝動的に行ってしまった或ることが原因だった・・・。

おかえりなさい。どうぞ、お幸せに。さようなら。

石河 翠
恋愛
主人公は神託により災厄と呼ばれ、蔑まれてきた。家族もなく、神殿で罪人のように暮らしている。 ある時彼女のもとに、見目麗しい騎士がやってくる。警戒する彼女だったが、彼は傷つき怯えた彼女に救いの手を差し伸べた。 騎士のもとで、子ども時代をやり直すように穏やかに過ごす彼女。やがて彼女は騎士に恋心を抱くようになる。騎士に想いが伝わらなくても、彼女はこの生活に満足していた。 ところが神殿から疎まれた騎士は、戦場の最前線に送られることになる。無事を祈る彼女だったが、騎士の訃報が届いたことにより彼女は絶望する。 力を手に入れた彼女は世界を滅ぼすことを望むが……。 騎士の幸せを願ったヒロインと、ヒロインを心から愛していたヒーローの恋物語。 この作品は、他サイトにも投稿しております。 表紙絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真のID:25824590)をお借りしています。

まだ20歳の未亡人なので、この後は好きに生きてもいいですか?

せいめ
恋愛
 政略結婚で愛することもなかった旦那様が魔物討伐中の事故で亡くなったのが1年前。  喪が明け、子供がいない私はこの家を出て行くことに決めました。  そんな時でした。高額報酬の良い仕事があると声を掛けて頂いたのです。  その仕事内容とは高貴な身分の方の閨指導のようでした。非常に悩みましたが、家を出るのにお金が必要な私は、その仕事を受けることに決めたのです。  閨指導って、そんなに何度も会う必要ないですよね?しかも、指導が必要には見えませんでしたが…。  でも、高額な報酬なので文句は言いませんわ。  家を出る資金を得た私は、今度こそ自由に好きなことをして生きていきたいと考えて旅立つことに決めました。  その後、新しい生活を楽しんでいる私の所に現れたのは……。    まずは亡くなったはずの旦那様との話から。      ご都合主義です。  設定は緩いです。  誤字脱字申し訳ありません。  主人公の名前を途中から間違えていました。  アメリアです。すみません。    

取り巻き令嬢Aは覚醒いたしましたので

モンドール
恋愛
揶揄うような微笑みで少女を見つめる貴公子。それに向き合うのは、可憐さの中に少々気の強さを秘めた美少女。 貴公子の周りに集う取り巻きの令嬢たち。 ──まるでロマンス小説のワンシーンのようだわ。 ……え、もしかして、わたくしはかませ犬にもなれない取り巻き!? 公爵令嬢アリシアは、初恋の人の取り巻きA卒業を決意した。 (『小説家になろう』にも同一名義で投稿しています。)

盲目王子の策略から逃げ切るのは、至難の業かもしれない

当麻月菜
恋愛
生まれた時から雪花の紋章を持つノアは、王族と結婚しなければいけない運命だった。 だがしかし、攫われるようにお城の一室で向き合った王太子は、ノアに向けてこう言った。 「はっ、誰がこんな醜女を妻にするか」 こっちだって、初対面でいきなり自分を醜女呼ばわりする男なんて願い下げだ!! ───ということで、この茶番は終わりにな……らなかった。 「ならば、私がこのお嬢さんと結婚したいです」 そう言ってノアを求めたのは、盲目の為に王位継承権を剥奪されたもう一人の王子様だった。 ただ、この王子の見た目の美しさと薄幸さと善人キャラに騙されてはいけない。 彼は相当な策士で、ノアに無自覚ながらぞっこん惚れていた。 一目惚れした少女を絶対に逃さないと決めた盲目王子と、キノコをこよなく愛する魔力ゼロ少女の恋の攻防戦。 ※但し、他人から見たら無自覚にイチャイチャしているだけ。

処理中です...