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序章・運命の世界
さようなら、は言わない
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第三王子が無事婚姻をした、とその発表が書かれた記事を幾度も読む。
私の目は、絶望的な目であったのかもしれない。
「お父さん、お母さん」
きっと、親不孝者だろう。
でも、私の人生はすでに終わったようなものだったから……。
なんとなく、両親もそんな気がしないでもなかったのかもしれなかった。
私の家族が運営する宿は後継者がいない。
私が誰かと婚姻すれさえすれば婿入りさせることができて、将来安泰であっただろう。
幸せな家庭を築けたのかもしれなかった。
赤ん坊だって生まれ、姉のようにぷくぷくと幸せ太りをして時々、夫や義実家の文句をいいつつの幸福な一生であれたのかもしれない。いやそうなんだろう。
運命、にさえ目を瞑れば。普通の、ごく当たり前の生活。
けど、できなかった。
……想像するだに怖い。私は運命を失ったのに、やはり……忘れられない。
だからこそ説得をしようとわざわざやってきた姉にも、断りを入れた。
「どうして!」
「無理よ」
「なんで! 理由を言わなきゃわからないわ!」
教えてよ!? 納得できない!
真っ赤になって、親身になって怒ってくれる姉に申し訳なさが募る、けれど。
(そう、言われても)
幸せな姉には理解できないだろう。
両親はもう言い尽くしたせいもあるから静かに悲しみを帯びた目で、姉にすがられる私を見つめていた。
いつまでもここには居られないのは明白。
決意した私は血のつながりのある家族から背を向け、カバンひとつで家を出て行った。
もう帰ってくることはないだろうことを、胸に刻みながら。
「なんで!お見合いすればいいじゃない!
きっと運命に出会えるかもしれないしっ、
たとえ会えなかったとしても、そうよ、
この宿の後継として……、嗚呼、
ねえ、なんで!なんでそう、頑ななの!
アンタ、おかしいわよ、ねえ!」
どうして!
姉の叫びは、近所の人々に好奇な目を晒した。
(……ごめんなさい)
このカバンにあらゆるものを詰めたけれど、重たい足取りはしっかりと教会へと向かっていた。
あの、小さな教会だ。
事前に連絡は入れていた。
何回も足を運び、ここを選んだのはやっぱり私の涙がこの床に落ちたから、なのかもしれなかった。
私はもう、この世界から消えることを望んでいる。
でも、命をたつわけにもいかないし、そうしたいと思ってもいない。
ただ、消えたかった。
煙のように。
存在のするだけの何かになりたかった。
誰かのために、せめて生きたかったのかもしれない。
私は教会を預かる修道女に温かく迎えられ、長い人生を静かに生きた。
華々しい隣国の、女王様と元第三王子の話を時折耳に入れながら……。
たびたび浮気がバレつつも、容姿端麗な夫に女王様はぞっこんの模様だ。
仲睦まじい様子だという。
(老後も彼らの夫婦喧嘩を知ることになるなんて)
ふふ、と口を緩めながら私は最期の息を吸った。
私の目は、絶望的な目であったのかもしれない。
「お父さん、お母さん」
きっと、親不孝者だろう。
でも、私の人生はすでに終わったようなものだったから……。
なんとなく、両親もそんな気がしないでもなかったのかもしれなかった。
私の家族が運営する宿は後継者がいない。
私が誰かと婚姻すれさえすれば婿入りさせることができて、将来安泰であっただろう。
幸せな家庭を築けたのかもしれなかった。
赤ん坊だって生まれ、姉のようにぷくぷくと幸せ太りをして時々、夫や義実家の文句をいいつつの幸福な一生であれたのかもしれない。いやそうなんだろう。
運命、にさえ目を瞑れば。普通の、ごく当たり前の生活。
けど、できなかった。
……想像するだに怖い。私は運命を失ったのに、やはり……忘れられない。
だからこそ説得をしようとわざわざやってきた姉にも、断りを入れた。
「どうして!」
「無理よ」
「なんで! 理由を言わなきゃわからないわ!」
教えてよ!? 納得できない!
真っ赤になって、親身になって怒ってくれる姉に申し訳なさが募る、けれど。
(そう、言われても)
幸せな姉には理解できないだろう。
両親はもう言い尽くしたせいもあるから静かに悲しみを帯びた目で、姉にすがられる私を見つめていた。
いつまでもここには居られないのは明白。
決意した私は血のつながりのある家族から背を向け、カバンひとつで家を出て行った。
もう帰ってくることはないだろうことを、胸に刻みながら。
「なんで!お見合いすればいいじゃない!
きっと運命に出会えるかもしれないしっ、
たとえ会えなかったとしても、そうよ、
この宿の後継として……、嗚呼、
ねえ、なんで!なんでそう、頑ななの!
アンタ、おかしいわよ、ねえ!」
どうして!
姉の叫びは、近所の人々に好奇な目を晒した。
(……ごめんなさい)
このカバンにあらゆるものを詰めたけれど、重たい足取りはしっかりと教会へと向かっていた。
あの、小さな教会だ。
事前に連絡は入れていた。
何回も足を運び、ここを選んだのはやっぱり私の涙がこの床に落ちたから、なのかもしれなかった。
私はもう、この世界から消えることを望んでいる。
でも、命をたつわけにもいかないし、そうしたいと思ってもいない。
ただ、消えたかった。
煙のように。
存在のするだけの何かになりたかった。
誰かのために、せめて生きたかったのかもしれない。
私は教会を預かる修道女に温かく迎えられ、長い人生を静かに生きた。
華々しい隣国の、女王様と元第三王子の話を時折耳に入れながら……。
たびたび浮気がバレつつも、容姿端麗な夫に女王様はぞっこんの模様だ。
仲睦まじい様子だという。
(老後も彼らの夫婦喧嘩を知ることになるなんて)
ふふ、と口を緩めながら私は最期の息を吸った。
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